年金プラン変更に年齢差別禁止規定違反の判決

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  • 国別労働トピック:2003年11月

米国連邦地方裁判所は、7月31日、IBM社が行った2度の退職年金プランの変更は、高齢者の年金受給額を減額するものであり、不利益をもたらすため、雇用者退職所得保障(ERISA)法に違反するという判決を下した。特に、今回のIBM社への判決により、「キャッシュバランス」年金プランを採用している400社以上の米国大手企業に影響を及ぼすことになるだろうと見られている。

IBM社の年金プラン変更

(1)1995年の変更

IBM社では、1990年代に入り、年金プランを2度変更している。最初の変更は、1995年1月に行われた「ペンションエクイティプラン」として知られる確定給付型年金プランで、年金信託方式(PCF)による年金プランへの変更である。このプランでは、加入者は、毎年勤続年数に応じたポイントが加算され、さらに5年間の平均所得が高い場合には、特別加算ポイントがある。これらのポイントを基礎に65歳から給付を受けることができる。

この時期、IBM社では、年金信託方式(PCF)の運用は非常にうまくいっていたが、1998年までに勤続5年未満の35歳から55歳までの従業員が2万人以上もおり、彼らに支払うための年金コストは増加していた。そういったなかでも、年金積立収入は、800万ドルの余剰があり、1997年にはIBM社の総収益の7%が年金積立収入となっていたといわれている。

(2)1999年7月キャッシュバランスプランの採用

しかし、転職が頻繁な米国において雇用の流動化への対応、将来的給付コスト増への懸念などを理由に、同社は、1999年7月、年金プランを再度変更し、企業にとって運用利益の大きく、従業員にとっては転職の際のポータビリティに優れたキャッシュバランスプランへ移行した。キャッシュバランスプランは、伝統的な確定給付型年金と401Kプランをはじめとする確定拠出型年金の両者の性質を併せ持つ折衷型企業年金で、確定拠出年金のように積み立てた年金資産を転職の際に他社に持ち運ぶことが可能な制度である。(『海外労働時報』2002年7月号参照)。このプランは、従業員の毎月の給与の5%と1年もの国債利回りに1%を足した割合を基に算出し、各従業員の仮想口座に積み立てていく。そして、従業員の退職時に、即時年金として、一時払いで個人口座から引き出すことができる。また、退職時よりも後の時点で一時払いを受けたり年金として受け取ることも選択できる。このプランの採用により、IBM社では、年金積立収入は、1998年の3億9500万ドルから2001年には1兆円となり、これは同社の年間総収入の13%に当たる。

変更された年金プランは年齢差別

イリノイ州連邦地方裁判所は、これら2度にわたる年金プランの変更は、今まで長く勤続してきた高齢の従業員の退職後給付額を減額するもので、若い従業員に比べ不利となるものであるとして、違法判決をした。

1995年の最初の確定給付型年金プランへの変更では、年齢が高くなるほど給付額が減少する計算になるが、連邦地方裁判所は、これに対してエリザ法の規定で禁止されている年齢差別に当たるとして、違法判決を下している。また、1999年7月の2度目の変更であるキャッシュバランスプランの採用についても、連邦地方裁判所は、年齢差別違反の判決を行った。このプランが導入された1999年以降、長期勤続の従業員は当初の見積もりよりも年金受給額が20%から40%の落ち込みを示している。これに対して会社側は一応、10年以上勤続の40歳以上の従業員に対して、彼らが希望する場合には、旧来のプランを選択することを認めた。しかし、従業員は、新年金プランの実施は、高齢者への差別に当たるとして1999年に告訴を行っている。具体的には、会社側が、年齢が高くなるに従い、拠出が年金受給額に反映される率が減少してしまい、年金法に反した年金運用を行っていることに不満を訴えたものである。

キャッシュバランスプランは折衷型年金であるが、先例となる他の判決でもキャッシュバランスプランは確定給付型年金であることが確立されている。従って、長年、ERISA法で規制されてきた確定給付型年金に対する諸規制がキャッシュバランスプランに適用される。

キャッシュバランスプランが確定給付型年金に分類されるべきことは、キャッシュバランスプランでは、年金基金に収益が生じた場合、積み立てている企業に収益が生まれることを思い出すと理解しやすい。これに対し、確定拠出型年金では、企業が積立を行った後には、年金基金に収益が生まれても企業に収益が生じず、基金運用の巧拙は従業員自身の年金額に反映される。

今回の判決により、IBM社では、13万人の従業員と退職者について年金給付の計算をやり直す必要が出てきた。同社は、この判決を不服として控訴しているが、これについてはむしろ今後の年金の追加拠出の可能性が懸念されている。キャッシュバランスプランは、1990年年代半ば以来、AT&T社、Eastman Kodak社、Xerox社などIT関連の大企業を中心に広まっているが、今回の判決が、そういった企業へも影響を及ぼすことが予想されている。

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