フランス暴動を分析する:自由・平等・博愛の陰に

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  • 国別労働トピック:2006年1月

ドビルパン首相は、2005年12月19日の政府研究会で(1)よりいっそうの雇用創出(2)共和主義の実現に向けた軽犯罪の予防や不法移民対策の強化――などの方針を示すとともに、2005年10月末から20日間近く続いたパリ郊外における暴動について「フランスにとっての大きな試練」と表現。この危機に対する様々な対応を通じて、若年者の高失業率、購買力低下、治安問題、教育問題等、現在のフランスが抱える大きな課題へ挑戦する必要性を指摘した。

暴動―郊外の危機の背景

労働力として旧植民地出身の移民を積極的に受け入れていたフランス。就労を目的とする移民の受入れは、1970年代半ばに停止したものの家族の呼び寄せは認めていたため、その後も移民の数は増加し続けた。そこでの政策の柱は移民をフランス社会に同化させること。

アフリカ大陸出身者やイスラム教徒など異なる文化・風習・宗教を持つ移民をフランス社会に同化させるために政府が取ってきた政策には、ライシテ(Laicite=非宗教政策、政教分離策)という概念が根底にある。例えば国や地方自治体は、宗教施設の建設などへの補助金の支出が禁じられている。寄付金不足から信仰のために必要なモスクの建設ができないフランスのイスラム教徒たちの間には、不満の声があがっていた。一方、2004年の秋からは、イスラム教徒の女性が学校でスカーフを被ることを禁止するなど、同化を超えて「フランスの価値観の押し付け」と感じられる政策のあり方への批判も強まっていた。

今回の暴動が激しかった地区は、犯罪の多発地区ともいわれる。その背景にあるのは、人種差別や失業、貧困、教育問題などフランスでいう「郊外問題」である。平等主義を謳うフランスでは、合法的な移民であればフランス人と全く同等な権利を有するとされる。しかし実際は、就職の際に提出する履歴書で、その名前や写真から移民と推定される場合が多く、書類選考すら通過しないことも少なくないといわれる。また、ZUS(zones urbaines sensibles:様々な社会問題を抱える地区)に居住しているというだけで就職は困難という現状もある。こうした移民系家庭出身者に対する差別はグランド・ゼコール(注1)を修了、あるいは修士号を取得した高学歴者ですら例外ではない。

現在、フランス各地に設定されるZUSには、470万人が居住している(11月25日付けラ・クロワ誌)。さらに、ZUSを管轄する国の機関の報告書によると、2004年のZUSにおける15歳から59歳人口の失業率は、平均で20.7%に達している。これは、フランス全体における平均の2倍以上の水準である。また、同地区で学ぶ児童・生徒の64%が、経済的に恵まれない世帯に属しているとされる。

移民が多数居住する低所得者用集合住宅のある大都市の郊外では、失業者があふれ、その結果、治安が更に悪化する――という悪循環に陥る。この悪循環こそが、現在のフランスが抱える「郊外問題」といえる。こうした郊外問題への対応が不十分なまま、治安回復という名のもとで強化され続けた不法移民の取締りなどに対し、蓄積していた日頃の不満が一気に噴出したのが、今回の暴動の発端という意見が多い。

政府の対応

2005年11月7日、ドビルパン政権は、非常事態法の適用とともに、職業訓練開始年齢の引き下げ、移民審査の厳格化、雇用差別に対する罰則の強化など、矢継ぎ早に対応策を発表した。主な施策の概要は以下の通り。

  1. 職業訓練開始可能年齢の引き下げ

    現在、職業訓練は、義務教育が終了する16歳以上にしか認められていない。この年齢を14歳以上に引き下げることにより、義務教育についていけない生徒に職業訓練を受けさせ、社会参入を促す方針を打ち出したもの。これは、今回の暴動に多くの少年が参加していたことを重視した措置である。

