公務員労組の権利制限法が成立の方向
―混乱の行方とMITコーハン教授が描く処方箋(Grand Bargain 2.0)
3月2日にオハイオ州、8日にアイダホ州、9日にウィスコンシン州のそれぞれで公務員の団体交渉権、争議権の制限を伴う州財政再建法案を議会が可決した。
オハイオ州上院は17対16の僅差で、アイダホ州は2月24日の上院での20対15の可決を受けて下院が48対22で、それぞれ可決した。
ウィスコンシン州は上院の代わりに設置した特別委員会において9日に18対1で可決したことを受け、法案に修正が加えられて再び下院に送られ、翌10日に53対42で可決した。
この結果、どの州も法案成立に必要な州知事の署名を待つばかりの状況となっている。
世論調査は「労働組合権限の制限に反対」を示す
ウィスコンシン州の民主党議員はこの状況に抵抗するため、2月17日から14人の上院議員が行方を隠していた。上院で投票に必要な議員数20に達することを防ぎ、法案審議を事実上ストップさせるためである。(参考:国別労働トピック「公務員労組の団体交渉権、争議権に対する制限法案が全米規模の対立へ」)
これにより、ウィスコンシン州の法案をめぐる対立が大きな注目を集めることとなった。
2月26日には全米各州で労働組合支持者、人権活動家、宗教家などによる大規模な抗議活動が行われ、ウィスコンシン州議会議事堂には7万人を超える人が集まった。
各州の共和党は、公務員給与が民間と比較して高いため、州財政赤字の削減には公務員人件費削減と団体交渉権、争議権の制限が必要だと主張する。
そのため、大学などの複数の機関が、公務員人件費はほんとうに民間と比較して高いかどうかについて調査を行い、新聞、テレビなどのメディア、シンクタンクが公務員労組の団体交渉権、争議権を制限する必要があるかという世論調査を行うなど、公務員給与水準の妥当性、労働組合権利の必要性が焦点となったのである。
公務員人件費と民間給与の比較は、学歴や企業規模だけでなく、仕事の難易度など職務上の条件を加えて計算が行われた。その結果、ウィスコンシン州も加え、給与に関してはすべての州で民間水準を大きく下回り、医療保険、年金などを加えても、民間水準に達しないとの結果が報告された。
また、「公務員労組の団体交渉権、争議権を制限する必要があるか」という問いに関し、たとえばUSAトゥデイ紙と調査会社ギャラップ社が共同で行った世論調査では、61%が反対と回答し、賛成とした回答33%を大きく上回った(Poll: Americans favor union bargaining rights,USA TODAY, Feb.22, 2011)。
他の世論調査も概ね、労働組合の権利を制限することに反対するという結果となった。
採決の強行が更なる混乱を招く
法案は州予算と一連のものとなっていたため、審議期間には制限があった。
膠着状態を打開するため、ウィスコンシン州知事が行方を隠した上院議員に議会へ出頭することを命じるとともに、議会は1日あたり100ドルの罰金を課すことを決議した。
3月9日になり、共和党選出の州知事と共和党議員代表が状況打開のための会合をもった。これを受け、同日に上院議員と下院議員20名からなる特別委員会を組織して、上院での投票の代替とすることを宣言した。その直後に審議を経ずに投票が行われ、18対1の大差で法案が可決された。
これに対し、民主党および労働組合支援者は上院を迂回する特別委員会の投票を違法として訴訟するほか、共和党議員をリコールする準備に入っている。
また、投票直後に労働組合のナショナルセンターAFL-CIOをはじめ民間部門を含めた複数の産業別労働組合が抗議声明を出した。
公務員の適正な給与水準や労働者としての基本的な権利の在り方、団体交渉の目的といった本質的な問題が議会では議論されることはなかった。
その一方で、世論調査では労働組合の権利を支持する傾向が強くなるなか、世論と政治の方向が一致しないなど、混迷の度合いが深まっている。
解決の処方箋―事実に基づくアプローチと開かれた団体交渉(MITコーハン教授)
このような状況に関し、MIT(マサチューセッツ工科大学)トーマス・コーハン教授は処方箋を提示している(3月4日に当機構宛に寄せられた同教授の電子メールによる)。
同教授は、問題解決の糸口が政治家からみることができないとして、事実に基づいたアプローチと開かれた団体交渉が必要であると主張する。
この団体交渉は労働組合代表と使用者代表に加え、第三者委員会を交えるものである。この委員会は民間経営者および労働組合代表を含んだ専門家によって構成される。ここで、財政状況に応じた適正な人件費の配分や民間との比較に基づく給与水準などの事実に基づいた分析が行われる。
このような開かれた団体交渉の姿をコーハン教授はGrand Bargain 2.0と名付けている。
Grand Bargain 2.0は、適正な人件費配分と給与水準の交渉に留まらず、現場労働者への権限委譲、生産性や提供するサービスの質の向上、労使のパートナーシップの醸成といった民間部門の団体交渉で進行中の労使関係モデルを手本とした団体交渉の近代化をもたらすものである。
ウィスコンシン州は、のちのニューディール政策の理論的基礎を構築したウィスコンシン州立大学教授コモンズを輩出した場所である。コモンズが中心となり、米国で最初の労災保険や失業保険、最低賃金制度が法制化された。1958年には公共部門における団体交渉が米国で最初に法制化され、他州のモデルとなった。
コーハン教授はこのようなウィスコンシン州の歴史を取り上げ、同州がGrand Bargain 2.0を採用することで、公務部門における新しい団体交渉の先駆けとなることができるとしている。
Grand Bargain 2.0の実現には、民間部門労働組合の参加はもとより、労働組合と良好な関係にある経営者代表の自発的な参加が不可欠であるとして、両者の参加を呼びかけている。
参考
- Kocan, Thomas A, Wisconsin’s Business and Labor Leaders Need to Resolve the Crisi,
- Kocan, Thomas A, How Massachusetts Can Stop the Public-Sector Virus,Employment Policy Reserch Network Harvard Kennedy School
- Rapparort Institute for Greater Boston, Policy Briefs, March 2011
- Kocan, Thomas A, Use evidence-based approach to public sector challenge,
- Ohio Senate Approves Bill Limiting Collective Bargaining for Public Employees, Daily Labor Report, March 2, 2011
- Idaho House Oks Bill Axing Bargaining Rights For Teachers; Awaits Governor’s Signatrue, Daily Labor Report, March 9, 2011
- Wisconsin Senate Approves Measure Slashing Public Sector Collective Bargaining ,Daily Labor Report, March 10, 2011
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