フランスにおける企業内移動の構造と実態
 ―管理職層を中心に

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名城大学経営学部教授 五十畑 浩平

はじめに

フランスの労働市場における異動や昇進を含む移動(mobilité)全般に関しては、原則として外部労働市場によるものとされてきた。実際、鈴木(2018)は、フランスの企業において採用は外部労働市場からの補充採用が原則となると言及している。

一方で、フランスの管理職にあたるカードル層において、内部移動は外部移動同様に重要な役割を果たしているともいえる。実際、鈴木(2018)は、カードル層と一般労働者とでは異なる人事管理が行われるとしたうえで、カードル層にとっては、内部労働市場と外部労働市場は等価であるとの見解を示している(注1)。また、野原(1992)は、カードルの一翼を担うエンジニアのキャリア形成の実態を踏まえ、フランスの高学歴者の場合、企業と個人双方に、内部キャリア・外部キャリア/内部人材調達・外部調達の潜在的な二者択一の余地があることを明らかにしている(注2)。以上のことから、少なくともカードル層においては、外部移動と同様に内部移動も行われていることがうかがえる。実際、Janand(2015a)では、内部移動がカードル層のマネジメントの伝統的な手法のひとつである(注3)と述べられており、Janand(2015b)によれば、とりわけ、大企業において人的資源管理のツールとして使われてきた。

こうした内部移動や内部労働市場に関する研究は、フランスにおいては1970年代から進められてきた。フランスにおいても、他の欧米諸国同様、1971年に出版されたDoeringer et PioreによるInternal Labor Market and Manpower Analysisの影響は大きく、これを機に、内部移動や内部労働市場に関する研究は、進展してきた。Germe, J.-F.(2001)は、フランスにおける同書のインパクトに関して、同書が出版されるとすぐに、内部市場の概念が確立され、この概念は、経営学のみならず、労働経済学、社会学、組織経済学でも参照されることとなったと述べている。同様に、Janand(2015a)も、70年代以降、この研究をきっかけとして、経営学・経済学双方において、内部移動は数多くの研究の主題となっていると指摘している。

一連の研究を端的にまとめたJanand(2015a)によると、こうした内部移動に関しての一連の研究には、内部移動の定義や特徴に関するものや、その課題に関するもの、内部移動を考慮した従業員の意思決定に関するもの、内部移動と「場」との関係、内部移動に関する国際比較、とりわけ中高年に関しての内部移動のエンプロイアビリティへのインパクト(注4)といったテーマがある。

そのうち、国際比較については、例えば、フランス・ドイツ両国の内部労働市場を比較したMaurice et al. (1979)は、ドイツと比して、フランスでは、勤続年数が昇進を含めた内部移動に重要な役割を果たしていることを明らかにしている。また、Eyraud et al. (1990)は、外部労働市場が発達しているイギリスとは対照的にフランスでは内部労働市場が優勢であるとしている。

Notais et Perret(2012)は、内部移動の研究が、組織の人的資源管理の側面と、個人のキャリア形成の側面から進んできたことを明らかにしている。組織の人的資源管理においては、大企業の成長にともない、内部移動が発達し、従業員に内部労働市場を提供できるようになったことを踏まえ、この内部労働市場がより優れた組織パフォーマンスを保証し、従来の採用方法に伴う不確実性を低減すると述べている(注5)

個人のキャリア形成としては、とりわけ、従来の垂直移動だけではなく水平移動などが増えてきたことを踏まえ、近年の移動の役割や個人のキャリアへの影響はめざましく変化しており、キャリアパスは従来の線形で高度に組織化されたモデルから離れてきているとしている(注6)

フランスにおいて、内部移動や内部労働市場に関しての研究は上記のとおり進んできたが、そもそも、研究対象となる内部移動の主体があいまいなものも少なくない。例えば、フランスでは、一般的に、カードル、中間職(注7)、従業員、工員の4つの社会職業カテゴリーに分けられるが、そのうちどういった層を主体としているか不明瞭なものもある。

