公務員労組の団体交渉権、争議権に対する制限法案が全米規模の対立へ

カテゴリー:労使関係

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  • 国別労働トピック:2011年3月

2010年11月の中間選挙では、中央のみならず州政府レベルでも共和党が大きく躍進した。州議会上院、下院双方で共和党が民主党から多数派を奪った州も珍しくない。

このような政権移行の結果、ウィスコンシン、インディアナ、ミシガン、オハイオといった中西部諸州、北東部のニューハンプシャー、西部のネバダ、南部のフロリダなど複数の州で、公務員労組の団体交渉権、争議権などを制限する法案が2月に入って共和党から提案され、大きな混乱を招いている。

そのなかでも焦点となっているのがウィスコンシン州である。上院、下院、州知事のすべてが共和党に独占され、法案審議は上院での採決を残すのみである。

法案可決に反対する労働組合関係者とその支援者は、議事堂のある州都マジソン市に集結した。マジソン市の人口は23万人にすぎない。そこに7万人を超える支援者が集まり、議事堂前広場を埋め尽くした(http://www.defendwisconsin.org/リンク先を新しいウィンドウでひらく)。

法案採決には、必要な出席議員定数がある。その制度を利用し、法案に反対する民主党上院議員が行方を隠し、州知事が州警察に議員の捜索を命じるという事態になっている。その州警察も労働組合に組織化されており、組合代表が知事を非難する声明を出すなど混迷が深まっている。

団体交渉権、争議権の制限

 ウィスコンシン、オハイオ両州で審議されている法案は、州財政赤字の削減を掲げる。そこに、公務員労組の団体交渉権、争議権の制限が伴っている。そのため、財政赤字削減に公務員労組が協力できれば、団体交渉権、争議権の制限が撤回できるかが論点となると思われるが、事態はその方向へ進んでいない。

それでは、どのような制限が検討されているのだろうか。ウィスコンシン州で審議されている法案のうち、公務員労組の団体交渉権、争議権に関するポイントは次の7つである。

  • 団体交渉を賃金のみに制限
  • 賃上げは消費者物価指数上昇内に留める
  • 消費者物価指数を上回る賃上げは住民投票による賛成を必要とする
  • 労働協約の期限は1年単位とし、新協約が締結されるまで賃上げは凍結される
  • 団体交渉単位として認定を受けるために組合員による投票を毎年行って過半数を獲得していることを示すこと。
  • 組合費チェックオフ制度を廃止すること
  • 組合員は組合費を任意に支払えるように(任意に支払わなくてもよいように)すること。

これ以外に行われている労働組合に対する規制には、在宅介護労働者、家庭保育労働者、ウィスコンシン州立大学教育関係者、ウィスコンシン大学付属病院の従業員などから団体交渉権を剥奪することが織り込まれている。影響を受ける労働者数はおよそ17万5000人である。

オハイオ州でも同様の法案が審議中である。その内容は、団体交渉を賃金のみに限定して医療保険、年金などを交渉事項から除く、争議行為を違法とする、などである。法案が可決されれば、争議行為に参加した労働者は解雇される。オハイオ州では、およそ9万7000人の労働者が影響を受ける。

RIGHT-TO-WORK

公務員労組のみならず、労組に対する攻撃は民間部門にも拡大している。それがRIGHT-TO-WORK法案である。この法案の意図はユニオンショップ制を禁じることにあり、南部を中心に全米22州で州法としている。

共和党はこの法案が成立すれば、労働者は組合に入らない自由を獲得できるとする。(注1)

これに対する労働組合側からの批判は次の通りである。
使用者側に対して弱い立場にある労働者個人を保護するものとして労働組合を捉えるならば、組合に入らない自由は、労働者個人のためではなくむしろ経営側の利益である。さらに、ユニオンショップを禁じられれば、組合に加盟しないフリーライダーを認めることになり、組織基盤の弱体化につながる。

この法案はニューハンプシャー州、インディアナ州などで現在、審議中である。ニューハンプシャー州では、チェックオフ禁止や従業員に組合に入らないように説得する自由を使用者に与えること、また法令違反を行った者に対する千ドル以下の罰金もしくは禁固刑を課すことを織り込んでいる。

しかし、拒否権を持つ州知事が民主党出身であり、拒否権を無効にする3分の2以上の賛成を得られないことから、同法案が可決される見込みは低い。インディアナ州でも同様に法案が可決される可能性は低いとみられている。

