東風汽車集団公司の労使関係の現状

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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2002年9月19日、日産自動車は、中国三大自動車メーカーの1つである東風汽車集団公司(東風汽車)との合弁事業を中心とした包括的な業務提携を発表した。東風汽車の歴史と労務管理の現状をレポートする。

1 歴史

東風汽車は、1969年、中国の自動車生産の1角を担う重要な国営企業国営中国第二汽車工場(二汽)として設立された。

(1) 改革開放政策後

二汽は、1980年代に入り、自己資本に依存しながら発展し始め、1981年には、国営中国第二汽車工場を中核とする東風汽車集団公司が設立された。

90年代中期以後、他の多くの国有企業のように、国際競争の波に揉まれ、品質面で劣る国産メーカーは販売台数が伸び悩み営業利益が減少した。1998年には、東風汽車は、全集団の累計損失額が5億元を超え、1999年には、10万人を超える労働者に対し4ヵ月間賃金の未払い状態が続いた。

(2) 組織改革断行後

1999年、東風汽車は、党と政府の「経営の現代化と国際競争力の強化せよ」という要求に答え、企業管理体制と組織改革を断行した。

その結果、2000年には、回復基調に入り、販売台数が21万台、販売収入が287億元、経常利益が13.79億元に達した。2001年、生産台数は、26.8万台、経常利益が、10.39億元に達した。

2001年、東風汽車は、湖北省十堰市、襄樊市、武漢市に3つの生産工場と研究所を持ち、大型、中型、小型車、貨物車を生産し、輸出総額は、3811万ドル、輸入総額は、5億1470万ドルである。毎年の販売収入は、100億間前後で、国産メーカー第3位の地位を確保するとともに、前2社との差を縮小しつつある。 

2 経営管理改革の内容

1990年代初期、東風汽車は、管理体制を本部のある十堰市に過度に集中させていた。その結果、生産・販売管理に関する具体的な諸要素も全て本部の指示を仰ぐという、非効率的な体制に陥り、経営判断が非常に遅く、この体制では、改革開放政策以後の急速な市場の変化に対応できなかった。また、経営幹部は、極めて些細な問題まで管理せねばならず、集団全体の将来を展望するような長期計画を描く時間は無かった。また、下部組織や子会社も職務権限が非常に制約されており、積極的に経営改革を進める要求が出すことに躊躇していた。 

1993年3月、経営幹部は、組織改革に着手し始めた。しかしながら、10万人以上の労働者を抱える大型国有企業の体制改革は、困難を極めた。

具体的な体制改革内容は、組織を重要度により分け、責任を明確にし、各組織の機能を高めるために、3部門の管理体制を敷いた。

各部門の業務内容
部門 業務内容
第1部門 本部 経営計画戦略、生産・販売管理、資産経営の決議内容を持つ部門。
第2部門 分公司、子公司 生産・経営をする主体である。利益確保とコスト管理の責任を負い、業務内容と地理的配置により、27の直属工場を10の分公司にした。また、以前からあった分公司、子公司の独立性を強化した。
第3部門 直属の工場 本部に直属し、生産の基礎を受け持つ。

体制改革の結果、本部は、決議・財務管理・資産管理・幹部人事管理のみを実施し、生産・販売・品質管理等は、第2、第3部門に担当させた。

新体制は、労働者の大型国有企業の伝統的固定観念を積極的に打破した。労働者は、経営管理者に向かって、手当てや賃上げのみを要求することはなくなった。関心事は、製品コスト、品質管理、市場の動向である。重要なことは、生産現場と市場の変化が繋がったことである。自己の責任が明確にされ、業務や労働に目標が持て、これが組織の活性化に繋がった。

3 労務管理改革

労務管理の改革の重点は、終身雇用制度の廃止、能力主義の導入、公正な競争原理の導入である。また、全公司の管理職を27.53%削減した。子会社の中には、一度全ての管理職を全て解職にし、競争させて再度昇進の審査をやり直したところもある。

労務管理方面では、人員削減と労働者の意識改革が最重要問題であった。業務量・作業量により、人員配置を再編し、余剰人員部門は、配置転換、一時帰休、下崗の対応をとった。この結果ここ数年で、公司全体の労働者数は、2000人削減された。労働者の態度は、過去の「自分の所属する大型国有企業は、『大鍋飯』:日本でいう「親方日の丸」意識のこと)」という考えから、「仕事があれば、幸福と考えるべきだ」、「企業は労働者を選ぶ、市場は商品を選ぶ」などの改革の思考が受け入れられ始めている。こうした概念は、労働者に学習意欲、新しい技術の習得に向かわせている。

労働者には、「高い技能、重い責任、大きな貢献」の評価に従いより多くの報酬が支払われるようになった。現在の収入格差は5から6倍である。固定給以外の部分が、40%から70%に拡大された。この新しい分配制度は、労働者が自分の能力・技術の向上を重要視するように仕向けている。

日産自動車と合弁事業の提携をした後、全労働者の約3分の1に当たる、約3万人の余剰人員対策が急務となった。東風汽車は、5年内にこのリストラを実施する予定であるが、経営者側によると、リストラは次の4方法で実施される見込みである。

  • 労働者としての籍を東風汽車に残したまま退職させる。
  • 定年による自然減少。
  • 下崗労働者にし、技術研修に参加させ、転職を促す。
  • 公司と政府が共同で解雇手当ての資金を用意し、解雇する。

4 労働者の技術研修制度

東風汽車の労働者の技術研修は付属の専門学校により実施される。この専門学校は、国家の重点技術専門学校になっており、在校生は、1500人だが、この他に短期の訓練生が、約3000人いる。東風汽車は、この技術訓練学校を利用し、技術研修を実施してきた。特に1999年は、延べ18万8000人に1人平均32時間の各種研修を実施した。

2001年には、東風汽車は、「人材資源は最重要資源、人材養成戦略は最重要戦略」というスローガンを掲げ、公司の核心的人材を早急に養成するよう経営戦略を立てた。

特に、東風汽車は、新型車の開発事業に力を入れている。新車の設計から完成までが4年半に短縮された。これは、先進国の自動車メーカーには及ばないが、中国国内では、最も短く、経営側は、長年の技術者養成事業が成果を上げ始めた結果と自負している。2001年、各担当分野の優秀人材34人を選抜し表彰し、毎年20人前後の成績優秀者に、海外研修の機会を与ている。

一般的に各工程の技術職の賃金は一般労働者より約3分の1は高く、重点プロジェクトの責任者、公司に重大な貢献をした社員は、年収が10万元を超え、中には20万元以上の技術者も存在する。優秀な技術者を厚遇するのは、多くの労働者に認知されている。

現在、東風汽車は、人材養成プロジェクトを「十、百、千、万人材工程」と名づけている。これは、全国的に知名度の高い人材を数十名、各研究部門のリーダー的存在数百名、技術部門、管理部門、販売部門の中核的人材2000名の養成、研究過程、製造過程の技術者研修実施20000人を意味する。

2001年、東風汽車は、9項目の研究・技術開発において全国自動車産業科学技術進歩賞を受賞した。これは、自動車産業で受賞数が最も多い。

2002年10月、東風汽車は、中国農業銀行、中国建設銀行と自動車金融業務に対する取り決めをした。自動車ローンは中国では、まだ未整備の部分が多く、今後金融業務に精通した人材の養成が必要になると会社側はみており、こうした人材養成対策を検討している。

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