一方で、こうした特定の社会職業カテゴリーに対象範囲を限定したものに関しては、とりわけ、カードル層、さらにはカードル層のなかでもトップマネジメント層に焦点を当てたものが近年多く見かけられる。

このように、内部移動の主体のうち、カードル層に関しては、研究が豊富に行われているが、それ以外の層に関しては、もちろん後述するように中間職に関する内部移動などの調査研究が行われているが、カードル層に比して進展していない。

以上のように、フランスにおいて内部移動や内部労働市場に関する研究は進展してきたが、ひるがえって、日本では、同様のテーマに関する体系的な研究は、筆者の管見の限り見られないのが現状である。

以上の点を踏まえ、本稿では、フランスの内部移動や内部労働市場の実態について、マクロな視点から全体を概観することに主眼を置き、第1に、カードル層を対象とした内部移動の実態を明らかにするとともに、第2に、一般労働者のカードル層への内部移動についてその実態を明らかにしていくことにする。

本稿の構成は以下のとおりである。第1に、本稿の議論の前提となるフランス労働市場を概観する。第2に、カードルにおける内部労働市場の実態を明らかにしていく。第3に、カードル以外からの一般労働者の内部移動について、おもに中間職に対する調査をもとに検討していく。本稿において取り上げる統計および事例は、2020年以前の状況に基づいている。その後の変化については本稿の範囲外であることをあらかじめ断っておく。

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第1節 フランス労働市場の概要

フランス労働市場の概観

フランスの労働市場を概観するため、第1に、失業率の推移をみていく。図1は、2000年から2018年までのフランスの失業率の推移を表している。全年齢層(15歳~64歳)では、男性の失業率が2008年のリーマンショック前まではおおむね6%台から7%台で推移していたが、リーマンショック後では、8%台後半から10%台で推移している。一方リーマンショック前まではおおむね8%台から9%台で推移してきた女性の失業率は、リーマンショック後も同様のレンジで推移している。このことから、このおよそ20年間、失業率が高止まりしており、とりわけリーマンショック以降は男性にとって失業問題が深刻化していることがわかる。

図1:フランスにおける失業率の推移
画像:図1

出所:INSEE, Enquêtes emploi annuelles(2002年まで); Enquête emploi en continu (2003年から).

さらに、深刻なのが若年層である。リーマンショック前までは男性では14%台から21%台、女性では16%台から23%台で推移している。リーマンショック後は急激に上昇し、男女ともピーク時には25%台を記録するなどおおむね20%以上を推移しており、男性では一度も20%を割っていない。

第2に、フランスの雇用形態についてみていく。表1に見られるとおり、フランスでは、給与所得者のうち無期限雇用の割合は84.7%と大多数を占める。一方で、有期雇用及び派遣労働に関してはあわせて13.5%にとどまっている。こうした状況の背景には、労働法の強い影響がある。フランスでは、無期限雇用契約を中心とした法制度が発達し、期間の定めのない労働契約が原則である。有期雇用契約(CDD: contrat à durée déterminée)や派遣労働(intérim)といった非正規雇用については、あくまでも例外としてその要件が厳しく定められている(注8)

表1:給与所得者(Salariés)における労働形態別割合 (2018年)(単位:%)
労働形態 男性 女性 全体
無期限雇用(CDI) 85.2 84.2 84.7
有期雇用(CDD) 8.4 12.6 10.5
派遣(Intérim) 4.1 1.8 3.0
見習契約(Apprentissage) 2.3 1.3 1.8
合計 100.0 100.0 100.0

出所:INSEE, enquête Emploi 2018.

第3に、フランスの労働市場を一般的にカードル、中間職、従業員、工員の4つの層に分けられる社会職業カテゴリーをもとに分析していく。図2によると、1982年時点では、工員の割合がもっとも高く36.6%、ついで従業員が30.5%、中間職が23.5%、カードル層(知的職業含む)が9.4%となっている。その後、工員の割合が低くなる一方で、カードル層の割合が高くなっており、2017年では、カードル層(知的職業含む)は483万人、中間職では690万人、従業員で730万人、工員が559万人となっており、それぞれの比率は、カードル層が19.6%、中間層が28.0%、従業員が29.7%、工員が22.7%となっている。

とりわけ、このカードル層の伸びは、他の層とくらべて著しい。1982年と比較すると、従業員で約1.3倍、中間職で約1.6倍なのに対し、カードル層では、約2.7倍の伸びとなっている(図3参照)。カードル層は、このように実数としてもここ30年間で3倍近く増えており、それに呼応して、全体に占める割合も高まっていったと言える。

図2:社会職業カテゴリー別の雇用割合
画像:図2

出所:Insee, enquêtes Emploi.

