資料シリーズNo.283
諸外国の労働時間法制とホワイトカラー労働者への適用
に関する調査―カナダ、アイルランド、EU指令、韓国―
概要
研究の目的
働き方改革に関連した法整備の一環として、ホワイトカラー労働者に係る労働時間法制の適用等に関する議論があることから、これまでに実施した米英独仏に関する調査に続き、これに対応する法制度の有無を含めて、カナダ、アイルランド、韓国及びEU(労働時間指令)における現状をまとめる。併せて、各国における勤務間インターバル制度、つながらない権利に関する動向・議論等についても、関連の情報を収集する。
研究の方法
文献調査
主な事実発見
調査結果の概要
- 労働時間に関する基本的な法制度
週労働時間の上限は、カナダ(オンタリオ州)、アイルランド、EU指令で時間外労働を含めて48時間、韓国で52時間。カナダ(オンタリオ州)、韓国ではそれぞれ44時間、40時間を超える労働に割増率を設定。また、カナダ(オンタリオ州)、アイルランド、EU指令は、勤務間インターバルとして11時間の休息を原則義務化している。韓国では、労働者全体に関する規定はない(一部の柔軟な労働時間制度で11時間を義務化)。
変形労働時間制については、カナダ、アイルランド、EU指令では業務の限定はない(韓国のみ業務を指定)。また欧州では、業務の特性や労働協約、緊急状況等に応じて、多様な適用除外を設定。
図表1 労働時間に関する基本的な法制度
カナダ
(オンタリオ州)アイルランド EU 韓国 労働時間の上限 1日8時間、週48時間(使用者と被用者の合意で延長可)
(週44時間を超えた労働には、通常賃金の1.5倍の割増賃金を支払い)週48時間(原則4カ月平均、時間外労働を含む) 週48時間(原則4カ月平均、時間外労働を含む) ・1日8時間、週52時間(法定40時間、時間外12時間)
・時間外労働に5割の割増率を規定
休憩・休息 (休憩)
5時間ごとに30分(無給)
(休息)・1日当たり連続11時間以上
・シフト勤務間に8時間以上(使用者と被用者の合意で短縮可)
(休憩)
4.5時間ごとに最低15分、6時間ごとに最低30分
(休息)
24時間当たり連続11時間以上、週当たり連続35時間以上(休憩)
6時間超の労働に1回(時間の規定なし)
(休息)
24時間当たり連続11時間以上、週当たり連続35時間以上(休憩)
4時間の労働に30分、8時間の労働に1時間
(休息)
週当たり1日の休日(有給)休暇 ・年2週間(勤続5年未満),年3週間(勤続5年以上)
・休暇手当は前年の総賃金の4%以上(勤続5年以上は6%以上)
・休暇取得期間は、当該年度及びその後10カ月間
・年4週間(年1365時間以上就業の場合)
・各月、週労働時間の3分の1(月117時間以上就業の場合)
・年労働時間の8%(上限4週間)
年4週間以上(付与の条件は各国法による) ・年15日(勤続1年超、1年の80%以上勤務)+勤続2年ごとに1日加算、最長25日(法60条)
※勤続1年未満(または前年の勤務が80%未満)の場合、ひと月の皆勤ごとに1日を加算
夜間・シフト労働 (夜間労働)
規定なし
(シフト労働)・シフト勤務間に8時間以上(使用者と被用者の合意で短縮可。両シフトの勤務時間の合計が13時間以内の場合は除く)の休息が必要(前掲)
(夜間労働)
24時間当たり平均8時間まで(2カ月または労働協約で定める期間)
(シフト労働)・労働時間に関する個別の規定なし
(夜間労働)
平均で24時間当たり8時間まで(算定基礎期間は各国法、労働協約等による) (シフト労働)
労働時間に関する個別の規定なし(夜間労働)
時間数の上限に関する個別の規定なし(割増率5割)※妊産婦、18歳未満の者は原則禁止、18歳以上の女性については本人の同意を要する
変形時間制 4週間を上限とする2週間以上の所定の期間で平均化(変形期間内の週平均労働時間が44時間を超えた場合=変形期間4週間では176時間を超えた場合、に時間外労働手当が発生) 算定基礎期間は原則として最長4カ月、業務の性質等により6カ月、または労働協約により12カ月まで延長可 算定基礎期間は原則として最長4カ月、業務の性質等により6カ月、または労使協定等により12カ月まで延長可 ・弾力的労働時間制:季節・時期により繁閑のある業務等について、週平均40時間を超えない範囲で、2週間~6カ月(要労使合意)の期間、最長週64時間までの延長労働が可能。
・選択的労働時間制:日によって業務量のばらつきがある業務について、1カ月または3カ月以内の期間における合計労働時間を定め、平均週40時間を超えない範囲内で、1日の労働時間を労働者が決定できる。
適用除外等 ・最長労働時間の適用除外(医療、建設、運輸、農業、専門、管理・監督等)
・残業代支給の適用除外(医療、農業、専門、管理・監督等)
