「議事日程2010年」連邦議会で可決

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  • 国別労働トピック:2004年1月

シュレーダー首相(社会民主党:SPD)は、2003年3月の施政方針演説で「議事日程(アジェンダ)2010年」と題するハルツ委員会答申の労働市場改革実施を含む改革路線を表明し(海外労働時報2003年3月号参照)、同首相率いる連立政権(SPDと緑の党の連立)は、8月の夏期休暇明けにこれを閣議決定した(海外労働情報2003年11月分)。その後、比較的議論の煮詰まっていた部分、すなわち解約告知(解雇)保護法の改正、失業給付期間の短縮等を含む労働市場改革法が、9月26日に連邦議会を通過し、成立した(連邦参議院の同意不要で、2004年1月1日施行)。また、8月の閣議決定の中心をなした他の部分についても立法段階での審議が続き、ここでは野党のみならず、与党内の一部の批判も考慮して、閣議決定された内容の一部手直しと細部の詰めが行われた。そして9月30日には、シュレーダー首相が改革路線の貫徹に政治生命をかける旨を表明して、その後SPD内左派の一部反対派の説得工作にも成功し、10月17日に法案が与野党勢力が拮抗する連邦議会で可決された。

可決された法案は、税制改革、地方自治体財政改革、労働市場改革のためのハルツ委員会答申実施法の未成立部分等、多くの内容を含み、いずれも低迷するドイツ経済と労働市場の活性化に資する目的を持っている。その一部はさらに最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が多数派を形成する連邦参議院(州代表で構成される)での可決を必要とするが、景気低迷と大量失業の続くドイツの経済と労働市場の再生にとって、これらの改革は、同時進行しているリュールップ諮問委員会答申の社会保障・医療改革と並んで、極めて重要な改革であり、かつ、この改革の成否に第2次シュレーダー政権の命運がかかっている。そこで、以下法案の内容を要点に即して少し詳しく紹介し、併せて参議院で多数派を形成するCDU・CSUの対応と各界の反応を記する。

(1)連邦議会通過法案の内容

  1. 税制改革

    2004年度予算関連法とともに、2005年度に予定された税制改革の最後の第3段階を1年前倒しして、所得税の大幅減税を図り、国民は2004年度は税負担を156億ユーロ軽減され、2005年度はさらに7億6000万ユーロの負担軽減が行われる。この減税による減収の割合は、連邦が45%、州が約40%、地方自治体(市町村)が約14%負担する。この減税措置で、所得税の最高税率は48.5%から42%に軽減され、最低税率は19.9%から15%に軽減されることになる。また、基礎控除額は7335ユーロから7664ユーロに上がるので、最高税率が課される限度額は5万5008ユーロから5万2152ユーロに下がり、また、所得税が累進税なので、減税効果は納税額が大きい所得ほど大きくなる。この減税による予算の歳入の大幅減少に対しては、主に国債の発行で対処し、その他、20億ユーロは国有資産売却益でまかなうことになる。

    さらに歳出削減としては、閣議決定どおり、公務員関係費用の削減として、マイホーム建設手当の廃止、遠距離通勤者の通勤費一括払いの削減を実施し、これを2004年度予算に盛り込んで6億ユーロの節減を図る。

    このほか、脱税者に罰則に関する特典を与えて納税を促す制度(Steueramnestie)を活用して、21億ユーロの国庫の増収を図るが、これは2005年度に行う。

    なお、この税制改革の部分は連邦参議院の同意を必要とする。

  2. 地方自治体(市町村)財政改革

    中心をなすのは従来の事業税(営業税)の改革であるが、自治体は連邦並びに州に納付する事業税の割当額が従来の3分の1に減り、また、自由業者(医師、弁護士、建築家等)も同税の納付を新たに義務づけられ、さらに収益から独立した利子、賃料、リース等も課税対象として組み込まれることなどから、2004年度以降、自治体収入額が年額で25億ユーロから37億ユーロ増加する。利子等を課税対象とするのは、これによってひっ迫する自治体財政の改善と経済の活性化に役立てるべきだとの意見を取り入れて、非課税とした原案が議会審議で修正されたことによる。