図3:社会職業カテゴリー別の雇用数の推移(1982年を100とした場合)
画像:図3

出所:Insee, enquêtes Emploi.

第4に、フランスの労働市場における学歴およびディプロム(職業資格)と前述の社会職業カテゴリーの関係を述べておく。フランスは、職業教育を発達させる歴史のなかで、学歴に応じたディプロムを国家が保障する強力な資格システムをつくりあげてきた。1967年以降,ディプロムは6つの水準(Niveau)に分類されている。初等教育修了が「第6水準」、前期中等教育修了が「準第5水準」、前期中等教育修了+1~2年が「第5水準」、後期中等教育修了が「第4水準」、後期中等教育修了+2年が「第3水準」、それ以上の高等教育修了が「第2水準」および「第1水準」に相当する(注9)。各水準に含まれる代表的なディプロムとしては、第5水準のCAPとBEP (Brevet d'études professionnelles:職業教育免状),第4水準のバカロレア(Baccalauréat) 、第3水準のBTS(Brevet de technicien supérieur:中級技術者養成課程修了免状) 、DUT(技術短期大学修了免状)およびDEUG(Diplôme d’études universitaires générales:大学一般教育修了免状)があげられる(注10)。また、第2水準以上では、DEUG+1年で取得できるリサンス(Licence),リサンス+1年のマスター(Master),グランゼコールで取得される技師免状(Titre d'ingénieur)などがある。

個人の専門的職業能力の客観的証明として,学歴に応じたディプロムの社会的重要性は高いとされており,個人が取得しているディプロムの水準および内容と,就職後に企業内で従事する職種や地位とが緊密に対応している(注11)

実際、例えば、学卒者の就職において、図4のとおり学歴によって就職後の社会職業カテゴリーが異なってくる。グランゼコールを含む修士卒の7割がカードル層に、学士卒の3人に2人は中間職に、高卒(バカロレア取得者)の4割弱が従業員に、資格を持っていない者の半数が工員になっている。

図4:学歴ごとの就職した社会的職業分類(卒業3年後)
画像:図4

出所:Ceréq, Enquête Génération 2004.

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第2節 カードル層の内部移動の理論と実態

それでは、カードル層の内部移動は、どのような実態となっているのであろうか。本節ではカードル層の内部移動について、APEC(Association pour l'emploi des cadres:カードル雇用協会)の移動調査(enquêtes Mobilité)などの統計(注12)をもとに概観していく。

2009年から毎年行われているAPECの移動調査によると、毎年カードルの1割弱が外部移動を行い、2割程度が内部移動していることがわかる(図5参照)。詳細にみると、外部移動はこの間増加傾向にある一方で、内部移動は横ばいの状態が続いている。

2018年では、外部移動が9%に対し、内部移動は21%と2倍以上の開きがあるが、年によっては3倍以上の開きもあり、カードル層においては、外部移動よりも内部移動のほうが2倍以上頻繁に行われていることがわかる。

図5:民間セクターにおけるカードルの移動の推移
画像:図5

出所:APEC(2019) p.4をもとに筆者作成。

ただし、内部移動に関しては注意が必要である。図6によると、内部移動においては、ポスト(職務)間の移動を伴わないその他の移動の割合が高く、かつ近年その傾向が増している。

内部移動のうち移動後半数以上が権限の範囲が広がっているが、その割合はポスト間の移動で61%にまで高まっている(注13)。一方、その他の移動としては、部署間の移動や事業所間の移動などがあり、こうした移動は、2014年以降増加傾向が続いている。