・休憩の適用除外(医療、建設、農業、専門等)
・業務の特性や労働協約、緊急状況等に応じて、最長労働時間、休憩・休息、夜間労働、算定基準期間等の規定を部分的に非適用としている。
・業務の特性や労働協約、緊急状況等に応じて、最長労働時間、休憩・休息、夜間労働、算定基準期間等の規定を部分的に非適用としている。
・労働者の合意により、最長労働時間の適用除外が可能(オプトアウト)。
・最長労働時間、休憩、休日の規定の非適用(農林・畜産・水産業、監視・断続労働者、管理・監督・機密業務)
・最長労働時間・休憩の適用除外(陸上運送業、水上運送業、航空運送業、その他の運送関連サービス業、保健業)
・最長労働時間の適用除外(緊急時等)
- ホワイトカラー労働者への労働時間制度の適用
各国とも、管理監督者相当の者に関する労働時間規制の適用除外では概ね共通している(定義等は多様)。その他、ホワイトカラー相当の業務を指定した適用除外として、韓国の「選択的労働時間制」「裁量労働時間制」、カナダ(ブリティッシュコロンビア州)の「ハイテク専門職」の除外など。
一方、アイルランド、EU指令では、労働者全般に関して柔軟な規制を行っており、原則として変形労働時間制(一時的に最長労働時間を超えた労働が可能、休息は適用)を実施している。また、「オプトアウト」が可能(最長労働時間が適用されないが、休息は適用―ただしアイルランドは未導入)である。休息の不足は代償休息、またはこれが不可能な場合はその他保護措置により補完することができる。なお、時間外手当について賃金の支払いを受ける権利は法的に保護されていない(アイルランドでは協約等による保護あり)。
各国とも、適用除外に関連した賃金水準に関する基準は設けていない。また、一般的な安全衛生に関する配慮義務以外に、特段の健康確保措置の義務付けは見られない(韓国の「選択的労働時間制」のみ、連続1時間の休息付与を追加で義務化)。
なお、カナダでは、近年増加しているとされる集団訴訟の主な内容の一つに「時間外労働手当の不払い」があり、支給対象外である管理職等への誤分類を不服とする訴訟を含む。裁判所は、多様な等級の従業員を時間外労働の支給対象と認める傾向にある。
図表2 ホワイトカラー労働者への労働時間制度の適用
カナダ
(オンタリオ州)アイルランド EU 韓国 対象範囲・要件 ※ホワイトカラー労働者に関する定義なし
・管理・監督者、要資格専門職、教師、施設介護従事者、歩合制販売員、農業・漁業被用者等
※ホワイトカラー労働者に関する定義なし
・労働時間の長さを自ら決定できる者:雇用契約に基づき、労働時間の長さを自ら決定できる →最長労働時間、休憩・休息、夜間労働時間等の規定の非適用
・その他適用除外業務:研究開発、ほか →休憩・休息、夜間労働等の規定の適用除外
※ホワイトカラー労働者に関する定義なし
・役員又は自ら方針を決定する権限を有する者:業務の特性を理由に、労働時間が計測および/または予め決定できないか、労働者自身が労働時間を決定しうる
→最長労働時間、休憩・休息、夜間労働時間等の規定の非適用・その他適用除外業務:研究開発ほか →休憩・休息、夜間労働等の規定の適用除外
・オプトアウト:業務制限なし →最長労働時間の適用除外
・管理・監督業務の従事者
→最長労働時間、休憩、休日の規定の非適用・選択的労働時間制
日によって業務量のばらつきがある業務について、所定の期間の合計労働時間を定め、平均週40時間となる範囲内で、労働時間を労働者が決定
→最長労働時間の適用除外(期間内の特定週)
※対象業務:ソフトウェア開発、事務管理(金融取引・行政処理等)、研究、デザイン、設計等・裁量労働時間制遂行方法を労働者の裁量に委ねる必要がある業務を大統領令等で指定、労使間で合意した労働時間、働いたとみなす
→最長労働時間の適用除外労働時間管理や健康確保の仕組みなど ※ホワイトカラー限定の制度等なし
雇用主に、労働者の健康・安全を保護するための情報提供・指示・監督を行うよう定めているが、労働者の長時間労働による健康被害防止まで想定しているかどうかは不明※ホワイトカラー限定の制度等なし
・労働者全般の安全衛生・厚生に関する配慮義務(労働安全衛生・厚生法)
・各労働者の実際の労働時間等に関する記録を作成・保存する義務
※ホワイトカラー限定の制度等なし
・労働者全般の安全衛生・厚生に関する配慮義務(安全衛生指令)
※毎日の労働時間の計測を義務付けるべきとする判例あり(自律的労働者は免除が可能)
・管理・監督業務の従事者 規定なし(一般的な安全衛生の維持・促進義務)
・選択的労働時間制(1カ月超の場合)
勤務間に連続11時間の休息の付与を義務化・裁量労働時間制
規定なし(一般的な安全衛生の維持・促進義務)
- 勤務間インターバル制度
