ドイツ、最低賃金について妥協案成立
―若年者・長期失業者対策の法案も成立

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  • 国別労働トピック:2007年8月

東西統一後、悪化した雇用問題に悩むドイツは2000年代はじめに労働市場政策の根本的改革に着手した。内容は多岐にわたるが、失業者の手厚い保護よりも、「福祉から就労へ」を重点に進めてきたのが最大の特徴といえよう。次の課題として浮上してきたのは、長期失業者・低資格者の就労促進と最低生活保障の問題だ。その一環として、新たな最低賃金制度の創設について連立政権内で検討を始めたが、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)の間で、「政権の危機」を招きかねないと指摘されるほど、意見が対立していた。しかし、6月18日にようやく妥協案にこぎつけた。また、若年者と長期失業者向けの就労促進策についても合意が成立し、7月6日の連邦議会で新たな法案が成立した。これらの内容と背景について紹介する。

1. 低賃金労働市場の状況

ドイツでは失業者に占める長期失業者の割合が非常に高い。連邦雇用エージェンシーの07年6月の統計によると、登録失業者369万人のうち、失業給付Ⅰ(失業保険財源に基づく通常の失業手当)受給者が116万人(31.6%)であるのに対し、失業給付Ⅱ(失業給付Ⅰ受給期間満了者および失業給付Ⅰの受給資格のない生活困窮者に対し税財源から支給)受給者は252万人(68.4%)と3分の2以上を占めている。失業給付Ⅱ受給者のほとんどが長期失業者であり、そのうちの多くが職業教育を終えていない低資格者である。低資格者は職業能力や一般知識の不足から低賃金の職にしか就けない可能性が高い。

労働・技術研究所(IAT)の分析によると、ドイツにおける国際的な定義に基づく低賃金の水準(中位賃金の3分の2以下)は、月額報酬で02年には、ドイツ全体1637ユーロ、西部ドイツ1709ユーロ、東部ドイツ1296ユーロであった。週38.5時間労働として時給に換算すると、ドイツ全体9.70ユーロ、西部ドイツ10.11ユーロ、東部ドイツ7.67ユーロの水準である。フルタイム労働者に占める低賃金就業者の割合は、ドイツ全体17.1%、西部ドイツ16.6%、東部ドイツ19.0%であった。

低賃金就業者の構造をさらに詳しく見ると、04年には僅少就業者(週5日未満で年間50日未満の短時間就業者および月収400ユーロ未満の低賃金就労者)に占める低賃金就業者の割合が78.9%と高く、職業教育を受けていない就業者では47.2%、女性就業者では30.2%を占めている(表1)。また、低賃金就業者の43.2%がフルタイムで働いている。64.2%が職業教育を修了しており、9.8%は大学卒業資格さえ持っている。

出所:労働・技術研究所(IAT)

2.最低賃金制

(1) 意見対立

ドイツには、法定最低賃金制度が存在しない。労働協約を締結している企業は労使が交渉によって最低賃金に合意する。労使が申請した場合、連邦労働社会省が一般的拘束力宣言を発することにより、労働協約が当該産業の未組織労働者にも拡張適用される。連邦労働社会省によると、07年7月1日現在、ドイツ全体で有効な労働協約6万7300のうち、一般的拘束力宣言を受けている協約が448あるという。05年の労働協約適用率(労働者ベース)は、西部ドイツ地域が団体協約59%、企業協約8%、東部ドイツ地域が団体協約42%、企業協約11%であった(表2)。建設産業のいくつかの部門には後述する「国境を超えるサービスに係る強制的労働条件に関する法律」に基づく法定類似の最低賃金が適用されている(表3)。

労働組合やSPDは、多くの人々がフルタイムの仕事を持ちながら、貧困ライン以下の生活を強いられている現状から、広域一律の法定最低賃金の導入を強く主張していた。他方、経済界やCDU/CSUは、雇用の喪失、闇労働の増大につながるとして、法定最低賃金の導入に断固反対した。ケルンの経済研究所は、労働組合が要求する時給7.5ユーロの広域最低賃金を導入した場合、100万人以上の雇用喪失や闇労働への代替を引き起こすと試算していた。

最低賃金をめぐる連立与党間の対立は激しく、連立の危機とまで指摘されていた。CDU/CSUと SPDの幹部らは07年6月18日、深夜に及ぶ長時間の協議の末、ようやく妥協案の成立にこぎつけた。

