コロナ禍の雇用維持対策
 ―操短手当以外の企業の取り組み

トラルフ・プッシュ/ハンスベックラー財団経済社会研究所(WSI)労働市場分析部門長

ハルトムート・ザイフェルト/ハンスベックラー財団経済社会研究所(WSI)元所長

  1. 研究課題
  2. 研究概要
  3. 根拠データについて
  4. 雇用維持対策
  5. 企業の雇用維持対策のクラスター分析
  6. 雇用維持/事業拠点維持に関する個別協約の回帰分析
  7. 結論

1.研究課題

コロナ期間中の経済停滞にもかかわらず、ドイツの労働市場はきわめて安定していた。これは主として、「操業短縮手当(操短手当)」を迅速かつ大規模に活用し、失業率の急増を抑制したためである(Bellmann et al. 2020)。じつは、操短手当以外の「企業内の柔軟な取り組み」も、雇用維持の点で労働市場の安定化に寄与したのだが、今般の雇用政策を巡る議論では、操短手当ほど注目を集めていない。

これらの対策は、操短手当と同じ調整原理に基づいて機能している。つまり、労働需要が低下した場合、従業員の削減よりも、労働時間の短縮によって労働投入量の調整を図るというものである。企業内の労働量をコントロールするために、外部的な柔軟性よりも内部的な柔軟性に頼る。この戦略は、企業にとっても労働者にとっても有利なものになりうる。そして、内部的な柔軟性に基づく対策を導入する際には、多くの場合、雇用または事業拠点を守ることに労使が合意する必要があり、労使による共同決定や労働協約がベースとなる。

本稿では、こうした企業内の調整措置について、労使合意の状況や内容を明らかにする。まず「2. 研究概要」と「3.根拠データ」を説明する。その後、「4.雇用維持対策」で、その範囲や内容、企業の取り組み状況を詳しく見た後、「5.企業の雇用維持対策のクラスター分析」結果を紹介し、取り組みのパターンを示す。最後に「6.雇用維持/事業拠点維持に関する個別協約の回帰分析」を用いて、雇用維持に関する企業の取り組みを支えた要因を明らかにする。最後に「7.結論」と、残る課題を述べる。

このページのトップへ

2.研究概要

雇用維持対策は、個別協約(企業別/事業所別協約)に基づく場合もあるが、正式な協約なく実施される場合もある。行動の法的根拠は、当該の企業が(産別などの)労働協約の対象になっているか否かで変わる。労働協約対象企業の場合、1990年代初頭に導入された「開放条項(opening clause)(注1)」によって、雇用維持のための労働時間や賃金の変動に関する個別協約(企業別/事業所別協約)を締結することが可能になった(Bispinck 2002)。以来、労使は突発的な危機に際して、いわゆる「労働のための連携(労使連携)」や「雇用と競争力確保のための協約」等の合意を締結してきたが、必ずしもそうした状況に限られるものではない(Sisson et al. 1999; Seifert 2002; Rehder 2002; Rehder 2003; Massa-Wirth 2007; Addison et al. 2015)。

中には、内容面で、開放条項をはるかに超えた幅広い取り組みを実施している例もあり、こうした協約は「二重」の目標を追求している。つまり、「企業コストを削減して生産性と競争力の強化を図る」と同時に、「危機的状況や大規模再編時でも労働者の雇用維持」を目指す。これは、成文化された規範によるものではなく、企業別/事業所別交渉の成果である。したがって、内容は、各々の企業の問題に合わせて不均一な結果となる場合があるが、どれほど異なっていても共通の特徴を確認することができる。こうした個別協約(企業別/事業所別協約)に共通するのは、突発的な危機に対し、「競争力」と「雇用維持」双方の脅威に対する解決策を追求する点である(Rehder 2003)。短期的な問題もあれば、周期的、構造的な問題もある。短期的な場合には、一時的と思われる需要減少に合わせて、労働者を解雇することなく労働投入量を調整できる対策が主柱となる。つまり、外部ではなく主に内部の柔軟性を用いるが、このような調整は、労使双方にメリットがある。企業は解雇に要する費用と、自社固有の人的資本の喪失を免れ、技能を有する労働者がそのまま維持され、生産性も確保できる。再び需要が回復した時には、迅速に労働投入量を増やすことができる。この内部の柔軟な調整は、労働者にとってもメリットがある。失職や収入の喪失を回避できる上、転職に要するコストもかからない。さらに、これまでの業務経験を活用する機会も維持できる。 操短手当と失業手当の賃金補填率が、当初同じ(注2)というのはその通りだが、操短手当受給者の圧倒的多数は、失業手当よりもかなり多い収入を得られる可能性が高い。というのも、ゼロ時間になる操業短縮を別として、引き続き短時間の有給労働を行うため、付随的な手当を得られるからだ(注3)

