労働政策研究報告書No.229
離職過程における労働者の心理
―認知的タスク分析を応用したインタビュー調査―

2024年4月1日

概要

研究の目的

本研究の目的は、失業から再就職への移行における心理的過程を雇用関係の観点から分析し、失業中の労働者への一貫した支援を提供するための理論的枠組みを構築することにある。具体的には、キャリアコンサルティング、職業相談・紹介、及び再就職支援セミナーを含む求職活動を支援する研修プログラムに活用できる就職支援技法の開発を目指す。この過程を通じて、実用的かつ理論的なアプローチを探求する。

本研究で検討する雇用関係の概念を明確にする。

雇用とは、事業主と労働者の間で行われる自発的でありながら制度的に規制された契約上の交換関係のことである。労働者は自身の労働サービスを売りたいと考えており、事業主はその労働サービスを買いたいと考えている。労働者は報酬を得ることを目的として働くが、その報酬は金銭だけでなく、商品やサービスなども含まれる。

Fryer and Payne (1986, p. 236) 

この定義では、特定の雇用関係を事業主からの労働サービスに対する需要と労働者の供給意欲の関係性を通して理解している。具体的には、労働者が⾃⾝の労働サービスを供給、すなわち「売りたい」という意欲を持っている。⼀⽅で事業主は、事業活動を⾏う上で必要な労働サービスに対する需要がある。つまり、事業主はこれを「買いたい」と考えている。 要するに、この定義は、労働者の供給意欲と事業主からの需要の存在が前提となり、契約上の交換関係を通じて雇用関係が成立すると述べている。このことを図式化すると図表1になる。

図表1 雇用関係の認識

事業主と労働者双方の視点から雇用関係をどのように認識しているかを示している。雇用関係は、事業主からの労働サービスの需要と労働者が賃金と引き換えにその労働サービスを供給することにより成立している。本報告書では、この雇用関係を労働者の視点から捉えることに焦点を当てている(本文p.3-4より)。

研究の方法

研究の初期段階として、本研究の目的に基づき、32人の失業中の労働者を対象にオンラインでのインタビュー調査を実施した。インタビューでは、離職過程における労働者の心理を深く探るために、認知的タスク分析の手法を用いた。この手法は、実務やタスクを遂行する際の人々の判断や意思決定の過程を分析する手法である(労働政策研究・研修機構, 2016)。この手法を応用し、インタビュー調査の参加者に離職過程で経験した出来事を思い出してもらい、その時に感じたことや考えたことなどの気持ちを詳しく説明してもらった。

手法から外れた回答をした1人を除外し、インタビュー調査から得られた31件の事例から、参加者が想起した出来事とその時の気持ちを基に文章化し、653の項目(以下「事態把握項目」と言う)を作成した。その後、各事例について、特に直近の離職前後の状況に関する事態把握項目に焦点を当て、図表1に示す雇用関係の枠組みに基づいて、以下の3つの観点から分析を行った。

  1. 需要感:労働者が事業主からの自身の労働サービスの需要をどのように認識しているのか?
  2. 供給感:労働者が自身の労働サービスの供給についてどのように認識しているのか?
  3. 需給調整感:労働者が需要と供給の間の隔たりとその対応についてどのように認識しているのか?

分析の対象となった31人の参加者の基本的属性は以下の通りである。

図表2 参加者の基本的属性

今回のインタビュー調査で分析対象となった参加者の基本属性を示している。各参加者について、最終学歴、インタビュー前の就業状況(無職または主婦・主夫)、直近の雇用形態などの情報を掲載している(本文p.6より)。

主な事実発見

<離職過程モデル>

31件の事例を分析し、離職過程における各参加者の雇用関係に対する認識の変化に共通する要素を抽出した。この結果から、特定の雇用関係下で労働者が認識する、事業主からの労働サービスの需要の有無とそれに対する自身の供給意欲の有無という2つの軸を用いて、図表3に示す離職過程モデルを構築した。

このモデルによると、「失業する」という認識は、労働者が自らの労働サービスの需要と供給意欲のギャップを調整しようとしても、需要または供給意欲のどちらかが欠如しているため、雇用関係の均衡が維持されず不均衡状態に陥ることから生じると考えられる。