*はサンプル数が少ないためデータなし。
出所:IAB-Betriebspanel 2005

出所:ドイツ連邦財務省

(2)合意内容

ア 労働協約の適用率が50%以上の分野

労働協約法は、労働協約当事者の少なくとも一方の申請に基づき、労働組合と使用者の最上級組織の代表各3名で構成する賃金委員会の了解を得て、連邦労働社会省が労働協約の一般的拘束力を宣言することができると定めている。その前提として、(1)当該労働協約の適用を受ける使用者が、適用範囲内の労働者の50%以上を雇用していること(2)一般的拘束力宣言が公共の利益に合致していること――の2つの条件を満たしている必要がある。この手続きを経て、当該労働協約が予定する地域・産業のすべての労働者に最低賃金を含む労働協約の規定が拡張適用される。しかし、この規定は外国企業がドイツに派遣する外国人労働者には適用されない。

ドイツ政府は96年、低賃金競争を制限しドイツ労働者の雇用を保障するため、「国境を超えるサービスに係る強制的労働条件に関する法律」(以下「越境労働者派遣法」と訳す)を制定した。同法は建設産業を対象に、外国企業が派遣する外国人労働者の賃金ダンピングを防止することを目的としている。建設業、塗装、屋根ふき、解体の分野で一般的拘束力があると宣言された労働協約のうち、(1)超過時間報酬基準を含む最低報酬基準(2)休暇期間、休暇期間中の報酬または休暇手当――に関する規定は、国内および外国のすべての企業に適用される。この場合、労働協約法が定める一般的拘束力宣言とは異なり、労使代表で構成する賃金委員会の同意は必要ない。

連立政権は06年8月、越境労働者派遣法の適用を建物清掃の分野にも拡大することを決定した(07年7月1日より実施)。さらに、07年6月18日、賃金協約の適用率が50%以上の業種について、当該労使の申請に基づき越境労働者派遣法の対象に組入れていく方針を決定した。同法の適用を希望する労使に対しては、08年3月31日までに共同で申請するよう呼びかけている(それ以降も申請可能)。将来は警備、ゴミ処理、郵便配達、派遣労働など、10~12の業種に同法の適用が拡大されると見られている。

越境労働者派遣法の適用分野の業種で一般的拘束力宣言の申請が初めて行われる場合は、労使代表各3名で構成される賃金委員会がこの申請を検討する。賃金委員会は、連邦告示で申請が公開された後、3カ月以内に申請の可否を判断する。賃金委員会が一般的拘束力宣言に同意すれば、すべての内国人および外国人にこの最低賃金が適用される。賃金委員会が期限内に申請の可否を明らかにしない場合、賃金委員会の裁決で3対3となった場合や一般的拘束力宣言が2対4で否決された場合にも、連邦労働社会相が公共の利益に合致すると判断する場合は、一般的拘束力宣言を発令することができる。

一般的拘束力宣言と既存の賃金協約が競合する場合(一般的拘束力宣言の水準を下回る賃金協約がある場合など)の取扱いについては、法律に優先判断のための基準を明記する。さらに、欧州法の定めに従って、最低賃金協約が例外なく内国および外国のすべての使用者および雇用者に対して拘束性があることも法律に規定する。

イ 労働協約の適用率が50%未満の分野

52年に制定された「最低労働条件の確定に関する法律」(最低労働条件法)は、労働協約のない地域で、社会的・経済的に不可欠な雇用者のニーズにこたえるために必要な場合、連邦労働社会省に最低労働条件(報酬やその他の労働条件)を決定する権限を与えている。しかし、ドイツ政府は労使の団体交渉自治権を尊重し、これまで一度もこの権限を行使したことがない。

近年、賃金協約がないか、あっても少数の雇用者や使用者にしか協約の拘束性が及ばない業種や地域が増えている。連立政権は6月18日、こうした分野に最低賃金を導入するために最低労働条件法を改正する方針を決定した。