とはいえ、雇用維持対策が、より長期的な構造調整を必要とする場合もある。その場合、企業はさらなる労働時間の柔軟化を必要とし、労使対立を最小限に抑えつつ、組織再編や、例えばアジャイル労働方式(注4)などの新しい働き方の導入を試みることもありうる。また、短期的なコスト削減に留まらず、労働協約によって中長期的な生産性向上につながる再編措置、例えば同時に、企業内の事業拠点の競争力への投資に取り組むこともありうる(Rehder 2006)。その場合、企業側が交渉材料として提示するのは、投資または事業拠点維持への取り組みとなる(Rehder 2003)。

もう一つ、(形式の点では)中心的な特徴と言えるのが「等価交換原則」である(Sisson et al. 1999)。労働者は、特に労働時間や賃金に関して妥協するのと引き換えに、使用者は解雇を一定期間先送りする、あるいは事業拠点の維持や将来志向の措置(投資など)に合意する。企業は内部の柔軟性に依拠する対策を活用してその範囲を拡大すると同時に、外部の柔軟性を利用する範囲を狭める。

こうした相互の取り組みは、アメリカで広く見られる「コンセッション・バーゲニング(譲歩交渉)(注5)」とは一線を画す。「コンセッション・バーゲニング」は、主として賃金面での一方的な妥協に依拠しており(Rehder 2003; Massa-Wirth 2007)、等価交換を提起できるかどうかは確実ではない。つまり、ある程度の非対称性があることは否定できない(Sisson et al. 1999)。労働時間と賃金の交換を通じて労働者側が提示する交渉材料はただちに実施可能だが、企業側の取り組みは、もっと長期にわたる場合が多い。つまり労働者側が「前払い」する形になり、合意された等価交換が実際に履行されるかどうかは不確定なままだ。先行研究が明らかにしているように、少なからぬ企業が、その取り組みを守れないか、部分的に違反している(Bogedan et al. 2011)。極端な例では、事業の撤退すらありうる。

なお、ドイツにおける内部の柔軟性による調整でも、人員削減が全く行われないわけではない。労使双方が一定期間、強制的な余剰人員の削減を先送りすることに合意したとしても、いわゆる「ソフトな」人員調整の道は残されている。臨時雇用契約や有期雇用契約の終了、新規採用の凍結、あるいは早期退職の勧奨は可能である。全体として、企業は労働量を削減するかなりの余地がある。とはいえ、実施可能な速度や費用については、それぞれの手段によって違いがある。

このページのトップへ

3.根拠データについて

本稿のデータは、「WSI 2021年度事業所委員会及び職員委員会調査(WSI Works Council and Staff Council Survey 2021)」(Behrens/Brehmer 2022)に基づいている。同調査の基本的な母集団は、従業員数が最低20人で、事業所委員会または職員委員会(注6)を有する企業によって構成されている。21人以上の従業員を有する事業所では、従業員の半数が事業所委員会により代表されている(Ellguth/Kohaut 2022)。標本は、連邦雇用エージェンシーの企業ファイルから、不均衡無作為抽出した。調査対象とした事業所数は2924件(2021年)で、データは全て、母集団に対する標本セルの不均衡を補うために加重処理を行っている。

