JILPTリサーチアイ 第2回
労働時間制度考

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特任研究員(前労働政策研究所長) 浅尾 裕

2014年6月25日(水曜)掲載

最近、労働時間制度(の一部)に関する議論が盛んに行われた。論議された政策方向自体はそれとして、この小論では、筆者が担当した調査の結果データをいくつかを提示しながら、労働時間制度に関する筆者の考えの一端をしたためてみたい。もとよりそれは、研究者としての筆者個人の意見であり、JILPTはじめいかなる組織の見解を示すものではないとご理解いただいたうえで、お読みいただければ幸いである。

最近のトピックスについて最近のデータを示すことができればよいかも知れないが[注1]、ここで紹介するデータは、平成17年(2005年)に個人を対象に実施した「日本人の働き方総合調査」の結果データを再集計したものである[注2]。ただし、以下で示すデータは、それほど大きな傾向変化がその後あったとは考えにくいものではある。

調査で設定した「仕事内容」

調査の概要は、脚注2に掲げた調査シリーズにあたっていただくとしても、前置きとして、調査で設定した「仕事内容」についてだけは紹介しておかなければならない。通常の職業分類は用いず、主に仕事の行為態様を念頭において17の選択肢を提示し、当てはまるものはいくつでも挙げていただいた。以下では、200人以上から該当すると回答のあった次の分類区分についての集計結果を示す[注3]。集計対象は、正社員であると回答した人に限った。

  1. 普通の事務的な仕事(机に向かってする仕事が中心。)
  2. 個々の事業の企画に関わる仕事(関係者と打合せすることも多い。)
  3. 事業全体の方針や運営方針の企画に関わる仕事(トップ又はトップのスタッフなど)
  4. 他の人を管理監督する仕事(部下や使っている人がいる。)
  5. 工事現場や製造現場で実際に物を建てたり、造ったりする仕事
  6. お金や証券などを扱う仕事
  7. 専門的な知識や技能に基づき、情報や情報機器を扱う仕事
  8. 専門的な知識や技能に基づき、研究開発を行う仕事
  9. 専門的な知識や技能に基づき、調査研究を行う仕事
  10. 専門的な知識や技能に基づき、人を教えたり、指導したり、相談にのったりする仕事

※番号は、調査票上の選択肢番号である。

データ

仕事の進め方/自己裁量度の高い仕事・低い仕事

「仕事内容」別に仕事の進め方の裁量度をみると(図1)、「工事・製造現場の仕事」や「お金・証券などの仕事」では半数以上が「マニュアルで決まっているか、その都度指示される」としており、裁量度が相対的に低いのに対して、「企画」関係の仕事や「専門性」を発揮する仕事では総じて裁量度が高くなっている[注4]

図1 仕事の内容別 仕事の進め方

図1グラフ

仕事の時間・時間帯の裁量度

一方、仕事する時間ないし時間帯の裁量度を尋ねた結果をみると(図2)、「専門的な情報の仕事」や「企画」関係の仕事において「自分でかなり決めることができる」とする割合が相対的に高いといえるものの、「あらかじめ決められている」とする割合がおしなべて高く、「開発や調査研究」の仕事でも9割となっている。仕事の進め方の裁量度と仕事をする時間(帯)の裁量度とは必ずしもパラレルになっていない。

図2 仕事の内容別 仕事の時間(帯)

図2グラフ

なお、紙幅の関係からデータの提示は省略するが、適用される勤務時間制度がフレックスタイムや裁量労働制とする割合は、「開発や調査研究」の仕事でもっとも高くなっており(合わせて27.4%)、仕事時間(帯)の裁量度は、適用されている勤務時間制度と関係はあまりみられないということができる。

残業の決定態様

残業を行う場合の決定態様をみると(図3)、我が国の職場においては、「自分の判断で行い、上司には事後報告」という態様がかなり多いことが窺われる(正社員計で4割弱)。その中でも、仕事内容別にみて「企画」関係の仕事や「専門的な情報の仕事」では5割を超えている。こうした仕事では、残業をする・しないの裁量度もかなり高くなっている[注5]

図3 仕事の内容別 残業をする場合の指示・決定の態様

図3グラフ

考察

まずは、最近の議論に関連して、筆者がかつて「正社員の時間規制除外者」として公表したことのある論点について触れておこう[注6]。そこでは、時間規制の適用除外が行われるのであれば、規制を適用しなくとも規制の本旨を踏まえた人事管理が行われる蓋然性が大きい層が対象とされなければならず、例えば雇用主が事業の運営に必要欠くべからぬ人材と認めていることが必要であり、このことは端的に給与額に現れると論じ、相当額以上の年収要件が必要であるとした。この考えは、経済学徒である以上、現在も変わっていない。

そのレポートで示したものと同様のグラフをここでも示しておきたい(図4)。管理職は、一般に労働基準法上の労働時間に関する規制の適用が除外されているが、管理職本人に尋ねると「時間管理はないか緩やか」と回答する人は多くない[注7]。そこで、管理職(部課長クラス)であっても一般的な勤務時間制度が適用されている人、フレックスタイムや裁量労働制が適用されている人、そして時間管理の緩やかな人の年収をみてみると、1,000万円を超える当たりで時間管理の緩やかな人における割合が他の勤務時間制度下にある人のそれよりも高くなっている[注8]。少し遠回りをした論拠ではあるが、年収要件を決める場合において、1,000万円あたりを一つの検討材料としてよいのではないかと思われる[注9]

