フランス:コロナ禍における部分失業(就業)の特例措置の政策評価をみる

鈴木 宏昌(早稲田大学名誉教授、IDHE-ENS-Paris-Saclay客員研究員)

フランスはイタリアとともに新型コロナの第1波の直撃を受け、2020年3月中旬から5月までの3カ月間、生活や医療、産業に必須な活動を除くと、原則的に対人関係を伴う活動と人の移動を禁止した(いわゆるロックダウン)。治療方法がまったくわからない伝染病で病院制度が崩壊するのを阻止し、犠牲者を最小限に抑えるための強硬措置だった。その代償として、国は経済を守り、雇用を維持するために様々な財政支援を行った。中でも、もっとも重要な役割を果たした措置として、零細企業向けの連帯基金、政府担保の巨大な融資、部分失業制度、社会保障の使用者負担の免除があげられる。また、政府は企業にテレワークの実施を強く求めた。当時の労働大臣(ボルヌ現首相)は、テレワークが可能な職場では、テレワークは企業の義務行為と明言し、テレワークを労働者の権利とした。部分失業制度とテレワークは表裏の関係として、雇用の確保に大きく貢献した。その後、新型コロナの感染状況に応じて、サービス産業などの経済活動の規制は続くが、その対象範囲は次第に狭くなり、支援措置の内容も変化する。新型コロナ対策の特別措置が終わるのは2022年の春なので、約3年間はフランスの経済活動や生活は新型コロナに振り回されたことになる。コロナ禍の初期には、経済専門機関や経済学者は国の規制の終了後は大量失業者と企業倒産をもたらすとする予測が多かったが、実際には、規制が緩和された2020年の夏から経済は急速に回復し、多くの企業は人手不足に悩まされることになる。

新型コロナ対策は、経済政策という面では前例のない大規模な国の経済への介入なので、その政策評価は2年前から、官庁エコノミストや経済機関を中心として、始まっている。官庁エコノミストは行政が把握している支援措置のデータや細かな企業統計を持っている強みを持つ。これに対し、大学関係者などのアカデミックな政策検証はいまだに始まったばかりと思われる。多分、アカデミックな研究は中・長期の視点からコロナ・ショックやその対策の評価を行うことになるので、もう少しの時間とデータの蓄積が必要であろう。

この稿では、雇用と企業を守るためにとられた部分失業の政策効果に焦点を当てて、文献の紹介を行うが、実際には、単一の政策を切り出し、その効果を見ることは不可能な場合が多い。例えば、部分失業の普及は雇用の確保に大きく貢献したことは間違いないが、連帯基金や政府担保の融資がなければ、存続が危なくなった中小零細企業は多数あったと思われる。したがって、1節では、政府が経済と雇用を守るために行った5つの主要な政策を紹介する。2節以降は私がこれまで目を通した文献を紹介する。これまでのところ、多くの研究は企業への助成措置の効果に焦点を当てているものが多く、部分失業のみに絞った研究は少ない。そこで、まず、企業への財政支援の効果に関する調査・論文を見る。3節で部分失業制度の評価に関する調査・研究を取り上げる。

1 労働者と企業を保護する支援措置

コロナ禍の3年間に国や地方政府は、企業や労働者のために行った特別措置は実に多様だが、その主なものは、下記の5つの措置である。その内容を簡単に紹介するが、これらの措置は3年間固定したものではなく、新型コロナの感染状況や経済の回復状況に応じて、支援策の範囲や金額が変化していった(注1)

連帯基金:この基金は、当初零細企業や商店・職人(従業員10人以下)を対象として、活動の規制を受けた産業あるいは需要低下で、資金繰りが厳しくなる零細企業や商店・職人に一律1500ユーロを援助するものだったが、時とともにその対象企業の範囲や支援金の額も変化した。基金は、初めは全額国の出資だったが、その後、地域もわずかながら出資した。2021年5月までの実績をみると、一人親方が半分を占め、その後、10人以下の零細企業や商店などが36%であった。2021年以降となると、国の規制はいくつかの産業に限定される。そのため、この基金の支出の4割はホテル・レストランに集中した。2020年3月から2021年5月までにこの基金が使った総額は、312億ユーロに上った。