図表3 離職過程モデル

31件の事例検討における各離職過程の分析から、労働者の雇用関係の認識の変化に共通する要素を抽出し、離職過程をモデル化したものである。このモデルは、特定の雇用関係における労働者個人が認識する、事業主からの労働サービスの需要とその需要に応じた自分自身の供給意欲の2種類の軸から構成される。このモデルの各軸は「あり」または「なし」という2つの状態を表しており、労働者の認識に基づく離職過程における事業主と労働者間の需給関係の動態(均衡、不均衡、非均衡)を表している(本文p.221-227より)。

<失業に至る2つのパターン - 需要消滅型と供給意欲消滅型>

離職過程モデルでは、失業の認識が生じる雇用関係の不均衡は2つのパターンが存在する。1つは、事業主からの労働サービスの需要が「ない」にも関わらず、労働者が供給意欲を持っている場合である。もう1つは、事業主からの労働サービスの需要があるものの、労働者に供給意欲が「ない」場合である。前者を需要消滅型失業、後者を供給意欲消滅型失業と呼ぶ。このモデルを用いて31の事例を分類した結果、離職過程として需要消滅型失業に該当する事例が19件、供給意欲消滅型失業に該当する事例が12件になった。

需要消滅型

需要消滅型は4つのタイプに分類される:①経営戦略や事業の変更による失業(事例1、事例3、事例11、事例15、事例16、事例20)、②経営の悪化や倒産に伴う失業(事例4、事例25)、③労働者の職務遂行能力やパフォーマンスの不足による失業(事例5、事例22)、④契約期間や休職期間の満了による失業(事例7、事例9、事例10、事例12、事例17、事例21、事例23、事例29、事例30)である。需要消滅型失業の事例では、事業主側が労働者に求める労働サービスの需要がなくなることが失業の認識につながっている。

供給意欲消滅型

供給意欲消滅型も4つのタイプに分類される:①健康上の問題による失業(事例2、事例8、事例13)、②仕事よりも家庭生活を優先し失業(事例6、事例14、事例18、事例19)、③会社の経営に対する不安による失業(事例24、事例26)、④職場環境の問題による失業(事例27、事例28、事例31)である。

需要消滅型と供給意欲消滅型の共通性

需要消滅型と供給意欲消滅型の両方の事例において、労働者は自身の供給意欲よりも事業主からの労働サービスの需要が離職に及ぼす影響をより強く重視している傾向が見られる。

まず、需要消滅型では、事業主から労働者に求める労働サービスの需要の消失が、自身の失業を認識する起因とされる。また、労働者の供給意欲の消失が失業を認識する起因とされる供給意欲消滅型であっても、労働サービスの需要への順応の問題として捉えることができる。

供給意欲消滅型の①と②については、「子どもの不登校がきっかけとなり自己都合で退職した40代女性事務職」(事例6)を除くと、事業主が労働者に求める労働サービスの過重さが、健康問題や家庭生活との両立困難を引き起こし、失業に至ったという認識が見られる。

事例6では、労働者が「これまでの経験から、しんどい思いをしたり、体を壊しても会社は何もしてくれない」(CI105)という不信感がうかがわれる。この事例からも、不信感を生んだ過重な労働サービスの需要が離職の背景にあったと考えられる。

一方で、供給意欲消滅型の③と④については、労働サービスの需要が過重であることから、会社の体制や経営方針に不安を感じたり(事例24、事例26)、職場環境の問題により精神疾患や体調不良を来たす(事例27、事例28、事例31)ことが起因となり供給意欲が喪失し、失業の認識に至ると考えられる。

<労働サービスの需要に労働者が順応しようとする心理>

事業主から労働者への労働サービスの需要は変動することがある。同様に、労働者自身も家庭や健康の問題などの個人的事情や人間関係などの職場環境によって、労働サービスの供給意欲が変動することがある。

31件の事例検討で明らかになったことは、労働サービスの需要と供給意欲が変動する中で、両者の間で隔たりが生じた場合、労働者はこの隔たりを埋めようとし、雇用関係を均衡状態に保とうとする傾向が見られることである。この均衡状態だが、労働者は基本的に事業主からの労働サービスの需要に合わせる方向で均衡状態を保とうとする。事態把握項目からそこで働いている心理を列挙する。

