調査シリーズNo.160
壮年期の正社員転換
―JILPT「5年前と現在の仕事と生活に関するアンケート」調査結果より―

平成28年11月11日

概要

研究の目的

若年非正規雇用労働者の増加が問題視されてから20年以上が経ち、最初に「就職氷河期」と呼ばれた時期に学校を卒業した者が40歳台となるなか、35~44歳層の非正規雇用労働者が増加している。その人数は、有配偶女性を除いても、2015年時点で150万人となっている。

上記の背景のもと、JILPTでは2012年度より「壮年非正規労働者の働き方と意識に関する研究」に取り組み、これまでに個人ヒアリング調査、全国アンケート調査を実施してきた。これに加え、今般、下記の方法によりインターネット・モニターへのアンケート調査「5年前と現在の仕事と生活に関するアンケート」を実施し、壮年期に非正規雇用からキャリアアップをするための条件等を明らかにすることを試みた。

この調査シリーズは、非正規雇用から正社員への転換の実態を中心に、同アンケート調査の結果を紹介するものである。

(※なお、これまでの一連の研究においては、「壮年」という言葉で35~44歳層を指してきたが、本調査シリーズではその下限を拡げ、30~44歳を指している。)

研究の方法

  • インターネット・モニターへのアンケート調査(2015年12月実施)。
  • スクリーニング調査により、「調査時点で35~44歳」かつ「5年前の時点で非正規雇用労働者だった」方を抽出し、うち男性1,500名、5年前に無配偶だった女性1,500名、5年前に有配偶だった女性1,500名、計4,500名に調査を実施した。

主な事実発見

  • 男性ほど、年齢が若い者ほど、高学歴者ほど、5年前の時点で契約社員・嘱託として働いていた者ほど、専門的・技術的職業従事者だった者ほど、初職が正社員だった者ほど、調査時点(現在)において正社員になっていることが多い(=正社員転換しやすい)。
  • それらの基本属性をコントロールした上で、過去5年間の行動・経験として、①職業資格の取得などスキルアップのための勉強をすること、②ハローワークを利用すること、③勤務先から正社員登用の打診を受けることが、正社員転換率を高めていることが確認された。
  • ①職業資格の取得などスキルアップのための勉強をする傾向にあるのは男性、高学歴者、契約社員・嘱託として働いていた者、不本意な理由から非正規雇用で働いていた者であった。自由回答から、この形での正社員転換の要諦は、資格のように目に見えるものでスキルを証明することだと考えられる。②ハローワークを利用する傾向にあるのは男性と無配偶女性、不本意な理由から非正規雇用で働いていた者、初職が正社員だった者であった。自由回答から、その際にはより多くの企業に応募することが重要である旨が窺える。③勤務先から正社員登用の打診を受ける傾向にあるのは男性、高学歴者、契約社員・嘱託として働いていた者、不本意な理由から非正規雇用で働いていたわけではない者、初職が正社員だった者であった。自由回答から、仕事への取り組み姿勢や職場での人間関係が重要である旨が窺える。
  • 正社員に転換した者は、労働時間は長くなるが、時間あたり賃金も高くなっていた。また、仕事満足度、仕事のやりがい、スキルアップの機会が大きく増すとともに、本人の回顧によれば、生活満足度も大幅に高まっていた(図表1)。そして非正規雇用から正社員に転換することを希望する者に対して、「努力」や「あきらめないこと」の重要性を説く者もあった。なお、一部に、正社員特有の負担の存在、正社員転換により労働条件が低下したことを訴える者もいた。

    図表1 正社員転換者と非正規継続者の意識の比較(%)

    図表1画像

    資料出所: 本調査シリーズ図表4-2-6および図表4-2-8より。
    注: 「正社員転換者」は、5年前は非正規雇用、現在は正社員である者を指す。「非正規継続者」は、5年前も現在も非正規雇用である者を指す。