これに基づき最低賃金を最低労働条件として確定させる必要があるかどうかを判断するための主幹委員会および具体的な最低賃金額を決定する専門委員会が業種ごとに設置されることとなる。主幹委員会は、最低労働条件の経済的・社会的影響を包括的に判断できる6人の無所属の専門家で構成される。主幹委員会委員は、議決権を有する無党派の委員長を指名する。委員長指名の合意が得られない場合、連邦労働社会省の提案に基づき連邦内閣が指名を行う。専門委員会は当該業種の労使代表各3名で構成され、その他に議決権を有する無党派の委員長を労使代表が指名する。労使が合意できない場合は、連邦労働社会省の提案に基づき連邦内閣が委員長を指名する。専門委員会が提案した最低賃金は、連邦労働社会省の提案に基づき連邦内閣が関連法によって制定する。

賃金協約のない分野では、法規の定めはすべての内国人および外国人の雇用者に対して強制的かつ無条件に適用される。当該分野に競合する既存の賃金協約がある場合については、法律に優先判断の基準が定められる。

(3)反応と行方

連立政権の最低賃金に関する合意を受けて、CDUのカウダー幹事長は、「我々は、雇用創出よりも雇用喪失につながる広域一律の最低賃金を導入することなしに、良い解決策を見出した」と述べた。CSUのシュトイバー党首は、「法定最低賃金が導入されないことは明らかである。初めは大きな隔たりがあったが、連立政権は成果を出すことに成功した」と語った。

ドイツ労働総同盟(DGB)のゾンマー会長は、「これは大きな前進ではなく、ちっぽけな妥協にすぎない。我々は闘い続けなければならない」と不満を表明している。

今回の妥協案はSPDの当初の要求にほど遠いものといえる。SPDのミュンテフェリング副首相兼労働社会相は、「SPDは引き続き広域最低賃金の実現を求めていく」と述べた。連立政権においてSPDの支持率は低調に推移している。6月18日には旧東独に基盤を持つ左翼党(旧共産党)とSPDから分裂した「労働と社会的公正のための選挙オルタナティブ」が合併し、ドイツで3番目に党員数の多い新党「左翼」が結成された。SPDは政治的にさらに左に位置する「左翼」からの圧力も受けている。世論調査によると、保守系の有権者を含むドイツ国民の60%が最低賃金の導入を支持しているという。09年に予定される総選挙までに何らかの形で最低賃金の問題が再び遡上にのぼると政治評論家の多くは見ている。

一方、使用者団体は、最低労働条件法に基づく最低賃金が賃金協約を無効にする可能性があるとして強く反発している。ドイツ使用者団体連盟のフント会長は、連立政権の合意について「賃金自治の大幅撤廃に道を開き、大きな痛手を被ることになるだろう」と警告した。ドイツ小売業総連盟は、「労働社会相は、使用者団体の意に反して最低賃金を押し通せるばかりか、地域賃金協約が機能している分野にも介入できる。労働組合が賃金協約に同意できない場合は、使用者側に対して法的手段を振りかざす事態にもなりかねない」と懸念する。

連立政権内および労使の意見が激しく対立する最低賃金の問題は、近い将来再燃することが確実視されている。

3. 若年者・長期失業者対策

(1) ワーキンググループ「労働市場」の検討作業

ドイツの低賃金労働市場のどの専門分野でも雇用者の多くを有資格労働者が占めており、長期失業者や低資格者の労働市場への参入は極めて困難な状況となっている。しかし、これらの人々は生産性が低いため、雇用機会に恵まれるとしたら低賃金分野をおいて他にないのが現実だ。このため、低賃金労働市場において新たな雇用を創出し、有資格者と長期失業者・低資格者の競合関係を緩和するための賃金政策が求められている。

05年11月に発足したCDU/CSUとSPDの大連立政権は、長期失業者・低資格者の雇用を拡大するため、「労働賃金と社会給付をバランスよく組み合わせることで単純労働をやりがいあるものにすると同時に、単純労働の雇用を新しく生み出すことの出来るコンビ賃金モデル(公的負担による賃金補助を受けながらの就労)の導入を検討する」ことを連立協定に盛り込んだ。これに基づきミュンテフェリング副首相兼労働社会相を座長に、連邦政府、州政府、政党の代表15名で構成するワーキンググループ「労働市場」(WG)が06年秋に設置された。WGは専門家からのヒアリングや会合を約15回開催し、(1)コンビ賃金導入の検討(2)追加的稼得(失業給付Ⅱを受給しながらの就労)の限度とミニ・ジョブ(月収400ユーロ未満の就労に対し労働者の税・社会保険料負担を免除する制度)の改正(3)最低賃金導入の検討(4)特別な問題を抱える人々に対する給付の検討(5)求職者のための基礎保障制度(失業給付Ⅱ制度)に関するより効率的なしくみの提言――の5つのテーマを中心に議論した。WGは当初06年末までに報告書を取りまとめる予定であったが、検討作業が大幅に遅れ、07年4月26日にようやく最終報告書を公表した。