一方、ミシガン州では、公共工事入札条件緩和に関する法案が審議されている。現在は公共工事の入札にあたり、労働組合に組織化されていることが必要条件となっている。この制度を変え、労働組合に組織化されていない企業に門戸を拡げることが法案の目的である。しかし、民主党だけでなく共和党内にも労働組合支持者がおり、成立は難しい。

権利制限の理由

ウィスコンシン州は2012-13年の2年間で35億ドルの財政赤字を予測する。この赤字削減策として、人件費を総額で3億ドル以上削減することを提案している。

その内訳は、給与のうち5.8%を年金へ、12.6%を医療保険掛金に振り向けて自己負担を増額し、州政府負担分を削減するというものである。それとともに、団体交渉権と争議権を制限することになっている。

オハイオ州でも同様に80億ドルの州財政赤字解消を理由にあげる。

ウィスコンシン州の労働組合および民主党は人件費削減を受け入れる妥協案を申し出た。その見返りとして団体交渉権、争議権への制限を撤廃する修正を求めたのである。しかし、共和党はこの修正案を拒否した。

オハイオ州の公務員労組は、すでに人件費削減で譲歩してきている。09年には必要な医療保険給付を2億5千万ドルのうち1億ドルの削減に協力した。また、27年間にわたって争議権を行使したことがない。

つまり、労働組合側が財政面で譲歩を示しているにもかかわらず、共和党側は団体交渉権、争議権に対する制限を取り下げないのである。現状ではもはや、財政赤字の削減と団体交渉権、争議権の制限に直接の因果関係は見つけることはできない。

この背景として、そもそも法案の意図が労働組合の存在を取り除くことにあるとする指摘がある。たとえば、ウィスコンシン州、スコット・ウォーカー知事はかつて同州のミルウォーキー・カウンティの役員をしていたが、そこで提案した施策が労働組合に反対された経験があるという。そのため、労働組合そのものを排除する考えに至ったという。週労働時間短縮による職員の雇用維持や公共サービスの民営化による経費削減などがその施策だった。(注2)

しかし、今回の問題は、ウィスコンシン州という局地的なものではなく、全米規模で展開されているところに特徴がある。

労働組合に対する批判の焦点

この点に関し、フィナンシャル・タイムス紙は、2月27日付の論説記事で公務員労組人件費が州財政赤字に与える影響は取るに足らないものであるとする。それよりもむしろ、団体交渉、職業訓練などの仕組みが現代社会の求める効率性に適合しなくなったと主張している。その結果、公務員労組は政治活動の他にやることがなくなり、害悪をもたらすものでしかないと批判する。この背景には、労働組合の有する権利に制限を加えて、硬直的なワークルールを撤廃し、柔軟に労働力を活用するという意図がある(Wisconsin governor evokes hero Regan in assault onunions, Financial Times, Feb 27)。

しかしながら、このような労働組合に対する攻撃が中西部から始まったことはこのような批判とは別の意味を持つ。

製造業を基盤とする中西部は労働組合組織率が全米の中で比較的高い。80年代に陥った経営不振から脱却するため、民間部門の労働組合は生産性や品質向上において経営側に協力する努力を続けてきた。

公務部門は、このような労使の協力関係を基盤に、政府を加えたパートナーシップを構築する実験を行ってきた。ウィスコンシン州は、労働組合が自ら現代社会の効率性に対応する取り組みを行なった事例だったのである。

AFL-CIO(全米労働総同盟産業組合会議)とウィスコンシン州立大学は、雇用創出、職業訓練において政府、労働組合、使用者が協力して取り組むモデルの構築に80年代後半から取り組んできた。これは、ウィスコンシン・モデルとして他州に移転されるようになっている。

このように労働組合が現代社会に適合することを目指して先進的な取り組みを行うまさにその場所で、大きな打撃を加えることに成功すれば、労働運動全体に与える影響において象徴的な意味を持つだろう。

もう1つの争点に保守派とリベラル派の対立がある。共和党はティーパーティーを中心とする保守強硬派と08年大統領候補マケイン上院議員を中心とする保守穏健派に分かれる。強硬派はオバマ政権が行った医療保険改革に批判的であるとともに、労働組合に対しても既得権を守る団体として攻撃している。

この争点は、1月にアリゾナ州トゥーソンで起きた民主党連邦下院議員銃撃事件で頂点を迎えた。銃撃を受けた議員は医療保険改革に強い支持を打ち出していた。

メディアは、保守強硬派による医療保険改革派に対する攻撃が犯行の大きな原因になったと指摘した。

そのため、この銃撃事件をきっかけとして、強硬派による攻撃一辺倒の手法に批判が集まり、対話を強調する穏健派に主導権が移ったとメディアは報道していた。

その矢先に起こったのが、今回の法案提出である。

このような情勢変化を引き起こした1つの理由として、12年大統領選挙に向けた共和党による民主党勢力減衰策が始まったという指摘がある。民主党最大の支持基盤は労働組合であり、その中でも公務員労組が大きな割合を占めるために攻撃の矛先が向かったという指摘である。(注3)