政府担保の融資:これは、経済活動が規制されたり、需要不足で満足な活動ができない企業を対象に政府が融資の保証人になることで、企業が金融機関からの低金利の融資を受けられる仕組みで、資金繰りを助け、倒産などを防ぐための措置である。金融機関は、政府の呼びかけに応じて、1年目には1%から1.5%という低い金利で融資し、返済は原則的に1年後、ただし、経営状態に応じて5年間返済を繰り延べることが可能である。政府は2020年の6月までに、1400億ユーロという膨大な担保行った。融資の審査は簡素化され、実際に融資が受けられなかった企業は少なかったとみられている。2020年春のコロナ第1波の際には大企業から小企業まで融資を受けたが、その後、融資額は大きく低下する。どうも、新型コロナの第1波の時には、中・大企業の中には、安全のために融資を受けたものもあった模様で、1年目に融資を返済した企業も多かった。全体的には、20人以下の小企業の比率が高く、中・大企業は、2020年の秋以降、これらの融資をほとんど受けていない。

社会保障負担の免除:フランスの社会保障制度はその大部分を労使が負担する仕組みなので、日本と比べると人件費に掛かる社会保障負担の比率が高い。コロナ危機の間、年金、失業保険などの赤字が増えることを覚悟のうえで、労使の社会保障負担を免除し、2021年には特定の産業の負担を免除した。2021年6月の時点で、この措置の総額は214億ユーロに上った。

テレワーク:2019年以前にはほんの4%の人しか使っていなかったテレワークは、ロックダウンが始まると、企業や学校などで広く広がり、労働者の25%がインターネットで仕事をすることになった。当時、現場で仕事をせざるを得なかった労働者が27%だったので、驚くべき変化である。もしもこのテレワークが不可能だったと仮定すれば、部分失業者の数はさらに増え、国の財政に与える影響も大きかっただろう推測される。

テレワークの実施者は、その後も大きく減らず、2021年夏以降やっとその実施者が次第に減ってゆく。もっともこの間にテレワークの在り方にはかなりの変化が見える。2020年の春には移動が制限されたので、事務的な仕事や専門的・管理的職業はネットとビデオ会議に全面的に頼らなければならなかった。とくに金融機関や不動産産業などは多くの従業員が全面的なテレワークを行った。2021年になると、移動の制限や安全衛生基準が緩和されたことから、次第に週2~3回のテレワークに移る。従業員のテレワークの満足度は高く、現在でも、テレワーク(週2日,または3日)の従業員の満足度は高く、専門職などでは一種の人材確保の手段となっている。

部分失業制度:部分失業はかなり昔からある制度で、雇用の危機あるたびに制度変更がなされていた。とくに2008年以降の金融危機の際には、特別措置として、適用の要件、給付の水準などが変更され、かなりの企業(主に製造業)がこの制度の恩恵を受けた。そのピーク時には約25万人の労働者が部分失業制度の対象となった。ただし、隣国ドイツが、この時期、一時休業制度を大々的に利用し、失業率の上昇を抑え、素早い景気回復に貢献したのに比べると、フランスの部分失業制度の普及度は低かった。マクロン政権は、このドイツの経験に学び、コロナ危機による特別措置として、その要件の簡素化、適用範囲の拡大などを行ったと言われる。

部分失業制度は、人を雇う企業、職人、商店、ホテル・レストランなどが規制の対象となり、経済活動ができない場合、あるいは需要の不測のために、活動の低下が見込まれる場合に、国と失業保険を運営するUnedicが労働者の賃金を負担し、雇用を守ることを目的としている。コロナ危機による特例措置として、具体的には、賃金の70%(賃金に掛かる社会保障の労使の負担が免除されるので、実際の手取りは84%)を国とUnedicが負担する。当該の労働者は一時休業者として、雇用契約は継続する。新型コロナ第1波の場合、国がすべての賃金を負担し、使用者負担はなかったが、第2波(2020年秋から2021年初め)の時には、多少形を変え、負担の一部(33%)は失業保険制度を管理しているunedic(労使代表が作る団体)が負うことになる。コロナの第2波以降になると、事業活動が行えなくなったセクターとそうでない産業で、補償の在り方もかなり異なってくる、ホテル・レストラン、冬のスキー場など、国が事業の停止を指示したところでは、以前と同じように賃金の7割が国から労働者に払われ、使用者の負担はないのに対し、一般のセクターでは、国とUNEDICが使用者に払い込む額は次第に減ってゆき、2021年の夏以降になると、賃金の4割と低くなり、労働者の取り分も6割と減る。