  • 現在も非正規雇用を継続している者のうち、男性と無配偶女性の5割前後、有配偶女性の3割程度は正社員に転換することを希望していた。そして、希望が実現しない理由としては、「知識・スキル・経験が足りないから」を挙げる者が多いが、なかには「何をすればよいのかわからないから」、「就職・転職活動をしている余裕がないから」を挙げる者もいた。また、非正規雇用継続者の意識からは、正社員転換の難しさゆえ、それをあきらめてしまった者も一定数いることが窺えた。
  • 以上の事実発見をまとめると、図表2のようになる。

    図表2 壮年期の正社員転換の構図

    図表2画像

    資料出所:本調査シリーズ図表6-1-1より。

政策的インプリケーション

  • 壮年期の正社員転換は、賃金・収入の上昇、仕事や生活の満足度向上など、本人に大きなメリットをもたらしていることが示された。もっとも、5年間での正社員転換率は、男性の場合でも約2割であり、決して高くはないが、上述のメリットに鑑みるならば、壮年の非正規雇用労働者についても正社員転換率を高めていけるよう、引き続き政策資源を投下していく必要がある。
  • 正社員転換率の高低に着目すると、低学歴者や初職が非正規雇用だった者の正社員転換率の低さが目立った。職業安定行政、職業能力開発行政において、彼らへの重点的な支援が求められる。
  • スキルアップのための勉強(特に職業資格の取得)の有効性が、改めて確認された。それらの取り組みへの支援・補助が、引き続き求められる。ただし、職業資格の取得による正社員転換は、どちらかと言うと高学歴者に開かれた道という側面がある。
  • ハローワークの利用が正社員転換率を高めることが示された。非正規雇用労働者の正社員転換を進める上で、ハローワークでの職業紹介が果たす役割は大きい。ただし、初職が非正規雇用だった者のハローワーク利用率が低いなど、公的サポートを必要としているはずの者がそれにアクセスできていないという問題も同時に見出された。彼らに対する、ハローワークの利用の促進が必要である。
  • 勤務先から正社員登用の打診を受けて正社員になるというケースが、一定程度存在することが示された。内部労働市場における正社員転換と外部労働市場における正社員転換の性格の違いを理解するためにも、内部労働市場における正社員転換(すなわち内部登用)の実施状況と選考メカニズムについての実態把握が引き続き求められる。そのことが、政策資源の効率的な配分につながると考えられる。
  • 非正規雇用を継続している者のなかには、かつては正社員転換を希望していたにもかかわらず、正社員転換の難しさゆえに、それをあきらめてしまった者が一定数存在すると考えられる。他方、正社員転換者からの「アドバイス」には、「努力」や「あきらめないこと」の重要性を説くものも多い。一般的な表現をするならば、正社員転換を希望する非正規雇用労働者が、正社員になるための取り組みを継続できるような環境を作ることが必要だと言える。
  • 契約社員・嘱託など、いわゆるフルタイム型の非正規雇用からの正社員転換が多いことが示された。また、パート・アルバイトから契約社員に転換した場合には、少なからず賃金・収入が上昇することも確認された。本調査シリーズでは、主として正社員転換に焦点を当ててきたが、現実的な問題として、正社員転換を希望する非正規雇用労働者の全員がすぐに正社員になれるとは限らない。非正規雇用労働者が確実にキャリアアップを図っていくためにも、労働契約法に沿った「無期転換」、目下議論がなされている「同一労働同一賃金」に加えて、非正規雇用のなかでの雇用形態間移動の実態を把握し、その上方移動を支援するという考え方も重要である。

政策への貢献

厚生労働省「正社員転換・待遇改善実現プラン」の推進に役立つ資料になること、「団塊ジュニア世代」の不安定就労者の仕事と生活のあり方に影響を与える要因などを把握する上で役立つことが期待される。

本文

全文がスムーズに表示しない場合は下記からご参照をお願いします。

研究の区分

プロジェクト研究「非正規労働者施策等戦略的労働・雇用政策のあり方に関する調査研究」
サブテーマ「正規・非正規の多様な働き方に関する調査研究」

研究期間

平成27年度~28年度

執筆担当者

高橋 康二
労働政策研究・研修機構 総合政策部門 副主任研究員
黒川 すみれ
労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員

データ・アーカイブ

本調査のデータが収録されています(アーカイブNo.123)。

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