最賃関連2法案の成立に暗雲
―国会審議難航、廃案の可能性も

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  • 国別労働トピック:2009年1月

最低賃金関連2法案(労働者送り出し法および最低労働条件法)(注1) の成立に暗雲が立ちこめている。2法案は今年7月に難航の末に閣議決定に漕ぎ着け、その後10月に国会審議に付されたものの、2008年内には成立に至らず、場合によっては廃案の可能性まで出てきた。主な理由の一つは、送り出し法の業種選定に関する連立作業部会の検討が暗礁に乗り上げていることだ。また、最賃実施状況の実施監督に関する規定の不備を理由に、州政府も異議を唱えだした。加えて、送り出し法に基づき導入された郵便業の最賃を違法とした一審判決(注2)を不服とした連邦労働社会省の控訴を、上級行政裁判所が棄却した。これらによって、キリスト教民主・社会同盟(CCU・CSU)は、反対の動きに拍車をかけている。

首相「協訳自治が最優先」

両法案のうち、労働者送り出し法の適用による最賃導入を求めて労使団体が政府に申請を出した業種は、労働者派遣、介護、保安警備、ゴミ処理、生涯教育、訓練、林業サービス、業務用繊維製品クリーニング、鉱山特殊業務――の8業種に及んでいる。閣議決定では、新たな業種選定手続をショルツ労働社会相が率いる作業部会に委ねることとされたが、閣議決定直後から早くも、社会民主党(SPD)とCDU・CSUの両陣営の意見の食い違いが目立ち、各界から法案修正を求める声があがっていた。

閣議決定後の記者会見でメルケル首相は、「労働者派遣業界には様々な労働協約が存在するが、賃金ダンピングはみられない。労働者派遣業はドイツのフレキシビリティの柱。既に労働協約も存在し、一律最低賃金の必要はない」として、労働者派遣業への最賃導入を拒む意向を表明した。また、法案の解釈をめぐっても、「国による最低賃金設定は雇用に悪影響をもたらす。法案では、協約自治が国家の賃金設定に優先することがはっきりした」との見解を示し、失業給付(ALGII)が最低賃金の機能を果たしていることや、低賃金であっても職があることの重要性を強調した。

他方、ショルツ労働社会相は、申請済みの8業種については送り出し法の対象となると見込んでいただけに、「与党内での合意では、業種選定は作業部会の決定事項だ」などと強く反発し、作業部会での検討に意気込みをみせていた。

労働社会相「市場経済に不可欠な制度」

こうして国会審議に備えた与党内の攻防が続くなか、両法案の第一読会が10月28日に行われた。趣旨説明に立ったショルツ労働社会相はまず、「リベラルな銀行家でさえ一定の国家の介入を評価しており、経済プロセスへの国家の役割については何の疑いもないはずだ。こうした認識が金融危機以前に共有されなかったのは残念だが、これを契機に国家不介入が誤りであることを教訓とすべきだ。従来のように協約適用率が高ければ問題ないが、現状では国による最低賃金規制は不可欠だ」と訴えた。そのうえで、「各業種の安定が労使自治に委ねられないならば、国家介入により最悪の事態を防がなければ、やがては民主主義の正当性が危機に瀕する」と述べ、「低賃金部門が拡大していても、最低賃金を必要悪と捉える人が多い。最低賃金はロマンチックな社会理念ではなく、市場経済に不可欠な制度基盤と捉えることが重要だ」と解説。また、ザクセン州の有資格の美容師がフルタイムで働いても月収755ユーロであることや、ブランデンブルグ州のフルタイムの警備員の月収が1000ユーロ以下といった例を挙げ、「働いていても国の援助なしでは家賃が払えない、家族を養えないといった例が限りなくある状況は尋常ではない」などと最低賃金規制の必要性を再確認し、今後の作業部会で検討に強い意欲を滲ませた。

派遣業の送り出し法適用で調整難航

だが、肝心の連立作業部会での業種選定に関する調整・交渉は難航しており、スケジュールが大幅に遅れている。このため、当初予定されていたクリスマス前の連邦議会での可決は見送られ、その後の連邦参議院での審議も2009年2月以降にずれこみ、法規命令による具体的な最賃導入は夏以降となる見通しが濃厚となった。

全体的にみれば、作業部会での検討は順調に進んでいる。例えば、介護業界への最賃導入についてはある程度の進展がみられた。介護業界の就労者の50%は教会施設で働いているが、教会側が就業者約45万人を対象に共通の最賃設定を行う方向に前向きな姿勢を示した。介護に従事する就業者の賃金その他の労働条件はこれまで、労働組合ではなく、従業員代表と教会の使用者側代表とが構成する委員会で決定されてきた経緯がある。これまで教会側は最低賃金の適用に拒否してきたが、柔軟な姿勢に転じている。

また、廃棄物処理事業については、自治体の使用者連盟(VKA)と民間の使用者連盟(BDE)が、統一サービス労組(ver.di)との間で最低賃金協約を締結していないことが問題とされていたが、まもなく締結される見通しが明らかになっている。

