EU離脱後の移民制度案で新方針
EU離脱後の労働者の受け入れ制度として、「オーストラリア型ポイント制」をモデルとした制度導入の可能性が浮上している。従来、離脱後の制度に関する方針で示されてきた内容に比して、対象者の属性(技能・職業資格水準や年齢など)により重点を置いた制度の導入が想定されているとみられる。
年齢や言語能力、専門的な就業経験などを重視か
政府は9月、移民政策の諮問機関であるMigration Advisory Committee(MAC)に対して、EU離脱後の移民受け入れに「オーストラリア型ポイント制」を参考とした制度を導入する可能性の検討を諮問した。従来、2018年12月に公表された離脱後の移民制度案では、現在EU域外からの受け入れについて適用されているポイント制をEU域内からの移民にも適用することを基本とした方針が示されていたが、7月の首相交代に際して、新首相がオーストラリア型受け入れ制度を検討する意向を示したことを受けたもの。諮問文書は、EU域外と域内で異なる受け入れルールを適用している現在の制度に替わり、離脱後には、出身国や地域による区別なく、各人が有するスキル等で受け入れの可否を判断する制度を導入するとして、オーストラリア型ポイント制を代表例としてMACに検討を依頼している。
オックスフォード大学の研究者によるプロジェクトMigration Observatoryの分析によれば、オーストラリアによるポイント制の受け入れスキームとして最もよく知られているのは、「skilled independent」と呼ばれるものだが、同スキームの大きな特徴は、入国に先立って雇用先が確保されていることを必ずしも前提としない点にある。現在、イギリス国内で実施されているポイント制は、受け入れ主体である雇用主(スポンサー)に重点を置いたもので、対象者に付与されるポイント自体は、基本的な要件(受け入れ先で従事予定の職種や賃金水準など)を満たしていることを示すものとして運用されている側面が強い(注1)。これに対して、オーストラリア型では、対象者自身の属性が評価の対象となり、予め雇用が確保されていることは加点要素ではあるものの、必須の要件とはされていない。。主に考慮されるのは、年齢や言語能力、専門的職種における就業経験や教育資格で、とりわけオーストラリアでこうした経験や資格を得ている場合にはポイントが加算される、というものだ(図表1)。
ただし、政府は雇用の確保に関する条件の緩和は行わないとみられており(注2)、このため諮問の主眼はポイントに関する基準の多様化にあると考えられる。また、設定されるポイントの内容や、数量規制を行うか否かなど、未だ示されていない要素によって制度の厳格さが左右されるところが大きい。加えて、ロンドン以外での就労、とりわけ経済的困窮が指摘されてる地域での就労を目的とした入国については、ポイントの加算を行うといった案も追加で示されるなど、制度の全体像は未だ不透明だ。
図表1:オーストラリア型ポイント制(Skilled Individual)における評価基準
出所:Migration Observatory "The Australian points-based system: what is it and what would its impact be in the UK?"
EU労働者の減少による人手不足への懸念
2016年の国民投票以降、EUからの移民の流入は減速している(図表2)。特に、過去10年以上にわたってEUから流入する移民の多くを占めてきた2004年の新規EU加盟国(EU8:ポーランド、リトアニアなどの旧東欧諸国)からの流出入の合計は、就労目的の流入者の減少と帰国者の増加の影響により、昨年からマイナスに転じている。さらに、EU8諸国に遅れて2007年に加入を果たし、近年急速に流入が増加(注3)してきたルーマニアおよびブルガリアからの移民についても、就労目的の入国を中心に減少が顕著となりつつある。こうした新規加盟国からの労働者の多くが、これまで低技能・低賃金の仕事に従事してきたとされ、離脱後にはこうした職種における人手不足が懸念されている。一方で、これとは対照的に、EU域外から(特にインドやパキスタンなど)の移民が増加している。
図表2:イギリス人・外国人の出身地域別純流入数の推移
注:1年以上の滞在(予定)者に関する推計。各期のデータは直近12カ月のもの。
出所:Office for National Statistics 'Migration Statistics Quarterly Report
