中核的労働基準に関する基本条約の批准をめぐり韓国とEU、ILOが対立

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  • 国別労働トピック:2019年6月

韓国は国際労働機関(ILO)の中核的労働基準に関する8つの基本条約のうち4条約を批准していない。ILOと欧州連合(EU)は韓国政府に対しこれら条約の批准を強く要求している。しかし、労使の意見対立が激しく、膠着状態に陥っている。雇用労働部は政府主導で条約批准案と関連法改正案を策定し、9月の定期国会に提出する方針を示した。

ILO基本条約と韓国の労使関係法

韓国は、労働における基本的原則及び権利について定めたILO基本条約(4分野・8条約)のうち、結社の自由及び団結権の保護に関する条約(第87号)、団結権及び団体交渉についての原則の運用に関する条約(第98号)、強制労働に関する条約(第29号)、強制労働の廃止に関する条約(第105号)の4条約を批准していない()。

表:韓国のILO基本条約の批准状況
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これは韓国の労使関係法(労働組合及び労働関係調整法、公務員労働組合法、教員労働組合法)や慣行が労働組合の活動を制限しており、それらがILO基本条約に違反しているためである。

ILOの結社の自由委員会は2012年、争議行為の事由を団体協約締結によって解決できる問題に限定している判例や慣行を批判し、ILO原則に適合した措置を取るよう勧告した。また、2014年には、公務員労働組合法と教員労働組合法が解雇者の組合員資格を認めていないことがILO基本条約違反であるとして、その廃止を勧告した。

文在寅政権は、ILO基本条約批准を国政課題の1つに掲げ、社会対話を通じて解決する方針を示してきた。大統領の諮問機関の経済社会労働委員会(労使政公益委員18名で構成。以下「経社労委」という)でこの問題を取り扱ってきたが、労使の意見対立が激しくまともに議論すらできない状況が続いている。

EUとILOが基本条約批准を強く要求

韓国とEUは2011年5月に自由貿易協定(FTA)を締結した。その際、韓国は労働基本権の尊重、促進、実現のため、ILO基本条約を批准することを約束した。

欧州連合(EU)は2018年12月、韓国政府に対し、FTAで義務づけられたILO基本条約の批准が7年間履行されていないとして、韓国に対し、協定上の紛争解決手続きである政府間協議を開始した。政府間協議は、政府間実務協議と貿易と持続可能な発展委員会を通じて解決策を模索する制度である。両者が接点を見いだせない場合は、専門家パネル(韓国、EU、第三国から各6人、計18人で構成)を招集できる。EUは、貿易と持続可能な発展委員会で基本条約を批准するよう要求している。

欧州委員会のセシリア・マルムストローム委員(貿易担当)は2019年4月9日、韓国の国会でキム・ハギョン環境労働委員会委員長と会談し、ILO基本条約の批准を今年の夏前に実現するよう要請した。これに対し、キム委員長は、条約批准の前に国内法を整備する必要があるが、韓国の特殊性により夏前の改正法成立を確約することは難しいと述べた。

その後、国際労働機関(ILO)のコリンヌ・バルガ国際労働基準局長は2019年5月9日にソウルで開催された労働基本権の保障に関するシンポジウムに出席する代わりに動画演説を送り、その中ですべての利害当事者が満足するまで基本協約の批准を先送りすれば、労働基本権保護の進展がさらに遅くなるとして、韓国政府に条約批准を国内法改正より先行して実施するよう正式に提案した。バルガ局長は、各国が複雑でさらに検討が必要な事項を最終的に調整できるよう、ILOは条約の批准と発効との間に1年間の猶予期間を認めていると強調した。ILOはこれまで、条約批准と法改正の順序は各国が決める事案であるとの立場を示していた。

経社労委、基本条約批准合意に失敗

経社労委の労使関係制度・慣行改善委員会は2018年7月から2019年4月までの9カ月間に25回の会議を開催し、ILO基本条約批准問題について議論した。

経営側は基本条約批准により、解雇者・失業者の労働組合加入が可能になるなど労働者の団結権が大きく強化されるため、経営側の防御権も保障する必要があると主張している。経営側は条約批准の条件として、スト時の代替要員容認、不当労働行為の刑事処罰廃止、事業所内の争議行為禁止、争議行為の投票手続き明確化、団体協約有効期間拡大などを要求したが、労働側はこれに強く反発し議論は全く進展していない。

経社労委の公益委員は2018年11月、「公益委員の意見」を発表し、合意案を提示した。さらに、2019年4月15日にも「条約の批准に向けた法制度の改善方向に関する公益委員の立場」を発表し、妥結の基盤を整えようとしたが、労使の意見の隔たりを埋めることはできなかった。

経社労委は2019年5月20日、運営委員会第6回会議を開催し、結社の自由及び団結権、強制労働の禁止に関するILO基本協約の批准に関する議題について協議したが、合意に至らず、社会的合意案の取りまとめを事実上断念した。

雇用労働部、条約批准と法改正の同時推進を表明

イ・ジェガプ雇用労働部長官は2019年5月22日、ILO基本条約に抵触する関連国内法の改正を優先する従来の方針を転換し、定期国会(9月開会)において強制労働廃止条約(第105号)を除く3つの基本条約の批准同意案と関連法の改正案を一括で審議できるよう準備を進めると表明した。強制労働の廃止に関する条約(第105号)はさらなる検討が必要なため保留とした。これは、経社労委で社会的合意に達しなかったことを受け、政府主導で条約批准手続きを進める考えを示したものである。

しかし、条約批准同意案と関連法改正案の国会審議は容易ではないと予想される。経営側は、ストライキの際の代替要員の無制限容認、不当労働行為に対する刑事処罰の廃止など、経社労委での合意が見送られる原因となった事項を強く要求している。韓国経営者総協会は、「使用者側は団結権だけを拡大した場合の悪影響を非常に懸念しており、経社労委における公益委員案は、労働側の立場に偏った提案である」と主張している。

他方、経社労委の議論に参加してきた韓国労働組合総連盟(韓国労総)は、「経営側の要求には、ストライキの際の代替要員の容認など、基本条約批准に関係ない内容が含まれている」と強く反対している。

参考資料

  • 脇田滋(2019)「韓国・文在寅政権と労働法改革をめぐる動向」『労働法律旬報』2019年3月25日号
  • 趙淋永(2019)「文在寅政権と労働法改革の方向と構造」『労働法律旬報』2019年3月25日号
  • 朝鮮日報日本語版(2019年5月23日付)
  • 中央日報日本語版(2019年5月22・23日付、4月16・18日付)
  • ハンギョレ新聞日本語版(2019年5月10・21・22・23日付、4月8・10・17日付、2018年12月18日付)
  • JETROビジネス短信(2018年12月20日付)

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