化学産業の賃金交渉、6.5%で決着
 ―「協調行動」の復活

カテゴリー:労使関係労働条件・就業環境

ドイツの記事一覧

  • 国別労働トピック:2022年11月

化学産業使用者連盟(BAVC)と鉱業・化学・エネルギー労組(IG BCE)は10月18日、新たな労働協約に合意した。これにより、化学産業に従事する1900社、58万人の労働者は、2023年から2024年にかけて二段階で計6.5%の賃上げを獲得し、さらに計3000ユーロの特別支払いを得る。この合意の背景には、「協調行動(Konzertierten Aktion)」の復活と、「高い賃上げを控える代わりに3000ユーロまでの特別支払いを非課税にする」という政府の提案がある。以下にその概要を紹介する。

「協調行動」とは

ショルツ首相は今年5月、ロシアのウクライナ侵攻等の影響を背景とした急激な物価上昇(図表1)を背景に、政府と労使が緊密に連携するための政労使対話「協調行動(Konzertierten Aktion)」の招集を呼びかけた。

図表1:ドイツの物価上昇率の推移(2018年1月~2022年9月)
画像:図表1
画像クリックで拡大表示

出所:Destatis (2022).

「協調行動」は、西ドイツ時代の1966年から67年にかけて、不況と大連立政権の成立をきっかけに展開された概念である。「高すぎるインフレ(物価上昇)」を抑制するためには、中央政府、州政府、銀行、協約当事者(労使)が協調的で安定した行動をとる必要がある」という思想が根底にある。ただ、このような概念は、賃金交渉は労使による“協約自治 (Tarifautonomie)”が尊重され、政府の不介入が基本とされる中で、あくまで「例外的な状況における例外的な行動」と位置付けられている。

その後、コール政権末期に設立されて以降中断していた「協調行動」に再び光が当てられたのは、シュレーダー政権下の1998年から2003年にかけてである。「雇用、職業訓練および競争力のための同盟(雇用のための同盟)(Bündnis für Arbeit, Ausbildung und Wettbewerbsfähigkeit)」の名の下に招集され、「雇用を守る」ための幅広い政策課題に関して政労使の協調行動が図られた。その中で話し合われた労働時間の柔軟化や低賃金労働分野の容認等の政策コンセプトはその後「アジェンダ2010」という構造改革プランに取り入れられている。

2022年に入り、急激な物価上昇に対処するため、ショルツ首相は改めて「協調行動」の必要性を訴え、7月に第1回目、9月に第2回目の会合が行われた。そこでは様々な対応策が政労使で検討されたが、そのうちの1つが、労働組合側が高い賃上げ要求を控えることを条件に、政府が上限3000ユーロまでの特別支払い(ボーナス)に対する非課税(税と社会保険料の労使負担を免除)を認めるという案であった。なお、賃金交渉はあくまで「労使自治」の範囲に該当するため、政府はそれを尊重しつつ、あくまで単なる申し出にすぎないという表向きの姿勢を堅持している。この非課税の特別支払いは、労使が物価の高騰に追いつくために恒久的な賃上げを行うことで物価と賃金の急激な上昇スパイラルが起きるのを抑制しつつ、労働者の収入への打撃を和らげるのが狙いとされる。

2回目の「協調行動」後、首相は「ドイツ経済と労働者を救済するために、総額950億ユーロに相当する『救済パッケージ』を策定し、労使を助けるために多額の資金提供とあらゆる努力を行う」と説明した上で、特別支払いの非課税案をパッケージの1つの案として提示した。

ドイツ労働総同盟(DGB)のファヒミ会長と、ドイツ使用者団体連盟(BDA)のダルガー会長は、様々な条件をつけつつも、労使共通の利益、つまり「雇用確保」に重点を置き、倒産の波や業界に大規模な構造的崩壊が起こらないように政労使が協力しあって危機を乗り越えることは重要だとの認識を表明した。

なお、こうした政労使による「協調行動」の復活について、一部の労組から「本来は組合員や労働者のために行動しなければならない組合が、政府や使用者に阿ねって賃金抑制策に荷担している」と批判する声も出ている。

化学産業の協約内容

今回合意された化学産業の協約によると、2023年1月に3.25%、翌2024年1月にさらに3.25%の合計6.5%の賃上げを行う。

ただし、どちらの段階でも、企業の経営状況次第で延期が可能である。当該企業の業績が赤字の場合は2カ月の延期、純売上高利益率が3%未満の場合は1カ月の延期が可能で、最大3カ月まで賃金引き上げの遅延ができる。

ドイツでは物価上昇が続いており、この引上げ率での妥結は、1930年代初頭の大恐慌以降見られなかったような実質賃金の低下(15%減)に相当する。

こうした実質賃金の低下を和らげるため、2023年1月と24年1月には別途、物価高騰特別金(インフレプレミアム)として、1人あたり1500ユーロ、計3000ユーロの特別支払い(非課税)が行われる予定である。

なお、化学産業の労使交渉は、本来は2022年春に合意するはずだったが、「協調行動」の経過を見守った上で、秋の合意となった。

合意に対する労使の評価

今回の合意を労使双方は高く評価している。鉱業・化学・エネルギー労組(IG BCE)のヴァシリアディス委員長は、「歴史的に大変な状況の中で、交渉当事者は、ドイツ経済の発展と社会的安定に貢献しつつ、妥結することができた」と述べている。

化学産業使用者連盟(BAVC)のベックマン会長も、「我々(労使)は危機において団結し、対立よりも協力して合意することを重視した」と述べた上で、「団体交渉を全国的な舞台にするのではなく、業界を発展させることを優先した」と、コメントした。

こうした労使双方の発言は、他産業の労組がより対立的で、より高い賃上げを要求している中で関心を集めた。その点について現地の報道から問われたヴァシリアディス委員長は、「どの業界にもそれぞれの特徴がある」とコメントした上で、「化学産業の交渉で、我々労使に求められているのは、紛争ではなく結果である。そして、再びそれを達成できたことを誇りに思う」と述べて、他産業労組への批判を避け、労使協調による自身の成果を強調した。

250万人の労働者が対象になる公務員系の2労組(Ver.diとdbb)は10月12日、物価高騰を受けて、2023年初頭から開始する賃金交渉で、10.5%の賃上げを要求することを決定しており、インフレと賃上げ交渉をめぐる労使の動向に注目が集まっている。

参考資料

参考レート

2022年11月 ドイツの記事一覧

関連情報