シンクタンクCIPDが9月に公表した報告書(注4)も、離脱後の人手不足深刻化の可能性を懸念している。従来、政府が示していた制度改正案では、域内・域外からの移民受け入れに共通のポイント制を適用する一方で、例外的に若年層を中心とした低技能労働者の受け入れを認めるとの方針(注5)が示されていたが、CIPDは、このスキームでは想定される人手不足を補うことはできないと指摘、代替案として、低技能職種への労働者の受け入れ拡充を可能とする制度改正を提案している。EU市民に対して、2年を上限に居住や就学、就労が可能なビザを発行、年齢等の制限を設けない簡素な制度とすることで、現行案に比して運用コストを抑制できるとしている。また、滞在期間の上限に達した流入者が、他のカテゴリに転換することを制限すれば、流入量の管理も可能であるとしている。
CIPDは、このスキームを導入するのであれば、現在MACの提案を受けて政府が検討している、年3万ポンドの賃金水準要件を支持するとしている。ただし、一部の労働力不足職種については、当該職種の平均賃金を参照して3万ポンドを下回る下限を設定する余地を残すことを提言している。介護や看護といった公共部門の人手不足の緩和が念頭に置かれたものだ。同時に、制度の簡素化には、技能水準の下限の廃止も検討すべきであるとしている。3万ポンドの賃金水準要件により、実質的には中程度未満の労働者の受け入れは限定的との想定による。また、受け入れコストの増加に関する雇用主の懸念を受けて、受け入れ規模が限定的なスポンサーについて、より廉価な区分を設ける等の対応を求めている。このほか、移民受け入れに際してスポンサーに課している負担金(Immigration Skills Charge)については、アプレンティスシップ負担金に振り向けて、減少傾向にあるとされる従業員の訓練投資に充てるべきであるとしている。
地域経済への影響
制度改正の影響は、地域の特徴にもよっても異なる可能性がある。シンクタンクIPPRが10月に公表した報告書(注6)は、近年EUからの移民が急速に増加したブリストル及びこれを含むイングランドの西部地域を例に、政府が示す移民制度案が導入された場合の影響を予想している。同地域は、高度技能を要する産業が拡大する一方で、地域内の格差拡大に直面しているとされ、近年拡大したEU移民の多くはホテル・レストラン業や製造業などで、相対的に低技能の仕事に従事しているとされる。現在政府が提案している所得や仕事に要する技能レベルの要件に照らすと、ブリストルを含むイングランドの西部地域では、EU労働者の75%が基準に達しないことから、制度改正は将来的な同地域へのEU労働者の流入に著しい影響を及ぼす可能性が高いとみられる。
地域の雇用主に対するインタビューでも、制度改正への対応をめぐって懸念が聞かれたという。現在、人の移動の自由による受け入れの容易さや、地域内の低失業状況からも、多くの雇用主がEUからの労働者に依存しており、3万ポンドの年収要件の導入は非現実的であること、また一方で、期間限定の低技能労働者の受け入れは、雇用主による訓練投資の低迷を招きかねないとの意見が示されている。制度改正案は、地域内の産業全般の成長を著しく制限する可能性がある、と報告書は分析しており、必要に応じた受け入れ要件の緩和や、EU労働者の労働条件の改善などを提案している。
注
- ただし、申請者数が月々の数量規制の上限を超える場合には、よりポイントの高い層が優先的に受け入れられることとなる。(本文へ)
- イギリスでも過去に、雇用の確保を前提としない制度として「高度技能移民プログラム」(HSMP)や、ポイント制においてこれを引き継いだ第1階層の「一般」カテゴリが実施されたが、現在は停止されている。雇用の確保を前提とせずに受け入れたこうした層の多くが、失業状態や低技能職種に従事するなど、制度が意図された機能を果たしていないことが、調査の結果明らかになっている。ただし、「一般」カテゴリと前後して停止された「就学後就労」(post-study work:就学後に2年間の滞在を許可していたが、2012年に停止、滞在可能な期間は4カ月に短縮された)については、2019年に同種の制度が再導入された。(本文へ)
- 7年間の移行期間が終了して、域内での居住や就労が自由化されたことによる。(本文へ)
- CIPD "A practical immigration system for post-Brexit Britain"(本文へ)
- 若者向けの短期受け入れスキーム(Youth Mobility Scheme:指定国の18-30歳層が対象、上限規制を設定)の拡充による。(本文へ)
- IPPR "Go West - Bristol and the Post-Brexit Immigration System"(本文へ)
参考資料
- Gov.uk
、Migration Observatory
、CIPD
ほか各ウェブサイト
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=141.18円(2019年12月3日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
2019年12月 イギリスの記事一覧
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