労働政策研究報告書No.166
雇用ポートフォリオ編成のメカニズム
―定性的分析による実証研究―

平成26年 5月30日

概要

研究の目的

企業や事業所・職場の雇用ポートフォリオ(複数の雇用形態の組み合わせ)編成の実態を解明する。

研究の方法

本研究の方法は、事例調査である。2012年度から2013年度にかけて、日本企業8社の人事担当者、事業所の責任者、労働組合幹部などにインタビュー調査を実施した。また本報告書は、雇用ポートフォリオ調査の最終報告書と位置づけられるため、関連の調査研究において、分析を行った事例を含め、最終的に15事例の分析を行った。

主な事実発見

調査対象企業では、本社人事部が正社員を中心に管理し、それ以外の非正規労働者は事業所や職場が管理を行う。また雇用形態別に管理が行われているため、雇用ポートフォリオを編成する際には、どの雇用形態に位置づけられるかが重要となる。そしてその位置づけは、雇用形態別の人数(枠)によって決まる。雇用形態別の人数(枠)を決定するのは、責任センターである(図表1)。責任センターとは、組織の責任者が何に対して責任を持つのかを示したものである。

図表1 責任センターの種類

図表1画像

出所:中村・石田編(2005)及び中村(2006)p.196を一部修正。

注:なお投資センターは、利益センターの特殊な形とされているため、本研究では、利益センターの一部としている。以下同じ。

上記の責任センターによって、要員数と人件費予算の決定方法(アプローチ)が異なる。図表2は、責任センターの種類と要員数・人件費予算の決定方法との対応関係を示している。収入センターと設計された費用センターでは、売上高の予測を基に、次年度の業務量を見込んで要員数と人件費予算が決められる。これは業務アプローチと呼ばれる。裁量的費用センターでは、経営判断によって要員数と人件費予算が決定される。これは戦略アプローチである。利益センターでは、主に利益の確保を前提に(利益を確保できる範囲で)、要員数と人件費予算が決定される。これは財務アプローチである。

図表2 責任センターと要員数・人件費予算の決定方法の対応関係

図表2画像

出所:高原(2012)および調査結果より。

決定された要員数と人件費予算が事業所や職場におろされる過程で、非正規労働者の活用が検討され、組織の雇用ポートフォリオが編成される。その結果として、責任センター別に、雇用ポートフォリオ編成の特徴がみられる。

収入センターでは、売上高の予測から業務量を見込んで、その業務量をこなすために必要な要員数を導き出す。人件費予算は売上高に人件費比率をかけるか、要員数に雇用形態別の単価をかけて算出される。ただし業務量は変動することがあるため、雇用ポートフォリオは、その状況に応じて、アドホックに編成される。

設計された費用センターでは、業務を受注する段階で、必要な業務量と予算額が決定される。そのため設計された費用センターでは、計画通りに業務を遂行することと、計画に定められたコストの遵守が求められるなかで、雇用ポートフォリオが編成される。

裁量的費用センターでは、必要な費用額を合理的に計算できず、経営者の判断によって、要員数と人件費予算が決定される。具体的には、前年度の人員体制をベースに、要員数と人件費予算が決定される。そのため、短期的な業績変動に対応する形でコスト削減を要請されることはほとんどなく、雇用ポートフォリオ編成が変動することは基本的にない。

利益センターでは、財務指標(特に利益目標)を重視し、その目標を達成するために、要員数と人件費予算が決定される。そのため事業所や職場では、与えられた予算の範囲内で、非正規労働者の活用が検討され、雇用ポートフォリオが編成される。

政策的インプリケーション

本報告書の政策的インプリケーションは3点ある。

1つは、正社員登用の可能性である。日本企業の雇用ポートフォリオは、主に財務(利益など)、業務量、戦略のいずれかによって編成される。そのため非正規労働者から正社員への登用を目的として、人材育成に力を入れても、正社員登用につながるとは限らない。正社員枠は、スキルとは別の論理(財務、業務量、戦略)によって決定されるからである。正社員登用の可能性(正社員枠)を拡大するには、非正規労働者の登用先として、限定正社員を活用することが考えられる。

2つは、均衡処遇の実現である。これまでは、雇用区分と業務内容、処遇の水準が対応し、それが組織内の秩序を形成していたため、雇用形態の違いによって、処遇に対する納得性が得られていた。しかし非正規労働者の活用が進み、正社員の業務の一部を担うなどの職域の拡大が発生すると、処遇に対する納得性が失われる可能性がある。こうした問題を未然に防ぐためには、非正規労働者に発言機会を与え、企業もしくは労働組合が職場の働く実態を定期的にチェックする必要がある。

3つは、非正規労働者の人材育成である。非正規労働者の人材育成の重要性は、組織内外でキャリアアップすることにある。ただし非正規労働者の人材育成は、企業の必要性に応じて行われる。非正規労働者に教育訓練機会を確保し、マクロの人的資源形成を促進するためには、企業内で行われる教育訓練を尊重しながらも、官民が協力し合って、非正規労働者の人材育成について真剣に取り組む必要がある。

政策への貢献

雇用ポートフォリオは、全ての労働者の雇用のありよう、職務内容、スキル、賃金などに関連するテーマである。その実態を明らかにすることによって得られる知見は、非正規労働者の雇用の安定(正社員登用の可能性)や均衡処遇の実現、人材育成など、非正規労働者にかかわる諸問題を解決するために役立つ。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「非正規労働者施策等戦略的労働・雇用政策のあり方に関する調査研究

サブテーマ「正規・非正規の多様な働き方に関する調査研究」

研究期間

平成24年~25年度

執筆担当者

前浦 穂高
労働政策研究・研修機構 研究員
野村 かすみ
労働政策研究・研修機構 調査役

関連の研究成果

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