社会保険料の企業負担率に見直しの動き

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  • 国別労働トピック:2016年5月

中国の社会保険はいわゆる「五険一金」(養老(年金)保険、医療保険、失業保険、労災保険、出産(生育、育児)保険、住宅積立金)で構成されている(表1)。企業が負担する保険料率は地方によって異なるが、合計すると賃金総額の30~40%程度にのぼる。中央政府は2015年3月に失業保険、同年10月に労災保険、出産保険の料率をそれぞれ引き下げた。中国共産党と政府は同年12月に開いた中央経済工作会議で、企業のコスト引き下げ支援策の一環として、第13次5カ年計画(2016~20年)中に社会保険料負担のさらなる軽減(簡素化・統合)を検討する方針を示した。

こうした中、各地方政府は社会保険料の企業負担分を減らす措置を講じている。「新常態」(国別労働トピック2015年12月参照)といわれる経済の低成長、少子高齢化の進展という環境下で、確保できる財源は限られており、企業の負担軽減に配慮しつつ、安定した給付水準を維持できるかどうか、政府は難しい対応を迫られている。

「中国の社会保険料率は高いのか」

中国人力資源・社会保障部は2016年2月、「わが国の社会保険料率は高いのか」と題する文書をウェブサイトに掲載した。そこでは「わが国では現在、高齢化が進み、社会保険の保険料の徴収を拡大する余地がしだいに縮小しつつある。その一方で、各種社会保険待遇の水準は高まり続けており、社会保険基金の収支バランスはこれまで以上に大きな圧力に直面している」と危機感を表している。

清華大学民生経済研究院が2015年12月に発表した「2015年中国企業家発展自信指数」によると、企業の84.8%で人件費が増加しており、経営にあたって最大の障害になっている。中でも社会保険料に対する負担感が大きく、その料率は合計で30~40%程度に達している。

中央政府は2015年3月に失業保険の料率(企業負担と個人負担の合計)を3%から2%に、同年10月に労災保険の料率(企業負担のみ)を1%から0.75%へ、出産保険の料率(同)を1%未満から0.5%未満にそれぞれ引き下げた。また、労災保険については、労災発生のリスクが高い業種の料率を高くするなど8段階(最低0.2%~最高1.9%)に細分化する基準が人力資源・社会保障部と財政部の通知により示された。

その後、2016年4月に中国人力資源社会保障部と財務部が、同年5月から2年間の暫定措置として、失業保険の料率(企業負担と個人負担の合計)を1~1.5%に引き下げ、個人負担分は0.5%を超えないこととする通知を出した。

表1:中国における社会保険料率(2016年4月現在)
  養老(年金)保険 医療保険 失業保険 労災保険(平均) 出産(生育)保険(平均) 5保険合計 住宅積立金
保険料率 28% 8% 2%
(3%)
0.75%
(1%)
0.50%未満
(1%未満)
39.25%
(41%)
10~24%
(企業負担) 20% 6% 地方により異なる 全額 全額 27.25%(+失業保険) 5~12%
(個人負担) 8% 2% 地方により異なる 10%(+失業保険) 5~12%
  • 注:1)保険料率の括弧内の数値は2015年改訂前の水準。
  • :2)中央政府が示した水準であり、実際の保険料率は各地方(省・自治区・直轄市等)で異なる。
  • :3)保険料率算定の基礎となる賃金には上限と下限があり、原則として上限は当該地域の前年度の平均月給の300%、下限は60%(北京は40%)に設定されている。
  • :4)養老(年金)保険料率については、2016年5月から2年間の暫定措置として、企業負担が20%を超える地方は20%にする措置などがとられている(本文参照)。
  • :5)失業保険料率についても上記注4)と同期間の暫定措置として、企業負担と個人負担の合計を1~1.5%に引き下げ、個人負担分は0.5%を超えないこととする措置がとられている(本文参照)。
  • 資料出所:中国人力資源・社会保障部他

労災保険料率を細分化

中央政府の決定を受け、各地方政府は、相次いで企業負担分の社会保険料率を引き下げたり、労災保険料率を業種ごとに分けたりする措置をとり始めた。

上海市の労災保険料率は、業種にかかわらず0.5%に統一されていたが、2015年10月から業種によって、中央政府が示した8段階いずれかの区分の料率を適用するようにした。さらに、これらの料率は最低区分の料率(0.2%)を除き、それぞれ2割引き下げられた。例えば最高区分の料率は1.9%から1.52%への引き下げとなる。

