JILPTリサーチアイ 第49回
新型コロナ影響下の雇用減少と雇用調整速度の国際比較
2020年12月1日(火曜)掲載
本稿では、OECDなどのデータベースを用いて雇用調整速度の国際比較を行い、わが国の雇用調整速度の特徴を相対的にとらえることを目的とする。さらに、新型コロナウイルスの影響が明確化した2020年第2四半期の雇用減少について、わが国と雇用調整速度がより速い国とで比較し、日本の今後の雇用変化について考えていきたい。
本稿で用いる雇用調整速度という指標は、雇用におけるプラス方向の調整とマイナス方向の調整を分けることなく、最適雇用量に至るまでのスピードを以下(1)の係数βで捉えたものである。
実際の今期雇用量をLtとし、前期の雇用量をLt-1、今期の最適な雇用量をLt*とすると、実際の今期雇用量と前期雇用量との差は、今期の最適雇用量と前期の雇用量との乖離に係数βを乗じたものとして表すことができる。β=1であれば右辺左辺が等しくなり雇用調整済みであり、βが0に近いほど最適な雇用量にはほど遠いということになる。つまり、βが1に近いほど雇用調整の速度は速く、0に近いほど雇用調整が遅いと考えることができる[注1]。樋口(2001)や内閣府(2013)、樋口・佐藤(2015)では、以下(2)式で雇用調整速度βが計算されており、本稿でも同様の方法で求める。なお、Yは2015年時の米ドルで換算されたGDPとし、w/pは2019年時の米ドルで換算された実質賃金額、Tはタイムトレンドである。
データは主にOECD.statより、日本、アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、イタリア、フランスのG7各国と韓国について2007年以降の四半期データを取得し、それぞれの国別に雇用調整速度βを求めた。ちなみにドイツについては分析時点において2020年の雇用者数データが確認できないため雇用調整の分析では除外されているが、賃金は確認できるため後述する賃金調整速度の計算には用いている。OECD.statの賃金に関する四半期推移のデータは、2015年=100とした変化推移のみが記載されている。そのため賃金データについては、「2015年の労働所得」/「2015年の年労働時間」に四半期ごとの変化率を乗じることで四半期ごとの時間当たり賃金額を求めている。計算結果は以下の表1のとおりであり、第4四半期までのデータが揃っている2019年までのデータを用いた計算結果と、新型コロナ流行期を含む2020年第2四半期までのデータを用いた計算結果の2通りを掲載している。
表1より2019年第4四半期までのデータを用いた分析結果を見ると、日本の雇用者数による雇用調整速度は2007年、2010年、2015年以降とも欧米だけでなく隣国の韓国よりも遅くなっている。2020年第2四半期までのデータを用いた分析結果を見ると、雇用者数による調整速度が速くなっている国が多く、特にカナダとアメリカが大きく上昇している。
表1 雇用者数による雇用調整速度
出所:OECD.Stat
注:[]内の数値は標準誤差を示し、***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で有意であることを示す。
賃金の算出方法は、すべてOECD.statより以下の通り。
平均年賃金の2015年(unit us Dollar, 2019)÷ 一人当たりの年労働時間の2015年×時間当たりの給与の四半期変化率(2015=100)
雇用調整は雇用人数だけでなく労働時間によっても調整される。そこで次に、雇用量を雇用人数×1人当たり労働時間で定義されるマンアワー指標に置換えて同様の計算を行い特徴が変わるかどうかを確認した。分析結果が掲載された表2を見ると、2007年~2019年のマンアワーによる調整速度は各国とも雇用者数による調整速度よりも早くなっている。いずれの国でも雇用者数だけでなく同時に労働時間による調整も行われているであろうことが伺える。しかしながら、マンアワー指標を用いても日本の雇用調整速度は相対的に遅いこと、2020年第2四半期までのデータを用いると調整速度が速くなる国が多いこと、なかでもアメリカとカナダの変化が大きくなるといった傾向は表1と同様である。
表2 マンアワーによる雇用調整速度
出所:OECD stat、eurostat、FRED
注:[]内の数値は標準誤差を示し、***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で有意であることを示す。
労働時間データが取得できない韓国については省いている。労働時間の算出方法は、以下の通り。
欧州:eurostatの労働時間四半期変化率(2006=100)とOECDstatの2006年週労働時間*4*3
日本:FRBのFRED月労働時間の四半期変化(2015=100)*「毎月勤労統計調査」2015の月労働時間*3
アメリカ:米国のデータはFRBのFREDより週平均労働時間の四半期推移データ*4*3
賃金の算出方法は、すべてOECD.statより以下の通り。
平均年賃金の2015年(unit us Dollar, 2019)÷ 一人当たりの年労働時間の2015年×時間当たりの給与の四半期変化率(2015=100)
労働市場において調整されるものは雇用者数だけでなく賃金についてもなされることから、さらに賃金についても同様の方法で調整速度を計算した。計算結果は表3のとおりである。なお、分析時点におけるOECD.statの四半期データには、2020年の第2四半期までの賃金についてはフランスに欠損値があるかわりに、ドイツのデータは揃っていた。そのため表3ではフランスを除外しドイツを加えている。表3より2019年までのデータを用いた分析結果を見ると、2007年以降、2010年、2015年以降のいずれにおいても日本の賃金調整速度は相対的に大きくなっている。また、賃金調整速度については、2020年第2四半期までのデータを用いた計算結果と2019年第4四半期までのデータを用いた計算結果に大きな違いは見られない。
