公共部門等のストに最低限のサービス維持を義務付ける法案

カテゴリー:労使関係

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  • 国別労働トピック:2023年6月

急激な物価上昇に伴う実質賃金の減少を背景に、広範な業種で賃上げなどを求める労働争議が生じており、公共部門などでのストライキが国民生活に影響を及ぼす状況が続いている。政府は対抗措置として、ストライキ中に最低限のサービス維持を労使に義務付け、これに反する場合は労働者の解雇等を可能とする法案を議会に提出している。

公共部門や公益事業で労使紛争が長期化

エネルギーや食品の急激な価格上昇による生活費の高騰を背景に、多様な業種において賃上げを求める労働争議が昨年から生じている。とりわけ公共部門では、金融危機以降の歳出削減策の一環として実施された賃金水準の抑制(注1)に加え、政府の提示する賃上げ率が直近の10%にも達する物価上昇を顕著に下回ったことなどから(注2)、実質賃金の一層の低下にあたるとして労働側が強く反発していた。

鉄道業や郵便業、通信業、教育業の一部などでは、既に2022年半ば頃から断続的にストライキ等が実施されていたが、年末以降、医療や教育、官庁や公的組織などにもこの動きが広がった。月当たりの労働損失日数は、2022年後半から急速に増加して12月には82万6000日に達し(注3)、以降も月20万日を大きく超える状況が継続している(注4)(図表)。

これに対して、政府や使用者側は、予算の逼迫や賃上げによる一層の物価上昇の可能性などを理由に交渉に消極的な姿勢を示し、多くの業種で膠着状態が続く結果となった。

図表:月当たり労働損失日数の推移(単位:千日)
画像:図表
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注:2020年2月~2022年5月については、コロナ禍の影響による調査の中断等に伴い、データは公表されていない。また、2022年6月以降の数値は速報値(図中(p))かつ2023年1~3月は改定値(同(r))。なお、図では表示を省略しているが、1989年7月の損失日数は242万4000日。

出所:Office for National Statistics "Labour market overview, UK: May 2023新しいウィンドウ"

サービス維持に向けた義務を怠れば解雇等も

政府は、先行していた鉄道ストへの対抗措置の一環として、従来から公約に掲げていた運輸業でのストライキ時に最低限のサービス維持を労使に義務付ける法案を2022年10月に議会に提出した(注5)。しかし、その後の他部門への拡大を受けて、保健、消防・救助、教育、運輸、原子力施設の閉鎖と放射性廃棄物・使用済み燃料の管理、出入国管理の6分野に対象を拡大した法案(Strikes (Minimum Service Levels) Bill新しいウィンドウ)をもってこれに替えた。ストライキに際して、使用者は労組と協議の上、最低限のサービス水準の維持に要する労働者を指定する通知(work notice)を、労組に対して行うことができる(注6)。労組は、これに組合員が含まれる場合、その就業を確保するための合理的な手段を講じることが求められる。労組や労働者がこれに反する場合、ストライキの実施に関する法的保護の対象から除外され、労組についてはストライキによって雇用主に生じる損失に関する賠償、労働者についてはストライキへの参加を理由とする解雇等の可能性が生じる。

各分野において義務付けられる具体的なサービス水準(minimum service regulation)は、関係組織等との協議の上、規則により設定される。法案審議と並行して、政府は既に2月から、救急、消防・救助、鉄道の各サービスに関する最低基準に関する意見聴取を開始し、いずれも5月中頃までに終了している(注7)。各分野の最低基準の具体的な内容は、今後検討の上、示されるとみられる。

法案を巡っては、労組はもとより野党やスコットランド、ウェールズの政府も、これに反対の立場を示している。また、上下院の合同人権委員会による検討会は、法案が基本的人権の保護義務を充足していない可能性を指摘しており、ストライキに対する法的制限が妥当とみなし得る社会的必要性も示されていなければ、恣意的な適用の防止策も講じられておらず、さらに手続きや対象に関する規定も曖昧であるとして、政府に修正を求めている(注8)

参考資料

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