失業者や就労困難者向けの給付制度、統合も
ダンカン・スミス雇用年金相は、低所得層向けの給付制度の簡素化に向けて、制度統合や基準の統一化などを検討していることを明らかにした。失業者や就労困難者が就労に移行する際の給付内容の見直しなどにより、就労が給付の受給よりも利益になることを明確に示して、就労促進をはかりたい意向だ。
給付制度改革に関する検討内容は、7月30日に開始されたパブリック・コンサルテーション(一般向け意見聴取)の中で示された(注1)。雇用年金相は、現在の給付制度の問題点として、就労への移行のインセンティブが弱いことと、制度が複雑であることを指摘(注2)。非就業者と就業者のそれぞれに設けられた給付制度間の切り替えが円滑に行われておらず、かつ収入や労働時間に応じた給付の減額率が高いことが、受給者の就労への意欲を削いでいる、としている。また、基本的な所得保障給付と併せて低所得者向けに設けられた住居費や地方税の免除などの複数の制度が、それぞれ異なる基準で複雑に連動しており、就労による収入や労働時間の増加などの状況の変化に応じた手続きをさらに煩瑣にしているという。高い給付依存率や貧困率を改善し、給付にかかる財政負担の増大を防止するには、受給者が就労に移行した場合の収入減のリスクや不確実性を排除するための制度改革が必要である、というのが雇用年金相の主張だ。
複数の改革案のうち最も有力なのは、非就業者の低所得層向けの手当制度(所得調査制の求職者手当、雇用・生活補助手当、所得補助)と、低所得就業者向けの税額控除制度を統合した「ユニバーサル・クレジット」の導入だ。基礎手当に加えて、家族構成(子供や障害者の有無)や住居などの条件に応じた追加的な手当を加算、所得水準と資産額に応じて給付を緩やかに減額する。非就業者は、同じ給付制度からの給付を受けながら、非就業状態から就業に移行することになる。
また代替案として、現行の諸々の給付制度は基本的に残しつつ、減額率を統一する(single unified taper)方法も提示されている。基本的な所得保障給付のほか、条件に応じて支給される住居費や税額控除などの総額に対して、所得額に応じた減額率を適用するもので、給付に関する手続きの簡略化とともに、就労による収入と給付を合わせた所得額を受給者に明示、併せて現在より低い減額率を設定することで、就労へのインセンティブの向上をはかる。
コンサルテーションではこのほか、外部のシンクタンクなどが提唱する給付制度の統合案として、拠出制の廃止や、所得税制との連動、負の所得税などの手法が紹介されている。また給付制度改革と併せて、給付に係る条件や給付業務の効率化などの実施を検討するとしている。
大きな課題となっているのは、予算の調達だ。雇用年金省は、改革案実施にかかる予算額を明示していないが、ユニバーサル・クレジットについては、導入に約30億ポンドを要すると試算されている(注3)。しかし、イギリスは現在、財政赤字対策として歳出削減を進めており、財務省は給付制度にもむしろ大幅な削減を求めているところだ(注4)。現地メディアによれば、財務省は雇用年金省に対して、2014年度までに100億ポンドの歳出削減を行うことを条件に、約30億ポンドを新制度導入の予算として確保することを約束したとみられている。雇用年金省はこれをうけて、追加的な給付削減策(注5)を検討しているという。ただし、最終的な方針の確定は10月の歳出見直し(Spending Review)(注6)まで持ち越される見込みだ。雇用年金省は、来年の早い段階に給付制度の改正に必要な立法措置を行うとしている。
注
- コンサルテーションに併せて公表された文書"21st Century Welfare"による。
- 就労可能年齢の低所得層向けの基本的な所得保障を目的とする給付制度としては、現在、失業者に対する所得調査制求職者手当、疾病等により就労が困難な状態にある層に対する雇用・生活補助手当、一人親に対する所得補助の3つに大きく分かれる。このほか、住居費の補助や税額控除などが設けられている。
- 現雇用年金相が昨年、自らの創設したシンクタンク(Centre for Social Justice)を通じて導入を提言した際の試算による。一方、労働党の前雇用担当大臣は、今回の政府案の実施には70億ポンドを要するとコメントしている。
- 財務省が6月に発表した緊急予算では、児童給付の支給額の凍結、住宅給付の減額(12カ月以上の失業者に対する10%の減額を含む)、より多くの一人親に対する求職の義務化(条件となる子供の年齢の引き下げ)、各種給付や公共部門の年金支給額の改定基準を小売物価指数から消費者物価指数に変更するなど、給付制度全体で2014年度までに110億ポンドの歳出削減を行う方針が示されていた。なお財務省は、緊急予算の歳出削減による負担増は累進的(所得が高い層ほど負担が大きい)であると主張している。しかし、シンクタンクの財政研究所(IFS)が8月に公表したレポートは、給付制度における歳出削減により長期的にはむしろ逆進的(低所得層の所得減の比率が最も大きい)との分析結果を示している。財務省が、影響の算定は困難として分析から除外していた住宅給付や税額控除などの給付削減を考慮したことなどが理由だ。同分析によれば、特に影響を被るのは、就業者のいない子供を持つ家庭、就業していない独身者や一人親など。
- 高齢者向けの給付(冬季燃料手当)や児童給付など、収入額にかかわらず支給されている一部の給付の減額や支給停止など。
- 2011~14年度の予算方針が策定される。
参考資料
- "21st Century Welfare
", Department for Work and Pensions
- "Dynamic Benefits: Towards Welfare That Works
", Centre for Social Justice
- Department for Work and Pensions
、Institute for Fiscal Studies
、BBC
ほか各ウェブサイト
参考レート
- 1ユーロ(EUR)=113.38円(※みずほ銀行ホームページ2010年8月2日現在)
2010年8月 イギリスの記事一覧
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