手続き的には、企業が活動の予測に応じて、当局(労働省の出先機関)に休業対象の労働者数、労働時間の減少分を見積もり、申請を行う(事後の申請可能)。これに対し、当局は簡単な形式審査で2日以内に許可を与える。企業は労働者に70%の賃金を前払いし、賃金・労働時間に関する実績を当局に提出、その後迅速にその額を当局が払い込む。

適用範囲に関しては、それまでは適用除外とされていた専門職・管理職(Forfait-jourと言われる年単位の労働時間制)、自営業者、運送業、季節労働者、芸能・映画の従事者、個人使用者(介護や家事手伝いなど)にも部分失業制度が適用されることになる。

では、コロナ禍の最中、実際に部分失業制度はどの程度使われたのだろうか?この期間、フランス労働省調査・研究・統計推進局(DARES)は臨時に新型コロナに関する大規模な企業調査(ACEMO)(注2)を立ち上げ、毎月ごとの労働条件、部分失業者やテレワーク従事者数、安全衛生に関する統計を取っている(範囲は10人以上の企業で、派遣労働者と短期労働者は除外)。この統計によると、部分失業者のピークは2020年の4月で、実に民間の労働者の29%、実数で840万人と民間企業の労働者の約3人に1人が部分失業であった。ただし、部分失業者の人数は、5月にはほぼ半減し、6月には200万人と減っている。2020年秋の第2波の時には、ぶり返しがあるが、民間労働者の8%でしかなかった。なお、INSEE(国立統計経済研究所)は2020年の春の第1波には民間の労働者の4人に1人が部分失業だったが、同年通算では6.2%としている。その後、部分失業者の人数は、2021年4月に260万人、2021年7-8月には40-50万人と減ってゆき、2022年末には20万人となった。

2 支援策の政策効果への接近

2020年春の全面的ロックダウンが象徴するように、約3年にわたる国のコロナ対策は経済に大きな影響を与えた。そのため、政府系のシンクタンクや経済専門機関による政策評価が多く出始めている。しかし、その検証作業は容易ではない。まず、前節に紹介したように、目的や種類の異なる政策が同時に実施され、影響し合っているので、1つだけの政策を切り出し、その効果を見ることは難しい。また、部分失業制度に見るように、政策自体がコロナの波に応じて変化し、単純にそのコストなどを計算することが難しい。さらに、経済の規制が終わるとすぐに、急速な景気回復と人材不足が顕著となるので、短期的視点の政策評価は、中長期の視点からは大きく異なる可能性がある。しかし、コロナ禍が終わってからあまり時間が経ていないので、時間的余裕もなく、統計も不足しているので、中長期の視野で政策の功罪を評価する作業―大学などアカデミックな研究者の仕事―にはまだ相当の時間がかかると予想される。

さて、政策評価には、政策の目的などを確認する必要がある。マクロン政権が新型コロナ対策として国全体のロックダウンを行った際に、大きな目標として掲げたのは、経済を温存し、労働者の雇用と所得を確保することだった。そのために、企業には様々な支援措置を用意するとともに、部分就業やテレワークの奨励で労働者を解雇することなしにコロナ危機を乗り切ることを求め、「国はいくら費用が掛かったとしても」、企業と雇用を支えるとした。これを経済政策の目標と置き換えると、次のように目標を整理することが可能と思われる。①果たして部分失業制度が十分に機能し、企業は雇用を守り、人的資源の保全をすることができたのか?また、労働者は休業の期間、部分失業制度のお蔭で十分な所得を確保することができたのか?②新型コロナの規制で経済活動が阻害された企業は、経営状況の悪化やさらには倒産を回避することができたのか?③部分失業制度の特別措置は緊急に取られたものなので、その適用を巡るチェックは果たして十分であったのか?④国の企業への支援は、そのモラルハザードである非効率なゾンビ企業を人為的に生存させることにつながり、経済成長の阻害要因を作らなかったか?⑤企業内に労働力を囲い込むことは、より生産性の高い企業への労働力の流動化を阻害し、労働市場の円滑化を阻害したことはないか?などが考えられる。このほか、関連する問題としてテレワークが考えられる。ある意味、このテレワークに関する研究は世界的な関心事で、フランスでも、多くの研究がなされつつあるので、この稿ではほとんど扱わない。また、⑤は中・長期的視野の問題なので、いまだに検証作業はほとんど始まっていないように思われる。

