JILPTリサーチアイ 第52回
デジタル技術導入の際にも、労使コミュニケーションの実施割合は低い─「AIなど新しいデジタル技術導入と労使コミュニケーション」調査結果─

特任研究員 中村 良二

2021年2月3日(水曜)掲載

1 はじめに

コロナ禍の今、これまでならほとんど意識してこなかった、日々のふつうの暮らしが、どれだけ穏やかなのかという思いが強まるばかりである。人と会って話す、コミュニケーションを取ることは、生活すべての基本となっていることに、あらためて気づかされる。それでも、すべてが収まるまで、じっとしている訳にもいかない。可能な限りで、コミュニケーションを取りながら、経済活動を続けていく必要がある。こうした状況だからこそ否応なく、リモート・ワークをはじめ、新しい働き方が進んだという側面もある。それを裏支えしたのは、新しいデジタル技術である。

AIに代表される最先端のデジタル技術が今後さらに進化し、職場に普及していくことが予想される。その際、よりいっそう、労使による協議・コミュニケーションが必要となろう。今後の展開を考えるためにも、現時点で、どのような技術が導入され、その際、どのように協議されてきたのかを見ておくことは、きわめて重要である。そうした見地から、当機構では昨年、新しい技術導入と労使コミュニケーションに関する調査を実施した。結果公表の準備中であるが、ここではその結果の中から特に、これまで労使協議の中心的役割を担ってきた組合に焦点を当てて、その有無による違いに注目しながらみていく。

2 調査目的・実施概要・結果概要

1)調査目的

上でも述べたとおり、今回の調査の目的は、AIなど、デジタル技術を職場に導入にあたって、企業は従業員とどのような協議やコミュニケーションをしているのか、また、そうしたコミュニケーションの有無や方法が導入効果に影響があったのかを把握することを目的として実施した。

2)実施概要

  • 期間:2020年3月9日~4月17日
  • 対象:全国30人以上規模の事業所
  • 配布数:20,000票
  • 不達票数:165票
  • 回収数・率:3,670票、18.5%

3)結果概要[注1]

  • ①全体としてみれば、新しいデジタル技術を導入する主たる目的は、「定型的な業務の効率化、生産性の向上」にあった。
  • ②そのため、導入の「効果」も、そうした点に着目している。
  • ③新技術導入に際して、従業員側との協議がきわめて重要だとは考えていない。過半数は事前協議を「行っていない」。
  • ④それは、基本的には、新技術導入が「経営判断であり、必要がなかった」から。
  • ⑤協議した場合でも、その後のプロセスをみれば、そのタイミングはあまり大きな問題ではない。
  • ⑥ただ、協議手段の種類から詳しくみると、導入の際、従業員の納得感を高めると共に、導入の円滑化につながる可能性のある協議(今回の調査では、保有率は低いが「取り組みを行うための専門組織の編成」がそれに当たる)が重要である可能性が示唆される。
  • ⑦企業は導入のために、様々なコストを負担している。積極的な技術導入のためには、この費用負担を軽減する政策的支援が考えられる。
  • ⑧いずれにせよ、新しい技術導入の概要がようやく明らかになりつつある状況であり、今後さらに企業規模や業種など属性や技術そのものの違いから見られる傾向の差異を詳しく検討していく必要がある。

3 新しい技術導入と組合の対応

まず最初に、現時点で導入されている技術の様相を確認しておきたい。新しい技術を導入していた事業所は、1,264事業所で、全体の33.4%である。その内容は図1にみるように、もっとも多かったのは、「クラウド」で6割超であり、それに「RPA」、「ロボット」がおよそ2割で続いている。

図1 導入している技術(N=1,264、M.A.)

図1グラフ

導入に際して、従業員と「協議を行った」という企業に対して、その時の組合・従業員側の姿勢を尋ねた結果が、図2である。

そこにみるように、積極的な姿勢(「積極的に対応を求めてきた」+「やや積極的に対応を求めてきた」)が、過半数となっていた。「どちらでもない」が4割強となっていて、消極的であった(「対応には消極的だった」+「やや消極的だった」)のは、5%ほどであった。従業員側が消極的で、新技術導入が進まないという訳ではない。

図2 導入に際して、協議を行った際の組合・従業員側の姿勢(N=595)

図2グラフ

技術導入前に協議を行った事業所に対して、どのような手段・方法で協議を行ったのかを尋ねた結果が図3である。そこにみるとおり、全体では「従業員への説明会の実施」がもっとも多く、50.2%であった。それに「幹部による説明」や「日常的な業務の中での説明」が3割強で続く。「労使協議機関での協議」、「労働組合との団体交渉」は、ほぼ1割と比率は低い。

労働組合の有無別に傾向をみると、「従業員への説明会」では、「労組あり」のほうが多いが、全体で2~5位の「幹部による説明」、「日常的な業務中の説明」、「社内報での情報提供」、「専門組織の編成」という項目では、「ない」場合より少ない。「労使協議機関、労働組合」での協議では、「あり」の場合が、相当指摘する率が高い。

図3 導入前に協議した際の協議の種類(N=494、M.A.)

