国外労働者への最賃適用の是非
―ポーランドのトラック運転手の場合

ドイツは昨年1月1日に初の法定最低賃金、時給8.5ユーロを導入した。この最低賃金の適用をめぐり、欧州委員会は6月16日、「EU法に抵触する恐れがある」と指摘した正式文書をドイツ政府に送付したと発表。国外で雇用された労働者にも例外なく最低賃金を適用する姿勢が問題になった格好だ。具体的には、ポーランドのトラック運転手がアイコン(典型例)として引き合いに出される。

適用をめぐる欧州委員会との攻防

最低賃金について、ドイツ政府は「国内で働く全労働者に対する例外なき適用」を導入当初から主張している。そのためドイツ当局は、国外の運送会社に対して「税関へ予定経路の事前届出」、「国外トラック運転手のドイツ語雇用契約書の携行」、「労働時間の記録」を義務付けている。もし最低賃金違反があった場合は、最高50万ユーロの罰金が科される。こうしたドイツの適用ルールに対して、ポーランドを始めとする東欧諸国が強く反発し、相次いで欧州委員会に苦情を申し立てた。

背景にはドイツの地理的な特性がある。ドイツは欧州中央に位置し、9カ国(注1)に囲まれている。その地理的特性から国内の道路には、様々な国籍の輸送車が走行している。課金道路(幹線道路)に関する統計を見ると、外国籍のトラックはポーランドが最多で、7キロに1台走行している。次にチェコ、ルーマニア、ハンガリー、スロバキア、リトアニア等の東欧諸国が続く。

こうした各国の苦情を受けて欧州委員会は、昨年5月19日、最低賃金そのものは全面的に支持しながらも、国外で雇用される労働者への適用は、「EU域内におけるサービスや商品の自由移動を制限し、EU法― 特に労働者の国外送り出し指令(Directive 96/71/EC)に抵触する恐れがある」として、バランスのとれた運用を求める正式文書をドイツ政府へ送付した。

しかし、その後も両者の主張は折り合わず、欧州委員会は6月16日、ドイツ政府に対して再び正式文書を送った。ドイツ政府は今後2カ月以内に、欧州委員会の指摘に対応しなければならない。

なお、ドイツ当局(ZOLL)のサイトによると、東欧諸国の反発等を考慮して、「他国に行くためにドイツを通過する国外運転手に対する最低賃金の取締り」は昨年1月下旬から停止している。

請負による適用逃れ

ポーランドのトラック運転手は通常、時給19.78ポーランド・ズロチ(約4.5ユーロ)を受け取る。同じ運転手がドイツの道路を走行すれば、最低賃金の適用により時給は8.5ユーロに跳ね上がる。会社にとっては大幅なコスト増となり、ドイツの最賃導入以来、ポーランドではトラック2~3台を保有する小規模会社の倒産が相次いでいる。中堅会社も経営が逼迫している状況は同じで、約70人のトラック運転手を雇用するFracht社では、近く運転手を全員解雇し、請負(個人事業主)にした上で、サービスを委託する方式に切り替えることを決めた。請負となれば最賃や社会保障の適用から除外されるため、運転手にとっては大幅な労働条件悪化となる。会社側は、「倒産を免れるためには仕方がない」としている。

各々に二分する労使の反応

最低賃金の適用についてドイツの労働組合(DGBやVer.di)は、賃金ダンピングを防ぎ、国内労働者の賃金や雇用を守るために例外は認められないとして、欧州委員会の見解に強く反発している。

一方、ドイツの使用者団体は意見が分かれている。ドイツ道路運送業・ロジスティクス連邦協会(BGL)は、「不当な価格競争を防止するため、最低賃金の例外なき適用」を主張するが、ドイツ貨物輸送・物流協会(DLSV)は、自由なサービス提供の重要性を強調し、欧州委員会の見解を支持している。

他方、ポーランドの3つの労働組合(NSZZ、OPZZ、FZZ)は、ドイツの最低賃金の適用を歓迎する主旨の共同声明を発表している。しかし、他方で、最低賃金の適用による失職を恐れたトラック運転手らが、昨年5月に国境付近で適用反対の抗議行動を起こすなど、労働者の足並みも必ずしも揃っていない。

デジタル化による就業環境の変化の可能性も

他方で、欧州のトラック運転手という職業をめぐる状況は、今後変化する可能性がある。そのきっかけとなり得るのは、例えばデジタル化である。「プラトゥーン(注2)走行」という研究プロジェクトがすでに実施されているが、このプロジェクトは、先頭の車両だけに運転手が搭乗して隊列で自動走行することを目指している。その場合、トラックは相互に電気的に連結されるため、燃料と人員を省くことができる。トラックメーカーのスカニアやボルボは、まさにそのような方式で、複数のEU加盟国からアムステルダム(オランダ)へ向かうラリー(Sternfahrt:星形走行)、つまり多数の地点から1つの地点を目指して走行等を企画している。すでに一部の自動車メーカーでは、幹線道路におけるトラックの自動運転の試験走行も始まっており、最終的には運転手は技術によって代替されるかもしれない。この変化に対しては、もはや賃金格差は論拠にならなくなる。

参考資料

  • European Commission Press release (16 June 2016)、Federal Ministry of Finance (zoll)、Die Welt (11.05.16)、EurWORK (31 July 2015, 16 June 2016)、Deutsche Welle (09.05.2016)、EurActiv.com (2015.4.29)、Directorate General for Mobility and Transport, EU (19 May 2015) ほか

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