北京市は、労災発生リスクの大きさに応じて0.5%、1.0%、2.0%の3段階の保険料率を設けていた。これを2016年7月以降、中央政府と同様に0.2~1.9%の8段階の区分に変更し、全体として保険料率を下げることにした。

広東省広州市は、3段階(0.5%、1.0%、1.5%)の料率を設けていたが、2015年10月以降、2割ずつ引き下げた。引き下げ後の料率はそれぞれ0.4%、0.8%、1.2%となっている。天津市と甘粛省は、2015年10月より、最低区分を0.5%から0.2%に、最高区分を2.0%から1.9%にそれぞれ引き下げている。

医療保険の料率削減の地域も

浙江省寧波市は、2016年2月1日から、企業負担分の医療保険料率を11%から9%に引き下げた。従業員負担分の料率(2%)は維持し、待遇の水準は下がらないとしている。9%の料率のうち、8.5%は基本医療保険、0.5%は大病救助金(注1)に充てる。従業員負担分はすべて基本医療保険料になっている。寧波市人力資源・社会保障局の推計によると、料率の引き下げにより、企業の負担は9.05億元軽減される。

出産保険の料率については、甘粛省などがそれまでの1.0%未満から0.5%未満に、天津市が0.8%未満から0.5%未満へと2015年10月からそれぞれ引き下げる措置をとった。

2年間の暫定措置として養老(年金)保険料の引き下げも

料率の引き下げが最も求められているのは、賃金総額の28%を占め、企業負担分が20%にのぼる養老(年金)保険料だ。中国人力資源・社会保障部と財務部は2016年4月、同年5月1日から2年間の暫定措置として、養老(年金)保険の企業負担分の保険料率が20%を超える地方(省・自治区・直轄市)は20%に、料率が20%で9カ月分以上の給付額に相当する基本養老保険基金の累積余剰金がある地方は19%に引き下げる通知を出した。

なお、天津市は、2016年2月、経営難の企業(2年以上連続の赤字経営で、保険料の納付が困難な企業)に対して、市に申請のうえ、固定資産などの担保を提供するといった条件で、養老保険料の納付を暫定的に1年間免除することを認めると発表した。
重慶市は「小微企業 」(小規模零細企業)(注2)に対して養老保険の負担料率を引き下げた。同市の都市従業員基本養老保険制度は、企業向けと個人事業者向けとで料率が異なっており、その企業負担分は前者が20%、後者が12%となっている。「小微企業」には2016年1月から、後者の料率を適用することにした。

中国人力資源・社会保障部によると、2004年に3775万人であった企業の退職者数は2014年には8015万人まで増加し、養老保険の負担は重くなってきている。
2014年の都市従業員基本養老保険基金の収入は、2兆5310億元と前年より11.6%増えたが、支出は2兆1755億元で前年より17.8%増と、収入の伸びを上回った。

中国社会科学院世界社会保障研究センターが2015年12月に発表した『中国養老金発展報告2015』によると、各地方の都市従業員基本養老保険制度の加入人員は全体的に引き続き増加しているが、遼寧省では0.38%の減少となっている。

また、都市従業員基本養老保険制度の加入者のうち実際に養老保険料を支払った者の割合は2006年の89.98%から2014年には81.19%に低下した。5人に1人は保険料を支払わなかったことになる。なお、2014年末の都市従業員基本養老保険基金の累計余剰金は3兆1800億円となっている。

同報告の予測では、2020年より前の都市従業員基本養老保険基金の収入は依然として支出より多く、基金の余剰金の増加も続く。それが2020年を過ぎると、収入は支出を依然として上回るものの、基金の余剰金の増加は緩やかになる。2037年以降は、収入が支出を下回り、収支の赤字が拡大していく。

こうした見通しを考慮すると、今後、企業の負担を減らすため養老保険料率を下げる余地はきわめて限られているとみられる。

参考資料

  • 新華網、中国人力資源・社会保障部ウェブサイト、人民網、第一財経日報、中国社会科学網、中国網、毎経網

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