同調査では、第一に、事業所が過去24カ月間に雇用維持対策を実施したか否かという質問を行い、第二に、事業所が現時点で、雇用または事業拠点の維持に関して、企業別/事業所別交渉または産別交渉に基づく文書による有効な協約があるかを尋ねた。この質問への回答は、多数のカテゴリーの一つとして「雇用維持」を挙げた、個別協約(企業別/事業所別協約)に関する一般的な質問への回答と重ね合わせている。なお、協約の有効期間や量的な次元に関する記述はされていない。

このページのトップへ

4.雇用維持対策

ここからは、企業の雇用維持対策に焦点を当てる。

協約の有無に関わらず、雇用維持対策は実施される場合があるが、協約の有無によって、事業所の対策にどの程度の差異があるかを調べる必要がある。なお、協約を伴わない対策がどのような形式で実施されるかについては未詳だが、原則として、雇用の確保や促進に関しては、事業所組織法第80条(1)8に基づき、事業所委員会に共同決定を行う権利が与えられている。同法に基づく共同決定は、労働協約ではないが、使用者と事業所委員会の間の拘束力ある合意となる(Klein et al. 2022, pp. 182-183)。

このページのトップへ

4.1 範囲

コロナ禍では、事業所委員会を有する事業所の45.1%が雇用維持対策を実施していたが、さらに雇用維持/事業拠点維持に関する個別協約を締結した事業所は30.1%に留まった(図1)。また、雇用維持対策を実施した事業所のうち、(産別などの)労働協約を有していたのは44.8%だった。雇用維持対策を実施した事業所の過半数が正式な労働協約に基づいていないとすれば、これは、経営陣と事業所委員会が厳しい時間的なプレッシャーのもとで現実的な解決策を見いだし、実施しなければならなかったという事情に関連しているのかもしれない。コロナ禍は突然、非常に大きな規模で襲来した。準備期間もなく、段階的なロックダウン(行動制限)により経済活動の一部は麻痺した。これを特に分かりやすく示しているのが、操短手当申請者の爆発的な増加であり、わずか2カ月(2020年2月から4月にかけて)の間に、13.4万人から約600万人になった。いかなる危機的局面においても、これほど急速かつ大幅な増加はこれまでに例がない。

図1:雇用維持対策
画像:図1

出所:2021年WSI事業所委員会調査及び執筆者による計算

「雇用維持対策」に関しては、(産別などの)労働協約の有無による差異は殆どないが、対照的に、「雇用維持/事業拠点維持に関する個別協約」は、労働協約がない企業の場合、ある企業に比べ、約半分に留まった。これは、労働協約がある企業においては、同協約の開放条項が活用されている可能性があるという意味かもしれない。

図2:雇用維持対策と経営状況(単位:%)
画像:図2

出所:2021年WSI事業所委員会調査及び執筆者による計算

先行研究がすでに明らかにしているように(Berthold et al. 2003; Massa-Wirth/Seifert 2004)、雇用維持対策と労使の連携は、危機的な状況を迎えた企業に限られているわけではない。また、この調査の時点で(2021年半ば~末)、多くの事業所ではコロナ禍のピークが去り、記録された時点の経営状況は、必ずしも過去24カ月間を振り返る形で記録された雇用維持対策と密接な関連を持つわけではない。それにもかかわらず、経営状況の評価が低い事業所では、雇用維持対策を実施している比率が高くなっていた(図2)。

雇用維持対策を導入した事業所の比率については、産業ごとに大きな違いが見られる。こうした違いは、各産業がどの程度コロナ関連の公衆衛生上の規制による影響を受けたかをおおよそ反映している(図3)。雇用維持対策が導入された比率が最も高いのは、情報通信(56.0%)で、これに投資財(51.4%)、貿易(50.4%)、鉱業・製造業(46.4%)が続く。最も低いのは金融・保険(27.7%)である。「情報通信」の比率が高い理由には、パンデミック期間中の需要が部分的に非常に高かったことがあげられる。そのため、雇用維持対策というよりは、それに付随する「労働時間の延長」に関する協約がおそらく影響している。また、情報通信には出版産業も含まれており、こうした企業は逆に経営状況の悪化により「労働時間の短縮」等の様々な雇用維持対策を行っていた。他方、「金融・保険」の比率が低かった点については、同産業の従業員の大部分は在宅勤務により業務を続けていた可能性が高く、サプライチェーンのボトルネックに由来する障害が影響した可能性は低い。意外なのは建設産業で、雇用維持対策を導入した企業の比率が、個別の雇用維持協約のある企業の場合とほぼ同じくらい高かったことである。金融・保険においても同様の比率が見られる。それ以外の産業では、雇用維持対策全体のうち、個別の協約を有するものは約半分に留まった。