表3 名目賃金の調整速度
出所:OECD.Stat
注:[]内の数値は標準誤差を示し、***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で有意であることを示す。
賃金の算出方法は、すべてOECD.statより以下の通り。
平均年賃金の2015年(unit us Dollar, 2019)÷ 一人当たりの年労働時間の2015年×時間当たりの給与の四半期変化率(2015=100)
フランスについては、2020年第1四半期のデータが欠損値になっており、係数が計算されないため省いている。
以上の調整速度の分析では、日本の雇用調整速度は相対的に遅いが賃金調整は遅くはない傾向が示された。また、新型コロナ流行期を含む2020年第2四半期までのデータを用いた場合には、多くの国の雇用調整速度が速くなり、特にアメリカとカナダで変化が大きくなっていた。これら結果からは、新型コロナ流行期には雇用調整速度の遅い日本でも雇用調整がなされたが、特に北米で急激な調整があったことが伺える。実際に表4に示される本分析で用いた雇用量と賃金に関する2020年第2四半期の前年同期比変化を見ると、雇用量についてはカナダ、アメリカが大きく減少しておりその他の国はさほど変化がない。一方で、マンアワーの変化はいずれの国も大きく減少し、フランス、イタリア、イギリス、日本といった雇用量の変化が少なかった国でも減少幅が大きくなっている。雇用調整のされ方には国ごとに違いがあり、北米では雇用者数でも調整されるが、欧州や日本は主に労働時間で調整がされていることが伺える。また、日本でもマンアワーの減少幅はマイナス9.2%ポイントもあるが、欧米に比べると小さくなっている。日本の雇用減少幅が相対的に小さい背景には、調整速度が遅いため今後も長期的に減少が続き最終的に欧米並みの減少が生じるというよりも、新型コロナの経済への影響が欧米ほどではなかったということではないだろうか。というのも表5に見られるように日本の2020年第2四半期のGDPの落ち込みは欧米に比べて少なく、雇用量の調整も欧米ほど必要ではなかったと考えられる。また、以上の分析結果は、2020年第2四半期までの動向に基づく。
表4 2020年第2四半期の雇用者数、マンアワー、賃金の対前年同期比変化
雇用量(%) | マンアワー(%) | 賃金(%) | |
---|---|---|---|
カナダ | -11.8 | -14.6 | 3.3 |
フランス | -1.3 | -21.7 | 2.0 |
ドイツ | - | - | 1.1 |
イタリア | -3.3 | -24.2 | 1.0 |
日本 | -1.1 | -9.2 | -3.3 |
韓国 | -1.3 | - | -2.4 |
イギリス | 0.7 | -18.6 | -2.4 |
アメリカ | -12.2 | -17.6 | 3.6 |
出所:OECD.Stat
注:雇用量;15歳以上人口(Employed population; Aged 15 and over, All persons)
マンアワー;時間×雇用者数(千人)(Manhour; hour×employed thousands)
賃金;時間当たり賃金、製造業 2015=100(Wage; Manufacturing, Index, SA, Hourly Earnings (MEI))
表5 実質国内総生産の2020年の前期比
年 | 期 | 日本 | アメリカ | イギリス | ドイツ | フランス | イタリア | スペイン | 中国 | 韓国 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2020 | 1-3月 | -0.6 | -1.3 | -2.5 | -1.9 | -5.9 | -5.5 | -5.2 | -10.0 | -1.3 |
4-6月 | -8.2 | -9.0 | -19.8 | -9.8 | -13.7 | -13.0 | -17.8 | 11.7 | -3.2 | |
7-9月 | 5.0 | 7.4 | 15.5 | 8.2 | 18.2 | 16.1 | 16.7 | 2.7 | 1.9 | |
10-12月 |
出所:OECD Database "Quarterly National Accounts"(2020年11月16日現在)
日本:内閣府 「四半期別GDP速報(2020年7-9月期・1次速報)」(2020年11月16日公表資料)
※独立行政法人労働政策研究・研修機構がホームページに掲載している「新型コロナウイルス感染症関連情報: 新型コロナが雇用・就業・失業に与える影響、国際比較統計:実質国内総生産(前期比)」(2020年11月16日更新)を転載
脚注
注1 サンプル数の限界もあり、分析結果の表においては1を超える箇所や0を下回る箇所が確認される。本稿では計算された雇用調整速度を厳密なものとして数値の大きさそのものを解釈することはせず、国別の相対比較や2019年までのデータを用いた場合の結果と2020年のデータを含めた場合の結果の変化から解釈していく。
参考文献
- 樋口美雄(1996)『労働経済学』東洋経済.
- 樋口美雄(2001)『雇用と失業の経済学』日本経済新聞社.
- 樋口美雄・佐藤一磨(2015)「雇用、賃金統計に見る先進各国共通な流れと日本の特異性」、三田商学研究、Vol.58, No.1, pp.73-90.
- 内閣府(2013)「平成25年版経済財政白書」.
- ILO(2020) "COVID-19 leads to massive labour income losses worldwide".