新型コロナウイルスによる賃金の低下
 ―ILO世界賃金報告

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  • 国別労働トピック:2021年2月

ILO(国際労働機関)は2020年12月2日、「世界賃金報告2020-21年:コロナ下の賃金と最低賃金(Global Wage Report 2020-21: Wages and minimum wages in the time of COVID-19)」を発表した。ILOは本報告において、世界の平均賃金上昇率を押し下げる新型コロナウイルスの影響を詳しく分析している。以下、報告の概要を紹介する。

感染症拡大以前、世界の実質賃金上昇率は1.6~2.2%

新型コロナウイルス感染症拡大前の4年間(2016~2019年)における、世界の実質賃金上昇率は1.6~2.2%であった。ただし、大きな比重を占める中国を除外すると0.9~1.6%と低い水準で推移していた。G20の先進国では年間0.4~0.9%の水準で上昇したが、新興国では3.5~4.5%の水準で急上昇した。

2008年から2019年における実質賃金上昇率は、中国が2倍以上に増加した。G20の先進国の中では、韓国(22%)、ドイツ(15%)の順に実質賃金上昇率が高かった一方、イタリア、日本、イギリスでは下落した(図1)。

図1:G20の先進国における2008-2019年の実質賃金平均指標(基準年=2008年)
画像:図1
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出所:ILO(2020)

感染症拡大以降の賃金水準を押し下げる圧力

新型コロナウイルス感染症拡大後の各国のデータによると、短期統計が利用可能な国の約3分の2で、賃金の減少や平均賃金の伸びの鈍化が見られた。日本、韓国、イギリスなどでは、雇用を維持するために強力な雇用維持政策が導入もしくは拡大されたため、危機の影響は大規模な雇用喪失よりも賃金の下降圧力によって、より明確になっている可能性がある。例えば、イギリスでは政府が賃金の8割を支払う雇用維持制度の恩恵を受けた従業員が、労働時間がゼロに短縮されたにもかかわらず、失業者とは見なされなかった。そのため、失業率は安定したままであったが、実質賃金平均指数は2020年4月に前年比で2.1%低下した。同様の状況は、フィンランド、オランダ、スペイン、スウェーデンなど他の欧州諸国でも見られる。

日本では失業率が2020年第1四半期からわずかに上昇したものの、賃金の低下はそれほど顕著ではなく、1月から3月にかけて賃金の下降圧力が見られたが、前年同期比で賃金の上昇幅ははるかに小さかった。ただし、2020年5月の平均賃金の下落は前年同月より急激であった(図2)。

図2:日本における失業率及び、平均賃金の推移(2019年=100)
画像:図2
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出所:ILO(2020)

一方、その他の国(ブラジル、カナダ、フランス、イタリア、アメリカなど)では、低賃金労働者の間で相当数の失業が発生したことを反映して、平均賃金が大幅に上昇した。危機的な状況下では、雇用構成の急激な変化により平均賃金が大きく変動する可能性がある(「構成効果」として知られる)。例えば、アメリカでは2020年4月の失業率が前例のないほど急激に上昇して14.7%(前月比10.3ポイント上昇)を記録した。具体的には、「高校卒業未満」の失業率が21.2%(同14.4%ポイント上昇)であったのに対し、「学士号以上」の失業率は8.4%(同5.9%ポイント上昇)にとどまった。その結果、実質賃金平均指数は前年比で4月に約7%、7月に約4%上昇した。

危機の影響は女性及び、低賃金労働者に顕著

今回の危機が賃金総額に与えた影響は、男性よりも女性のほうが大きかった。欧州の一部の国を対象とした試算によると、賃金補助の支払いがなかった場合、2020年第1四半期から第2四半期の間の賃金減少幅は、男性が5.4%であるのに対し、女性は8.1%だった(労働者全体では6.5%)。このような格差はレイオフの数の違いよりも、労働時間の短縮が主な原因である。労働時間の短縮によって失われた賃金は、男性が4.7%であったのに対し、女性は6.9%であった。

また、今回の危機は低賃金労働者に不均衡な影響を与え、賃金格差を拡大させた。調査によると、多くの国で労働時間の短縮が、高賃金の管理職や専門職よりも、初歩的な仕事を中心とした低技能職に特に大きな影響を与えている。ヨーロッパの一部の国では、賃金補助制度がなければ、最低賃金労働者の半数が17.3%の賃金を失っていたと推定され、これは全労働者の推定(6.5%)をはるかに上回っている。その結果、不平等の指標である賃金分布の下位50%の労働者が受け取る賃金総額に占める割合は、平均27%から24%へと低下する一方で、分布の上位半分の労働者の割合は73%から76%へと上昇することになった。

しかし、多くの国では、失われていたであろう賃金の一部を一時的な賃金補助制度によって補填し、 危機による賃金の不平等への影響を軽減することが可能になった。多くの国が危機時に雇用を守るため、賃金補助制度を導入または拡充している。データ入手可能な欧州 10カ国では、賃金補助制度が平均で、労働時間の短縮による賃金損失の約51%を補ったと試算されている。また、賃金補助制度の主な受益者は危機の影響をより深刻に受けた低賃金労働者であったため、所得格差への影響を和らげることも可能であった。

適切かつバランスのとれた賃金政策が必要

危機の影響を緩和し、経済回復を支援するためには、強力かつ包括的な社会的対話を通じた適切かつバランスのとれた賃金政策が必要である。近い将来、コロナ危機の経済及び雇用への影響は労働者の賃金に大規模な下降圧力をかける可能性が高い。このような状況の中で、雇用を保護し、企業の持続可能性を確保すると同時に、労働者とその家族の所得を保護して需要を維持し、デフレを回避するためには、関連する社会的・経済的要因を考慮に入れた適切かつバランスのとれた賃金調整が必要となるだろう。

また、危機後の新たなより良い「ノーマル」を計画する際には、法定または交渉による適切な最低賃金が、より多くの社会正義と不平等の減少を確保するために役立つ可能性がある。最低賃金が適切な水準に設定及び促進され、低賃金労働の可能性が高い労働者を法的に保護できれば、不当な低賃金労働から労働者を保護するだけでなく、不平等の削減にも貢献する。さらに、最低賃金を最も効率化するために、インフォーマル経済の公式化や賃金雇用の創出、持続可能な企業間での生産性向上をサポートする他の政策を伴うべきである。

参考資料

  • ILO資料 Global Wage Report 2020-21: Wages and minimum wages in the time of COVID-19
  • ILO(02/12/2020) Global Wage Report 2020-21: COVID-19 drives wages down, new ILO report finds

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