図3:産業別に見た、雇用/事業拠点維持対策や協約の比率(単位:%)
画像:図3

出所:2021年WSI事業所委員会調査及び執筆者による計算

このページのトップへ

4.2 内容

雇用維持対策の内容は多岐にわたる(図4)。最も一般的なのは、労働時間の短縮を目指す「操短手当」と「労働時間口座」の活用である(注7)。操短手当が多く見られる理由は、活用上の法的ハードルが低いことがある(注8)。操短手当を導入した企業の事業所委員会のうち40%が、「法的ハードルの低さがなければ操短手当を活用していなかっただろう」と答えている。一方で、金銭面の調整は、過去と同様に二次的な役割しか果たしていない(Massa-Wirth/Seifert 2004)。これは、賃金補填なし、あるいは一部の賃金補填のみの場合、労働者にとっては収入低下の影響が顕著である事実に関連する可能性がある。つまり、収入をさらに削減すれば、事業所委員会の労働者代表からの承認がほぼ得られない可能性が高くなる。雇用維持/事業拠点維持に関する個別協約がある企業においては、給与支払いの削減が比較的多く見られる(13.5%)のに対して、協約のない事例では4.6%しか見られない。

図4:個別協約(企業別/事業所別協約)の有無で見た雇用維持対策の内容(複数回答可) (単位:%)
画像:図4

出所:2021年WSI事業所委員会調査及び執筆者による計算

労働時間を延長する対策については説明が必要になる。実に5社に1社の割合(21.1%)で、労使がこうした対策に合意している。主として、コロナ感染拡大期間中、労働需要の増大への対応を迫られ、同時に、適切な労働者の不足に悩まされた産業―特に製造業の一部と医療産業―が、このような取り組みを行った。このように雇用維持対策を導入した事業所の一部で、労働時間の短縮・延長の双方が見られるが、これは必ずしも矛盾ではない。事業の個々の部分によって、需要の減少や段階的なロックダウン(行動制限)による影響が異なっていた可能性があり、したがって、異なる形で対応したと思われるからである(図5)(注9)

図5:産業別に見た労働時間延長の比率(複数回答可)(単位:%)
画像:図5

出所:2021年WSI事業所委員会調査及び執筆者による計算

このページのトップへ

4.3 企業による取り組み

個別協約(企業別/事業所別協約)の有無による雇用維持対策の差異は、詳細に比較していくとはるかに顕著になる。同協約がある場合は、個別の対策全てで、より高い比率になっている(図6)。最も多く見られる企業の取り組みは事業拠点の維持(72.8%)で、これに続くのが、事業上の理由による解雇の否定(66.8%)、現状の従業員規模の維持(65.5%)である。内容的には、後者二つには恐らく殆ど違いはない。また、どちらの場合も、臨時雇用は対象外となる。さらに、事業上の理由による余剰人員解雇が否定されたとしても、有期契約を更新しない、早期退職の勧奨、欠員を補充しない等、「ソフトな」形での人員削減の可能性は排除されない。この点において、現状の従業員規模を維持する取り組みは、解雇の否定よりも踏み込んでいる。