図6:民間セクターにおけるカードルの内部移動の内訳
画像:図6

出所:APEC(2019) p.5をもとに筆者作成。

以上のように、カードル層に限った場合、内部移動が外部移動よりも頻繁に行われており、内部労働市場が発達していることがうかがえる。また、内部移動に関しては、ポスト間の移動のみならず、部署間移動や事業所間移動なども行われており、こうしたポスト間以外の移動のほうが割合として多い。

こうした内部移動はとりわけ、大企業で頻繁に行われている。2018年に移動したカードルのうち40%は1000人以上の企業に勤めている(注14)。ポスト間移動に関しては、52%まで高まる。一方で、2018年に内部移動を行ったカードルのうち、50人未満の企業に勤める割合は19%となっている(注15)。企業規模が大きくなればなるほど、人数はもちろんのこと、移動するポストの数も増えるわけであるから、必然的に内部移動の機会が多くなるのである。

次に、カードル層の年齢別の移動動向をみると、若いほど移動する割合が高く、年齢が上がるにつれて、その割合が低くなっている(図7参照)。30歳未満のカードルのうち、54%が何らかの移動をしている一方で、50歳以上のカードル層では、18%にとどまっている。

とりわけ、外部移動の場合、年齢が決定要因となっており(注16)、22%が外部移動を行ったのに対して、30代では半減し、50代以上に関しては4%にとどまっている。内部移動も同様に、30歳未満の層では32%を占める一方で50歳以上の層は14%となっている。ただし、内部移動のうちポスト間移動に関しては、30代、40代でも20代と同程度の割合で行われており、権限の範囲が広まるポスト間移動に関しては、相対的には年齢が上がるにつれて割合が高まるとも言える。

図7:年齢別職業移動の内訳
画像:図7

出所:APEC(2019) p.7をもとに筆者作成。

このように外部移動にくらべ年齢に影響される傾向が少ない内部移動であるが、そうした移動はそもそも、カードル本人の意思なのであろうか。それとも、会社側の意向なのであろうか。2018年では、外部移動の場合、64%がカードル本人の意向であるのに対し、内部移動に関しては、52%が会社側の意向となっている(注17)。そのうち、ポスト間の移動では、カードル側のイニシアティブが多く見受けられる一方で、その他の移動では反対に雇用主の意向が多い(注18)。内部移動に関しては雇用主の主導権が優勢であることがわかる。

内部移動の主な理由として、もっとも多かったものが、与えられた機会に応えるため、また、責任が増すためであった(図8参照)。こうしたカードル側の主体的な理由で移動する一方で、選択の余地なく会社側の理由で移動させられることも、もっとも多い理由のひとつとなっている。

このように、フランスのカードル層の内部移動は、カードルの主体的な意向や意思で移動することももちろんあるが、会社側の都合が関与していることがうかがえる。

図8:内部移動への主要な理由(もっともあてはまるもの)
画像:図8

出所:APEC(2019) p.9をもとに筆者作成。

以上のことから、少なくともカードル層では、全体的にみれば、外部移動よりも内部移動のほうが頻繁に行われていることがわかる。とりわけ、外部移動に比べ、内部移動は年齢を問わず頻繁に行われている。ただし、その移動に関しては、必ずしも本人の希望によるものとは限らない。そのことは、逆に言えば、実際には、カードルの配置転換に関して、使用者側の意向が影響していることを表している。

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第3節 労働者の内部移動に関する検討

前節では、カードル層における内部移動の実態が明らかとなった。外部移動同様あるはそれ以上に内部移動が行われており、カードル層においては、内部労働市場が存在していることが明らかとなった。

それでは、それ以外の中間層以下の移動に関しては、どのような実態となっているのであろうか。対象をカードル層に限らず、中間層以下からの昇進を取り上げたCadet(2015)は、内部昇進(promotion interne)の活用は、企業の政策において不動のものであり、とりわけ、特定の専門技能の開発と維持にもとづいた戦略を展開する企業や、採用に苦労している企業に見られるとしている(注19)

