ドイツ:長期失業をどうするか?

 主任調査員 吉田 和央

根深い長期失業問題

日本では現在「景気回復の実感」について論議が盛んだが、データを見る限り、雇用情勢に関しては近年改善が進んできた。やや遅れて、高失業にあえいでいたドイツでも、失業率の改善が始まり、今やそのテンポは日本を上回るほどだ。とくに 2006年に入ったころから、失業者数の減少、就業者数および求人数の増加がコンスタントに続き、現在はエンジニアなど一部の専門職について人手不足が話題に上るまでになった。景気回復を追い風にした労働市場の改善のテンポは、図1に示すように、06年以降の失業率低下の速度が他の先進国と比べて際立っていることからもうかがえよう。

図1 主要国の失業率(季節調整値)の推移

しかし、すべてがうまく行っているのかと言えば、もちろん問題がないわけではない。失業率の数値そのもの( 07年 6月の原数値で 8.8%、ILO基準で算出された同月の数字で 6.3%)は依然として高いし、東部地域の失業率が西部地域の約 2倍だったり、外国人の失業率が平均の数値の 2倍以上であるといった、従来からの傾向は変わっていない。

さらに、景気回復の恩恵が、短期の失業者により強く及んでいることも見逃せない。図2は、失業者数の推移を、通常の失業保険制度に基づく失業給付Ⅰ(最長 12カ月、55歳以上で 18カ月)の受給者であるSGB(社会法典)Ⅲ対象者と、就労能力のある長期失業者を主な対象とする失業給付Ⅱ(税財源による給付)を受けるSGBⅡ対象者に分けて示している。過去 2年間で半減に近い状況のSGBⅢ対象者に対し、06年春以降順調に減ってきてはいるものの、現在SGBⅢ対象者の 2倍に及んでいるSGBⅡ対象者の数は、長期失業問題の根深さを感じさせる。

図2 カテゴリー別失業者の推移

「ビュルガーアルバイト」の取り組み

このような現状にあって、そもそも長期失業者の労働市場復帰を意図していたドイツの労働市場改革が、果たしてどのくらい成功を収めたのか、その評価を下すには、まだまだ時期尚早だ。政策のメーンストリームの次元では、コンビ賃金(職を得てもなお低所得の労働者に何らかの形で所得補助を行う仕組)や最低賃金のあり方について、現政権でも一定の整理がなされたが、未だ論議の種も残っている。将来の低賃金労働市場のあり方模索など、改革の「最適化プロセス」は未だ進行中なのである。

ここで触れておきたいのは、「ビュルガーアルバイト」(直訳すると「市民労働」)と呼ばれる試みである。これまで、東部のザクセン・アンハルト州で、小規模のプロジェクトが実施されている。対象者は現時点で通常の雇用に就く可能性が全くない人で、さらに職業資格取得のための養成訓練や企業内での訓練措置、1ユーロジョブと呼ばれる「公益に関る追加的な就労機会」などへの参加を検討したうえで、なおそれらの可能性も見込めない人である。これらの対象者に、速やかに失業状態から離れてもらうために、公益的な仕事が用意される。文字通り運用されるなら、同じような公益的な仕事でも、1ユーロジョブが優先されることになり、ビュルガーアルバイトは就労の最後のチャンスとなる。仕事の内容は、防火活動、高齢者ホーム、教会などでの活動や子供のケアなどとされる。

その成果は、ともに小さな町であるバーレーベンで失業率が 07年 1月の 8.4%から同年 4月に 3%へ、バード・シュミーデベルクで同じく 06 年 9月の 15.6 %から 07 年 4月に 5%と大幅に低下したことである。ビュルガーアルバイトを全国で展開すれば 80万人の新たな雇用創出につながると、このプロジェクトを統括する連邦雇用エージェンシー(BA)の地区責任者は算盤をはじく。

自治体の役割が行方を左右

ビュルガーアルバイトの理念は、失業状態よりは働く場所を、という考え方を基本に、失業者と社会のつながりを保ち、将来通常の雇用に就く可能性を高めることだという。自治体が重要なメンバーになっており、その役割もプロジェクトの行方を左右する。東部地区を中心とする長期失業問題に対する処方箋として、現在は小規模ながら、ミュンテフェリング連邦労働・社会相が「地方自治体コンビ賃金」構想を打ち出すなど、政策の目玉として検討する動きも見られる。

一方、この成果に対する疑問や、仕組みそのものに対する批判も出てきた。そもそもこのようなパイロットプロジェクトを全国展開できるかどうか疑問視する声や、 (1) 「公益的な仕事」に限るというものの実際には通常の雇用の場と競合してしまう可能性がある  (2) (国や欧州社会基金の補助はあるけれども)主な費用を負担する地方自治体の財政に影響しかねない  (3) 対象者が通常の雇用へ移行する見通しに乏しい--といった論点が示されている。ドイツにおいては、統一後に導入されたABM(雇用創出措置)が国の補助金に頼りきる階層を生み出してしまったという評価も、ビュルガーアルバイトのような措置を検討する際に意識される。

今後このような試みがどのような展開を見せるのかについては、引き続き見守っていくしかない。根深い長期失業問題は一時的な景気回復だけでは解決できず、人々を失業状態に留めない方策の検討は、なお重要な課題である。この「失業の固定」の回避に加え、自治体の役割と「公益的な仕事」の意味もポイントとなろう。ビュルガーアルバイトがコミュニテイにとって意義あるものとなれば、制度の展開が進む弾みとなる。

( 2007年 8月 10日掲載)


・ドイツの労働市場改革については、当機構(2006) 『ドイツにおける労働市場改革―その評価と展望―』(労働政策研究報告書 No.69)および当機構(2007) 『ドイツ、フランスの労働・雇用政策と社会保障』(労働政策研究報告書 No.84) に詳しい。

・ドイツにおける最低賃金および低賃金労働に関する最新の施策について、当機構Webページ最近の海外労働情報(ドイツ)に掲載している。