まず、もっとも包括的なマクロの データから見ておきたい(注3)。フランスのGDP は2020年に-7.5%を記録した後、2021年に6.4%、2022年に2.5%と立ち直りが早かった。この一方、国民一人当たりの所得は、2020年にわずかに-0.7%で、2021年には3.1%の増加を見ている。いかに国が大きな財政支出で国民一般の所得確保に動いたのかがうかがわれる。失業率の動向をみると、2019年第4四半期の7.9%から8.8%と上昇したものの、2021年の第1四半期には8.0%へ素早く回復している。雇用面で見ると、2020年にCDI(無期雇用契約)の労働者の比率は少々上昇したのに比し、短期雇用や派遣労働は大きく減っている(-0.9%)。しかしその後、2021年および2022年と伸び、雇用全体に対する比重は回復している。すなわち、部分失業制度は長期雇用契約の労働者を保護できたが、短期契約の労働者や派遣労働者の多くはその恩恵に浴していない。ただし、経済規制が終わると、景気が回復するので、短期雇用者は大きく増加する。2020年には総労働時間は2019年に比べて-5.7%と大きく減り、その後回復してはいるが、2022年にはまだ2019年の水準に達していない。

政策効果の研究は、筆者のみた範囲では、企業への補助金の効果(②④)と雇用維持に関する部分失業の効果「①③」に集中している。とくに、企業への補助金の効果に関しては、政府系のシンクタンクを中心としてかなりの研究が公表されている。

企業への補助金政策では、Institut des politiques publiquesの報告書が注目される(Bach et al. )(注4)。この研究所はパリ周辺の経済学者のネットワ-クParis School of Economics所属の グループが上院の財政委員会の要請で行った研究で、企業関係の豊富なミクロデータとBipifrance(銀行間の決済機関)が提供した政府融資(PGE)の資料 、消費税関連のミクロの企業データ、それに財政省が持つ企業データを使っている。対象は政府融資PGEを受けた約70万件のうち、2019年の企業統計にある21万の企業で、期間は2020年末までである。

まず、政府担保の融資を受けたのは、企業全体の40%に上った。融資を受けなかった企業は、新型コロナの影響を受けなかったのかあるいは経営状態が良好で事態を静観する余裕があった企業と思われる。なお、同様の政府担保の融資を行った金融危機の際にはわずかに4%に過ぎなかったので、いかに多くの企業が政府規制の影響を受けたのかが分かる。融資の頻度に関しては、産業間にかなりの違いがあり、ホテル・レストラン、輸送機械では過半数の企業がPGEを受けたのに比し、金融・不動産・保険産業では20%以下と低かった。意外なことに、企業規模に関しては、大企業と中小零細企業で大きな差は見られなかった。新型コロナ以前の経営状況をみると、経営状態が非常に悪かった企業と経営状態が良好だった企業が融資をあまり受けていない。前者に関しては、実際の融資の窓口になる銀行が融資返済の見通しがつかないとして、融資しなかったものと著者は見ている。融資の使途としては、資金繰りの解消というより投資に回った可能性が強いと分析した。コロナ危機の影響については、細かな経営関連の統計がそろった2.5万企業を抽出し、分析した結果、融資を受けた企業の方が融資を受けなかった企業よりは倒産率が低いことを明らかにしている。

政府のシンクタンクであるFrance Stratégieは大きな委員会を組織し、新型コロナ禍の企業への政府財政支援措置の効果という報告書を2021年夏に発表している(注5)。これは540ページを超える膨大な報告書で、豊富なデータを使った精緻な分析である。コロナ危機で国が行った企業への支援策に関して、その仕組み、支援の範囲や支援額、その効果などを細かく調べている。執筆者はFrance Stratégieに所属する経済学者・研究者のグループで、その中間報告は使用者団体や労働組合代表などが参加する委員会での議論を経ている。

まず、国際比較では、コロナ危機下にフランス企業は、他のEU諸国とほぼ同じように打撃を受け、その後、回復途上にあることを確認する。国の支援策に関しては、他の先進国がいくつかの重点政策絞ったのに対し、フランスは多様な支援策を行ったのが特徴としている。また全体的な評価では、企業の損益計算書(粗利益)は2020年通年で、6.4%のマイナスだったが、その大部分は春のロックダウンの期間に集中し、その後は持ち直したとする。筆者たちの推計では、連帯基金と部分失業制度が企業のロックダウン期間の損失の約45%をカバーした。

その後、この報告書は主要な政府の企業への支援策を、その変遷、適用状況、コストなど詳しく調べているが、少々長くなるので、企業への支援策の効果に関するシミュレーションのみをここで紹介する。この報告書は先行研究として、大型の政策評価のシミュレーションを行ったフランス財務省の研究とフランス銀行とINSEEの研究を丁寧に紹介し、その限界などを指摘している。