    雇用の基盤でもある中小企業も事業税について優遇され、その代表としての人的会社(合名会社等)は基礎控除に関して優遇措置を受け、2万5000ユーロの収益まで基礎控除が与えられる。2万5000ユーロから3万5000ユーロまでの収益については、物的会社(株式会社、有限会社)に対して収益と無関係に課される3.2%の税率の半分の1.6%の税率が課され、3万5000ユーロ以上の収益に関しては、物的会社と同様の3.2%の税率が課される。さらに人的会社は、事業税と未納の所得税を差引勘定でき、これによって事業税の税率に換算して380%の事業税負担を実際上は免れることになる。

    このほか、売上税の自治体への配分は、閣議決定どおり、2.2%から3.6%に増額する。

    なお、この改革部分は連邦参議院の同意を必要とする。

  3. タバコ税増税

    タバコ税は3段階に分かれて増額され、これによってタバコは、2004年1月1日、10月1日、2005年7月1日にそれぞれ1.5セント(Cent)値上げされ、1パック1ユーロの値上がりとなる。このタバコ増税で、2006年までに40億ユーロの増収となり、これは保険料でカバーされていない公的疾病保険の給付の財源に充てられる。

  4. 連邦雇用庁改革(ハルツ第III法)

    連邦雇用庁理事長は、より大きな決定権限を持つことになり、労働市場政策のかじ取りは従来の政府の訓令によってではなく、将来は政府と連邦雇用庁の目的設定の合意を通して遂行される。

    連邦雇用庁傘下の公共職業安定所は、将来「雇用機関」(Agenturen fur Arbeit)と称することになるが、職業仲介がその将来の中心的任務となる。そしてジョブ・センターとして、あらゆる失業者が職業相談を開始する場所になり、職安と福祉事務所の情報提供が統合され、また雇用主に対するサービスも改善される。

    従来の職安の行政上の任務、特に失業手当支給の算定を包括的に取り扱う任務が見直され、失業手当の算定も簡略化される。また入り組んだ多くの雇用助成措置は統合されて、労働市場参入のための補助金は6種類から2種類に減らされ、従来の職業継続教育に際しての生活手当は失業手当に統合される。

    また、第2労働市場(失業者対策)のための構造調整措置と雇用創出措置(ABM)は統合され、ABMを受ける失業者は、第1労働市場(正規の市場)への仲介を促進するために、新たな失業手当の請求権を獲得しない。

    失業者が、職安で期待(要求)可能な職業紹介を拒否した場合、一定期間後失業手当支給停止等の制裁が科されるが、この期間がより厳しく定められ、また、将来は失業者の側が、期待可能性に関して通常の違反を犯していないことの証明責任を負う。

    このハルツ第III法は連邦参議院の同意を必要としない。

  5. 失業手当II(Arbeitslosengeld II)と新たな社会扶助(Sozialhilfe)(ハルツ第IV法)

    従来の失業扶助(Arbeitslosenhilfe)と社会扶助は統合され、通常の失業手当の請求権を持たないすべての就労能力のある失業者に、必要に応じて支給される新しい失業手当IIとなる。失業手当IIは全額連邦の税を財源としてまかなわれ、その標準月額は従来の社会扶助の水準に合わされ、西独地域で345ユーロ、東独地域で331ユーロとなり、これに加えて住居費と暖房費が支給される。受給者は疾病、介護、年金保険加入義務を負う。

    従来の失業扶助は2004年末に失効し、失業保険料でまかなわれる従来の失業手当に相当する失業手当I(Arbeitslosengeld I)の受給者は、受給期間経過後の2年間、失業手当IIに関する特別手当の支給を受け、この支給額は独身者で最高160ユーロであり、これは経過規定として機能することになる。

    この失業手当IIの制度趣旨は、「刺激と制裁によって失業手当IIの受給者を就職するように促すこと」である。したがって、受給者が職安で紹介された職業については、ミニ・ジョブも含めて、賃金協約またはその地域で通常行われている賃金水準に即した職業であるならば、受諾の期待可能性(Zumutbarkeit)があると見なされ、受諾を拒否した場合の制裁は強化される。また、「労働する者は、就労能力があるのに労働しない者よりも多くのお金を自由にできるべきだ」との標語に従って、失業手当IIに参入されない追加収入の控除額は、労働するほど高額になり、家族状況に従ってその額は等級化される。さらに、失業者が紹介された職を受諾したら、最高24カ月まで補助金を受給できる。

