労働政策研究報告書 No.183
NPOの就労に関する研究
―恒常的成長と震災を機とした変化を捉える─

平成28年5月31日

概要

研究の目的

本研究は、非営利組織(NPO: Non-Profit Organization)における就労について調査に基づき実証的に分析するものである。調査はNPOの中でも日本で最も典型的な「NPO」として認識されているであろう、特定非営利活動法人(以下、NPO法人)を取り上げている。本研究でNPO法人を調査対象とした理由は、10年前にJILPTで同様の調査を実施しており 、その調査から10年経過してどのように変化しているかを捉えるためである。また、東日本大震災がNPO活動に与えた影響を分析するために、支援活動に関する設問を入れて実態を探っている。

研究の方法

アンケート調査の分析

主な事実発見

  1. NPOにおける雇用創出の可能性について

    第2章では、NPO法人の労働市場の規模を推計するという試みに挑戦しており、その規模を1つの産業セクターに見立てるとどのくらいになるかを検証している。その結果、NPO法人の有給職員およびボランティアが1年間に生み出す付加価値は合計8,921億円と推計された。この規模を他の産業セクターと比較すると「移動電気通信業(携帯電話事業等)」や「損害保険業」を上回る。(図表1)今後NPO法人数の拡大より1団体あたりの人員数が拡大していくことが見込まれ、それには依然として零細な経営状態を改善していくことが必要である。

    図表1  NPO法人の有給・無給職員の生み出す付加価値の産業・企業との比較

    図表1画像

    第3章では、NPO法人の1団体あたりの有給職員数が増加してきている要因を鑑み、有給職員数の規定要因を団体調査から探索している。その結果、この10年の有給職員の増加は主に人口規模の小さい地方でみられ、特に正規職員に関しては、市場賃金の低い地域で多い傾向がみられている。逆に非正規職員は、市場賃金の高い地域で多くなっている。NPO全体の賃金水準は依然として低いが、市場賃金の低い地域であれば、よりNPOの賃金に近接することが考えられ、NPOも働く場所として選択されうる可能性がある。NPO法人も正規職員を獲得しやすくなることが考えられる。また、地方行政と協働関係(補助金や事業委託など)にある場合、有給職員が多くなる傾向がみられている。

    第4章では、賃金構造の分析を行っている。賃金関数からは、10年前の調査同様に人的資本要因が賃金水準に与える影響は小さいと指摘されている。また、これまでの先行研究同様に活動年数と賃金の関係性は統計的に確認されていない。他方、確認されたのは、年齢と性別の賃金に与える影響である。年齢が高くなるほど、そして男性で、賃金が高くなるという結果が出ている。特に年功的なのは男性で、正規職員で、傾向が強くみられる。これまでNPOの賃金分析で見られなかった発見であり、NPOの賃金が一般労働市場と少しずつ接近しつつあるのではないかと感じさせる。

  2. 活動者の継続意思とキャリアの変化について

    第4章では、賃金が有給職員の継続意思にどの程度影響を持つかについて分析している。それによると賃金の絶対額の多少は継続意思には影響を与えず、平均賃金との差が大きかったり、賃金が上昇していたりという相対的な賃金要因が活動継続につながることが明らかになった。

    第5章では、若年・壮年層の活動動機と継続意思の関係を分析している。消費的動機に関わる「理念・活動目的への共感」については、理論モデルの想定としては、この動機が強いほど継続意思が強くなる。結果も仮説通りだが、高齢層よりも若年・壮年層においてその傾向がより強くみられた。また、投資的動機である「知識、技術、経験の獲得」については、NPOで得た人的資本を将来的に他で活かすことを考えると、同動機が強いほど継続意思は弱くなるという理論モデルとなる。結果は、若年・壮年層では継続意思が弱くなり、モデル想定と合致しているが、興味深いのは高齢層での同動機と継続意思の強さであり、高齢層ではこれまでのキャリアとは別の新しい経験を望んでいることが示唆された。

    第6章では、高齢者のセカンドキャリアの展開の観点から、活動開始年齢と活動への関与度について分析を行っている。その結果、活動開始年齢の低さが「組織全体」の運営・管理や活動時間を増加させる効果を持っており、活動開始年齢を60歳から55歳にすることで65歳時のNPO活動への関与の確率が2倍になることが明らかになった。