(2) 若年者および長期失業者のための就労促進策

ドイツ政府は07年6月13日、ワーキンググループ「労働市場」の検討成果を踏まえ、若年者および職業仲介困難な長期失業者を対象とする新たな就労促進策を決定した。これは、(1)十分な教育を受けていない25歳未満の若年層が労働市場で能力を発揮するための資格向上機会の提供(2)長期失業者の社会参加を促進するための社会保険加入義務のある雇用の斡旋――を目的としている。同施策を盛り込んだ法案が7月6日に連邦議会で可決され、10月1日から施行される予定となっている。

ア 若年者の就労促進のための編入助成金

6カ月以上失業している25歳未満の若年者を雇用する使用者に対して、賃金の25~50%の編入助成金(上限1000ユーロ、労働市場への編入が困難な労働者を雇用する使用者に対し賃金の一部を助成する制度)を1年間支給する。職業教育修了資格を持たない若年失業者を雇用する場合は賃金の50%を助成する。そのうちの少なくとも15%は資格向上訓練の費用に充てなければならない。これらは10年までの3年間に限定された給付である。

イ 若年者向け初期職業資格付与措置

初期職業資格付与措置(EQJ)の枠組みで、職業訓練の場が見つからない若年者(学習困難者や社会的障害者を含む)を対象に、向こう3年間で4万件の雇用助成を行う。こうした若年者を受入れ、職業能力や人との接し方などの訓練を行う企業に対して6~12カ月間、月額192ユーロと社会保険料の一部(定額)を支給する。

ウ 障害のある若年者の就職支援

障害のある若年者の労働市場への統合を支援するため、使用者に対して助成金を支給する。一般教育課程の学生により充実した就職支援措置を利用する機会を提供することを目的としている。向こう3年間で約5万人の若年者がこれらの助成措置の対象となる。

エ長期失業者に対する雇用助成金
職業仲介が特に困難な25歳以上の就労能力のある長期失業者を雇い入れる使用者に対する新たな雇用助成金を導入する。6カ月以上職業仲介が成功せず、向こう24カ月も就職が期待できない長期失業者に対し、09年末までに約10万件の社会保険加入義務のある雇用を斡旋する。使用者に対しては最大で賃金の75%の助成金を24カ月間支給する。それ以降も前提条件を満たしていれば繰り返し助成金を支給する。

4.中高年向け就労促進策「イニシアチブ50プラス」

ワーキンググループ「労働市場」の検討作業に先駆けてドイツ政府は06年9月、中高年向けの就労促進策として「イニシアティブ50プラス」を閣議決定し、07年5月1日から実施した。2012年から2029年にかけて年金支給開始年齢を65歳から67歳に段階的に引き上げるのに伴い、コンビ賃金、編入助成金による高齢者の就労促進、就業率の引き上げを目的としている。

(1) 中高年向けコンビ賃金

失業給付Iの受給期間が120日以上残っている50歳以上の失業者を対象に、失業直前の職より賃金の低い新しい職に就く場合に、最初の1年は手取り賃金との差額の50%、2年目は30%を助成する。年金保険料についても、以前の賃金に対する保険料の90%を2年間支給する。

(2) 使用者に対する編入助成金

中高年労働者を採用する企業に対し、1年を超える雇用契約の場合、少なくとも賃金の30%の編入助成金を支給する。助成金の支給期間は最長3年間で支給額の上限は賃金の50%である。

(3) 職業継続訓練に対する助成

これまで従業員100人以下の企業の50歳以上の労働者が認定職業訓練コースを受講する際に支給されていた職業訓練クーポンの対象を、従業員250人以下の企業の45歳以上の労働者に拡大した。

参考

  • Eva Kocher “Mindesteinkommen und Grundsicherung fur Arbeit - Wer sollte uber den Mindestlohn bestimmen?”, 2006
  • 苧谷秀信「ドイツの労働」(日本労働研究機構、2001)
  • 労働政策研究報告書No. 84「ドイツ、フランスの労働・雇用政策と社会保障」(労働政策研究・研修機構、2007年)

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