    職業紹介サービスについては、紹介に携わる職員が増員されてサービスの向上が図られ、現在職員1人が350人の失業者を引き受けているのに対して、将来は職員1人が失業者75人に応対する。

    生活保護のための従来の社会扶助は、失業手当IIの創設とともにこれに対応する新たな社会扶助に変更され、15歳から65歳までの就労年齢者を対象として、例えば長期の病気で労働市場に参入できない者に支給されることになる。現在受給資格者は約20万人存在している。65歳以上の生活保護必要者にはこの制度は適用されず、基本保障(Grundsicherung)という制度から支給が行われる。新たな社会扶助の標準月額は、失業手当IIと同じで、西独地域で345ユーロ、東独地域で331ユーロである。

    このハルツ第IV法は連邦参議院の同意を必要とする。

(2)CDU・CSUの対応

連邦参議院ではCDU・CSUが多数派を形成しているため、上述の法案のうち参議院の同意を必要とするものについては、同党の対応が重要である。

税制改革と予算関連法に関しては、CDU・CSUはマイホーム建設手当の廃止、長距離通勤者の通勤費一括払いの削減に反対しており、さらに、脱税者に特典を与える納税の奨励(Steueramnestie)については、アイヘル財務相が2005年以降に実施するとするのに対して、2004年から実施すべきだとしている。また、減税による歳入の減少に対しても、国債発行以外の対策を検討している。

地方自治体財政改革に関しては、CDU・CSUは政府案に反対しており、ひっ迫する自治体財政救済の緊急対策を提言している。すなわち、自治体の連邦並びに州に対する事業税納付の割当額を減額し、売上税については自治体への配分をもっと増額して、財政の窮状を救うべきだとしている。だが、CDU・CSUが政権を担当するいくつかの州で、自治体レベルでは同党の政治家が政府の改革案を支持しているので、参議院での反対は功を奏さない可能性がある。

ハルツ第IV法に関しては、CDU・CSUは新たな社会扶助については明確な立場表明をしていないが、失業手当IIについては、連邦が管轄を独占することに反対しており、CDUが政権を握るヘッセン州を通して、自治体が管轄を持つ失業手当IIについての反対提案を行っている。したがって、ハルツ第IV法については、両院協議会での与野党のなんらかの譲歩が必要になる。

(3)各界の評価

労働側は、アジェンダ2010自体に対して反対し、労働総同盟(DGB)が提言した対案もシュレーダー首相に拒否されている(海外労働時報2003年8月号参照)。そしてその後のIGメタルの泥沼の権力闘争で労組の威信は低下しており、さらに、労組はこのところただ反対を唱える抵抗勢力としての烙印を押されており、アジェンダ2010に関しては労組の影は薄い。

他方使用者側は、アジェンダ2010が不十分であるとしながらも、目下のドイツの経済と労働市場の低迷下においては、政府案の早急な実施が必要だとしており、CDU・CSUに対しても政府との協力を強く促している。

労働問題専門家には、基本的には経済界と同様の意見が多いが、例えば、経済協力開発機構(OECD)のドイツ問題専門家エックハルト・ヴルツェル氏は、詳細な点についての批判は別として、政府は改革案によって基本的には正しい方向に向かって一歩を進めたとしている。ただ同氏は、改革がさらに進められねばならないことは明らかで、改革が中断されればドイツの景気の低迷が続くだろうともしている。そして同氏は、今後改革が必要な部分として、賃金決定システムの弾力化を挙げ、賃金を労働協約で一律に決めるのではなく、企業(事業所)レベルでの決定の余地を拡大すること、そして特に有利原則(Gunstigkeitsprinzip)の新しい定義の必要性を挙げている。すなわち、賃金協約よりも高い賃金と短い労働時間だけがこの原則に適うのではなく、雇用の促進のために協約よりも低い賃金と長い労働時間を事業所協定で定めることも、有利原則に反しないとすべきことを、一例として挙げている。

年末にかけて連邦参議院と両院協議会でさらに与野党の折衝はあるものの、第2次シュレーダー政権の労働市場改革の大筋は今回のアジェンダ2010の連邦議会通過で見えたといえ、今後の改革の進展とその成果が注目される。

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