労働仲裁制度の現状と仲裁事例

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年5月

2002年7月現在で、中国に投資している外資系企業は、40万社を数える。労働争議対策は、安定した労使関係を維持する上で、重要な課題となりつつある。現行の労働仲裁制度の概要、主な問題点、仲裁事例をまとめる。

尚、企業労働争議処理条例が公布された1993年8月1日から2001年末までで、各級政府の労働争議仲裁委員会が受理し裁定を下した案件は、合計68万8000件、関係した労働者は236万8000人に達している。

1 労働仲裁制度の概要

(1) 手続きの概要

企業労働争議処理条例に定められた、中国の労働争議仲裁制度で労働争議が発生すると、企業内の調整委員会に調整を申請するか、あるいは、当該地域の労働争議仲裁委員会に仲裁を申請する。企業内の調整委員会に調整を申請したが合意できなかった場合、当該地域の労働争議仲裁委員会に仲裁申請をすることも可能である。

労働争議仲裁委員会からの仲裁裁定受理後、不服の場合は、15日以内に初級人民法院の起訴することができる。一方、人民法院に起訴しない場合は、仲裁裁定に拘束力が発生する。

初級人民法院の判決に不服の場合は、中級人民法院に控訴できる。

(2) 労働仲裁委員会の概要

労働争議仲裁委員会組織規則により、労働争議仲裁委員会の構成と事務処理機関が定められている。

仲裁委員は、次の3つの部門から自薦され、所轄政府が委員を承認した後、委員会が組織される。

  1. 労働行政所轄部門代表
  2. 工会の代表
  3. 総合経済管理監督部門の代表(企業連合会、企業家協会など)

この中から、1名の主任が選任されるが、ほとんどの場合、労働行政所轄部門代表が担当する。尚、各級政府が、各組織から自薦される委員数を決めるが、自薦される委員数は、奇数である。また、仲裁委員の変更は、所轄する政府の承認が必要である。

事務処理は、各地方の労働行政所轄部門が担当する。

2 労働仲裁制度の問題点

労働仲裁委員会の制度には、以下のような問題点がある。

(1) 不当な仲裁裁定とその対策

最近、労使紛争が、司法による判決・調停まで持ち込まれる事例が増加した。その結果、労働仲裁委員会の裁定が否決される例が増加している。

これは、労働争議仲裁委員会の各委員の利害関係により、正しい、裁定が下されない事例が多いこと、また、企業労働争議処理条例は、間違った仲裁裁定を改める諸制度が未整備であることによる。

法的には、一応、労働争議仲裁委員会処理細則第34条では、「各級の仲裁委員会主任は、当該委員会の既に法律的効力の発生した裁定書に対して、明確な間違いを発見した時は、再度処理する必要があり、当該仲裁委員会にかけなければならない」の規程がある。

しかし、実際は、各条項の規定が未整備なため、一度下された裁定を修正する場合は、非常に多くの制限がある。仲裁裁定に対する結果責任は、各級の労働仲裁委員会の主任が責任を負っているが、外部からの監督制度が無い。このため、主任は、仲裁委員の利害関係等により、歪められた仲裁裁定であっても、それを修正する意欲、調整力、職権を持っていないのが実情である。

(2) 労働争議と証拠の取り扱い

労働争議の仲裁と訴訟において、証拠書類は、客観的真実、事実と訴訟の関連性、訴訟の合法性を証明するものである。

しかし、これまでは、労働者の解雇、賃金の削減、就労年限の計算に関して、使用者側が比較的に有利な立場に立ち、必ずしも証拠書類を完備せずに労働仲裁を受けれた事例も多かった。これは、労働者の労働法に関する認識・知識が低かったことに起因する

しかし、近年、最高人民法院(最高裁)は、「労働争議訴訟を審理に関し法律を適用する若干の問題の解釈」を公表し、この中で、解雇、賃金削減、就労年限の計算などに関する労働争議案件は、使用者側に証拠を列挙する責任がある」と規定した。これは、最高人民法院が、比較的弱い立場にある労働者を法的に保護する必要性を認めたためである。

一般的に当事者以外の労働者は、証言に立つことによりその後自分自身が不利益をこうむることを恐れ、証言することを拒むケースが多い。正義感に燃えて法廷に出かけ、結果的に証人になり、失業することを恐れ、証言を引き受けないのである。労働者は、地方の裁判官が、中立公正は判決をすると限らないことを熟知している。

このため、最近、中華総工会は、労働争議において労働者側が劣勢に立たされないよう、日頃から証拠書類を大切に保管しているよう指導している。また、中華総工会は、使用者側が、明らかに労働法や労働政策に違反している場合は、各地方の工会に調査するよう働きかけ、労働者側に有利な証拠書類を迅速に収集するよう指導し、裁判にも積極的に傍聴に出かけ、明らかに不公正な判決が出た場合は、控訴するよう指導している。

