ディスカッションペーパー 19-04
シングルマザーへの就業支援事業の効果
―高等職業訓練促進給付金に注目して―

2019年3月12日

概要

研究の目的

JILPT「子育て世帯全国調査(2011201220142016)」の個票データを用いて、ひとり親を対象とする「高等職業訓練促進給付金事業」が利用者の所得に与える影響を検証した。

研究の方法

アンケート調査の二次分析

主な事実発見

専門資格の取得を通じてシングルマザーの「働いても貧困」という問題の解決を目指して、関連施策と合わせて一人当たり総額で最大435万円が給付される「高等職業訓練促進給付金事業」(以下「高職訓練給付金事業」)は、近年高い注目を集めている。

本稿は、JILPT「子育て世帯全国調査(2011201220142016)」の個票データを用いて、当該事業が受給者の賃金に与える影響を検証した。OLS推定や標本選択誤差を考慮したHeckman推定のほか、ランダム振り分けではないというセルフ・セレクションの問題に対処した傾向スコア加重一般線形化モデル(GLM)推定が用いられている。

いずれの推定モデルも、その賃金へのプラスの効果を捉えることはできなかった。高額な給付金であるにもかかわらず、同事業を利用した専門資格の取得はシングルマザーの賃金を直接に高めていることが確認されなかった(図表1)。

一方、高職訓練給付金事業の利用に、専門資格の取得確率を高める効果は確かに確認できる。非受給者に比べて、訓練受給者は看護師・准看護師の取得確率が11.1%~14.9%ポイント高く、それ以外の医療・福祉関連資格の取得確率が5.4%高いのである。訓練受給の終了者(2014、2016年調査のみ)に限ってみれば、訓練受給は看護師・准看護師資格の取得確率を15.3%~22.6%ポイントも高めている。

また、看護師・准看護師等専門資格の取得が賃金を高める効果も確認できる。専門資格を持っていない者に比べて、看護師・准看護師資格の保有者の賃金が33.2%高く、就業年収が57.6%高い。看護師・准看護師以外の医療・福祉関連資格の保有が時間あたり賃金に影響を与えないものの、就業年収にはプラス15.3%の効果がある。

その意味では、高職訓練給付金事業が目指している「訓練受給→専門資格取得→正社員化→賃金上昇」という方向性は間違いではないと思われる。「訓練受給→賃金上昇」という直接的な効果が確認できない理由として、「資格を取得できなかった脱落者の発生」、「正社員から非正社員への逆移動」、「低収益の訓練コースの選択」および「キャリアの漂流」等が考えられる。そのうち、筆者は「キャリアの漂流」現象がとくに影響していると感じている。筆者らが行ったシングルマザーに対するヒアリング調査では、やりたい仕事が定まらない、一つの職業を長く継続できないなど、いわゆる「キャリア漂流中」に職業能力開発を受ける母親が多く、その場合に訓練成果は収入上昇に繋がらなかったケースが目立っていた。

図表1 訓練受給が賃金への直接的効果

上段係数/下段SE

図表画像

出所:JILPT「子育て世帯全国調査2011201220142016」を用いた推定結果。

注:(1)被説明変数は、時間あたり賃金の対数値である。OLSモデル、GLMモデル(リンク関数=log、誤差構造=ガンマ分布)は、就業収入ゼロの標本を除いた推定対象である。Heckmanモデルは就業収入ゼロの標本を含む推定結果であるが、第1段階の就業選択関数の推定結果は省略されている。

(2) *p値<0.1、**p値<0.05、***p値<0.01。

政策的インプリケーション

高職訓練給付金事業の賃金効果を高めるためには、訓練前に受給者に対する体系的なキャリア・カウンセリングの実施や、志望業界・職種でのインターンを体験させる等の施策をさらに強化していく必要があると思われる。とくに、畑違いの未経験業界に転職することを狙う訓練受給は、人的資本形成に不利であるため慎重に検討すべきであろう。未経験業界の資格を取得して就職できても、職場環境や体力面等では不慮なことが原因で仕事を継続できないケースがしばしば報告されているからである。訓練の賃金効果を高めるためには、職業経験や既有資格を生かした訓練コースを選択できるよう、助言やサポート体制を拡充すべきである。

政策への貢献

本研究成果は、シングルマザーへの就業支援の基礎資料としての活用が期待される。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「働き方改革の中の労働者と企業の行動戦略に関する研究」
サブテーマ「育児・介護期の就業とセーフティーネットに関する研究」

研究期間

平成30年度

研究担当者

周 燕飛
労働政策研究・研修機構 主任研究員

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