資料シリーズNo.272
就職氷河期世代のキャリアと意識
―困難を抱える20人のインタビュー調査から―
概要
研究の目的
困難の中にいる就職氷河期世代のキャリアと意識を明らかにすること。
研究の方法
就職氷河期世代20人に対するオンラインインタビュー調査。
インタビュー対象者の紹介については、ハローワークと地域若者サポートステーション(以下サポステ)に仲介の労をとって頂いた。
主な事実発見
<氷河期世代のキャリアの困難はヨーヨー型>
就職氷河期世代であっても、新卒で初職正社員のケースは少なくない。ただし今回のインタビューでは新卒正社員であっても「不本意正規」とでも呼べるような労働条件の悪い就職先であり、また正社員経験はあるが何度か正社員を離職し、正社員と非正社員を行きつ戻りつしたり、あるいは無業・失業をたびたび経験するキャリアが多数存在していた。図表1は、インタビューの対象者の方に描いて頂いたライフライングラフ(過去の職業生活を振り返って自分が思う自分のキャリアの浮き沈みを線で描いてもらったもの)の事例である。ライフラインは一般的に若い時期から上昇し、40代前半にかけていったん下降するのが通例であるが、今回の対象者の方においてはCさんに限らず、特に若い時期において激しく上下していた。実際のキャリアも、正社員(4年)→資格予備校(1年)→正社員(3年)→正社員(10年)→職業訓練→派遣→内定(契約社員)という入れ替わりの激しいものとなっていた。
したがって、就職氷河期のキャリアの困難はこれまで想定されていたような非正規の継続ではなく、正社員・非正社員・無業失業を行きつ戻りつする「ヨーヨー型」キャリアと把握できる。この「ヨーヨー型」の概念は図表2にみるように、EUの若者に関する先行研究における「ヨーヨー型」トランジションから援用したものである。
この概念を踏まえると、就職氷河期世代以前に主流だった学校から正社員へのスムーズな移行モデルが、就職氷河期世代の若い時期においてスムーズに進まなくなり、フリーター・失業・無業等を通じた正社員への移行という多様な移行モデルへと変化してきたが、就職氷河期世代が中年期に至って「ヨーヨー型」キャリアモデルが一定数を占めるようになったと捉えることができるだろう。
資料出所:Walther(20029:15)をもとに日本の現実を踏まえて筆者改変
<就職氷河期世代の家族や将来展望>
今回の対象者において、結婚の経験があるのは20人のうち5人のみであった。男性においては3人(うち2人は離婚)であったが、いずれも結婚は正社員の時に生じていた。今後の結婚の意向についても可能な範囲で尋ねたが、男女を問わず結婚の意欲がある人はあまりおらず、また一人暮らしも4人にすぎなかった。家族を養う責任が軽いことや住まいの負担が少ないことは、ヨーヨー型キャリアであっても何とか食べていくことを可能にする重要な要件でもある。ただし不安定な働き方でも生計が維持できた一つの要因は実家同居であったが、今後はそれが重荷にかわる可能性は高い。
略称 | 性別 | 年齢 | 卒業年 | 学歴 | 地域 | 現状 | 婚姻 | 同居者 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
A | 女性 | 40代前半 | 1999 | 高卒 | 中国地方 | 求職中 | 未婚 | 一人暮らし |
B | 女性 | 40代前半 | 2006 | 大卒 | 中部地方 | 求職中 | 未婚 | 親元 |
C | 男性 | 40代後半 | 2000 | 大卒 | 中部地方 | 内定 | 未婚 | 一人暮らし |
D | 女性 | 30代後半 | 2006 | 大卒 | 関東地方 | 求職中 | 未婚 | 親元 |
E | 女性 | 50代前半 | 1996 | 大卒(就職後海外院) | 関東地方 | 求職中 | 未婚 | 親元 |
F | 男性 | 40代後半 | 1993 | 高卒 | 関東地方 | 正社員 | 既婚 | 配偶者 |
G | 男性 | 40代後半 | 1998 | 専門学校卒 | 関東地方 | 求職中 | 未婚 | 親元 |
H | 男性 | 40代後半 | 1999 | 大卒 | 中国地方 | アルバイト | 未婚 | 母 |
I | 男性 | 40代後半 | 1995 | 専門学校卒 | 九州地方 | 求職中 | 離婚 | 親元 |
J | 男性 | 40代前半 | 2006 | 大卒 | 関西地方 | 内定 | 未婚 | 一人暮らし |
K | 男性 | 40代後半 | 1999 | 大卒 | 関西地方 | 求職中 | 未婚 | 親元 |
L | 女性 | 40代前半 | 2000 | 短大卒 | 関西地方 | 求職中 | 既婚 | 配偶者 |
M | 男性 | 40代後半 | 1995 | 専門学校卒 | 中部地方 | 契約社員 | 未婚 | 親元 |
N | 男性 | 40代前半 | 1997 | 高卒 | 東北地方 | 求職中 | 未婚 | 親元 |
O | 男性 | 40代前半 | 2001 | 高卒 | 中部地方 | 契約社員 | 未婚 | 親元 |
P | 女性 | 40代後半 | 1994 | 短大卒 | 関西地方 | 職業訓練 | 既婚 | 配偶者 |
Q | 女性 | 40代前半 | 2003 | 大卒 | 九州地方 | 会計年度職員 | 未婚 | 親元 |
