ヤコダ連邦雇用庁長官更迭

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年5月

連邦会計検査院の検査で、公共職業安定所の職業紹介の実績を示す記録が実数よりも多いことが明らかになり、職安を統括する連邦雇用庁も2002年2月4日にこれを認めた。これにより、2002年初頭から施行され、職安の職業紹介活動を強化することを内容の一部としている雇用積極法(Job-Aktiv-Gesetz)も誤った統計に基づいたことになり、この不祥事をきっかけとして連邦雇用庁についての抜本的な制度改革が唱えられ、ベルンハルト・ヤゴタ長官は責任を問われて更迭されることになった。

以下、連邦雇用庁の制度、今回の事件の経緯と後継長官人事、連邦政府の改革案について、その概要を記する。

1. 連邦雇用庁の制度

連邦雇用庁は、ドイツの労働行政について重要な役割を担う連邦直属の組織(公法人)として1952年に創設され、総本部をニュルンベルグに置き、その監督の下に11の州職業安定所と、さらにその下に置かれる181の地方自治体の職業安定所を統括して全国をカバーし、その職員総数は約9万人に達する。同庁は連邦労働・社会省の法的監督の下に置かれるが、労働側、使用者側、公共団体(連邦・州・地方自治体)の三者代表で構成される自治管理機構を、総本部、州職業安定所、自治体レベルの職業安定所にそれぞれ持っており、重要な政策決定はこれらの機構が自治的に行う。また、同庁の財政は、保険料(疾病保険、年金保険、失業保険、介護保険で、労災保険は除く)、割当金、連邦資金等で賄われるが、収入の90%以上は保険料収入で、使用者と被雇用者の双方から保険料を折半して徴収している。

連邦雇用庁の主要な活動は「雇用促進法」に定められているが、主な内容としては、職業ガイダンス、職業紹介、職業教育助成、雇用維持のための労働短縮手当の支給、雇用創出措置(ABM)の補助金と貸付金の供与、失業保険金(手当)の支給、失業扶助の支給等がある。

中でも、職業紹介は連邦雇用庁の中心的な業務であり、社会法典第3編で法的規制を受けるが、年間300万件以上の紹介を行っている。職業紹介は1994年までは僅かな例外(芸能、マネキン、看護婦等)を除いて同庁が独占して行ってきたが、同年以後は、すべての職種について同庁の許可があれば、民間でも職業紹介事業を行うことが可能になった(第291条第1項。もっとも、従来は民間の紹介件数は僅かだった)。同庁の許可なしの職業紹介は最高5万マルクの罰金に処せられ(第404条)、外国人に対する無許可の職業紹介は最高5年の自由刑に処せられる(第406条)。

2. 事件の経緯と後継長官人事

今回明らかになった出来事は、このような連邦雇用庁の中心的業務に関する不祥事だっただけに、その衝撃も大きく、メディアでも連日かまびすしく取り上げられた。

まず2月初めに、連邦会計検査院が全国の181の公共職業安定所のうち5つの職安の検査を行った結果、70%職業紹介が事実に反して記録され、職安が失業者を仲介したとされる数字が、実際に仲介された数字よりも多く記録されていたことが明らかになった。これを受けて連邦雇用庁が、直ちに内部検査でさらに10の職安の記録を調査することになり、連邦会計検査院も4月以降さらに20の職安の記録を調査することになったが、このような異例の事態を受けて、使用者連盟(BDA)、最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)だけでなく、与党の緑の党からも、同庁の抜本的改革がなされるべきとの意見が表明された。

また、連邦雇用庁の前会計官が検査事実について事前に総理府に問い合わせており、労働省にも情報提供していたことが報道され、さらに同庁が連邦会計検査院の検査結果発表前に事実を熟知しながら対応が遅れたことも明らかになり、俄かに責任問題もクローズアップされ、ヤゴダ長官の更迭論が浮上することになった。

連邦雇用庁の改革については、野党CDU、緑の党、使用者団体の声も汲んで、リースター労相が、民間の職業紹介事業を従来よりも強化して、公共職業安定所との協力関係をさらに改善すべきであるとの方針を示し、従来民間の職業紹介について消極的だった労働総同盟(DGB)も、今回のスキャンダルを受けてこの方針に賛成を表明した。2001年の統計では、職安の職業紹介件数380万件に対して、民間の紹介件数は13万件で、民間は数においては少ないが、成功報酬を伴う確実なもので、同労相の方針はこの面をさらに強化しようとするものである。

