調査シリーズNo.264
企業におけるキャリア支援の現状と課題
―セルフ・キャリアドック導入を中心として―
概要
研究の目的
本研究は、セルフ・キャリアドック等を中心とした企業内キャリア支援の導入に資する知見を得ることを目的とする。企業におけるキャリア支援の導入状況は、例年、各種調査によって把握されている。しかしながら、その取り組みの程度や仕組み、運営のあり方は企業属性によって大きく異なる。そのためさらなる詳しい実態の把握や導入・未導入の背景、影響を与える要因に関する分析が求められる。また具体的にどのような要因が障壁となり、それに対していかなる工夫がなされているかについても、より詳細な情報収集が必要とされる。
以上の問題意識から、本研究ではセルフ・キャリアドックに焦点を当て、関連が深いと予想される要因について幅広に調査を行った。あわせてキャリアコンサルティングやキャリアコンサルタントその他の企業内キャリア支援についても調査を行った。これらを通じて企業内キャリア支援の実態を詳しく把握し、導入を促進・阻害する要因やその対策について検討を行い、今後のさらなる推進に向けた有意義な知見を得ることとした。
研究の方法
郵送法による質問紙調査を実施した。調査対象は、帝国データバンクが保有する企業データベースのうち、従業員規模300人以上の全国の企業14,511社(2025年8月時点)。農林漁業および公務は対象から除外した。なお、従業員数の増減により300人未満となった企業も、回答が得られた場合は分析対象に含めた。
調査票はA4版12ページ相当で大問60問程度から構成された。調査項目は、企業概要、社風や人材観、人事制度やキャリア関連施策の導入状況、キャリアコンサルティングおよびセルフ・キャリアドックの認知度・活用度、導入体制や目的、効果測定、導入による変化、導入上の障壁とその克服に向けた取り組みなどであった。
調査は2025年8月から9月にかけて実施した。1,936社から回答が得られ、回収率は13.3%であった。
主な事実発見
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セルフ・キャリアドックの認知及び活用に影響を与える要因に関する結果を集約的に示すために順序ロジスティック回帰分析を行った結果、「従業員数」「教育訓練費」が統計的に有意であった。従業員数が多く、教育訓練費が高い企業ほど、セルフ・キャリアドックを認知・活用している可能性が高かった。なお、業種別では医療・福祉と比べて「製造・建設・運輸」「卸売・小売・サービス」でセルフ・キャリアドックの認知度・活用度が統計的に有意に高かった。
セルフ・キャリアドックの認知及び活用に大きな影響を与える「教育訓練費」について、さらに検討した結果、「従業員数」「正社員に占める女性正社員比率」「従業員に占める55歳以上比率」「売上高の増減(3年前と現在の比較)」「新卒正社員採用数(3年前と現在の比較)」が統計的に有意であった。従業員数が多いほど、女性比率や55歳以上比率が低いほど、売上高や新卒正社員の採用数が増えているほど教育訓練費が高かった。
以上の結果をまとめると、①従業員数が大きい企業、②女性比率や高年齢者比率が低い企業、③売上高や新卒正社員採用数が増えている企業では教育訓練費を多く支出でき、その結果、セルフ・キャリアドック等の各種のキャリア支援関連施策が企業内で実施されやすいと整理できる。
図表1 セルフ・キャリアドックの認知・活用および教育訓練費に影響を与える要因
従業員数が大きい企業、女性比率や高年齢者比率が低く売上高や新卒正社員採用数が増えている企業では教育訓練費を多く支出でき、その結果、セルフ・キャリアドック等の各種のキャリア支援関連施策が企業内で実施されやすい。 セルフ・キャリアドック 教育訓練費 B exp(Β) sig. B exp(Β) sig. 従業員数 0.18 1.20 * 0.88 2.42 ** 教育訓練費 0.19 1.20 ** --- --- --- 教育訓練費対売上高費 0.05 1.05 --- --- --- 創業年 0.07 1.07 -0.18 0.83 従業員に占める正社員比率 0.01 1.01 0.02 1.02 正社員に占める女性正社員比率 0.07 1.07 -0.13 0.88 ** 従業員に占める35歳未満比率 0.03 1.03 0.04 1.04 従業員に占める55歳以上比率 0.06 1.06 -0.11 0.90 * 海外事業所展開の有無 0.10 1.10 -0.29 0.75 売上高の増減(3年前と現在の比較) -0.01 0.99 0.24 1.28 ** 全従業員数の増減(3年前と現在の比較) 0.05 1.05 -0.09 0.91 新卒正社員採用数(3年前と現在の比較) 0.12 1.13 0.25 1.29 ** 中途正社員採用数(3年前と現在の比較) 0.01 1.01 0.13 1.14 従業員の離職率(3年前と現在の比較) -0.01 0.99 0.09 1.10 新入社員の定着率(3年前と現在の比較) -0.04 0.96 0.12 1.13 業種 製造・建設・運輸(対 医療・福祉) 1.06 2.88 ** -0.16 0.85 業種 卸売小売・サービス(対 医療・福祉) 0.74 2.09 ** 0.26 1.30 Nagelkerke R2 0.08 0.30 ※順序ロジスティック回帰分析。B=回帰係数、exp(B)=オッズ比、sig.=有意確率 * p<.05 ** p<.01