R | 男性 | 40代後半 | 1998 | 専門学校中退 | 関西地方 | 求職中 | 離婚 | 一人暮らし |
S | 男性 | 40代前半 | 2001 | 大卒 | 中部地方 | 求職中 | 未婚 | 親元 |
T | 男性 | 50代前半 | 1995 | 大学中退 | 中部地方 | 求職中 | 未婚 | 親元 |
例えばNさんは仕事を辞め求職中の時に偶然母親が介護状態になり、それから仕事をせずに介護をして10年経ってしまった。経済的な問題で携帯電話を持つこともできておらず、最近危機感を感じ始めサポステ利用に至った。すぐに正社員にはなれないが、アルバイトから始めたいと考えている。
Hさんは正社員経験がなくずっと家業手伝いをしており、アルバイトを見つけたものの社会保険には入れてもらえていない。自分のアルバイト代と母親の年金でなんとか賄っているが、社会保険に入れる仕事に就きたいと考えている。
「今のところが、社会保険にちょっと入れさすことができないっていう形の状況になってまして、母親の年金があって、それで、僕自身がちょっと働いてって感じで、ぎりぎりな形で回ってるって感じになってます。」(Hさん・男性・大卒・中国地方)
今後就職氷河期世代と家族形成・住まいが問題になってくるのは、親の高齢化だけではなく、就職氷河期世代自身が高齢の単身者となっていった局面だと推測される。
<支援のさらなるニーズ>
インタビューにおいては、現在の支援に加えて新たなニーズも寄せられた。
第一に、交流・情報交換の場へのニーズである。自分だけでこの厳しい状況と戦うのではなく、ともに気持ちを分かち合いたいという希望がある。
「社員から遠ざかっている人、私もそうなんですけども、同世代の何か声をもっと聞けるようなあれがあればいいなと。一人で戦っているとかって思っちゃうと、あれだけども。何かそういう同じような境遇の人たちの声だったりとか、自分も分かれば、すごくいいなと。」(Aさん・40代前半・女性・中国地方)
「やっぱりまず思うのが、同年代の方ともっと触れ合うというか、情報交換する機会が本当に欲しいなとやっぱり思ったりとかしてます、やっぱり。これが一番大きいのかなって。」(Hさん)
「この支援を受けてこういった仕事に就かれた40代後半の方がこんなにいますということだったりとかは、励みにもなるので。やっぱりやってみたけれども、実際はあんまり効果がなかったら、その辺を考えてほしいと思いますし。」(Rさん)
第二に、職業訓練期間の延長と実践化へのニーズである。もう少し訓練期間を延長してじっくり学びたい、また教わったことを実際の仕事場面に即して使わせてみるようなカリキュラムにしてほしいという要望も寄せられた。
以上のような就職氷河期世代のニーズを踏まえ、さらなる支援の充実が期待される。なお詳細は資料シリーズ本文をご参照頂きたい。
政策的インプリケーション
第一に、正社員・非正社員・失業無業を行き来する「ヨーヨー型」キャリアを念頭に置いた支援である。いったん正社員転換してもその後に安定しないことを前提にした支援であり、定着支援は有効だと考えられる。
第二に、職業訓練のニーズは高い。現在のようにフルタイム型だけでなく、複数回のセミナーのような継続的なパ―トタイム型、モジュール型の積み上げ等、様々な形態が考えられる。また職業資格のニーズも高いが、実務経験を提供できるような支援があればなおよい。
第三に、交流のための場(居場所+α)や、当事者に同世代の成功体験を共有できるような機会の提供が望まれる。
第四に、就職氷河期の経験を生かすなら、改めて若者の離学までの進路支援は重要であり、労働市場、労働者としての権利などの知識についての労働教育と相談機関の周知が必要である。特に18歳成人に伴い、労働者としての必須の知識として高卒までに付与すべきと考えられる。
政策への貢献
就職氷河期世代支援の基礎資料として活用。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「技術革新と人材開発に関する研究」
サブテーマ「技術革新と人材開発に関する研究」
研究期間
令和5年度
執筆担当者・ケース記録作成者
- 堀 有喜衣
- 労働政策研究・研修機構 統括研究員
- 田上 皓大
- 労働政策研究・研修機構 研究員
- 小杉 礼子
- 労働政策研究・研修機構 研究顧問
- 金崎 幸子
- 労働政策研究・研修機構 前研究所長
- 渡邊 木綿子
- 労働政策研究・研修機構 調査部次長
- 荻野 登
- 労働政策研究・研修機構 リサーチフェロー
- 松上 隆明
- 労働政策研究・研修機構 リサーチアソシエイト
関連の研究成果
お問合せ先
- 内容について
- 研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム
「やっぱりやばいなと。少しでも自分で仕事をして、お金とか、そういうほうも得たいなというのも出てきまして。すぐに正社員というのはちょっと無理があると思うので、まず前段階で、ちょっと働ける場所というか。今、まだちょっと、母親に午前中、時間を取られているので、午後から夜に働けるところで働いて、まず働く意欲を自分の中でつくっていってから、正社員を目指そうかなというような目標は立てています。(携帯を持っていないのは)金銭的な問題で。」(Nさん・男性・高卒・東北地方)