定年延長、江蘇省で初実施

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  • 国別労働トピック:2022年5月

江蘇省は「江蘇省企業従業員基本養老保険実施方法」(以下:「江蘇省方式」)(注1)を発表し、養老保険の加入、保険料の支払、年金受給等の具体的な実施方法を規定するとともに、退職年齢(定年)の引き上げについても制度を整備して、2022年3月1日から実施している。

江蘇省の定年延長に関する規定

現在の中国における定年退職年齢は、男性が一律に定められた満60歳で、女性が幹部と一般従業員(工人)という2つの身分に分けられ、それぞれ満55歳、満50歳となっている。幹部と一般従業員という身分の判断は、管理職と一般職という分類の下、企業ごとの判断に基づき、確定されている。

江蘇省の定年延長方法は、主に以下の通りである。

  1. 女性の身分関係による定年が異なる場合については、女性一般従業員で、満50歳の時点で管理技術職を勤めているか、勤務年数が累計満5年以上かつ満45歳以降に管理技術職として勤めていた場合、定年を満50歳から満55歳に引き上げる。
  2. 男性満55歳、女性満45歳で、さらに現行法に基づき早期退職の可能な特殊業種に従事する場合には、労使協議で早期退職しないことを選択できる。特殊業種とは、主に地下、高地、高温、重労働などの身体的負荷の高い労働や健康に有害な労働を伴う業種を指す。 労災ではなく病気等により身体障がいになり、労働能力鑑定委員会により完全に労働能力を喪失したと認定された場合には、男性は満55歳、女性は満45歳で定年退職する。
  3. 本人意思を尊重する。年金保険に加入している従業員本人は、本人の意思により退職を延期することができ、延長は最短で1年以上となる。

また、「江蘇省方式」では、上記を踏まえ、全国で初めて、女性のフレキシブル・ワーカーの退職年齢を満55歳に定めた。

急増するフレキシブル・ワーカーのための社会保障整備

中国では、フレキシブル・ワーカーが急増しているが、国家統計局によると、2021年末に、その数は2億人に達した。その中でも江蘇省における、2021年のフレキシブル・ワーカー数は1100万人で、総就業者数の20%強を占めた。特に、配達、宅配、配車サービス、Eコマースなどに従事するフレキシブル・ワーカーは400万人を超え、社会保険の加入者数も483.8万人に達している。

フレキシブル・ワーカーの社会保障は、現在大きな政策課題になっている。李克強首相は2022年3月の記者会見で、フレキシブル・ワーカーの労働権益や社会保障について、政府は今後、徐々に整備していく旨言及した。

社会保険財政の将来的負担への懸念と定年延長

急速に進む人口の少子高齢化は、定年退職年齢を引き上げる主な原因の一つである。第7回国勢調査の統計によると、中国の60歳以上の人口は2億6,402万人で、人口全体の18.7%を占めている。また、65歳以上の人口は1億9,064万人で、人口全体の13.5%を占めている。

今後、中国では大量退職者の時代を迎える。「人力資源と社会保障事業発展第14次5カ年計画」によると、2021~25年の間の退職者は4,000万人を超えるが、生産年齢人口は3,500万人減少する。

高齢退職者の増加と現役労働者の減少は、年金財政に対する懸念を増幅させている。2019~50年の基本年金の収支を試算した中国社会科学院の報告書は、2028年までに全国の都市部企業従業員の基本養老保険基金の積立金が初めてマイナスになり、その後、同基金の準備金が急減、2035年には枯渇すると予測している。

また、企業による養老保険金の支払不足や滞納問題も常にある。都市部従業員養老保険に加入する農民工の割合は常に低い。 2017年に人的資源・社会保障部の発表した報告書によると、都市部従業員養老保険に加入する農民工は、22%(約6千万人)のみであった。2021年末で、中国には2億9,251万人の農民工がおり、全就業者の39.1%を占めるが、8割近くが養老保険に加入していないことになる。

近年、政府は都市部と農村部の住民養老保険加入を積極的に推進しており、従業員養老保険に加入していない農民工も都市部と農村部の住民養老保険に加入できるが、年金受給額の差はかなり大きい。また、雇用規模が拡大しつつあるフレキシブルワーカーの養老保険加入率もかなり低い状態になっている。

長年にわたる定年延長議論

高齢化社会への急速な進展を背景に、定年延長に関する議論は早い時期から行われていた。2000年に労働社会保障部の社会保険研究所が発表した「中国養老保険基金の測算と管理」は、国が速やかに定年延長を決定すべきだと提言している。

また、2012年に発表された「社会保障の第12次5カ年計画」では、「年金受給年齢を弾力的に遅らせる政策を研究する」ことが言及されている。

そして、2015年12月に、中国社会科学院人口と労働研究所が公表した「人口と労働に関する緑書:中国人口と労働問題報告No.16」では、段階的に定年退職年齢を引き上げ、2045年に男女の定年退職年齢が一斉に65歳になるまで、定年を3年ごとに女性で1年、6年ごとに男性で1年と、徐々に引上げることを提案している。

2021年に発表された「第14次5カ年計画と2035年長期目標の概要」では、法定定年年齢を徐々に遅らせるべきで、「毎年、数か月の定年延長」や「数か月毎に、1か月の定年延長」というように、定年退職時期を個人が主体的に選択できるようにするべきだとしている。

さらに、退職年齢(定年)の引き上げについては、「第14次五カ年計画(2021~25年)国家高齢者事業発展・高齢者養老サービス体系計画に関する通知」(注2)が、2021~25年の間に「法定の定年退職年齢を段階的に引き上げる」と明確に規定している。

このように、定年年齢引き上げの議論は長年にわたり継続されてきたが、ようやく江蘇省から着手され始めたということである。しかし、定年年齢と年金受給など社会保険との繋がりを考えると、新たな就業形態を含むフレキシブルワークにおける保険適用範囲、養老保険待遇の保証、退職者老後生活のサポートなど、課題は山積みのままである。

参考資料等

  • 中国政府網、江蘇省人力資源と社会保障庁、人民網

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