このように、カードル層以外においても内部移動が行われているという言説もあるが、その実態はどのようになっているのか。以下では、中間職以下からカードル層への内部昇進に関するデータを分析することにより、カードル層以外の内部昇進の実態を明らかにしていきたい。

APEC(2014)によると、中間職以下からカードルに内部昇進した件数は1992年には3万3900件であったが、その後90年代後半から増加傾向がみられ、2001年には7万2000件とピークを迎える。その後は減少のトレンドを示し2013年には4万3400件となっている。一方で、同年のカードル層への外部からの採用は、16万3500件となっている。このように、2013年には外部採用が全体の8割に及ぶ一方で、中間職以下からの内部昇進が2割に達していることがわかる。

この4万人あまりの内部昇進者を年齢別にみると、30歳から45歳までが59%を占める一方で、30歳未満が21%で、46歳以上が20%を占める。

しかし、企業規模によってその様子は変わる。企業規模が小さいほど、カードル層以外からの内部昇進者の割合は高く、企業規模が大きくなるほど、その割合は低くなる。従業員が10人未満の企業では、内部昇進者の割合は3割を超える一方で、従業員500人以上の企業では15%にとどまっている。

図9:企業別のカードル層への内部昇進の割合(2013年)
画像:図9

出所:APEC(2014) p.5をもとに筆者作成。

また、企業規模の差以上に、業界によってカードル層への内部昇進者の割合は大きく変化する。表2によると、最も高いのが金融業界であり、2013年に中間職以下からの内部昇進した者の割合は42%にまで達する。ついで、宿泊・飲食・娯楽業界で39%を占める。また、法人向けサービス業も38%となっている。

表2:業界別のカードル層への内部昇進(2013年)
銀行・保険 42%
宿泊・飲食・レジャー 39%
その他の法人向けサービス 38%
自動車・航空機・その他の輸送機器 30%
特殊建設 30%
ゴム・プラスチック 29%
輸送・物流 28%
非営利活動 27%
流通 26%
専門流通 24%
教育 23%
不動産 23%
企業間取引 22%
食品 22%
木材・製紙・印刷 22%
エネルギー・水・廃棄物 22%
全体 21%
機械・金属 21%
建築・土木・建設資材 21%
化学・製薬 19%
メディア 19%
法務・会計・コンサルティング 19%
医療・福祉 19%
電子機器 17%
家具・繊維・その他の製造業 13%
エンジニアリング・研究開発 11%
情報通信 8%

出所:APEC(2014) p.6をもとに筆者作成。

内部昇進の割合が高い理由について、APEC(2014)では、ひとつに、人事管理の慣行を上げている。銀行・保険では、カードル層への内部昇進は、人事管理において長年の慣行となっている(注20)と分析している。また、流通業界など、他の部門については、管理ステータスへの内部昇進は、人事管理と従業員のつなぎ止めの一環で行われており、ポスト間移動や、職務間移動を強く優先しているとしている(注21)

一方で、内部昇進の割合が高いもうひとつの理由として、その業界がカードル層にとって魅力が欠けていることもあげられる(注22)。こうした不人気の業界の代表として、宿泊・飲食・レジャー業界、特殊建設業界、運輸・物流業界、食品製造業、木材・製紙・印刷業などがあげられる。

反対に、内部昇進が低い業界としては情報通信業やエンジニアリング・研究開発があげられるが、こうした業界は労働移動率がとりわけ高く、外部労働市場からの採用を重視していることや、業界にあった高い技術や専門性にあわせ、人材の職業資格や学歴が高くなる(注23)

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おわりに

本稿では、日本では体系的に研究されてこなかったフランスにおける内部移動や内部労働市場について、マクロな観点から概観してきた。

フランスにおける内部移動は、まず、カードル層に関しては、外部移動よりも頻繁に行われることがわかった。ただし、必ずしもいわゆる昇進を伴うものばかりではないため、外部移動との比較に関してはそうした点に注意する必要がある。企業規模との関連では、規模が大きくなるほど内部移動が頻繁にみられた。また、内部移動は外部移動に比べて年齢による影響が少ないことや本人の意向よりも会社側の意向のほうが優先されることも明らかとなった。

