搾取的なゼロ時間契約の禁止など
 ―新政権の法制度改革プラン

カテゴリー:労働法・働くルール

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  • 国別労働トピック:2024年8月

7月に成立した労働党政権は、労働者の権利保護の強化に向けた法制度の改革プラン「働く人々のためのニューディール」を打ち出しており、搾取的なゼロ時間契約の禁止や、就業初日からの各種の権利付与、生活費を考慮した最低賃金など、多岐にわたる内容の実施に意欲を示している。

経済成長の促進策としての権利保護の強化

総選挙前に公表されたマニフェスト(注1)において、経済成長の促進に係る施策に位置付けられた「働く人々のためのニューディール(以下、「ニューディール」)」(注2)は、労働者の権利保護の強化に向けた多様な法制度の改革プランとして、労働党が既に2021年から打ち出していたものだ。より安定的な労働条件や労働者としての権利の強化、賃金水準の公正さを図る施策、労働組合の活動に関する規制緩和、また法制度の執行・法的救済の強化など、多岐にわたる内容(文末「概要」参照)を含んでおり、内容の策定には、労働党の支持基盤である労働組合の意見も少なからず反映されたとみられる(注3)

「ニューディール」は、政権成立から100日以内に関連法案を議会に提出するとしており、7月に開会された今期議会では、一部の内容を盛り込んだ「雇用権利法案」(Employment Rights Bill)の概要が明らかになった(囲み参照)(注4)。多様な項目の筆頭に掲げられているのは、搾取的なゼロ時間契約(注5)の禁止だ。ゼロ時間契約は、予め決まった労働時間がなく、使用者の求めに応じて働き、労働時間により賃金が支払われるという不安定な働き方で、雇用主が一方的な柔軟性により利益を得ているとの批判を招いてきた。「ニューディール」は当初、その禁止を掲げていたが、総選挙に先立つ調整の過程で「搾取的な」という限定が付され、一定の条件の下でこれを許容する内容に緩和された。具体的には、通常働く労働時間(12週間の参照期間の平均)を反映した契約を得るとともに、シフトや労働時間の変更について事前に通知を受け、シフトのキャンセルや時間の短縮について相応の賃金補償を受ける権利を確保する、というものだ。

法案にはこのほか、労働条件の引き下げを目的とした解雇・再雇用に対する規制強化(濫用防止のための法的救済、関連する実施準則の強化)、就業初日からの各種の権利付与(両親休暇、傷病手当、不公正解雇からの保護)(注6)、あるいは労働者の権利に関する単一の執行機関(single enforcement body)の設置(注7)などが盛り込まれるとみられる。政府は、各項目に関するより具体的な手法等について、法案提出後に労使や一般からの意見聴取を踏まえて決定するとしている。

雇用権利法案の概要

  • 搾取的なゼロ時間契約の禁止
  • 労働条件引き下げを目的とした解雇・再雇用(fire and rehireおよびfire and replace)に対する規制強化
  • 就業初日からの各種の権利付与(両親休暇、傷病手当、不公正解雇からの保護)
  • 法定傷病手当を賃金水準を問わず全ての労働者に適用
  • 柔軟な働き方の権利を全ての労働者に就業初日から付与
  • 産後の労働者保護の強化
  • 職場における権利に関する単一の執行機関の設置
  • 介護業における公正賃金協定の設置(および他業種への展開の検討)
  • 学校補助職員の賃金交渉機関の再設置
  • 労組関連法の現代化(ストライキ中の最低サービス基準など不要な規制の廃止)
  • 労組承認手続きの簡素化

生活費を考慮した最低賃金など

「ニューディール」に列挙された項目のうち、主要な法律(一次法)の改正等を要さないものについては、異なるルートを通じて制度改正を進めるとしている。例えば、生活費を考慮した最低賃金額の設定については、諮問機関である低賃金委員会(Low Pay Commission)への付託内容に直接盛り込むとして、7月末に関連文書(注8)を示したところだ。成人向けの最低賃金に当たる「全国生活賃金」(National Living Wage)について、平均的な賃金額(賃金統計における中央値)の3分の2相当という相対的な水準を維持しつつ、生活費を考慮した本来の「生活賃金」(Living Wage)(注9)とすべく、低賃金委に来年度の改定に関する検討を要請している。加えて、従来から差別的との指摘があった年齢による減額(注10)の範囲を縮小するため、成人向けの額の適用年齢を現行の21歳から18歳に引き下げるとして、若年層の雇用に悪影響を及ぼさない改定額の検討を依頼している。