    第7章では、NPO活動における「バーンアウト」状態とされる心理状況の要因を分析している。「バーンアウト」とは、「燃え尽きた」ように仕事に対する意欲を失い、休職・離職に至る症状のことである。この状態を測定する指標として、「情緒的消耗感」と「個人的達成感の低下」という2つを使っている。「情緒的消耗感」は、端的にいうと「精神的に疲れ果てた」状態であり、「個人的達成感の低下」は、仕事を通じたやりがいを失っている状態である。例えば、長時間労働の場合は、「情緒的消耗感」は高くなるが、「個人的達成感」は低下しない。ところが、「活動をやめたい」と思っているグループでは、「情緒的消耗感」だけでなく、「個人的達成感の低下」も著しく高くなることが明らかになった(図表2)。つまり、離職行動は、何の達成感もないままに疲れ果てた末に出る行動であり、逆にいえば、クタクタに疲れたとしても達成感に満ち溢れていたり、さして達成感はないがそれほど疲れないのであれば、活動を継続するということが出来るだろう。

    図表2 活動継続意思ごとにみたバーンアウト4類型

    図表2画像

    注)eeは「情緒的消耗感(emotional exhaustion)」、paは「個人的達成感(personal accomplishment)の低下」の略で、それぞれの得点の中央値を基準に、高群と低群とに2分し4類型を作成している。

  3. 東日本大震災とNPOの支援活動について

    第8章では、NPO活動者の働き方や意識の変化が震災を契機とした一時的なものなのか、それとも「構造変化」ともいうべき継続性を持つものなのかを論じている。結論としては、近年NPOで活動を始めた人や被災地で活動する人の「労働者」としての意識の高まりを感じさせるという。ただ、NPOの活動継続が「構造変化」というほどの持続性があるかどうかには疑問があり、活動者の継続意思が団体要因よりも意識要因で強く規定されていることから「気持ちのみで支えられた活動は脆弱であり、持続性に乏しい」としている。

    第9章では、東日本大震災の支援活動を行ったNPO法人の財務状況と雇用の関係に注目している。被災地で活動するNPOの財政状態をみると、ほとんどの団体で震災から3年間は年間収入が拡大しており、雇用数も全国比で大きくなっている。特に、震災後に立ち上がったNPOについては、その財源のほとんどが補助金や助成金といった外部資金となっている。また、復興支援事業を実施しているNPOでは、年間収入が大きくなるにつれてより多くの有給役員・正規職員が配置される傾向にある(図表3)。ただ、これまでの災害復興の過程で、短期的に流入する巨額の復興事業の資金が、復旧に目途が立った頃には減少していくことを挙げ、阪神淡路大震災をみても復興は短期間に終わらないことを指摘し、息の長い支援の必要性を説いている。

    図表3 年間収入で見る有給役員・正規職員数

    図表3画像

    第10章では、東日本大震災の支援活動のNPOへの影響について分析している。その結果、被災地で寄付を含む支援活動を行ったNPOは、被災地に近いという結果が挙げられ、「地の利」が重要であることが挙げられている。ゆえに、平時から近隣レベルでの支援を想定したシステム、協力体制を探ることが求められる。さらに、NPO同士の協力関係が強い団体ほど支援活動を行っている傾向がみられる。また、支援活動を行ったNPOでは、正規職員数、ボランティア数が増加するのみならず減少する傾向も確認されており、支援活動を通じて人的資源がより流動化する傾向がみられる。これは、一時的な外部資金の流入により雇用が増加しても不安定な状態であると考えられる。

    第11章では、災害時のボランティアのあり方について論じている。災害復興時には全国から多くのボランティアを集め、いかに活用するかを考える必要がある。日本にはボランティア活動の保護や補償に関する法律はなく、活動時にはボランティア保険に入ることが推奨されるが、被災地で活動している人の約半数が未加入のまま活動を行っている。当調査では、国や行政がボランティアを募集、派遣することや、ボランティアに対して補償制度を充実させることについて8割以上が肯定的に捉えていることが明らかになっている。本章では、独、仏、米のボランティア活動時の補償制度や募集方法を紹介し、日本への展開の必要性について論じている。

政策への貢献

非営利組織(NPO)関連施策
高齢者就労関連施策
東日本大震災復興支援施策

本文

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研究の区分

プロジェクト研究「非正規労働者施策等戦略的労働・雇用政策のあり方に関する調査研究」

サブテーマ「正規・非正規の多様な働き方に関する調査研究」

研究期間

平成25~27年度

執筆担当者

小野 晶子
労働政策研究・研修機構 主任研究員
山内 直人
大阪大学大学院国際公共政策研究科 教授
馬 欣欣
一橋大学経済研究所 准教授
森山 智彦
下関市立大学経済学部 特任教員
梶谷 真也
明星大学経済学部 准教授
古俣 誠司
労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員
浦坂 純子
同志社大学社会学部 教授
石田 祐
国立高等専門学校機構 明石工業高等専門学校 准教授
小田切 康彦
徳島大学大学院ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部 准教授

関連の研究成果

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研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ
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成果普及課 03(5903)6263 
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