  2. 移民審査の厳格化

    移民の規制強化策としては、家族呼び寄せやフランス国籍所有者との結婚による国籍取得、留学生受け入れなどの審査を厳格化する見通しである。

    現行では、1年以上フランス国内に滞在した移民は家族(夫や妻、子供)を呼び寄せることができる。この期間を2年以上に延長する。また、事実上黙認されていたアフリカやアラブ系の一夫多妻家族の呼び寄せに関する審査も厳格化する方針を示した。さらに、フランス国籍所有者と結婚した外国人は、2年以上(フランス)国内に居住すれば同国籍を申請できる現行制度を改正し、必要居住期間を4年間に延長することも打ち出した。これは、国籍取得目的の偽装結婚を減らすことを狙ったもの。留学生に関しても受け入れ審査の強化が盛り込まれた。

  3. 雇用差別対策

    ドビルパン首相は、移民の若者を出身国や名前などを理由として雇用差別した企業に、最高25000ユーロ(約350万円)の罰金を科すことを発表した。長時間を必要とする司法手続きを経ずに制裁措置を実施することも可能となり、差別防止効果を狙っている。この制裁の権限は2005年6月に差別問題などを調査、審議するために発足した独立政府機関「差別対策・平等促進高等機関(Haute Autorite de Lutte contre les Discriminations et pour l'Egalite)」に与えられる。企業に対する抜き打ち検査を強化し、出身や居住地区を理由に若者を採用しなかったことが判明した場合、企業に罰金を科し、雇用機会均等を促進することを目指している。また、同首相は、名前や住所を伏せた匿名履歴書による選考を実験してみることも表明した。

  4. グランド・ゼコールへの入学優遇

    移民や低所得者を対象にしたエリート校(グランド・ゼコール)への進学促進策も盛り込まれた。具体的には、移民や低所得者の多い「優先教育圏(ZEP)」出身のバカロレア(大学入学資格試験)合格者のうち、成績優秀者を「グランド・ゼコール予備学級」へ優先的に進学させ、グランド・ゼコールへの入学を促進させることが考えられている。

  5. 親の監督責任の明確化

    多くの未成年が暴動に加わったことを問題視して、親の監督責任を明確化することも明らかにした。具体的には学校や自治体が、欠席が極めて多い子供の親に対して「定期的に子供を通学させる」誓約書への署名を求めるもの。親が署名を拒否した場合や、誓約不履行の場合には罰金を科すほか、政府による家族手当の支給を凍結する方針である。

労使の反応

今回の暴動(郊外問題)と政府の対応を受け、労使はホームーページ等を通じて意見を発表した。要約は以下の通り。

  1. CGT(フランス労働総同盟)

    社会的なるものと民主主義が緊急に求められている。今回の危機は移民の問題でも、若年者の問題でも、郊外の問題でもない。社会的な危機に直面している今、雇用、購買力、尊厳、差別対策のための交渉が、より強く要請されるべきである。CGTは、これらの要求を行うために全国的な、全産業を巻き込んだ単一の行動をとることを決意する。CGTは、直ちに、すべての組合運動員に訴える。

    直ちに、優先事項の一つとしての雇用に関連する社会的な危機に対し、対話と民主主義で応えなければならない。

  2. CFDT(フランス民主労働同盟)

    我々は、若年者が職業訓練や雇用に向かうことができるように、大規模な調査援助計画を要求している。これは、特に今日、いかなる解決策も有していない者を対象とした計画である。我々は、国によって組織される全国的な所得に関する会議の開催を望んでいる。この会議は、フランス人の購買力に影響を与えるテーマについて扱うものであり、交通や住宅のコスト、共済組合の負担などの軽減について扱う。我々にとってのその他の優先事項は、職業キャリアの形成を通じた労働者への援助である。失業した場合に、職業訓練や再就職のための援助保障がなされなければならない。

  3. CGT-FO(フランス労働総同盟・労働者の力)

    今回の一連の事件は排除、不信、不公正といった一部の人々が蒙っている怒りを表している。歴代政府は、こうした排除の拡大、ゲットー化への偏流に対応できていなかった。

    FOにとって緊急に必要なことは、社会的なレベルで行動すること、各人の生活条件および労働条件を改善すること、とりわけ特定の地域の若年者の排除などあらゆる差別と戦っていくこと、そしてゲットーを生み出すような都市政策について再考することである。