フランス財務省の研究は、新型コロナ危機が企業に与えたショックの大きさと国の支援措置の効果を評価することを目的としている(注6)。そのために、2018年の企業の財務状況をベースとして、コロナ危機がなかった場合の企業の財務状況を想定し、それとの対比で、コロナ・ショックの大きさと企業への支援策がどのような効果を持っていたのかを検討した。そのため、2020年末の企業の借入金の状況、決済に困る企業数の推定、そして、企業のRDや投資行動をシミュレーションしている。なお、この研究の対象は200万の企業である。主な結論としては、もしも国からの支援措置がまったくなければ、約20%の企業が債務超過になるところを8%に抑えることができたとしている。国の財政支援の効果は産業、企業規模、企業の創立年代などで異なり、ホテル、レストランのようにコロナの影響を強く受けた産業ほど国の支援で経営の大幅悪化を食い止めることができ、大中規模の企業よりも規模の小さい企業ほど国の支援に依存した。個別の支援措置の効果にも言及しているが、その中で部分失業制度が企業の財政状況の悪化を食い止めるのにもっとも効果があったとしている。全体的に、コロナのショックを吸収するのに、国の支援措置は有効であったと評価した。

フランス銀行とINSEEの研究者グループの研究も同じ系統の研究である(注7)。2020年のコロナ・ショックが企業経営に与えた影響と国の支援措置の効果を企業の流動資産や投資資金、借入金の健全性から分析しようとした。サンプルに使われた企業数は65万であった。シミュレーションに使われたデータは2015-2020年の実績で、コロナ・ショックの大きさ等を推計している。興味深い点としては、企業を4つのグループに分けていることがある;①ショックをあまり受けなかった企業(企業数で36%、雇用者数で42%)で、コロナの第1波では売上高が-14%、しかしその後すぐに回復する、②抵抗力のある企業(企業数で36%、雇用数で44%)で、第1波の時のショックは大きかった(-51%)が、その後は立ち直りが早い。③経済活動ができなかった企業(企業数で20%、雇用数で12%)で、第1波で-70%、第2波でも深刻な影響を大きく受けた企業、④コロナ危機後、立ち直れなかった企業(企業数で6%、雇用者で2%)で、第1波で-84%、その後も回復しなかった。全体的なポイントとしては、国の支援がなければ、企業の総資産は510憶ユーロほど悪化するところ、支援政策のお蔭で50億ユーロの悪化ですむことができた。ただし、産業ごとにコロナ・ショックの大きさや支援の効果も大きく異なり、ホテル・レストランのように、8割の企業がショックで大きな影響を受け。9割が国の支援を受けたのに比し、不動産や保険のようにショックも小さく、支援を受けた企業も少ない産業など産業間の違いが大きかった。そして、全体的な評価としては、コロナ危機で大きなショックを受けた企業ほど国の支援を受け、危機を乗り切ったとし、支援策を肯定的に評価した。

なお、France stratégieの報告書は、ゾンビ企業の存在にも言及している。企業の経営指標の分析から、まず2018年に7.2%の企業をゾンビ企業とした。そのうち、コロナ危機の間に国から何らかの支援を得たものは半数であった。残りの半数は支援を受けられなかったのか申請をしなかった。最後に、企業への財政支援につきものであるモラルハザードの問題に関して、France stratégieの報告書は次のように総括している。企業への支援策は緊急に取られた措置で、迅速な企業支援が重要であったので、一定のオポチュニストな行動があることは覚悟の上であった。結果を見ると、乱用は思ったほどの大きさではなかった。ただし、産業によっては、国の支援策により経営状態がよくなった企業もみられるので、ある程度支援が寛大過ぎた可能性は否定できないとまとめている。

3 部分失業制度の評価

部分失業が与える雇用への効果については、すでにコロナ危機以前に一定の研究がフランスでも蓄積されていた。とくに、2008年以降の経済危機の際、かなりの産業で部分失業が使われたことから、いくつかの実証研究が行われ、そのほとんどはこの措置で雇用が失われることなく、人的資源の確保と迅速な経済回復に貢献したとするものだった。新型コロナが一段落する2021年になると多くの経済専門機関が部分失業の実証研究を行っている。全体的には、マクロの統計が示す通り、部分失業制度は雇用と所得を守るのに大きく貢献したとするものがほとんどで、批判があるとすれば、部分失業制度がいくつかの産業で長期間続いたことが果たして労働市場の流動化の妨げになっていないかという点である。ただし、この点に関する研究はまだ少なく、評価は未定である。