第1に、同僚への配慮である(事例2、事例12)。労働者は、事業主からの労働サービスの需要が大きな負担と感じつつも、自身が退職することで、残る同僚に追加の業務が発生すると理解している。そのため、彼らに迷惑をかけることを避けたいと考えている。

第2に、後任者の不在により就業を継続するという判断である(事例13、事例18)。労働者は退職を望んでいるものの、自身の担当業務を引き継ぐ人材が不在であるため、退職が困難であると考えている。

第3に、仕事に対する責任感である(事例17、事例24、事例31)。事業主からの労働サービスの需要に対応することが難しい状況にあっても、労働者は自らに業務を遂行する責任があると感じ、仕事を完遂することを優先する。このような責任感は、賃金を受け取る立場として職務を途中で放棄できないという認識とこういった認識を含む事業主との雇用契約に基づく業務遂行義務から来ていると考えられる。

第4に、会社への恩義である(事例28、事例31)。労働者は退職を望んでいる場合であっても、雇用や育成といった会社から受けた恩恵に対する感謝のため、退職を申し出ることに罪悪感を抱くことがある。

第5に、自身の出世や昇進への期待である(事例28)。労働者は、事業主からの需要に対して不満を持っていても、将来の出世や昇進の可能性への影響を考慮し、その要求を断ることなく受け入れることである。 

第6に、生計を維持するためである(事例8、事例19)。事業主からの需要に従って就業を続けることが難しい状況にあっても、労働者は自身や家族の生計を支えるために、退職という選択をすることができないと考えている。

これらの心理の中でも、特に第5に挙げる出世や昇進への期待、そして第6の生計の維持は、労働者の供給意欲と強く関連していると言える。これらを除くと、組織や事業への責任感や関与の深さが、労働者が事業主の求める需要に応えようとする動機付けとなっていると考えられる。

<労働者の無力感>

本報告書では、31件の事例検討を通して、労働者が自身に対する労働サービスの需要の急激な変化や消失、あるいは過重労働に直面した際の行動傾向について考察されている。特に、労働者が自身の供給意欲との隔たりを認識しても、事業主に自身の要望や意見を伝えたり、その理由や原因を積極的に問いただして調整を図ることなく退職する傾向が見られた。この背景には、事業主と話し合いをしても、労働サービスの需要は変わらないと感じる無力感が影響していると考えられる。事態把握項目から、この無力感の背景には次の5つの心理的要因が関与していると推察される。

第1に、事業主の経営判断を受け入れることである(事例1、事例16、事例20)。これは、事業主による労働サービスの需要に関する経営上の判断や組織上の決定に対して、その背景にある事情を察して受け入れようとする姿勢を指す。事業主の経営判断を察して受け入れる背景には、労働者の無力感があると考えられる。個人を超えた組織の意思決定や方針を前にして、労働者個人として影響力がないと感じていることがうかがわれる。

第2に、事業主との話し合いによる解決を放棄することである(事例3、事例10、事例20)。事業主からの労働サービスの需要に関する判断に不満を持ちつつも、議論を重ねても無益であると考え、話し合いによる解決が不可能であると見込むことである。これは、労働者が自身の交渉力に限界を感じていることの表れでもある。

第3に、労働サービスの需要の変化の原因を事業主等個人の要因にあると考えることである(事例4、事例14、事例21)。社会心理学では、ある出来事や行動の原因を判断する過程を原因帰属と呼ぶ。原因帰属の視点から見ると、労働者がパワハラや退職勧奨などの問題を事業主等個人の性格や行動傾向にあると考えることである。結果として、個人の性格や行動傾向の問題であるから、事業主等個人と「話し合っても変わらない」と考え無力感につながる。

第4に、自身の能力不足を認識することである(事例5、事例11)。労働者は、事業主が求める労働サービスの需要に対して、自身の能力や努力では対応できないと判断する。例えば、自分が会社にとって十分な労働力でない、さらには不要であると感じることである。これも無力感の1つの表れであると見なすことができる。

第5に、職場の暗黙の了解に順応することである(事例13、事例31)。事業主からの労働サービスの需要に対応することが困難であっても、職場の雰囲気に影響されて、その需要に応えることを当然と捉えている。労働者は、職場内での「当たり前」とされる暗黙の規範に順応し、自身の意向や能力を超える過重な労働サービスの要求に応じることが求められる状況にある。このような職場の暗黙の了解に同調し順応することが、結果として労働者に無力感を抱かせると考えられる。

