キャリア・コンサルティングにおけるカンとコツの研究
―認知的タスク分析からのアプローチ―

主任研究員 榧野 潤

就職支援を目的としたキャリア・コンサルティングでは、クライアントが自分自身に合ったキャリアや職業を選択し、その実現に向け、効果的な就職活動をできるように支援することが期待されます。その一方でコンサルタントは、クライアントの表情や言動に注意を向け、彼らの置かれている状況や気持ちを理解し、どのような内容の情報提供や助言をすべきかを判断しながら、それらの効果的な伝え方を選択します。このプロセスにおいて、クライアントの話を「聞く」、そして「話す」という、やりとりをしながら、瞬時に適確な判断や選択を行うことが求められます。

ベテランのコンサルタントは、相談業務の経験を積むことにより、その判断や選択に磨きをかけて、効果的な就職支援ができるようになります。こういった熟練した判断や選択は、カンやコツと言われ、特に意識しなくても活用している知識、つまり「暗黙知」であり、OJT等を通じて、ベテランから未熟練者へと職場で共有、継承されていくものと考えられてきました。

しかし、キャリア・コンサルティングのような相談業務では、(1)基本的にコンサルタントとクライアントが1対1で話し合う業務であること、(2)熟練技能が、ものづくりの技能のように明らかに見てわかるようなものではないこと、(3)クライアントのプライバシー保護の観点から知識の共有、継承に一定の制限がかかること、など暗黙知の継承が難しい分野の仕事の一つと言えます。

こういった暗黙知を、言葉や図表などにすることによって、他者に伝えることのできる知識、すなわち「形式知」に変えるノウハウとして、認知的タスク分析(cognitive task analysis)という手法があります(注)。個人の知覚、状況の理解や判断、行動の選択などの心の働き(working minds)の視点から、仕事を分析する手法であり、1.知識の引き出し(knowledge elicitation)、2.データの分析(data analysis)、3.知識の表現(knowledge representation)という3つの側面から構成されます。具体的に説明すると、a.仕事での心の働きの言語化、b.仕事での心の働きに係る情報の分析、c.仕事での心の働きを他者に伝えられるように表現すること、になります。

具体的な手法を挙げて説明しましょう。認知的タスク分析のうち、知識の引き出しで、最も普及している手法として、クリティカル・デシジョン・メーキング(Critical Decision Making:以下「CDM」と言います)があります。

キャリア・コンサルティングの仕事を例として、CDMの手順を説明します。

1) 相談の想起

調査者は、ベテランのコンサルタントに、大変だったけどやりがいのあった相談を思い出すように求めます。「大変だったけどやりがいのあった相談」を思い出してもらう理由は、コンサルタントが、より意識的に判断や選択をしており、仕事での心の働きを思い出すことが、容易であると考えられるからです。

2) 相談の経緯の確認

1)で想起した相談において、クライアントとの間で、どのようなやりとりがあったのか、始めから終わりまで順を追って、コンサルタントに説明することを求めます。

3) 判断や選択の確認

コンサルタントに、相談のなかで、どのような判断や選択をしたのかを思い出してもらい、それらの説明を求めます。

4) 判断や選択の手がかりの確認

説明された判断や選択のうち、相談の結果を左右したと思われる重要な判断や選択をいくつか選んでもらいます。コンサルタントに、重要な判断や選択について、その手がかりとなった情報を思い出してもらい、それらの説明を求めます。

5) 仮定の質問

4)で選んだ重要な判断や選択の場面において、もし経験の浅いコンサルタントだったら、どのような判断や選択のミスをするのかを考えてもらい、それらの説明を求めます。

このように1つの相談事例を、相談の経緯(2)、判断や選択(3)、判断や選択の手がかりとなった情報(4)、未熟練者が陥りがちな判断や選択上のミス(5)といった4つの側面からふり返ることにより、相談のプロセスにおけるコンサルタントの重要な判断や選択といった心の働きを浮き彫りにし、そういった心の働きができるようになるには、どのような経験や知識が必要とされるのか、といったことを明らかにします。

現在、こういったCDMの手法をグループワークに応用し、コンサルタント同士で、効率的にキャリア・コンサルティングのカンやコツを共有することができる研修プログラムの開発に取り組んでいます。

【注】ここで言う「タスク」とは、人が、ひとまとまりの仕事と受け止めている活動のことであり、個人の受け止め方によって、分析の対象とする仕事の範囲が変わります。「認知的」とは、対象(キャリア・コンサルティングの場合はクライアント)を知覚し、その状況を理解したり、さらに情報や知識を活用して判断したり、その判断に基づいて行動を選択するなどの心の働きのことです。

(2012年7月13日掲載)