カナダではオンタリオ州のみ、1日11時間の勤務間インターバルを規定(他の2州は週当たりの休息のみ規定)。呼び出し労働あるいは自然災害・緊急時等を除いて、適用除外あるいは付与できなかった場合に関する規定は確認できない。
アイルランド、EU指令では、24時間当たり11時間。業務特性あるいは緊急状況等により、同等の代償休息(あるいは適切な保護の提供)を前提に適用除外あり。
韓国では、労働者全般に関する勤務間インターバルの規定はない(特例業種(運輸、保健)、3カ月を超える弾力的労働時間制、1カ月を超える選択的労働時間制においては、1日当たり11時間以上の休息を義務付け、また特別延長労働においては実施すべき複数の保護策の選択肢の一つとして提示)。
図表3 各国の勤務間インターバル制度に関する比較
カナダ
(オンタリオ州)アイルランド EU 韓国 制度概要 ・1日当たり連続11時間以上
・シフト勤務間に8時間以上(使用者と被用者の合意で短縮可)
24時間当たり連続11時間以上 24時間当たり連続11時間以上 規定なし
※一部の柔軟な労働時間制度(弾力的~ほか)では1日当たり11時間以上を義務化
適用除外等 ・通常なら勤務していない時間帯に、呼び出しに対応できるように待機している被用者や、呼び出されて働いている被用者
・自然災害や主要機器の故障、火事といった緊急時など、通常業務の遂行に深刻な影響が生じる場合
・労働時間を自ら決定できる者、輸送労働者、市民保護サービス従事者など
・特定の性質の業務(同等の代償休息等が前提)
シフト労働、労働時間が分散する業務、移動労働等、警備・監視のため常駐を要する業務、特定の業種・公共サービス業務(予想可能な業務の繁閑、生産・サービスの継続性)・労働協約等による適用除外(同上)
・例外的・緊急状況、異常かつ予見不可能な状況(同上)
・自律的労働者(役員又は自ら方針を決定する権限を有する者、家族労働者、宗教労働者)
・特定の性質の業務(サービス・生産活動に継続性を要する、予想可能な業務量の急増、異常な状況や災害時等)
・シフト労働、労働時間が分散する業務
・労働協約等による適用除外 ・移動労働者
- 休息を付与できなかった場合の対策 規定なし 同等の代償休息、不可能な場合は適切な保護の提供 同等の代償休息、不可能な場合は適切な保護の提供 -
- つながらない権利
カナダ(オンタリオ州)では一定規模以上の使用者につながらない権利の実施に関する方針書の作成を義務化、アイルランドでは実施準則(ガイダンス)により権利・義務の尊重を奨励。
一方、EUレベルでは労使合意を通じた法制化が図られたが、プロセスは頓挫した。各加盟国で見られる法整備は、主に労組等との協議、ポリシー作成など手続きの順守を求める内容となっている。対象は、労働者全体あるいはテレワーカー限定など多様。法制化で先行している加盟国(フランス、スペイン、ベルギー、イタリア)の労働者に対するEUのシンクタンクEurofoundの調査では、多く普及しているとされる手法として、「休暇中のEメールの自動的な削除」、「特定の時間に関する仕事のEメールの送信防止」などが報告されている。
図表4 各国のつながらない権利に関する制度あるいは立法化に向けた議論等
カナダ(オンタリオ州) アイルランド EU 韓国 ・被用者25人以上の使用者に対して、仕事につながらないこと(「電子メール、電話、ビデオ通話、その他のメッセージの送信や確認などの業務上のコミュニケーションに従事せず、労働の遂行から解放されること」と定義)に関する方針書の策定を義務付け。
・方針書によって雇用基準法よりも有利な権利または便益が生じる場合、同法の下での強制力を持ち得る。
・行為準則(権利・義務の尊重に関する指針)
-労働者が通常の就業時間外で日常的に仕事を行うことを求められない権利
-通常の就業時間外で仕事関連の事柄に立ち会うことを拒否することに対して罰則を科されない権利
-他の人々のつながらない権利を尊重する義務
・EU法による明確な規制なし
・欧州議会は勧告により、欧州委に法制化を要請、指令案の素案を提示。素案は、権利保護のための制度等の整備(切断方法、労働時間の計測、逸脱を認める基準等)などを雇用主に求める内容。
・EUレベルの労使による枠組み合意の締結を通じて、法制化が試みられたが、協議は決裂(経営側が離脱)。
一部の地方自治体で条例等が制定され、また企業の間では自発的な取り組みもあるとされるものの、法制化には至っていないとみられる
政策への貢献
働き方改革関連法制度の見直しの検討のための参考資料を想定。
本文
研究の区分
情報収集
研究期間
令和5年度
調査・執筆担当者
- 樋口 英夫
- 労働政策研究・研修機構 主任調査員補佐
- 石井 和広
- 労働政策研究・研修機構 主任調査員
(執筆順、肩書きは2024年5月現在)