日本の誇れるもの、本物の中小企業家

主任研究員 呉 学殊

1991年バブル崩壊以降、低い経済成長、少子高齢化、財政赤字の膨張、社会保障システムの危機、非正規労働者問題、政治のリーダーシップの欠如、若者のビジョンのなさなど、深刻な問題がこの国を覆っている。

私のところには韓国から多くの人が訪れてくる。バブル崩壊の年に韓国から留学に来た私は、来日後の数年間は、韓国の人に誇らしげにこの社会のよさを語った覚えがある。親切さ、豊かさ、平等な社会、相手を尊重する姿勢、秩序正しい、綺麗な町・道等である。当時は、上記の深刻な問題が顕在化していなかった。しかし、1990年代後半から上記の問題が深刻度を増すにつれて、以前、誇れたことにも影が落ち、私の口から出なくなった。この社会の一員として忸怩たる思いがする。

しかし、最近、誇れるものができた。本物の中小企業家が日本には多いことである。私は、2011年から、労使コミュニケーションの経営資源性と課題を探るために、多くの中小企業を訪ね、社長と従業員代表からお話を伺っている。中小企業家同友会という素晴らしい業界団体に入っている企業の社長がいたからこそ、深刻な問題のあるこの社会であるが、今の社会がかろうじて維持できていると確信している。3つの事例を紹介したい。

大阪にある製缶板金企業(山田製作所)の社長は、スリッパで面接に来た人を採用し、立派に育てていまや彼がその会社の中核を担っている。社長は、すべての経営情報を従業員に開示するとともに、毎日の朝礼・3分スピーチと3S(整理、整頓、清掃)、作業日報、毎月の経営会議や品質向上会議等あらゆる機会を通じて、社員とのコミュニケーションを図っている。それに伴い、社員は、企業との一体感をもち、自ら会社のために何をすればいいのかを考えて、自主的に無駄を省き、付加価値を高める取り組みをしている。それにより、その企業は、過去十年間、社員数は約3倍増となっている。そこまで社員や会社が成長を成し遂げた裏側には、涙を流す社長の姿があった。

神奈川県小田原市にある介護関係の民間企業(HSA)の社長は、少しでもこの社会に役立つ仕事をしたいと思い、サラリーマンの生活を辞めて、1999年、会社を立ち上げた。それを反映してか名刺には「社会的企業」という字が付記されている。社長は、原則、採用に壁を設けず、また、新規事業の開拓、事業の運営等すべての業務を社員自らが決定し、行うようにしている。社員が極めて多様であるので、ものごとを決めるときには徹底的に議論し、最終的には全員の同意を得る形で進められる。多様な社員がいるので、社会の多様なニーズを満たしている。お金儲けの対象にならない、取り残されている多くの困難・緊急事例を取り扱うことになり、社員は、技能・技術が上達し介護のプロとなる。結果として、多くの仕事、その中には介護報酬の高い仕事も多くなり、社員の給与が上がりいまやその地域で最高水準に達している。

福岡市にある建築資材等の貸与事業を行っている会社(拓新産業)の社長は、徹底的に法律を遵守して利益を出し続けている。そのひとつが完全週休二日制と年次有給休暇の完全取得である。日本全体の有給休暇取得率は、2011年現在、約49%と50%を下回っている中、画期的な取り組みである。建設現場は、土日も仕事をする場合が多い中で、完全週休二日と有給休暇の完全取得は容易なことではない。しかし、社長は、法令遵守の決意を曲げることはなかった。社員の問題提起もあって一部の社員に土曜日出勤を認めたが、その人は必ずその翌週の平日に休みをとるようにした。有給休暇完全取得を勧めるために、社長は、社員の個人別有給休暇取得日数を管理し、取得日数が足りない場合、その名前を公開するとともに年休計画を立てさせる。そういう取り組みによっていまや全員が有給休暇を完全に取得している。そのこともあって、女性社員も結婚や出産・育児を理由に辞める人はいない。少子化問題の解消に大きな貢献をしている。

そのほかにも素晴らしい事例が多い。中小企業家同友会の会員企業の社長は、『人を生かす経営~中小企業における労使関係の見解』新しいウィンドウが開きます(中小企業家同友会全国協議会刊)(注) をバイブルのように読み、実践している。そういう中小企業の社長こそが日本の誇れるものだ!現在、会員企業は約42,000社であるが、もっと多くの企業が加入していけば、上記した深刻な問題も解決に向かうと確信する。

^同冊子の取りまとめに大きな役割を果たした田山謙堂氏(中小企業家同友会全国協議会顧問、千代田エネルギー会長)の「働き甲斐のある会社を目指す労使関係」の姿は、呉学殊(2012)『労使関係のフロンティア―労働組合の羅針盤―』【増補版】労働政策研究・研修機構研究双書の第8章を参照されたい。

(2012年12月28日掲載)