資料シリーズNo.298
非正規雇用の賃金制度の変化―小売業の事例から―

2026年3月4日

概要

研究の目的

本研究の目的は、小売業の事例調査から、近年の非正規雇用の賃金制度および処遇の変化を捉え、その実態と課題を明らかにすることである。近年、最低賃金の大幅上昇により、非正規雇用の賃金が底上げされ、正規・非正規雇用間の賃金格差が小さくなってきている状況を踏まえ、この10年間での非正規雇用関連の法制度の変化が非正規雇用の人事、処遇制度やキャリア形成にどのような影響を実際に与えているのか、組織においてどのように反映されたのかを明らかにし、正規・非正規雇用間の賃金格差是正の実態と今後の課題を考察する。

研究の方法

事例研究

調査対象:
大手小売業3社(総合小売業、ホーム関連商品小売業、コンビニエンスストア)の労働組合
調査時期:
2024年11月~2025年2月

主な事実発見

本研究で取り上げた小売業3社の事例研究から明らかになったことを示す。

A社(総合小売業)においては、非正規雇用比率が約85%に達する中で、正社員(N社員)とパートタイマー(E社員)の中間階層として「EN社員」を新設し、同一労働同一賃金の理念を明示的に制度へ反映させ、異なる雇用区分間の制度的連続性を明確化した点が特徴的である(図表1)。E・EN・Nが連続する制度間において、時間当たり報酬の均衡はほぼ実現しているが、近年の最低賃金上昇はE社員の処遇体系である「採用時給(ベース)+加給(スキル・資格給)」のうちベース部分を上昇させ、ENとNの賃金への構造的圧迫をもたらし、賃金レンジの整合的な維持が新たな制度運用上の課題となっている。また、有期雇用から無期雇用への転換は自動的に実施されているが、非正規雇用者の中でキャリア伸長や正社員登用を志向する者は限られており、モチベーションをいかに喚起するかが課題となっている。

図表1 A社時間給社員の資格体系

図表1:A社の賃金制度で、左が旧制度と右が新制度である。新制度では時間給社員(E社員)と月給社員(N社員)の制度が一体化し、雇用区分に関わらず同じ職務、役割であれば処遇を均衡させる制度になっている。具体的には、E社員とN社員をブリッジするEN社員の EN2~4の区分が新設され、ここの区分を介して、同一労働同一賃金を具現化した制度になった。EN社員は店舗のリーダー、マネジャー、課長といった役職に就く。N2~4の社員と同様の昇格方法で、処遇も時間当たりの金額で均衡するようになっている。

(ヒアリング記録より筆者作成)

B社(ホーム関連商品小売業)では、非正規雇用者が約8割を占め、均等・均衡処遇は推進されているが、正社員登用・キャリア形成はそれほど進展していない。賃金体系は基本時給・査定給・職務給の三層構造であり、職務給導入により業務の難易度と報酬の連動性が強化された。さらに、賞与・退職金制度が非正規雇用者も対象となり、法政策対応による処遇改善も観察された。他方で、契約社員については労働条件が個別契約化しているため、統一的な団体交渉が困難であり、組合が十分に機能を発揮しにくいことが課題となっている。また、多くの短時間パートタイマーが生活時間の調整を優先しており、キャリアアップを求める声が限定的で、正社員を内部から登用するよりも、拡大する事業分野に合せて外部から中途採用する傾向がみられる。

C社のコンビニエンスストアの事例からは、同じ系列の店舗であっても、直営とFC店の非正規雇用の賃金が異なること、特に直営店の賃金設定が、フランチャイズ(FC)店との協力・経営配慮ゆえに慎重であることが明らかになった。このことが、非正規雇用者の組織化が出来ない大きな理由でもある。地域限定社員は特定の業務需要に応じて活用される雇用区分であり、正社員の登用ルートも制度化されていない。今後、この雇用区分を組織化していくことが組合としての課題となっている。FC方式をとる業態では、店舗の労働条件や賃金水準にばらつきが生まれやすくなる。FC店も含めて処遇ルールの共通化、コンビニエンスストア業界特有の労使コミュニケーション体制について検討してくことが課題として考えられる。

以上を総合すれば、① 非正規雇用の賃金改善は最低賃金上昇や法政策の効果を背景に着実に進展しているものの、② キャリアの上昇や正社員転換といった縦方向の移動は限定的であり、③ 企業組織の特性、とりわけFC形態や個別契約化の進展が労働条件統一の阻害要因となっていることが明らかとなった。

政策的インプリケーション

本研究から、同一労働同一賃金の施行や最低賃金の上昇により、正規・非正規雇用間の賃金格差は縮小傾向にあるが、制度運用とキャリア形成支援の課題が依然として残されていることが明らかになった。非正規雇用者の組織化により、労働条件把握と賃上げ交渉が進み、処遇改善に実効性が生まれていることからも、特に、非正規雇用比率の高い組織においては、組織化の推進が求められる。また、正規・非正規雇用間の連続性を持たせる「中間的雇用区分」やブリッジ型賃金制度の導入は格差是正に有効であるが、最低賃金上昇が続く中では制度設計の見直しが必要となる可能性がある。さらに、非正規雇用者の生活志向に対応したキャリア形成支援として、転勤や長時間労働を前提としない地域限定・短時間正社員などへの昇格ルートの多様化を図ることが不可欠である。加えて、FC業態のように雇用主が分散する事例では、直営とFC店を横断する共通的処遇ルールや労使協議体の構築を検討していくことが必要と考えられる。

政策への貢献

非正規雇用関連政策

本文

研究の区分

プロジェクト研究「多様な働き方と処遇に関する研究」
サブテーマ「労働時間・賃金等人事管理に関する研究」

研究期間

令和7年度

執筆担当者

小野 晶子
労働政策研究・研修機構 理事/統括研究員
前浦 穂高
労働政策研究・研修機構 副主任研究員
西村 純
中央大学商学部 准教授

関連の研究成果

お問合せ先

内容について
研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。