図6:企業による取り組み(複数回答可)(単位:%)
画像:図6

出所:2021年WSI事業所委員会調査及び執筆者による計算

このページのトップへ

5.企業の雇用維持対策のクラスター分析

これまで見てきた通り、企業による取り組みは多様で、雇用維持対策の目的が異なる可能性がある。雇用維持に直接フォーカスするだけでなく、その枠を超えて、人的投資や訓練への取り組みも見られる。雇用維持対策と関連する取り組みの異質性を探るため、多変数解析手法である「Ward(1963)手法によるクラスター分析」を用いた。ここでは、雇用維持対策とそれに関連する取り組みに関する情報を類似性によってグループ化し、類似性の測定にはユークリッド距離(注10)を用いた。この分析において、個々の観察、つまりこの場合は雇用維持対策を導入した事業所は、各々の特性の分散が最小限となるような形で、連続的にグループ化される。これによって、最終的には階層状の「ツリー」が得られる。つまり、全ての単位をグループ化した後、「葉」が個々の事業所またはその雇用維持対策パッケージを表わすような「系統樹」が得られる。枝や小枝は、個々の観察をまとめたもの、いわゆる「クラスター」を表わしている。観察、つまりここでは雇用維持対策を導入した事業所を集積することで、複雑さの低減が可能となり、雇用維持対策や企業による取り組みのパターンが可視化される。

最適なクラスター数を決めるための基準はさまざまだが、とはいえ、それによって曖昧さのない結果が導かれるとは限らない。例えば、疑似F値(Calinski/Harabasz 1974)、Je(1)-Je(2)、疑似T値(Duda et al. 2001)などである。簡潔な記述という意味では、系統樹の視覚的な表示を基準として選択することも可能である(Husson et al. 2017)。データを用いると、樹形図からは、クラスターの数が2を超える場合、異質性がより大きく減じる。さらに筆者らは、ここでのデータに関して似通った結果を生み出すような、文献で一般的に用いられている二つの基準を検討した。Duda-Hart基準がクラスター数を3とするよう示唆しているのに対して、カリンスキ-ハラバシュ基準(注11)は、クラスター数を2ないし3にするよう主張する。したがって、例えば3クラスターを選ぶことも正当化されうる。クラスターの特性を表1に示した。比較のため、雇用維持対策を導入した事業所のクラスターに加え、雇用維持対策を導入しなかった事業所のいくつかの特性を最後の列に示した。

表1:雇用維持のために導入した対策を基準とする、事業者のクラスター化の特性
画像:表1
画像クリックで拡大表示

出所:2021年WSI事業所委員会調査及び執筆者による計算

クラスターの特性把握には、多項回帰を用いた記述や、最も単純な場合である記述統計など、さまざまなアプローチが考えられる。ここでは記述統計を用いた。最大の関心事は、雇用維持対策である。際立っているのは、観察数の点で最も多かった(雇用維持対策を導入した事業所全体の半数弱)クラスター1である。クラスター1は、他クラスターに比べ、少なくとも部分的な賃金補填を伴う労働時間短縮を導入した比率(68%弱)、賃金補填を伴わない労働時間短縮を導入した比率(40%弱)が最も高かった。さらに、クラスター1では、5社に1社の割合で給与の引き下げが行われていた。他クラスターにおいてはこの比率はもっと低い。総合すると、個々の対策の比率を合計すると300%弱、つまり平均して1社につき3つの対策が導入されていた。企業による取り組みについては、クラスター1における個々の取り組みの比率の合計は600%弱であり、個々の事業所において多数の取り組みが同時に行われていたことになる。企業による取り組みとして最も頻度が高いのは、従業員規模の維持(74%)、事業上の理由による解雇の否定(60%)、事業拠点の維持(83%)である。ただし、訓練機能の維持(81%)、訓練生の採用(78%)、事業拠点への投資(73%)も大きい。これらの取り組みは将来に関するものである。事業拠点の維持は明らかに中長期的な問題である。

二番目に大きいクラスター2(雇用維持対策を導入した事業所の31%)においては、平均3つの雇用維持対策が実施されており、クラスター1と同等であるが、そのパターンには違いが見られた。このクラスターでは、操短手当が担った役割がやや大きく(77%)、部分的ないし全面的な賃金補填を伴う労働時間短縮の頻度はクラスター1と同等であった。対照的に、賃金補填を伴わない労働時間短縮、給与や社会保障給付の引き下げが行われた頻度は低かった。企業による取り組みのパターンもクラスター1とは異なっており、雇用維持に対する直接的な取り組みの比重が高かった。それ以外の、事業拠点への投資や新規採用、訓練機能の維持や訓練生の採用といった将来志向の取り組みは、クラスター1に比べて軽視される傾向が見られた。