(3) 時間的制限

労働法では、労働仲裁委員会による仲裁申請は、労働争議発生から60日以内(または企業内の調整委員会による不失敗後30日以内)である。60日を経過すると、労働仲裁委員会は、仲裁申請を受理できない。労組が、60日経過したため、直接裁判所に訴えても、裁判所は、労働仲裁委員会の裁定を通していないものは取り上げないことが多い。

このため、企業によっては、故意にこの規定を利用し、交渉を引き延ばすことのみ考えているものもいるし、一方、労組の中には、この規定を知らずに交渉を開始するものも多く、結果的に仲裁を受けられない事例が発生し社会問題化している。

3 主な外資系企業の労働争議4例

外資系企業の労働争議の中から、典型的なものを事例としてあげる。

  1. 労働時間と賃金に関する争議

    外資系企業A社は、大連市の工業開発区に進出していた。この工場で、労働者6000名が参加するストが発生した。原因は、経営者側が、労働法に定める労働時間に関し誤解していたことによる。また、賃金も低かった。ストは、3日間続いた。経営者側は、仲裁裁定を受け、労働時間を規程内になるよう短縮し、また、賃金も40%増額した。

  2. 労働契約の期間に関する争議

    重慶市の外資系企業B社で働く労働者が、2年間の雇用期間を定めた労働契約を結んだ。契約終了時に、当該労働者は、契約の継続を要求したが、企業側は、明確な回答をせずにそのまま雇用が継続された。経営者側は、8カ月後、突然労働契約の終了を理由に解雇を言い渡した。

重慶市の労働争議仲裁委員会は、労働法第23条によると、「労働契約期間が終了した時、または当事者間で労働契約の終了が決められた時、労働契約は終了する」とあるが、今回の場合、労使間で雇用の継続に関する正式な契約はなされていなかったため、労働部労辧発(1994年)96号文書の規定、「当事者の双方は、国家、地方政府の法律・規則に従って労働契約の継続或いは終了を決めなければならない。同時に、具体的状況に基づき、双方の当事者が事実上労使関係を形成している時は、各自が責任を負う」、労働法の違反に関する行政処罰法第16条「使用単位が労働法の規定に基づかずに労働契約を終了、あるいは、故意に労働契約を結ばないよう引き延ばした場合は、責任を持って期限を改正しなければならない」、労働社会保障部が発令した「労働法に違反した労働契約規定の補償方法」の第2条、「使用者側が、故意に引き延ばし労働契約を結ばず、労働契約期間の期限を過ぎてもまだ契約を継続しようとせず、労働者に損害を与えた場合は、労働者の損害を補償しなければならない」を法的根拠に、労働者の要求を認めた裁定を下した。

  1. 未払い賃金に関する争議

    外資との合弁で設立された上海市の機械製造公司で、長期的な賃金未払いが生じた。労働者の代表は、支払いを要求し続けたが、進展がないため事務室から台湾の社長に電話をした。社長からの回答は、未払い賃金の支給ではなく国際通話の電話代金の支払命令だった。また、労働運動に参加した労働者の解雇を通告した。

労組側は、上海市労働仲裁委員会に訴えた。上海市労働仲裁委員会は、全面的に労組の要求を認め、未払い賃金の支払いを経営者側に命じた。経営者側は、労働仲裁委員会の裁定を不服として、嘉定区の初級裁判所に訴えた。初級裁判所は、未払い賃金約3000元の支払いを経営者側に命じた。経営者側は、これを不服として、上海市第二中級裁判所に控訴し、賃金の支払い拒否以外に、労組の指導者が公司の財産を盗んだとしてその損失18万元の支払いを要求した。

中級裁判所は、国際通話は労働争議が長期化することにより公司に与える損害を防止するものとし、初級裁判所の判決を支持し、また、18万元の損害賠償請求は、一審にないものとして却下した。

4.解雇手続きに関する争議 

上海市の労働者Cが、外資系企業で販売員をしていた。しかし、長期的に、公司が定めた販売目標金額を達成できなかった。このため公司は、降格させ、比較的簡単な職務内容のポストに配置した。しかし、当該労働者は、新しい配属先でも職務の遂行能力に欠けていた。このため、公司は、解雇を決定し、三日以内に新任者に引継ぎをし、退職するよう要求した。また、このような状況下での解雇は、経済的保障の対象には当たらないと通告した。

労働法第26条は、労働者が職務を遂行する能力がなく、研修実施後、あるいは配置転換後も職務を遂行する能力のない場合、労働者の解雇を認めているが、ただし、30日前に書面で解雇通知をしなければならないと規定している。また、労働契約の違反と解除に対する経済的保障方法(労働部[1994年]481号)に関する通知文書の中で、「労働者が職務を遂行する能力がなく、研修実施後、あるいは配置転換後も職務を遂行する能力のない場合に、労働者を解雇した場合、使用者側は、就労年限1年毎に、当該労働者の1カ月相当の給与を最高12カ月分まで支払わねばならないと定めている。

労働仲裁委員会は、今回の事例では、解雇理由には問題がないが、30日前までに書面で通知をしなかったこと、経済的補償金を支払わなかったことが労働法と関係規程に違反したとし、経済的補償金の支払いを命じた。

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