産業ロボットと失業、賃金低下には政策と労使関係が歯止めに
―経済政策研究所
全米経済研究所(NBER:The National Bureau of Economic Research)は、MITアセモグル教授とボストン大学レストレポ教授による産業ロボットの進化が労働市場に与える影響に関する報告(以下、アセモグル・レストレポ報告)を2017年3月に発表した。
経済政策研究所は、産業ロボットが失業と賃金低下をもたらすというNBER報告の一面だけをメディアが取り上げてミスリードを招いているとし、5月24日に「ゾンビ・ロボット論争は沈没寸前―自動化が失業や不平等を招く証拠はない」とするレポートを公表した。
アセモグル・レストレポ報告
『ロボットと仕事:米国労働市場からのエビデンス』と題するアセモグル・レストレポ報告は、産業ロボットと人間が競争した場合、産業ロボットが優勢となり、失業と賃金低下をもたらすとする。1990年から2007年の期間で、好業績をあげているローカル通勤圏(Commuting Zone)を対象とした調査結果から推計し、該当期間で67万人の雇用が失われ、賃金が0.5%減少したとする。
メディアは失業と賃金低下を大きく取り上げるとともに、報告では対象としていないAI(人工知能)などの技術革新がもたらす失業と賃金低下の可能性について大きく報道した。
ところで、アセモグ・レストレポは、産業ロボットがもたらす労働市場への悪影響のみを研究対象としてきたわけではない。2016年には「機械と人間の競争(The race between machines and humans: Implications for growth, factor shares and jobs)」と題するレポートのなかで、産業ロボットなどの技術革新が人間の仕事を奪う一方で、複雑なタスクをともなう新たな仕事が誕生することを指摘していた。
アセモグル・レストレポはこの点に関し、次の論点を提示した。技術革新に必要な資本が人件費よりも安くなる場合、人間の仕事が奪われる速度が高まる。それと同時に複雑な仕事が新たに誕生する。つまり、技術革新の導入と新しい仕事が誕生することのどちらが速いかにより、就業者数が減少するかどうかが決まるのである。だからといって、やみくもに技術革新が進むわけではない。そのためには、導入するための費用が人件費や費用対効果と比べて低いことが必要になる。そして、技術革新の導入により新しく誕生した仕事は複雑であるために賃金が上昇することになる。反対に、単純な仕事は賃金が低くなるという通説があるが、新たに生まれた複雑な仕事の賃金に影響を受けて、大きくは下がらないとした。
このレポートを合わせて考えれば、アセモグル・レストレポの2017年3月のレポートは、必ずしも産業ロボットが失業と賃金低下をもたらすと主張しているわけではないことがわかる。
マクロ経済政策と労使関係の可能性
経済政策研究所は、メディアによるアセモグル・レストレポ報告に関する報道がミスリーディングをもたらすものとして、レポートを公表した。
アセモグル・レストレポのこれまでの研究業績をメディアが意図的に取り上げていないことを指摘するとともに、次の四点を挙げて反論した。それは、「①自動化に由来する雇用全体への大きくそしてネガティブな影響はなかったこと」「②技術革新と自動化が労働者階級を取り囲む賃金の停滞と不平等を引き起こす主たる要因ではないこと」「③特定の産業や職業においてロボットはいくつかの人間の仕事を置き換えたけれど、そのことをもって自動化が失業全般の増加の要因であるとはいえないこと」「④ほとんどのアメリカ人を良い仕事から遠ざけ続ける数多くの問題をアメリカの労働市場が抱えており、わたしたちが注意を払い続けるべき問題があるとうこと」ということだった。
これらには、①が調査手法の妥当性について、②が自動化と賃金および不平等との相関がみつけられないことについて、③が技術革新により新たな仕事が生まれる可能性があるということ、④が長期安定雇用を壊したマクロ経済政策と労働者の団体交渉力を弱めた意図的な政治的な攻撃があったという説明がそれぞれ加わっている。そのなかでも、経済政策研究所は、経済政策および政治の役割を重視した報告を行っている。
(調査部海外情報担当 山崎 憲)
参考
- Mishel Lawrence and Bivens Josh (2017) “The zombie robot argument lurches on There is no evidence that automation leads to joblessness or inequaity” Economic Policy Institute, May 24, 2017.
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