具体的にいくつかの研究をみておこう。France stratégieに所属するパリ第一大学らは、コロナ禍以前にどんな特性を持つ企業が部分失業制度を使ったのかを調べている(注8)。使ったのは2019年の企業規模、産業、一人当たりの付加価値、借入金、労働者の流動性などで、2021年末までのデータである。その結果、企業は2つのグループに分けることができ、1は国が活動の停止を定めた産業に属する企業で、ここでは効率性の高い企業ほど頻繁に部分失業制度を活用した。2つ目の企業は、1以外の産業に属し(規制の対象にならなかった産業)、コロナ禍の前から経営に苦しんでいた企業がより頻繁に部分失業制度を利用した。

同じFrance stratégieの前述の報告書は、視点を変え、国の支援を受けた企業群と受けなかった企業群を比較している。分析の対象としたのは、企業の売上高、総賃金、雇用に絞っている。分析は2つのレベルで行われ、まず全産業を見た後、4つの産業を取り上げ、産業間の違いを確認している。まず。新型コロナ前の状況では、何らかの国からの支援を受けた企業は、売上高、総賃金、雇用において、支援を受けなかった企業と同等あるいはそれ以上に伸びていたことを確認する。支援を受けた企業は2020年春に売上高が大きく後退する。それに対し、雇用減は2%と低い水準にとどまる。総賃金は、部分失業制度がない場合には-31%のところを支援策のお蔭で、実際の総賃金は-7%のみだった。通年では、支援を受けなかった企業では、雇用は秋以降増加を示し、売上高と総賃金も順調に伸びた。これに対し、支援を受けた企業の売上高は秋以降、支援を受けなかった企業と差が付き、雇用も多少減少する。総賃金は、新型コロナ以降大きな下落が記録されるが、それを部分失業制度が一定の割合でカバーする。ただし、支援を受けなかった企業が2020年後半に大きく伸びたのに比し、大きな後れとなっている。4つの産業の分析では、産業間で大きなばらつきがあることを確認する。例えば、ホテル・レストランは部分失業制度を多くの企業が利用し、雇用を維持したのに比し、2019年にすでに不況に陥っていた建設業の場合、部分失業を利用した企業は少なかったし、利用した企業もその後の回復は遅かった。

このように、厳しいロックダウンがあった2020年の春には、活動が制限された企業は部分失業制度で労働コストを国や失業保険に転嫁することで危機を乗り切ることができた。

最後に、部分失業が緊急措置だったので、そのモラルハザードとして、企業側や労働者に制度の乱用があったのではないかという問題がある。政府や当事者もこれに気をかけ、いくつかの調査がなされている。その大部分は、モラルハザードがあったとしても、ごく一部にとどまると推測している。その理由には、まず、部分失業の支払いは原則的に各労働者の前月の労働時間の記録に基づいているので、あまり企業側が操作する余地は少ない。また、政府機関は特別に人員を配置し、5万件におよぶチェックを行っている。その結果、約6割に関しては問題なく、7%に関しては疑義の懸念があった。このほか、歴史の浅い中小企業や問題の多い産業などにはチェックを強化し、疑いがあれば給付の支払いを停止したと記録されている。

このように、コロナ危機の際に部分失業制度が雇用の維持と企業の存続に重要な役割を果たしたことは衆目の一致するところである。ただし、これらの企業や労働者に対する支援策が国の財政赤字を悪化させた負の側面を忘れることはできない。欧州中央銀行が無制限にユーロ支援を行ったことや金利なしに金融市場から借り入れを行うことができたという有利な状況にあったとはいえ、フランスの財政赤字はGDPの112%に上り、ドイツやオランダなどと大きな差ができている。短期的な雇用や経済の保全と長期的な財政赤字問題という次元の異なる問題を専門家が評価するにはもう少しの時間が必要であろう。

プロフィール

写真:鈴木宏昌氏

鈴木 宏昌(すずき ひろまさ)

1964年早稲田大学政治経済学部卒業、69年ルーアン大学(フランス)博士課程修了、70年から86年までILO本部(ジュネーブ)勤務、86年から早稲田大学商学部助教授、91年同教授(2010年まで)、現在、早稲田大学名誉教授、IDHE-ENS-Paris-Saclay客員研究員。専門分野は、労働経済。特に雇用、労働時間、労使関係の国際比較。

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