また、より長期的な取り組みが想定されている項目の一つに、労働者の法的地位の単一化(single status of worker)が挙げられる。現行制度では、「被用者」(employee)と「労働者」(worker)、「自営業者」(self-employed)の3区分が設けられており、雇用法は被用者と労働者について異なる権利保護を規定する(注11)一方、自営業者は原則として保護の対象としていない。しかし、プラットフォーム労働などの新しい働き方の拡大などから、区分の曖昧さが、不十分な保護や混乱の要因になっていることが指摘されてきたところであり(注12)、一部では人件費削減や法的責任の回避の目的で悪用されているという。このため「ニューディール」は、被用者と労働者の区別を排して単一の地位を設定し、自営業者との2区分に簡素化する(注13)として、両者間の区別に関する枠組みや、実行可能性などについて意見聴取を行うとしている。

「働く人々のためのニューディール」概要

○一方的な柔軟性を終わらせる

  • ゼロ時間契約や一方的な柔軟性への対策(全ての雇用に最低限の安定と予見可能性を確保、搾取的なゼロ時間契約を禁止、通常働く労働時間(12週平均)を反映した契約を得る権利を確保、全ての労働者がシフトや労働時間の変更について事前通知を得ることを確保、シフトのキャンセルや時間の短縮に相応の補償)
  • 労働条件引き下げを目的とした解雇・再雇用(fire and rehire)に対する規制強化(正当な理由・手続きによらない濫用を禁止、法改正により法的救済を提供、実施準則を強化)
  • 就業初日からの基本的権利(不公正解雇からの保護、両親休暇、傷病手当)
  • 労働者の法的地位の単一化(被用者と労働者の統合)
  • 整理解雇に関する権利保護、事業譲渡時の雇用保護の強化
  • 内部告発者保護の強化(セクシャルハラスメントの告発者含む)
  • 自営業者の権利保護(契約内容の書面による提供を受ける権利、支払い遅延の対策など)

○ファミリーフレンドリーに関する権利

  • 柔軟な働き方の普及促進(前政権による初日からの権利化の浸透を図る)
  • 両親休暇の権利を就業初日から付与
  • 産後労働者の差別禁止(職場復帰から6カ月間は原則解雇禁止)
  • 介護者休業の効果検証や有給の介護者休業制度の検討
  • 遺族休業の権利を明確化、全ての労働者に適用
  • つながらない権利(right to switch off)の法制化、労使が職場に合ったポリシーを協議を通じて作成する機会を提供
  • テクノロジーと監視(差別からの保護、デジタル化に際して労働者の意見を重視-監視システムの導入に労使間協議を義務化など)

○公正な賃金

  • 真の生活賃金(低賃金委員会による最賃額の検討に生活費の考慮を追加、年齢による減額の廃止、執行機関(単一の執行機関と歳入関税庁)の権限強化、職場間の移動時間に関する最賃適用の徹底ほか)
  • 傷病手当の適用強化・拡大(給与の適用下限額、待期期間を廃止)
  • チップに関する権利保護の徹底(全額を労働者が受け取り、分配方法を労働者が決定)
  • 無給インターンシップの原則禁止(教育訓練の一環である場合を除く)
  • 介護業における労働力確保のための施策(公正賃金協定の設置、他業種への展開の検討)
  • 学校の補助職員の労働条件等協議機関(School Support Staff Negotiating Body)の復活

○労働者の発言力強化(前政権による各種の労組(ストライキ等)規制法の廃止、労組結成手続きの簡素化、不安定雇用・プラットフォーム労働者の組織化の簡易化、職場における労組の活動の権利・義務の明確化、違法な組合員ブラックリストの取り締まり)
○労働における平等

  • 均等賃金(外部委託による均等賃金逃れの取り締まり、労組の関与を得た均等賃金監督部局の立ち上げ)
  • 末期疾患労働者の雇用主による支援促進
  • 公的機関の社会経済的影響の配慮を義務化(平等法の条文の施行)
  • 公共部門の平等配慮義務の徹底(公的業務に係る全ての組織に適用)
  • 賃金格差の公表義務の強化(外部委託先の労働者を含む指標の作成・公表・対策の義務化、エスニシティ・障害の有無による賃金格差の公表義務化(従業員250人以上))
  • 生理中の労働者に関するアクションプランの義務化(従業員250人以上)

○労働における権利

  • 執行強化(労働者の権利に関する単一の執行機関を設置、検査や搾取への対策(外国人労働者に対する差別的な慣行を含む)の強力な権限を付与、対象を絞った・予防的な執行や訴追も可能に、並行して執行改善の法改正)
  • 雇用審判所をより使いやすく(民事裁判所にあわせて手続き改善、早期判断・効果的解決、申し立て可能な期間を3カ月から6カ月に延長)
  • ACAS(Advisory, Conciliation and Arbitration Service、助言斡旋仲裁局)への集団的申し立てを可能に
  • より安全な職場(高温な職場や予防措置、対策に関する安全衛生ガイダンスの更新)
  • 公的調達(委託先企業等に情報開示義務を拡大、委託の効果・妥当性の検証、社会的価値の考慮の義務化など)

出所:”Labour’s Plan to make work pay – Delivering A New Deal for Working People新しいウィンドウ

参考資料

参考レート

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