次に、中間職以下の内部移動に関しては、全体として2割がカードル層に内部昇進している。ただし、企業規模や業界によってその様態は大きく変わる。とりわけ、企業規模が小さいほど中間職以下からの内部昇進が多い。内部昇進の割合が高い業界には、伝統的に内部昇進を利用した人事慣行がある業界がある一方で、カードル層の外部採用が見込めないために行っている業界もある。

本稿では以上のように、カードル層のみならず、内部移動の主体をそれ以外にも広げ、フランスにおける内部労働市場を概観することができた。ただし、次の点で課題が残る。

第1に、中間職以下の内部移動に関しては、今回はカードル層への内部昇進のみを扱ったため、中間職以下の各カテゴリー内における内部移動の実態を把握することができなかった。入職時の学歴やポストなどとも合わせ、どういった人材がどのカテゴリーからキャリアをスタートさせ、どういったキャリアを歩むのかといった実態に、今後迫れるようにしたい。とりわけ、学歴が低く工員からカードル層に上り詰めたいわゆる「独学のカードル(cadre autodidacte)」なども視野に入れることが必要となろう。

第2に、本稿では、業界ごと、あるいは企業ごとの詳細な分析まで至らなかった。今後は業界ごとの比較をするとともに、特定の業界に絞るともに、その実態を実際の企業での現地調査などを通して明らかにしていく必要があるだろう。

プロフィール

写真:五十畑浩平氏

五十畑 浩平(いそはた こうへい) 名城大学経営学部 教授

1978年東京生まれ。青山学院大学文学部、大阪外国語大学(現・大阪大学)外国語学部卒業。2011年中央大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。中央大学経済学部任期制助教、香川大学特命助教などを経て、2016年から名城大学経営学部准教授。2021年から同教授。専門は、フランスにおける若年者雇用問題、職業教育、人材育成など。

参考文献

  • APEC(2014) «La promotion interne de salariés au statut de cadre : Une pratique variable selon l’âge», Les études de l’emploi cadre, No.2014-58.
  • APEC(2019) « Panorama 2019 des mobilités professionnelles des cadres », L’observatoire de l’emploi cadre. 
  • Cadet, J.-P. (2015) « La promotion interne fait de la résistance », Bref du Céréq, No.337.
  • Doeringer et Piore(1971) Internal Labor Market and Manpower Analysis, ME Sharpe.
  • Eyraud, F., Marsden, D., Silvestre, J.-J. (1990) « Marché professionnel et marché interne du travail en Grande-Bretagne et en France», Revue internationale du travail, Vol.129, No.4, 551-569.
  • Janand, Anne(2015a) « Quelle signification pour la mobilité interne des cadres ? La mobilité interne aux quatre visages », Revue de gestion des ressources humaines, No.96, p.42-59.
  • Janand, Anne(2015b) « Développer les talents par la mobilité interne dans les grandes entreprises françaises : Cheminement d’une recherche doctorale», Vie sciences de lentreprise, No.199(1), 13‑32.
  • Germe, J.-F. (2001) « Au-delà des marchés internes : quelles mobilités, quelles trajectoires ? », Formation Emploi, Vol.76, No.1, 129-145.
  • Maurice, M. ,F. Sellier et J.-J. Silvestre (1979) « La production de la hiérarchie dans l'entreprise: recherche d'un effet sociétal: Comparaison France-Allemagne», Revue Française de Sociologie, Vol.20, No.2,331-365.
  • Notais, A., Perret, V. (2012) « La mobilité interne ou la conquête de l’espace professionnel», Revue française de gestion, No.7, 121–136.
  • 鈴木宏昌(2018)「フランスの労働市場」『日本労働研究雑誌』No.693, 38-47.
  • 野原博淳(1992)「フランス技術者範疇の社会的創造―教育制度・社会階層・内部労働市場の内的連鎖構造」『日本労働研究雑誌』Vol.34, No.9, 24-36.
  • 日本労働研究機構(1997)『フランスの職業教育訓練』日本労働研究機構.
  • 日本労働研究機構(2001)『フランスの労働事情』日本労働研究機構.

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