図4 役職・勤務時間制度別年収構成(正社員計)

図4グラフ画像クリックで拡大表示(新しいウィンドウ)

さて、上掲のデータ等から、筆者の労働時間制度に関する考えを簡単に紹介しておこう。我が国の職場において、仕事の進め方に関して必要性がある場合には、事実としてかなりの裁量性と柔軟性とが認められるといえる。経済のサービス化が進展し、製造業と建設業に従事する雇用者が全体の4分の1(「労働力調査」平成25年平均)となった現在において、労働時間に相当程度比例して成果が増大する産業分野はもともと多いとはいえないし、いろいろな態様・程度でではあるものの、仕事の進め方が働く人に任されることがごく普通の状態となっている。現実は、それぞれの職場で工夫されながら、進んでいるのである。それを制度としてきちんと確立しようということであれば、現在議論されている政策方向には賛成できる。ただし、外国の制度を直輸入したようなものにするなど制度設計を誤れば、他の「規制緩和」のいくつかと同様、作っただけで機能しないものになることが懸念される。いや、それまでのせっかくの「慣行」をぶちこわす可能性もある。

「労働時間に成果は比例しない」ということと「労働時間以外に成果を計れるものがある」ということはイコールではない。また、比例はしないかも知れないが、成果を実現するためには相当の労働時間が必要であることも間違いがない。まずは、報酬の基礎とする成果を何で計るのかを議論し、納得のいく解を(労使が)見つける必要がある。

また、長すぎる労働時間の是正も、現在取り組むべき構造的課題の一つである。上掲のデータにみられるように、裁量性の観点から問題となる点は、仕事の時間(帯)に関する裁量性が希薄であることである。もっといえば、仕事の量に対する裁量性がほとんど留意されていない点である。これが、仕事の仕方等への裁量性が高まることがむしろ長時間労働につながることとなる一番の原因であるといってもよい。長時間になることを防ぐ手立てである規制を取っ払おうとするのであれば、それに代わる納得性のある仕組みが提案されなければならない。例えば、休息時間の設定と遵守、休日労働に対する代休必取などである。加えて、筆者が以前から提案しているのは、「ひと仕事」終わったら、次の「ひと仕事」にかかる前に、一定の長さ以上の連続休暇を必ず取ることの慣行化である。

以上を整理すると、時間規制除外者を制度化するのであれば、一定の額以上の年俸制、労使協定又は少なくとも反対意見のない就業規則での制度規定(長時間労働予防のための仕組みを含む。)、本人の合意、労働組合又は従業員代表への情報提供とそれらによる監視や苦情対応、などといった仕組みは不可欠であると思われる。ただし、経済学徒である筆者は、それらワン・セットすべてを法律によって規制すべきであるとまでは思わないことは申し添えておきたい。

注1 ただし、社会調査の場合には、あまりに生々しい議論や状況変化のある時期に行われた調査にも問題がないとはいえない場合が少なくないことにも留意する必要がある。

注2 調査及び結果の概要は、JILPT調査シリーズNo.14「日本人の働き方総合調査結果─多様な働き方に関するデータ─」(2006年4月)を参照されたい。

注3 以降、図表を含め、それぞれの項目を適宜短縮して表示する。また、12番と13番とは一つの区分に統合した。

注4 記述から理解されると思われるが、ここでは裁量度の高い(低い)選択肢を選んだ割合が相対的に高いものを、裁量度の高い(低い)仕事と称している(以下同様)。 

注5 「日本人の働き方総合調査」のほぼ1年前(平成16年7~8月)に、JILPTで実施された「労働時間の実態と意識に関するアンケート調査」によれば、残業した時間のうちで残業手当が支払われていない時間(「サービス残業」)があると回答した人が42.0%であった(課長クラス以上の管理職を除いたデータ)。また、残業手当が支給されない理由(2つまでの複数回答)としては、「自分が納得する成果を出すために残業しているので、残業手当の申請をしていないから」が23.2%でもっとも多く、次いで「残業手当を申請しても、予算の制約で支払われないから」(19.4%)、「残業手当が実際の残業時間に関係なく定額で支給されているから」(19.0%)などとなっている。 

注6 JILPT労働政策レポートVol.5「多様な働き方とその政策課題について」(2006年3月)第4章の4-3-1の「③正社員の時間規制除外者」(p63~64)

注7 「日本人の働き方総合調査」では、課長・部長クラスで14.2%にとどまり、「一般的な勤務時間」とする割合が73.9%となっている。

注8 「仕事内容」別に同様に集計してみたところ、ほぼ同様の傾向がみられたが、専門性を活かした仕事(情報関係や開発・調査研究)では1,000万円以上1,250万円未満ではフレックスタイム+裁量労働の割合の方が高く、1,250万円以上1,500万円未満になって時間管理の緩やかな人における割合がフレックスタイム+裁量労働のそれを上回る。

注9 年収1,000万円以上は、「日本人の働き方総合調査」では、正社員計の5.7%、課長クラス未満の正社員の1.8%となっている。(年収無回答を除いて計算したもの)