他方、責任問題については、ヤゴダ長官が能吏であり、連邦雇用庁内の信頼も厚いことから、更迭論が浮上してからも留任を求める声が一部には根強く存在し、特に同庁理事会は同長官の続投を要望した。連邦雇用庁の長官職は、労働行政の中で重要な地位を占め、通常は政権党の所属者が担当するが、ヤゴダ長官は野党CDU所属であるにもかかわらず、与党SPDの信任も厚く、2000年6月に再任が決まり、2001年2月1日から2005年1月までの4年の任期で、3期目を務めているという経緯がある(本誌2000年8月号III参照)。したがって、秋の連邦議会選挙を間近に控えているにもかかわらず、野党CDUが同長官が自党所属であることから責任追及の矛先を鈍らせた感があるのは当然だが、与党SPD内にも擁護論が存在した。しかし、使用者団体、緑の党、野党自由民主党(FDP)から更迭を促す声が強まり、SPD内部でも更迭論が支配的になり、結局リースター労相もヤゴダ長官の更迭に踏み切ることになった。

後任候補については、シュモルト化学労組委員長等何人かの名前も上がったが、すぐには決まらず、当面はハインリヒ・アルト連邦雇用庁副長官が職務を代行することになった。しかしその後、長官の人選が急転開し、ラインランド・ファルツ州の労働大臣であるフロリアン・ゲルスター氏が後継長官として確実視されるに至っている。ゲルスター氏は、政府が連邦規模で採用した長期失業対策としてのコンビ・ローンに関するマインツ・モデル(本誌2002年4月号III参照)の考案者として、最近名前が知られている人物である。

3. 連邦政府の改革案

連邦雇用庁改革案については、事件が明るみに出てからリースター労相の指示で、連邦労働省が集中的に取り纏め作業に入り、2月22日、同労相によって以下のようにその概要が明らかにされた。

(1) 政府は連邦雇用庁を2段階の改革を踏まえて、役所的組織から民間の運営構造を持つサービス提供機関に改革する。

(2) 第1段階の改革では、緊急措置を内容として含み、これについては遅くとも7月1日までに法律を制定して、以下の改革を実現する。

(a)組織構造の面では、構成員3人からなる理事会が組織の運営に当たる。構成員からは役人が除かれるが、いずれも連邦政府によって指名される。新たに監査役会を設け、これが理事会を監督する。監査役会の構成員は、労働組合、使用者、公共団体の代表によって構成される。官職としての長官職には、従来どおり理事会構成員以外の者が任命される(連邦雇用庁長官の任命は、社会法典第3編第394条で規定され、連邦政府の提案と管理委員会の公聴を経て、連邦大統領によって任命されるとされている)。

(b)民間の職業紹介事業をより自由化し、公共職業安定所にもより多くの競争を導入する。これにより、失業者は失業後、従来の6カ月後ではなく、3カ月後に職業紹介券の交付を受け、民間の職業紹介事業を自由に選択できる。仲介に成功した民間業者は、その出費に応じて成功報酬を受ける。職安も人員を職業紹介に回し、仲介に成功した場合は成功報酬が支払われる。

(c)連邦雇用庁の統計は、新たな基準を設けて構想し直される(ただこれは、失業者数等を有利にする統計操作になるとの野党の批判もあり、連邦議会選挙後に行われる)。

(3)第2段階の改革では、2004年までに連邦雇用庁の活動内容と組織の抜本的な改革が検討される。これには従来の活動内容だった、育児手当支給、闇雇用の摘発等の見直しが含まれ、州公共職業安定所の存廃も検討課題とされる。また、この第2段階の改革案の詳細は、ペーター・ハルツ・フォルクスワーゲン人事担当取締役を長とする15人構成の委員会により、8月半ばまでに策定される予定である。

今回の予期せぬ不祥事は、結局ヤゴダ長官の更迭劇までに至ったが、これをきっかけに労働行政の一つの中心的機関の抜本的改正にまで展開したわけで、規制緩和の観点からも、今後の改正の行方が注目される。

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