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本調査では、部下のキャリア形成に関する経営者層・管理職層の意識、従業員のキャリア観、キャリア自律醸成観、キャリア関連施策、キャリア自律浸透度などについても幅広に調査を行った。図表2にはそれらの結果を集約して1つのモデルとして示した。「部下のキャリア形成に関する経営者層・管理職層の意識」によって会社の「キャリア自律醸成観」が形成され、このことが「キャリア関連施策」に結びつき、最終的に「キャリア関連施策」の実施によって「キャリア自律浸透度」が向上することを示唆している。
なお、社風(主に意思決定面における権限移譲)は、部下のキャリア形成に関する経営者層・管理職層の意識、従業員のキャリア観にも影響を与えていた。また従業員のキャリア観はキャリア自律浸透度に、従業員数はキャリア自律醸成観とキャリア関連施策に影響を与えていたことも補足的な結果として示された。
図表2 キャリア自律・キャリア関連施策に影響を与える要因に関するモデル図

※構造方程式モデリング(SEM)を用いたパス解析。各変数は、構成する全項目および全年代の平均をとった。誤差変数は省略。
※部下のキャリア形成に関する経営者層の意識は「キャリアを作る主体者は従業員自身である」「キャリアで重要なことは従業員の自己成長である」「部下の「キャリア自律」は会社が支援すべきである」「部下の「キャリア自律」は会社にとって有益である」「部下のキャリア自律支援は役割として評価されている」の5項目を経営者層はどう捉えているかについて調査回答者の認識を5件法でたずねた回答の全項目の平均値。同様に、部下のキャリア形成に関する管理職層の意識も管理職者層はどう捉えているかについての調査回答者の認識に関する回答の全項目の平均値。
※キャリア自律醸成観は「「キャリア自律」は大切なことである」「「キャリア自律」は会社が支援すべきである」「「キャリア自律」は会社のとって有益である」の3項目を年代別(若手層/ミドル層/シニア層)に3件法でたずねた回答の全項目および全年代層の平均値。
※キャリア関連施策は「キャリア研修」「キャリアコンサルタントによるキャリア面談」「人事によるキャリア面談」「上司によるキャリア面談」の4項目を年代別に3件法でたずねた回答の全項目および全年齢層の平均値。
※キャリア自律浸透度は、「貴社の各層において「キャリア自律」はどの程度浸透していると思いますか」の1項目を年代別に5件法でたずねた回答の全年代の平均値
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既にキャリア関連施策を導入している企業を対象に、キャリア関連施策の障壁となったことについてたずねた。その結果、最も回答が多かったのは「キャリア関連施策の「人材・予算・時間」などが整っていない」であった。以下、「キャリア関連施策の内容や利用方法が十分に社内に浸透していない」「業績目標がキャリア関連施策の実施や利用よりも優先されている」「従来の組織文化や慣習が多様なキャリア形成の妨げとなっている」が続いていた。
また、障壁を克服するため、あるいは効果的な実施のために行った(行っている)活動についても回答を求めた。最も回答が多かったのは「従業員向けキャリア意識啓発(研修・動画・社内報)」であり、次いで「管理職に対する育成責任の周知と研修」であった。
図表3 企業におけるキャリア関連施策の障壁および障壁を克服する、あるいは効果的な実施のための活動

政策的インプリケーション
セルフ・キャリアドックを中心とする各種の企業内キャリア支援の導入にあたっては、教育訓練費が影響の強い要因として示されたが、従業員数の多さや女性比率・高年齢者比率の低さ、売上高や新卒正社員採用数の増加などの影響も見られた。一方で、経営者層や管理職層の意識、権限移譲などの意思決定面での社風などの影響も大きかったことから、今後は経営者層・管理職層に対する意識啓発の他、社内の意思決定の仕組みを含めた社風ごとに普及推進のあり方を模索する必要性が示される。
政策への貢献
厚生労働省における「キャリアコンサルタント登録制度等に関する検討会」他の各種キャリア形成支援に係る会議・研究会等で資料として活用予定。
本文
分割版
研究の区分
プロジェクト研究「職業構造・キャリア形成支援に関する研究」
サブテーマ「キャリア形成・相談支援・支援ツール開発に関する研究」
研究期間
令和6~7年度
執筆担当者
- 下村 英雄
- 労働政策研究・研修機構 統括研究員
- 高橋 浩
- ユースキャリア研究所 代表、
法政大学 キャリアデザイン学研究科 兼任講師 - 黒沢 拓夢
- 東京大学大学院教育学研究科 特任助教
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