    職業訓練開始年齢を引き下げるだけでなく、若年者を受け入れるより多くの学校が必要である。

    フランスは多様性に富んだ国である。平等、博愛という共和国の原則を適用して、各人はフランスでその居場所を見つけることができなければならない。

  4. Medef(フランス企業運動)

    秩序の回復が優先事項中の最優先事項である。今回の出来事の経済に対する影響は、非常に深刻である。フランスのイメージは大きく損なわれた。社会的問題と経済的問題は、固く結びついている。失業問題や郊外での危機(暴動)が示している「価値の崩壊」に対応するためには、政労使が共に「新たなフランスモデル」を検討する必要がある。

    また、雇用における需要と供給のより良いバランスの促進を目的として、雇用と資格取得との統合を担う機関である「全国職業監督機関」の創設を提案する。

市民の受けとめ方

今回の暴動で、あらためて注目されたのが、不法移民取り締まりの強化策を打ち出してきたサルコジー内相(注2)である。暴動の捜査で警察官が死傷した際、すぐに現場に駆けつけ一線の捜査官を激励するパフォーマンスで、警察や治安回復を期待する国民の支持を高めた。犯罪者を「浄化(一掃)する」など、わかりやすい言葉で国民に語り掛け、職務質問の徹底などを指示した。世論調査会社BVAが11月4日から5日にかけて、18歳以上のフランス人954人を対象に実施した電話調査で、暴動に対するサルコジー内相の姿勢を支持すると答えたのは、56%であった。

こうした状況を、ある日本人留学生は「移民排斥を強調する内相に憎悪を抱く移民が存在する一方で、暴動に対して強硬姿勢を見せる内相への国民の支持も大きい。これは、移民対フランス人の対立の構図が、フランス社会に表面化したともいえるのではないか」と述べている。

11月4日には、警察と若者の衝突が最も激しかったとされるパリ近郊のセーヌ・サン・ドニ県オーネ・ス・ボワ市で、焼け焦げた車の残骸を背景に、「暴力反対、対話を!」と書かれた横断幕を掲げて2000~3000人の人々がデモを行った。11月5日付けのル・モンド紙では、「ここで起きたこと(若者の暴動)に対して、我々は強い憤りを感じている」という北アフリカ出身の男性の声や、「ただでさえ貧しい地区なのに、今回起きたことのツケは結局私たちが払うことになるだけ。税金も上がるのではないか」と心配する移民2世の女性の声などを紹介している。

一方、雇用連帯省人口・移民局のある法令担当者は、今回の暴動事件に関するJILPTからの問い合わせに対し、「今回の暴動は、局地的なものであり、観光客への被害も出ていない。パリの株式市場にも深刻な影響は出ておらず、暴動がフランスの経済成長に与える影響はほとんどない」とし、さらに「フランス国民の中に、貧困問題に苦しんでいる移民系の人がいることも事実であるが、メディアが悪い面を誇張する傾向があり、良い面を忘れがちであるということが問題である。今回の出来事に関与しているのは、普段から不法な取引などをしてきた未成年であり、郊外の住民のごく一部にすぎない。大部分の人々は、フランス国民の中に少しでも早く溶け込むことを望んでおり、就職難や差別問題の被害者も郊外の住民のほんの一部にすぎない」と強調した。

最後に、ル・モンド紙(11月5日付け)に寄せられた社会学者アラン・トゥレーヌの意見を紹介する。「もちろん、雇用の改善と市民が築く近隣のネットワークの復興も重要である。しかし今回の暴動や社会崩壊の根深い原因は、フランス社会の自己像という、より一般的な次元にあるといえる。我々フランス人は、国民としての生活におけるあらゆる部門――教育から社会福祉、警察や市当局など――において、フランス国民が自ら創り上げた“理想的なフランス人像”を再び問い直さなければならない」。

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