<今後の研究課題>

今後の研究課題として、離職過程モデルのさらなる検証が必要である。本研究における離職過程モデルは、今回の31件の事例検討から導出されたモデルであり、より大規模なデータに基づいてモデルの頑健性を確認する必要がある。特に、今回の参加者の中には、キャリアアップを目指して転職活動を行っていた労働者がいなかったことが、本調査の問題点として指摘できる。モデルの一般化には、在職中に積極的に転職活動を行いながらも失業状態になった労働者の心理との比較も重要な課題であると考えられる。

政策的インプリケーション

31件の事例を検討した結果、離職過程のパターン(需要消滅型および供給意欲消滅型を含む)に関わらず、失業の認識は経営悪化、事業再構築、パワハラなどの職場環境の問題など、労働サービスの需要の変化や消滅の影響を受けていたと考えられる。そして、失業の経験はこういった労働サービスの需要に対応できないといった労働者の無力感を促進していた可能性がある。

労働者が取りうる戦略として、事業主からの労働サービスの需要の変動に柔軟に対応し、雇⽤関係をコントロールすることが考えられる。これを実現するためには、⾃⾝の労働サービスの供給意欲を適切に調整する必要がある。事業主は労働サービスの需要に応じて、賃⾦という手段を用いて、労働者の供給意欲をコントロールしようとする。これに対し、労働者は事業主からの労働サービスの需要を直接コントロールする手段を持たない。⾃⾝が供給する労働サービスの質と量を調整することで、間接的に労働サービスの需要に影響を与えることができる。

このため、職業相談・紹介サービスでは、労働者が⾃⾝の労働サービスの供給意欲に気づき、それを⾔葉にして、事業主からの労働サービスの需要を⾃分の視点から⾒ることができるようにする⽀援が⼤切であると考えられる。

また、キャリアコンサルティングでは、労働者が⾃⾝のキャリアの中⻑期⽬標を意識できるように⽀援することにより、事業主からの労働サービスの需要に応えることが⾃⾝のキャリア形成にとってプラスになるかを合理的に考えることができるようになるだろう。

さらに、再就職⽀援セミナーでは、労働者が⾃ら供給したい労働サービスとキャリアの⻑期的な展望を把握し、理解を深めるための⽀援が重要である。また、労働サービスの需要と供給意欲の均衡を適切に調整する上で、事業主との交渉スキルに加えて、交渉過程で求められる柔軟性や忍耐⼒を強化するノウハウに焦点を当てる必要がある。

これらのアプローチを通じて、労働者は⾃らが供給したい労働サービスと、事業主が求める労働サービスの需要との間で均衡点を見極めることができるようになると考えられる。これにより、労働者が⾃⾝の望む雇⽤関係の構築やキャリア形成に主体的に取り組むことが期待される。この労働者の取り組みは、事業主とのコミュニケーションを促進し、労働市場全体の活性化に貢献する可能性がある。

政策への貢献

この研究は、失業から再就職への移行における心理的過程を雇用関係の観点から分析することを目的としている。研究成果は、失業者への一貫した支援を提供するための理論的枠組みの構築に役立てられる。この研究成果を活用することで、次のような政策効果が期待される。

①キャリアコンサルティング、職業相談・紹介、再就職支援セミナーなどの求職活動支援サービスの質的向上

②失業者の心理的状態に配慮した細やかな再就職支援の提供

③失業期間の短縮と、再就職後の職場での定着率向上

④失業者支援に関わる機関の連携強化と、効果的な支援体制の構築

これらの政策効果を実現するために、本研究では実践的かつ理論的なアプローチを用いて、その知見を就職支援技法の開発に役立てる。研究成果が、失業者の再就職を促進し、雇用の安定と労働市場の健全な発展に寄与することが期待される。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「職業構造・キャリア形成支援に関する研究」
サブテーマ「キャリア形成・相談支援・支援ツール開発に関する研究」

研究期間

令和4~5年度

執筆担当者

榧野 潤
労働政策研究・研修機構 統括研究員
西垣 英恵
労働政策研究・研修機構 研究助手

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