VGツールの「リアリティ」問題

特任研究員 松本 純平

「検査結果にリアリティがない!」

適性検査などの開発や研究に携わっている中で、頻繁に経験した意見の一つである。検査を終え「いまさら医師や弁護士、科学者と言われても…」と苦笑したり、絶句する人が時々いる。口に出さなくとも「当てにならないな」「無駄な時間をかけてしまった」と心の中でつぶやいている人もいるのだろう。こうしたリアクションを前に、相手の心を読むプロであるキャリアコンサルタントや職業相談員は、「あくまでも職業例ですから、気にしないで」「ぴんときませんよね」「ときどきこういう結果が出るので我々も困っているのです」などと、利用者に擦り寄らねばという気持ちになるのであろう。「使い難いので次の改訂では職業リストの検討を是非」などと開発者に訴えてきたりもする。こういう意見を前に開発者は、結果は「あるモデル(例えば職務分析)の下で、ある特徴(例えば能力、すなわち得手と不得手)はこれらの職業群との相性は良さそうだけれど、別の群との相性はあまり良くない」「好きと答えたいくつかの職業名を集約するとこのタイプになり、そのタイプの人が居心地のよさそうな職業にはこんな例がある」などを示しているに過ぎないのですよと涙目で答えるしかない。

しかし、開発者は医者や弁護士・科学者などを「リストから削り」、労働市場で容易に見つかる職業リストを増やせば「リアリティ」が増すなどとは全く考えていない。開発者は、利用者自身が意識的・無意識的にテストを通して表現した医者「的なもの」、弁護士「的なもの」、科学者「的なもの」とはなんだったのだろうか?それらは、医者、弁護士、科学者以外の職業では実現できないものなのだろうか?と空想し、そんな風なことを利用者と一緒に考え始めることが、せっかく実施した適性検査を「リアル」に役立てる第一歩であると夢想している。

さあ、ここがロードスだ!

利用者が、結果を見て苦笑いするとかネガティブなことを言ったら、相談員には心の中で「ワンダフル」とつぶやいてほしい。勧めて実施したテストが、利用者のキャリア問題の琴線に触れつつあるのかもしれないからだ。利用者が結果を簡単にスルーするような場合は「弁護士になる方法は当然知っていますよね?」などと挑発してみてほしい。一気に利用者の「リアリティ」感や「リアリティ」の判断基準を露わにできるチャンスかもしれないからだ。例えば世に「科学者」と呼ばれる人々が共通に持っている職業活動の本質は、課題を論理的に解決したい、知的好奇心を満足させたいなどの欲求を、自分ひとりでもこつこつと追求するというような行動傾向にこそある。実験室で白衣を着なくとも、科学者「的?な」活動は世に満ち溢れているという視点に立てば、なんと私たちの職業へのイメージは想像力が欠如していることか。

結果を「客観的」と押し付けるのは論外であるとしても、利用者が、まず自分の内にある科学者「性」、弁護士「性」、医者「性」などを認めるところから出発してはどうだろう。利用者の「リアリティ」感に潜む非現実性や、将来の職業展望を生み出せないような自己像と、きちんと対峙するきっかけとして…。VGツールの結果には、新たに構築されるべき「リアリティ」に繋がるヒントがキラ星の如く埋もれている、と開発者は信じている。

(注)VGツールとは

^ 職業指導(Vocational Guidance=キャリア・ガイダンス)で、個人の職業選択やキャリア形成支援の一環として自己理解や職業・進路理解を促進するために提供される様々な素材のことで、代表的なものは、適性検査、職業興味検査、ワークシート、CACG、職業情報関連サイトなど。ここでは、 主に適性検査(GATB)職業興味検査(VPIVRT)、CACG(キャリア・インサイト)などをイメージしながらそれら全体を表現するものとして用いています。

(2012年10月19日掲載)