大統領、鉄鋼緊急輸入制限を発動

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年6月

ブッシュ大統領は2002年3月5日、日本、欧州連合(EU)、韓国などの主要鉄鋼製品14品目に対し緊急輸入制限を発動し、8~30%の関税を課すことに決めた。2002年4月19日に発動され、適用期間は3年間である。これに先立ち、2月28日に何千人もの鉄鋼労働者がホワイトハウス近くで輸入制限を求める集会を開くなど、鉄鋼業界労使はロビー活動を展開、40%の関税を求めていた。実施される関税は、同業界が求めていた関税よりも低率だが、経営基盤の弱い鉄鋼企業が生産を続け雇用を確保することを可能にする。一方では、グリーンスパン連邦準備制度理事会(FRB)議長が、鉄鋼輸入制限のために他の産業で失われる雇用について懸念を表明しているほか、国内のエコノミストの多くは、鉄鋼を利用する産業のコスト高などを招くとして鉄鋼輸入制限を批判している。

EU、日本などは、緊急輸入制限がWTO協定に反するものとしてWTOに提訴している。なかでもEUは3月27日、米国の緊急輸入制限への対抗措置として15鉄鋼品目に6カ月間の暫定的な関税を課すと発表した。過去3年間の平均輸入量を10%上回る水準を超える分に割り増し関税を適用する。鉄鋼業における雇用縮小は、EU諸国でも懸念されている。米国には現在、鉄鋼業で17万5000人(過去4年で2万人減)が雇用されているが、イギリスでは2万6500人(同1万人減)、ドイツで8万2500人(同7900人減)、EU全体で29万9600人(同2万2200人減)が鉄鋼業で雇用されている。

ブッシュ大統領が緊急輸入制限に踏み切った背景には、2002年秋の議会中間選挙や2004年の大統領選で、伝統的な鉄鋼業が盛んである西バージニア州やペンシルバニア州などの大票田が重要であること、さらに、大統領への一括通商交渉権(fast-track authority)付与に対し、鉄鋼産業を支持基盤とする議員からの支持を取り付けたいという思惑がある。

こうした事情は、鉄鋼業の産業構造とは無関係で、鉄鋼業自体は生産能力過剰に陥っており、旧ロシア、アジアなどからの安価な輸入品に対する競争力もなく、過去20年間に効率性を高めるために再編を繰り返した他の重工業とは異なり、企業数も多い。鉄鋼大手は短期的な収益を追求し、98年~99年に鉄鋼産業保護のために関税率が上げられた時には、各企業が産出量を増やすなど、生産能力過剰という本質的な問題が温存されてきた。2002年3月始めにはナショナル・スチール社が破産申請し、鉄鋼業で過去4年間で破産申請した国内企業は32社に上っている。

重い退職者の年金・医療給付債務で再編進まず

全米鉄鋼労組(USWA)、鉄鋼最大手のUSスチール社やベスレヘム・スチール社は、大統領が緊急輸入制限発動を決定したことを歓迎した。しかし鉄鋼業退職者の年金・医療保険給付に対する政府の援助が打ち出されなかったため、政府からの支援を求めて議会への働きかけを強めようとしている。USWAのレオ・ジェラード委員長は、60万人の退職者とその家族に対する給付を保護するための立法措置を求める運動を展開すると述べている。

長い歴史を持つ企業の退職者に対する年金・医療保険負担が重いことが、鉄鋼業の再編を進みにくくしている。例えば、USスチール社は、ナショナル・スチール社との合併を検討しているが、その前提条件として政府がこれらの給付を負担することをあげている。現状では、企業が破産した場合、退職者がほとんど全ての医療および生命保険給付を失うことになり、破産企業が年金給付債務軽減に成功した場合、年金給付の一部を失うことになる。労働者保護の立場から、鉄鋼業界支持派のロックフェラー上院議員など一部の民主党議員は、いくつかの鉄鋼業大手の年金・医療給付債務に対し、政府が援助する法案を準備している。

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