問題は、CDU・CSU側の反発が強い約70万人の労働者を擁する派遣業界への送り出し法の適用だ。派遣業では、送り出し法の適用申請を行った労使団体以外が締結した賃金協約が既に存在しているため、統一的な最賃導入への反発が強い。ラルフ・ブラウクジーペ・社会政策専門議員(CDU)は、「検討スケジュールの遅延は織り込み済みだ。この問題に関して時間的制約はない」とコメントしている。また、業務用繊維製品クリーニング業も、同様の理由で最賃導入への抵抗が強く、交渉は一筋縄にはいかない。

連邦議会労働社会委員会が11月3日開催した公開ヒアリングでも、派遣業への最賃導入をめぐる労使の意見対立が鮮明となった。ドイツ最大の派遣業者ラントシュタット・オストのスヴェン・テッヒ従業員代表委員は、「労働協約の形骸化が進んでいるため、最低賃金を定める必要がある。派遣労働者の多くは、補足的な社会給付なしでは生活していけなくなっている」と訴えた。他方、ドイツ使用者連合(BDA)代表のローランド・ヴォルフは、「派遣業界の協約拘束率はほぼ100%で、最賃設定は不要。協約自治を制限すべきではない」との見解を示したが、これに対し、ドイツ労働組合連合(DGB)のラインハルト・ドンブレ氏は、「派遣業の協約適用率が高いという使用者側の主張は、現場の実情を無視したものだ」と強く反発している。

州政府、最賃実施状況の監督規定に異議

他方、州政府からも両法案の監督規定について異議が出されている。法案では、送り出し法に関する各事業所の監督は連邦レベルで、最低労働条件法の監督は州レベルで行うこととされている。これについて州側では、監督任務の州政府への押し付け、あるいは連邦レベルの監督経費節減が連邦政府の狙いだとする批判があがっている。また、送り出し法では連邦レベルでの違反者に対する罰金に関する規定が盛り込まれているが、最低労働条件法には州政府による最低賃金違反の告訴は可能であるが、罰金に関する定めはない。州政府は、連邦レベルでの一貫した監督を訴え、法案修正の方向性次第では紛争調停委員会にかける意向を明らかにしている。

バーデン・ビュルテンベルク州社会相のモニカ・シュトルツ氏(CDU)は、「最低賃金関連法は、実施監督について連邦レベルと州レベルの二重管轄を生み出すという非効率を生む。連邦議会がこの問題を考慮しなければ、紛争調停委員会に委ねるしかない」などとコメントしている。

郵便業の最賃、控訴審も違法と判断

これに加え、ベルリン・ブランデンブルク上級行政裁判所は12月18日、郵便業最賃を定めた法規命令を違法としたベルリン行政裁判所判決を不服とした連邦政府の控訴を、「協約対象の労働者のみならず、業界全体の最低賃金を一括して定めるのは、連邦政府の越権行為」として棄却、第一審判決を支持した。

ドイツでは2008年1月、送り出し法の手続に基づき、郵便業で働く約22万人を対象として、郵便サービス事業者連合会と統一サービス労組(ヴェルディ)の最低賃金協約が定める最低賃金を郵便業全体に導入した。これにより、郵便配達労働者については旧西独地域で時間当たり9.8ユーロ、旧東独地域で9ユーロ、郵便仕分け労働者が旧西独地域8.4ユーロ、旧東独地域8.0ユーロの最低賃金が導入された。

これに対し、郵便サービス事業者連合会に加盟していない競合企業のPINグループやTNTポストが「競争上不利な立場に立たされる」として強く抵抗した。両者が結成する連邦宅急便サービス連盟(BdKEP)は、新郵便・配達サービス労働組合(GNBZ)(注3)との間で別の最低賃金協約を締結している。だが、郵便業への一律最賃の導入により、PINグループ株主大手のアクセル・シュプリンガー社が、競争力喪失を見込んでPINグループへの出資凍結を発表し、その結果、PINグループの配達業者の大半が最賃を理由に破産申請に追い込まれ、多くの労働者が解雇された。

PINグループ、TNTポスト、及びBdKEPは2008年1月、連邦政府による郵便最賃の導入を、公正競争を阻害するものとしてベルリン行政裁判所に提訴した。ベルリン行政裁判所は3月、郵便事業の最賃に違法判決を下したが、今回の上訴審でも、同様の見解を示されたことになる。判決では、送り出し法に基づいて発布された法規命令が、適用対象の協約がない当事者のみならず、既存の協約の適用を受ける当事者を含む業種全体を拘束することが、送り出し法の授権範囲を越えるものとされた。

今回の判決を受けてCDU・CSU側は、「他業種への適用は論外」などとショルツ労働社会相への批判を強めている。現在の法案では、他業種への最賃導入が違法とされる可能性もあるため、原案のままでの法案の可決には疑問も呈されている。また、選挙戦が近づくほど、与党内の両陣営での合意成立はおぼつかない状況になるだけに、ショルツ労働社会相にとっては、不利な展開必至とみられている。国による最賃規制をめぐる一連の混乱は、労使自治や地方自治を重視するドイツ法体系で、国家による最賃規制の導入が構造上いかに困難かを物語るものといえよう。

参考資料

  • 海外委託調査員月例報告、連邦労働社会省ホームページ、Gardian.co.uk, Handelsblatt(2008年11月5日、11月28日、12月18日)

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