職業訓練における若者の「希望と妥協」

カテゴリー:若年者雇用人材育成・職業能力開発

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  • 国別労働トピック:2022年8月

ドイツでは若者の学校から職業への移行に際して、伝統的に「職業訓練」を重視している。特に「デュアルシステム」による職業訓練が中心的な位置を占めており、希望職種の訓練への参加の可否が、その後の就職に大きな意味を持つ。以下に、職業訓練をめぐる若者の希望と妥協に関する現状を紹介する。

早期分岐型の制度

ドイツの教育制度は、日本の「6・3・3制」のような単線型ではなく、初等教育期間を経た第4学年(10歳くらい)以降、種類の異なる学校を選択する早期分岐型になっている。ほとんどの児童は、最初は基礎学校(グルントシューレ)で机を並べるが、第4学年を終えた時点で、中等教育をどこで学ぶか、方向を決断しなければならない。なお、第4学年修了後の2年間は、個人の能力や適性、志望などを踏まえて学校間の横断的移行を可能にするオリエンテーション(観察指導)の段階を学校種別ごとに設ける場合と、学校種別に関係なく設ける場合がある。

中等教育(前期)では、「基幹学校(ハウプトシューレ)」、「実科学校(レアルシューレ)」、「ギムナジウム」の3コースのいずれかに分岐して進むのが一般的である。加えて、この3つの学校形態を包含した「総合制学校(ゲザムトシューレ)」がある。その後の中等教育(後期)は、それぞれの課程内容が大きく異なる。

「基幹学校」の場合は、課程を終えれば修了証が授与され、生徒は修了資格を得る。同校の課程を修了せず、修了証を得ないで卒業するケースもある。修了資格の有無に関わらず、基幹学校の後は、いわゆる「デュアルシステム(二元的制度)」による職業訓練に進むのが一般的なコースとされる。デュアルシステムは、職業学校に通いながら、同時に企業において実践的な職業訓練(2~3年半)を受ける制度である。若者や企業に参加義務は課せられていないが、若者の約半数が参加し、訓練費用は企業が自発的に負担する。若者にとっては失業リスクを減らすことができ、企業にとっては必要な技能労働者を確保できるという利点がある。企業での訓練を希望する若者は、職業学校の生徒でありながら、企業と職業訓練契約を締結して訓練生手当を受け取る職業人としての一面も持つ。なお、企業における職業訓練は、新聞広告やインターネット、企業説明会などを通じて若者自身で確保する必要があるが、連邦雇用エージェンシー傘下の職業情報センター(BIZ)がその支援を行っている。

「実科学校」の修了資格を得た後は、「デュアルシステム」のプロセスへ進む場合と、「専門上級学校」や「職業専門学校」等に進む場合に分かれる。

「ギムナジウム」に進学した場合は、その上級段階に進み、「アビトゥーア(ギムナジウム卒業資格試験、合格により大学入学資格を得る)」に備えるのが一般的とされる(図表1)。

図表1:ドイツの中等教育制度
画像:図表1
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出所:KMK(2019(PDF:563KB)新しいウィンドウ) をもとに作成。

若者の妥協 -IABの分析

若者は、職業訓練の選択時に、その職業の社会的地位や、家族、友達からの肯定的な反応などを考慮する。収入や名声(職業の評判)は重要だが、それだけではなく、スキルレベル、雇用の安定性、ワークライフバランスも、重要な要素である。

ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)によると、第10学年(高1相当)で、調査対象者の約半数は、希望職種と異なる職業訓練に参加していた。さらに3分の1は、第9学年(中3相当)の時点で希望職種について全く考えておらず、調査対象者の16%のみが、希望通りの職業訓練に就いていた。

職業訓練を受ける際の妥協には、いくつかの程度やパターンがある。例えば、将来は看護師になりたいと希望していた若者が、同分野の医療助手の訓練生になった場合、当初の予定より低い賃金に妥協しなければならないが、一方で、週末勤務や夜勤をする必要はなく、ワークライフバランスという点では良くなる。さらに、妥協パターンには、部分的に性別で分かれる。「雇用の安定性」「収入」「キャリアチャンス」は、若い女性よりも若い男性にとって重要であるが、ワークライフバランスやその他の要因は男女であまり違いは見られない。こうした若年者の意識は、職業訓練のマッチングの問題にもつながっている。例えば、写真家やメディアデザイナーになりたい若者の数は、提供される訓練ポスト数よりも多く、逆に「食品生産・販売」分野の空きポスト数は、訓練希望者の数よりも多い。なお、訓練の「需要と供給」に関する体系的なデータはデュアルシステムでは把握されているが、医療や教育分野等の学校ベース(全日制職業学校)のデータは存在しない(注1)

