市民手当(Bürgergeld)、2025年の増額は見送り

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  • 国別労働トピック:2024年9月

フベルトゥス・ハイル労働社会相は9月4日、「2025年の市民手当(Bürgergeld)は増額しない」と発表した。また、悪質な市民手当受給者には、厳しい制裁を科すとしている。

新制度へのくすぶる批判

市民手当(Bürgergeld)は、2023年1月1日に刷新された失業扶助制度で、旧来の「ハルツIV(失業手当Ⅱ)」が抱えていた課題を改善し、受給者が住み慣れた家や貯蓄を過度に失うことなく、長期に持続可能な仕事に就く支援を行うことを目的としている。

旧来の「ハルツIV(失業手当Ⅱ)」では、比較的軽い違反(正当な理由なく相談日にジョブセンターに来ない等)の場合は標準給付が10%減額され、無理なく従事できると判断される仕事を紹介され、正当な理由なく、その受け入れを拒否した場合等は、同30%減額されていた。さらに同様の違反を2回くり返すと60%の減額となり、3回目には給付そのもがなくなる厳しい「制裁(Sanktionen)」が設けられていた(注1)。このような給付の減額や停止は、失業者のより早い就業復帰に寄与するとされていたが、同時に労働市場から受給者を完全に撤退させる事も多く、当該者の生活状況を著しく悪化させる可能性があった。この厳しすぎる措置を緩和して、「ハルツIV=何らかの問題があって長期間失業しており、手当を受けながら働かない(働いても短時間)者とその家族」という侮蔑的なイメージがつきまとう通称を廃止し、「市民手当」という新名称と新たな制度の導入を行ったのである。

また、ハルツIVの下では、受給者を労働市場に戻すための迅速な配置が最優先―いわゆる“優先配置(Vermittlungsvorrang)”―とされ、受給者が臨時的な仕事を得た後、数カ月後に再び受給者として舞い戻ってしまうことが繰り返されていた。新制度では、“優先配置”を廃止し、受給者が長期に持続可能な仕事に就けるよう、職業訓練参加インセンティブの強化や、長期就業困難者に対する専門のコーチング支援などを新たに提供することにした。さらに、受給者が職業訓練資格を取得するために充当できる期間を延長し、義務違反をした場合の厳しすぎる制裁措置を緩和した上で、基本的な生活保障として不十分と批判されてきた標準給付額の大幅な引上げを行った(2023年、2024年ともに前年比12%増)。

このようにして、2023年に刷新された市民手当は、ショルツ政権(2021年秋発足)の社会改革の目玉政策の1つとなっているが、導入後も「市民手当はあまりにも手厚すぎる」との批判が一部で根強く残る。

市民手当の受給額(月額)の詳細は、図表1の通りだが、引上げについては法律で規定された算出方法(物価や賃金の動向を含む)を用いて、毎年10月末までに連邦労働社会省が決定する。報道によると、2024年の受給額決定時の計算に用いられた「想定インフレ率」が実際よりもかなり高かったため、現在も引上げ率が実際のインフレ率を上回る状況が続いている。そのため、過剰な引上げとの厳しい批判が寄せられ、政権支持率の低迷や地方選挙の敗北つながった可能性が指摘されている(SZ.de(注2))。

図表1:市民手当の標準給付月額(2023~2025年)(単位:ユーロ)
給付区分 2023年 2024年 2025年

成人
(18歳以上)

本人 基準需要額(RBS)1 単身者、単身養育者、ひとり親の受給資格者 502 563 据え置き
基準需要額(RBS)2 双方とも成人(満18歳以上)同士のパートナー(カップル)の者1人につき 451 506
同世帯において生活する者 基準需要額(RBS)3 両親と同居し、就業していない満18歳以上25歳未満の者、施設(社会法典第12編に基づく)に入所している満18歳以上25歳未満の者。 402 451
未成年(18歳未満) 基準需要額(RBS)4 満14歳以上、満18歳未満 (14~17歳)の者 420 471
基準需要額(RBS)5 満6歳以上、満14歳未満(6~13歳)の者 348 390
基準需要額(RBS)6 満6歳未満(0~5歳)の者 318 357

連邦労働社会省、現地報道をもとに作成。

インフレ、3年ぶりの低水準

9月10日の連邦統計局発表(注3)によると、8月の消費者物価指数(CPI)改定値は、欧州連合(EU)基準(HICP)で前年同月比2.0%上昇と、2021年6月以来の低い伸びとなっている。エネルギー価格の低下が主な要因で、変動の激しい食品とエネルギー価格を除いたコアインフレ率は2.8%と、前月の2.9%からわずかに鈍化した。こうしたインフレ率の低下と年初の高すぎる引上げを背景に、ハイル労働社会相は、2025年1月1日からの市民手当の据え置きを発表した。

悪質な受給者への制裁を強化

受給額の据え置きの発表と同時にハイル労働社会相は、一部の悪質な受給者に対する制裁の強化についても言及している。例えば、ジョブセンター(注4)が決めた面談日時に来ない受給者や、市民手当を受給しながら無申告で就労している者に対しては、厳しい制限や制裁を行うことを強調し、今後のさらなる制裁強化の可能性を示唆した。

約550万人に影響

報道(注5)によると、市民手当の据え置きは約550万人が影響を受ける。180万人は労働市場に出られない子ども等で、200万人は育児や介護などなんらかの事情を抱える者で、そのうち80万人は就労しているものの短時間あるいは賃金が低すぎるため手当の一部を受給している(注6)。また、170万人は就労可能だが、就労しておらず、その3分の2は職業訓練資格等を保有しない長期失業者である。

参考資料

参考レート

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