大卒外国人の滞在延長制度をめぐる議論

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  • 国別労働トピック:2024年8月

大学等の留学生に対して、卒業後に一定期間の滞在延長を認める制度について、諮問機関が報告書を公表した。政府が外国人の流入削減策の一環として、同制度の利用状況や影響について検証を求めていたものだが、報告書は、概ね目的に適った実施状況であるとして現行制度の維持を提言するとともに、留学生の募集段階での改善や、データ整備・共有を通じた監視強化などを求めている。

受け入れ拡大で増加した留学生の抑制

「大卒者」ビザ(注1)は、大学等の留学生に対して、コース修了後に2年間(博士課程の場合は3年)の滞在延長を認めるものだ。対象者は期間中、滞在目的の限定を受けることなく、求職活動や就業、就学などが可能で、受け入れ先(雇用主や学校など、いわゆる「スポンサー」)も必要ない。期間中に就職して、給与水準や職務レベル等の条件を満たせば、通常の労働者受け入れルートである専門技術者(skilled worker)の滞在許可への転換が認められる(注2)。同種の制度(post-study work)は、かつて、2009年のポイント制導入に併せて一旦は実施されたものの、就労目的の就学ビザの悪用が問題視された影響で、2012年に停止されていた。しかし、政府は2019年、EU離脱後の貿易政策の一環として、教育サービスの輸出振興のために留学生の受け入れを拡大する(注3)との方針を示し、その促進策として2021年に大卒者ビザを再導入した。

一方、EU離脱後の新制度(注4)下で、就学・就労目的あるいは人道的受け入れ(香港、ウクライナからの避難民など)による外国人の流入が急速に拡大し、年間で70万人前後の純流入(流入者数から流出者数を差し引いたもの)を招いた。これを受けて、政府は各種の引き締め策を実施(注5)するとともに、諮問機関であるMigration Advisory Committeeに対して、大卒者ルートの利用状況や影響に関する検証を要請した(注6)

就労職種は国内出身の大卒者に類似

諮問機関が5月に公表した報告書(注7)によれば、大卒者ビザの発給数は導入以降、急速に増加しており、2023年には主申請者11.4万人と家族3万人が対象となっている。4割がインド出身者で、このほかナイジェリア、中国、パキスタンの4カ国で全体の7割を占める。主申請者の91%が修士の教育コース(taught courses)の修了者(注8)で、特に主要大学(Russell Group universities)以外の大学での修了者が顕著に増加している(全体の66%)。

報告書の示すデータによれば、2021年7~12月に入国した留学生のうち、32%が大卒者ビザを取得し、2023年時点で15%が就労している。滞在者全体の就業率は不明だが、大多数が就労していると報告書は見ている。滞在開始から12カ月の間に1カ月以上就労した層では、63%が1カ月目に就労を開始しており、また期間中に3四半期以上就労した層は61%、12カ月間就労した層も27%にのぼる。この間、給与水準は滞在期間に応じて高い水準へのシフトが見られ、12カ月目には月2500ポンド以上層の比率(38%)がイギリス人(大卒12カ月時点)(30%)を上回っている(図表1)。

図表1:大卒者ビザでの滞在期間による月当たり給与額の推移
画像:図表1

注:2022年4月以前に大卒者ビザで滞在を開始した主申請者のうち、1カ月以上の賃金収入があった者。

出所:Migration Advisory CommitteeGraduate route: rapid review新しいウィンドウ

また、大卒者ビザから転換した就労者は、介護労働の従事者の比率が相対的に高いことを除けば、国内の大卒者と比較的似通っている、と分析している(図表2)。介護労働は、通常の就労ビザ(専門技術者)のうちでも職務レベルや給与水準に関する要件が低いことが、転換者の多さにつながっていると見られるが、就学ビザから直接に転換した層(介護その他の従事者は49%)や、国外から専門技術者として入国した層(同37%)に比して、大卒者ビザからの転換者における比率は相対的に低い(22%、なお国内出身の大卒者では6%)傾向にある。

図表2:各種ビザからの転換者等の職種別就業者比率(2021年7月~2023年12月)
画像:図表2

出所:同上

なお報告書は、制度の乱用についてはごく限定的と見ており、理由の一端として、大卒者ビザには滞在中の制限がさほどないことや、未だ導入から間がないことなどを挙げている。ただし、留学申請時点で一部の学生募集事業者による悪しき慣行(受け入れ先等の情報が不十分、質の低いコースに誘導、就学ではなく移民先として売り込む等)の被害を受けている場合があると見られるとして、懸念を示している。

また、大卒者ビザの導入による影響については、留学生の増加に寄与していると考えられるものの、正確な効果を測ることは難しい、と報告書は述べている(注9)。一方で、大学等では物価上昇に伴い、国内学生からの授業料収入や補助金の実質ベースでの目減りや(注10)、研究費用の上昇に直面しており、このためより高い授業料の設定が可能な留学生の受け入れに少なからず依存する状況にあるという。政府による留学生の抑制策により、大卒者ルートを通じて就業する層は減少するとみられることから、さらなる制度変更よりも前に、その影響を理解する必要がある、と報告書は述べている。

留学生の募集段階での質的保証、データ整備・共有や監視強化などを提言

報告書は、大卒者ビザは政府の掲げる目的(才能ある学生の呼び込み、イギリスの高等教育の国際的地位の維持、雇用主による人材調達)に大きくは適っており、また国際教育戦略の目標にも寄与しているとして、現行制度の維持を提言している。制度の廃止や規制強化は、既に実施された抑制策に加えてさらに留学生を減少させることで、大学の財政難や、地域の経済状況に影響を及ぼす可能性があるとして、むしろ留学生を未活用の労働力と捉え、政府と高等教育部門が協力して、優先すべき職業や業種での就労を促進することを要請している。

一方で、留学生を制度乱用や搾取から保護するため、大学等に留学生募集事業者の利用に関する情報公開(事業者に対する支出額、事業者を通じた学生数の公表)を義務付けることを提言している。同時に、現在は事業者の自主的な取り組みに委ねられている品質保証の枠組みを取り込んだ登録制度を事業者や下請け組織に義務化し、違法な実施にかかわった事業者は制度から除外するといった対応を行うべきであるとしている。また、大学やビザ当局などの関係組織による、事業者・下請け組織の事業実施の状況を監視するデータ共有の枠組みを設置することを求めている。

併せて、現状の把握や監視のためのデータ整備の必要性を強調している。特に今回の分析でも用いられた内務省の入国者に関する情報と、歳入関税庁の有する所得に関する情報をマッチングしたデータは、ビザ保有者の国内での動向を長期的に分析するのに有用であり、活用をはかるべきであるとしている。

参考資料

参考レート

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