図表2は、職業訓練生の数が多いデュアルシステムの訓練職種(上位15)を男女別に示したものである。300以上ある訓練職種のうち上位15職種に、約5割~6割の職業訓練契約が集中しており、性別による職種の志向の違いが見られる。女性は事務や医療助手などの職種を志向する傾向が見られ、男性は自動車や電気設備工などの技術系職種が多い。

図表2:職業訓練生数の多い訓練職種 上位15職種(2020年)
男性 女性
順位 訓練職種 人数
(注1)
順位 訓練職種 人数
(注1)
1 自動車メカトロニクス工 63,474 7.6 1 事務系商業職 46,047 10.3
2 電気設備工 41,517 4.9 2 医療助手 40,254 9.0
3 産業機械工 38,691 4.6 3 歯科助手 30,279 6.7
4 IT専門職(情報技術者) 38,517 4.6 4 産業系商業職 26,025 5.8
5 衛生・暖房・空調技術系
設備機械工
36,780 4.4 5 小売系商業職 24,927 5.5
6 メカトロニクス工 26,184 3.1 6 販売職 19,152 4.3
7 小売系商業職 26,148 3.1 7 法律アナリスト 14,118 3.1
8 産業設備系電気設備工 21,756 2.6 8 理容・美容師 12,711 2.8
9 倉庫物流管理者 21,405 2.5 9 卸売・貿易系商業職 12,534 2.8
10 卸売・貿易系 商業職 19,554 2.3 10 金融系商業職 11,817 2.6
11 産業系商業職 19,005 2.3 11 税理士助手 11,679 2.6
12 販売職 18,753 2.2 12 ホテル専門職 10,569 2.4
13 事務系商業職 17,544 2.1 13 食品手工業専門販売職 8,625 1.9
14 切断機オペレーター 17,247 2.1 14 弁護士助手 6,384 1.4
15 家具職人 15,309 1.8 15 獣医専門職 5,790 1.3
  合計(上位15訓練職種) 421,884 50   合計(上位15訓練職種) 280,991 63
  合計(全職業訓練生) 839,766 100   合計(全職業訓練生) 449,193 100

注1:全男性/全女性の職業訓練生における割合。注2:Kaufmann/-frauは全て「商業職」と訳した。

出所:Destatis (Auszubildende nach Ausbildungsberufen、TOP 20).

コロナ危機がもたらす顕著な妥協の可能性

IABは、希望職種と実際に就いた職業訓練を分析した結果、若者の妥協について、以下のような傾向があることを説明している。

まず、学校から職業訓練への移行では、若者が第9学年の時点で抱いていた希望職種と、実際の訓練職種の間の不一致はかなり頻繁に起こる。ただし、多くの訓練生は、希望職種と類似の職業訓練を選択することが可能である。相当程度の妥協をする者の割合は比較的少ないが、収入や社会的地位など、多くの譲歩を余儀なくされている。つまり、デュアルシステムに代表されるドイツの職業訓練は、低資格の若者を含めて多くの者にスムーズな労働市場への移行を提供するが、他方で、職業訓練生として企業に採用されるための厳しい競争の中で、少なからぬ若者が最初の職業上の願望を諦めなければならない現実がある。

その上で、現在は、職業訓練よりも普通教育(学術教育)を選び、学び続ける学生が増加している。職業訓練には現在も若者の約半数が参加するが、その割合は、徐々に減少している。2020年には、男性の6割、女性の4割弱が職業訓練に参加していた(図表3)

連邦職業教育訓練研究機構(BIBB)によると、コロナ禍で2020年は、前年よりも雇用主による職業訓練の提供数や訓練契約締結数等が減少した(図表4)。特に、金属・電気関連、美容理髪、飲食、宿泊等の分野における減少が目立ち、コロナ禍の影響で、若者の職業訓練に対する妥協圧力がさらに高まっている可能性が示唆されている。

図表3:職業訓練への参加率の推移(男女別、2010~2020年) (単位:%)
画像:図表3

出所:BIBB (Bildung in Zahlen 2020/2021)

図表4:デュアルシステムの訓練契約件数等の推移(2011~2020年) (単位:件)
  2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020
訓練提供数 599,868 585,333 564,261 561,651 563,838 563,832 572,274 589,068 578,175 527,433
訓練希望者数(注) 641,796 627,378 613,284 604,590 603,198 600,876 603,510 610,032 598,758 545,721
訓練締結数 569,379 551,259 529,542 523,200 522,162 520,272 523,290 531,414 525,039 467,484

注:新規訓練締結数に加えて、連邦雇用エージェンシー(BA)に申請者として登録し、当該年の9月30日の時点で、まだ訓練ポストを探している者の数。

資料出所:BIBB(Datenreport-2021(PDF:6.58MB)新しいウィンドウ)

参考資料

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