JILPTリサーチアイ 第5回
雇用ポートフォリオに変化の兆し

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調査・解析部 政策課題担当部長 荻野 登

2014年8月27日(水曜)掲載

無期化、正社員転換、限定正社員の導入で広がる正社員化の動き

パート・契約社員などの非正規社員を正社員化する動きが広がっている。スターバックスコーヒー・ジャパンが契約社員800人を正社員化すると報道されたのに続き、ユニクロを展開するファーストリテイリングが国内のパート・アルバイトの登用などで約1万6,000人を向こう2~3年間で地域限定の正社員にすると発表した。さらに、家具大手のイケア・ジャパンがパートタイム従業員を無期契約化、三菱東京UFJ銀行も勤続3年以上の契約社員を対象に無期契約にするとの記事も続いた。

当部でもこうした動向を踏まえて、企業・労組へヒアリング調査を行い、非正規雇用に係わる人事・処遇制度見直しの事例を「ビジネス・レーバー・トレンド」で紹介してきた。ANA[注1]では4月に契約社員だった客室乗務員1,700人を正社員転換した。その最大の目的は顧客サービスの向上だった。また、日本郵政[注2]、コープさっぽろ[注3]、ファンケル[注4]、帝国ホテル[注5]の事例では、ある共通項が浮かび上がった。それは、7月30日に厚生労働省の「多様な正社員の普及・拡大のための有識者懇談会」の報告書[注6]で課題をとりまとめ、政策提言した「限定正社員」をすでに取り入れている点だ。正規(無期契約)か非正規(有期契約)かという2区分に分断された働き方から、労働契約の無期化、勤務地・職種などを限定する「限定正社員」を加えることにより、雇用ポートフォリオを書き換える動きがすでに始まっている。

4社に1社超が「無期契約の社員」の割合増加を見込む

無期化、正社員転換、限定正社員の導入といった非正規雇用の人事・処遇制度見直しの背景には、人手不足のほか、経営・人事戦略の見直し、労働契約法など法改正への対応といった複合的な要因が絡みあっている。

この制度見直しのうち、労働契約を有期から無期にすることについて、多くの企業が前向きな姿勢であることが、当機構が昨年実施した「高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査」で明らかになっている[注7]。改正労働契約法に対応して、フルタイム有期を雇用する企業の4割超が「何らかの形で無期契約にしていく」と回答している。

こうした企業の姿勢を反映してか、当機構が7月23日に新聞発表した「人材マネジメントのあり方に関する調査」[注8]によると、4社に1社超(26.6%)が、向こう5年間で従業員全体に占める「無期契約の社員」の割合が増加するとみていた。

2割弱の企業が限定正社員の導入・拡大に前向き

さらに同調査では、「多様な正社員」(限定正社員)の導入・拡大についても意向を聞いている。その結果、2割弱(19.1%)の企業が「多様な正社員区分の新設(拡充)を検討し得る」と回答しており、とくに「1,000人以上」規模ではその回答割合が3割強にのぼった。

新設(拡充)を検討し得る理由としては、改正労働契約法への対応(44.3%)や、少子高齢化の中での労働力確保に対する危機感(42.7%)、非正社員からの優秀人材の確保(41.7%)、多様な正社員なら雇用の余地あり(41.7%)などが多くあがっている()。

図 多様な正社員の新設・拡充を検討し得る理由

図グラフ画像クリックで拡大表示(新しいウィンドウ)

無期転換後の受け皿としての「限定正社員」

契約社員の無期化から限定正社員の導入という一連の流れを、すでに制度改正によって経験済みなのが帝国ホテルだ。2011年に契約社員(エリア社員)全員を無期契約に転換したあと、昨年4月にエリア社員550人を勤務地限定の正社員(東京社員、大阪社員)にした。同ホテルの場合、法改正等の影響を受けての制度見直しではない。労使協議を経て下したこの判断は、経営的にも合理的な選択肢だったからだといえる。その最大の狙いは契約社員のモチベーションをあげ、顧客サービスの向上につなげることにあった。

4月から新たな区分を設けたのが日本郵政、コープさっぽろ、ファンケルの事例だ。日本郵政は「(新)一般職」を導入し月給制契約社員約5,000人を同区分に採用した。コープさっぽろではエリア職員を新設し6月に約700人が正職員に転換した。この2社のケースは「地域限定」の正社員区分だが、ファンケルのエリア限定社員は勤務地だけでなく職種を組み合わせた「限定正社員」となっている。これらの事例に共通した制度見直しの背景にも、顧客満足度の向上にむけた人材の確保・育成がある。

このほかのヒアリング調査でも無期化の後の受け皿として、「限定正社員」の導入を構想している企業事例に複数出会った。各業界でトップクラスに位置づけられるこうした企業の事例は、先のアンケート調査の結果を裏付けるものといえるのではないだろうか。

無期・有期の2区分から3区分へ─求められる「正社員」の再定義

外食や小売業だけでなく幅広い業種で人手不足が広がるなか、非正規雇用に対する無期化、正社員転換、限定正社員の導入といった雇用管理の新たな動向は、中長期的な人材の確保・育成に効果を発揮することになるだろう。さらにこうした制度を通じた雇用の安定化は、労働生産性の向上につながり、企業の成長や収益拡大にも寄与することになるだろう。

メディアの一連の報道に加え、当機構が実施したヒアリング調査およびアンケート調査からも、これまでのパート・アルバイト、契約などの「非正規社員」(有期契約)と限定のないいわゆる「正社員」(無期契約)という2区分ではなく、無期化や限定正社員を挟み込んだ3区分型で、雇用ポートフォリオを書き換える動きが見られる。その際、明確に3区分するというよりも、雇用区分間の転換制度、均衡に配慮した処遇[注9]なども含めて、グラデーションを施した形でポートフォリオを構想している点を指摘することができる。一方で、こうした新たな動向は、「正社員」とは何かという、再定義を求めてくることになるだろう(期間の定めのない契約ならそれを「正社員」と呼ぶのかどうか)。

いずれにしても、人手不足による人材確保の熾烈化と相いまって、雇用ポートフォリオに変化の兆しが生じているといえる。