近年のリビングウェッジ運動と公務員労組との連携に対する論点もある。

リビングウェッジ運動は、最低賃金水準では人間らしい生活ができないとして、地方政府が公契約を結ぶ際に契約先企業で働く従業員の賃金水準を引き上げるものである。これが、コスト削減や労働力の柔軟な運用にあたり、足かせとなる可能性がある。

別の視点からは、労働組合が労働者を代表しているのかどうか、という問題がある。労働組合が自らの組合員利益の達成のみを追求することで、社会的弱者を含めた非組合員の意識から離れ、広範な社会的支持を失っているという視点である。

対立の行方

共和党は州財政赤字の主要な原因として公務員労組の存在を非難する一方、労働組合側は人件費削減に妥協案を提示するとともに団体交渉権、争議権の制限は公民権に対する侵害であるとして反発するといった具合に、表面的には両者の争点がかみ合っていない。

労働組合側は自由と人権の問題として、北アフリカで進んでいる民主化運動と照らし合わせ、「カイロからウィスコンシンへ」とのスローガンを掲げる。労働組合を支援するため、全米から労働組合員、宗教活動家、人権活動家、ロックミュージシャンなどがウィスコンシン州都マジソン市に集結している。

インターネット・コミュニケーション・ツール、フェイスブックを通じた情報共有により支援の動きは国外にも広がっている。マジソン市に位置するピザ屋に州議会議事堂に集まる労働組合支援者を助けるため、国外の支援者がピザの宅配を注文する運動である。ピザ屋は注文を受け付けた国名をボードに記しており、3月3日時点で62カ国をみつけることができる。(http://www.facebook.com/pages/Ians-Pizza-on-State/187063310047?sk=wall&filter=2リンク先を新しいウィンドウでひらく

また、オバマ大統領やソリス労働長官は反労働組合的な法案だとして非難声明を出した。

この件についてマサチューセッツ工科大学(MIT)コーハン教授は、「ハンマーでたたいて言うとおりにさせれば、事態はさらに悪化し、より非効率で、より対立を招くだろう」とコメントしている。(注4)

政治的対立の問題も結びつき、現在のところ対話と解決への糸口が見えない状態が続いている。

参考

  • AWOL Senators Prevent Further Action On Wisconsin’s Collective Bargaining Bill ,Daily Labor Report, Feb.18, 2011
  • Controversial Collective Bargaining Bill Halted In Wisconsin as democrats Abandon Capitol,Daily Labor Report, Feb.17, 2011
  • Democrats Jeopardize RIGHT-TO-WORK Bill In Indiana; Michigan GOP Move Sparks Rally, Daily Labor Report, Feb.22, 2011
  • Faborable Public View of Unions Up Slightly From Year Ago;At About Same Leve as 1985 ,Daily Labor Report, Feb.17, 2011
  • New Hampshir House Approves RIGHT-TO-WORK Bill Opposed by Governor,Daily Labor Report, Feb.22, 2011
  • Ohio Workers Under Attack, Unions Say, From Bill to Cut Collective Bargaining Rights,Daily Labor Report, Feb.11, 2011
  • Ohio Panel Weighing Revisions to Measure Curbing Public Worker’s Bargaining Rights,Daily Labor Report, Feb.25, 2011
  • Union Demonstrators Target Ohio Statehouse; Oppose Bill to Gut Public Worker Bargaining ,Daily Labor Report, Feb.22, 2011
  • Wages, Rate of Employer Benefits Lowe In Rights-to-Work States, EPI Concludes,Daily Labor Report, Feb.17, 2011
  • Wisconsin’s Collective Bargaining Bill Goes To Senate After Assembly’s 51-17 Approval ,Daily Labor Report, Feb.25, 2011
  • Wisconsin Assembly Expected to Act On Controversial Labor Relations Bill,Daily Labor Report, Feb.24, 2011
  • Wisconsin Governor Shows No Signs Of Compromise Despite Concessionary Offer,Daily Labor Report, Feb.22, 2011
  • Wisconsin Poised to Enact Lesislation rolling Back Public Sector Bargaining Rights,Daily Labor Report, Feb.16, 2011

参考レート

  • 1米ドル(USD)=81.95 円(※みずほ銀行ホームページ2011年3月1日現在)

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