図3グラフ

次に、協議により、どのような効果が表れたのか(全体では「効果あり」が9割超)をみたのが、図4である。内容としては、「現場の意見が反映され、効果的な実施につながった」が過半数でもっとも多い。それに、「従業員の理解を得て、導入が計画どおり進んだ」、「従業員の納得感が高まり、円滑な実施につながった」が、5割弱で続いている。

それらを組合の有無別にみると、組合がある場合には、全体で2位の「計画どおり進んだ」では、6割超で、ない場合より20ポイントほど高いが、他の項目では、組合なしの場合のほうが回答率は高くなっている。全体で第3位の「従業員の納得感が高まり、円滑な実施」では、組合がない場合のほうが、ある場合より約10ポイント高くなっている。この結果のみから考えれば、組合がない場合のほうが従業員の納得感を重視しているとも解釈しうる結果は、興味深い。

図4 協議の効果(N=539、M.A.)

図4グラフ

協議により生じた課題で、課題が生じたとの回答は全体では1/4強と多くはない。その内訳で1,2位となった「調整に時間がかかり、遅れた」、「予定よりコスト高となった」をみると、労働組合の有無による差異は、ほとんどみられない(図5参照)。

図5 協議により生じた課題(N=158、M.A.)

図5グラフ

「協議を行わなかった」と回答した事業所(全体で51.3%)に対して、その理由を尋ねた結果が、図6に示されている。もっとも多かったのは「経営判断であるため、必要がなかったから」である。2位以下を含めた結果をみると、労組の有無で、回答の傾向はあまり大きな差異はないが、組合がある事業所では、ない事業所に比べて、「本社や親会社の方針であったから」という回答が、7ポイントほど高くなっている。組合があるからこそ、本社の方針を重視する、慮るということは、ある意味、本来の労使関係が機能していると考えていいのかもしれない。

図6 協議を行わなかった理由(N=649、M.A.)

図6グラフ

取り組みの成果を把握し、「見える化」を行っていた事業所は、全体の4割弱である。その方法としては、「労働生産性に関する定性的な成果の把握」が最も多い。これは、従業員への取り組みの効果に関する聴き取りなどを指している。組合がある事業所では、ない事業所よりも、より積極的に取り組み、10ポイントほどの差が出ている(図7参照)。

図7 取り組みの成果把握のために行った内容(N=473、M.A.)

図7グラフ

さらに、そうした成果の把握や「見える化」によって、どのような効果が表れたのかを尋ねた結果が、図8である。全体では、「業務の効率化」と「動労時間の削減」が他に比して、きわめて高い比率の指摘となっている。

他の項目に関して、労働組合の有無では、きわめて大きな差異は見られないものの、第3位の「従業員の身体的・精神的負担の軽減」では、「労組なし」の事業所のほうが、「あり」の場合より指摘される率が、6ポイントほどとはいうものの、高くなっていることは、興味深い。

図8 成果の把握・見える化による効果(N=473、M.A.)

図8グラフ

把握した成果の情報を、労使で共有しているかについては、組合がある場合のほうが、より多くの従業員と共有している傾向が見られる(図9参照)。さらには、そうした情報を活用しているかという点についても、図10に見るように、労組がある場合のほうが活用度合いは高い。その結果は、ある意味当然のこととも考えられるが、一方で、「共有するにとどめる」も、1/4ほどとなっている。

図9 成果情報の共有(N=473)

図9グラフ

図10 成果情報の労使の活用(N=339)

図10グラフ

4 むすびにかえて

ここまで、新しいデジタル技術を導入する際、労使でどのような協議やコミュニケーションを行っているのかを、労働組合の有無を中心に、検討してきた。今後、さらに検討を要するであろう点をまとめながら、むすびにかえたい。

企業経営に必要となる技術が進化し、それが新規に導入されるということは、企業にはある意味、ふつうの状態といえよう。ただ、その技術が画期的で、これまでとは全く様相の違う技術であり、これまでの仕事の進め方や組織のあり方に影響を及ぼすとすれば、スムースな導入と活用のために、労使での協議がきわめて重要になることも明らかである。

その際、どういった協議の方法やルートがあるのかをみると、説明会や日常業務の中での説明を中心に、これまでの代表的な方法であった労組での協議や、さらには、社内SNSでの意見集約など、現在、その方法は実に多岐に渡っている。それこそ、技術革新の結果といえよう。そうした中で今回の調査結果で明らかとなった、実際に用いられている比率からみると、全体としてのコミュニケーションの中では、組合や労使協議機関という存在は、相対的にではあれ、存在感が希薄化しているように思われる。むろん、それは、新技術導入ではなく、別の場面で、異なる内容を協議する場合には、まったく違う状況となろう。

ただ、先ほどみたように、組合がある場合のほうが、協議の効果として、「従業員の納得感」を重視する傾向が弱かったと考えられること、そして、成果の把握や「見える化」によって表れた効果として、「従業員の身体的・精神的負担の軽減」では、「労組なし」の事業所のほうが、「あり」の場合より指摘している率が高かったという結果は、その差が大きくないとはいえ、きわめて興味深い。やや誇張していうのなら、組合が従業員に真に寄り添った存在であるのかが、今、あらためて問われているように思われる。

組合の姿勢が変わってきているのか、従業員の考えが変わっているのか、その双方が変化しているのか、あるいは、それらを含めた、コミュニケーションのあり方全体が変わってきているのか、今後、新技術そのものの内容、導入の様相と共に、さらに検討していく必要があろう。

脚注

注1 結果概要(速報値)は、厚労省での検討会において報告済みである。詳しくは、下記をご覧いただきたい。「技術革新(AI等)が進展する中での労使コミュニケーションに関する検討会(第4回)(PDF)新しいウィンドウ