最後のクラスター3は、雇用維持対策を導入した企業の約5分の1しか含まれておらず、個々の対策の比率も最も低い。比率の合計は約240%に留まり、これは1社あたり平均2種類をやや上回る程度の雇用維持対策が行われたことを意味している。したがってこのクラスターは、雇用維持対策の強度が他より低いことを特徴としている。企業による取り組みの比率も最も低く、約半分に留まる。当然ながら、クラスター3に含まれる企業では、雇用または事業拠点の維持に向けた企業別協約も最も少なくなっている。

要約すると、クラスター分析の結果からは、雇用維持対策を実施した企業の約半数は、雇用を維持するために複数の対策を組み合わせ、多数の取り組みを行っていたことが分かる。短期的な取り組みだけでなく、例えば事業拠点への投資や訓練機能の維持など、将来志向の取り組みも重要な役割を果たしている。こうした対策や取り組みの大半には、雇用または事業拠点の維持に関する企業別協約が伴っている。こうした企業では人員削減も平均以上の水準で行われているが、雇用維持対策を実施した他企業に比べ、「解雇」という形を取ることは少なかった。雇用維持対策を導入した事業所のうち約30%を占める第2のグループ(クラスター2)においては、雇用または事業拠点を維持するために取られた対策が、より短期志向のものとなっているように思われる。とはいえ、事業所のうち半分弱では、雇用維持対策には、それに対応する協約の裏付けがある。最後に、雇用維持対策を実施した事業所の約20%を占める残りのグループ(クラスター3)では、実施された個々の対策の数がかなり少なめだった。このグループでは、雇用維持のための取り組みを行った事業所の比率も最低となっており、約半数にすぎない。したがって、これらの事業所において、雇用の維持が殆ど協約の対象となっていないことは驚くに値せず、その比率は20%にすぎない。

このページのトップへ

6.雇用維持/事業拠点維持に関する個別協約の回帰分析

労使連携の構築に有利に働く要因を明らかにするため、私たちは頻繁に利用される確率モデル、いわゆるロジスティック回帰分析を用いた。モデル推測には、経営状況、事業所委員会、労働協約に関する調査で収集されたデータ、従業員構成、業界団体への加入、企業規模など、図で用いられたその他の企業特性を盛り込んでいる。

表2に記録された結果において目を引くのは、当然ながら、経営状況が良好な事業所(対照分類であり、記録されていない)に比べて、現在の経営状況が振るわない事業所の方が、雇用または事業拠点の維持に関する個別協約を締結する確率が高い(モデルにおける推定係数が有意に正である)という点である。さらに、特に、事業所委員会の活動や労働協約の対象になっているか否かに関する情報が、労使連携の可能性に対して有意な相関を示している。事業所委員会と経営陣との関係があまり良好でない企業においては、関係が良好である企業(対照分類であり、記録されていない)に比べて、この比率が有意に低くなっている。この確率は、事業所委員会の規模(企業規模と相関関係にある)が大きくなるにつれて上昇する。

労働協約の対象になっているか否か、また労働者の組合組織率も、雇用または事業拠点の維持に関する個別協約を有する可能性を高める。これは、労働協約における開放条項(注12)が提供する可能性と整合している。

対照的に、従業員構成、業界団体への加盟、企業規模といったその他の企業特性は、労使連携の確率そのものとは殆ど有意な相関を示していない。一部の産業においては、その可能性は低下している(特に食品・飲料、医療、社会サービス)。企業規模は恐らくすでに事業所委員会の規模にほぼ反映されており、したがって、ここでは相関関係の乏しさを過剰評価すべきではない。全般的に、経営状況と、共同決定、産別交渉の対象であるか否か、労働組合組織率に関する情報は、労使連携の確立を説明する上で最も有力であるように思われる。

表2:雇用や事業拠点の維持に関する協約の成立に影響する要因
画像:表2
画像クリックで拡大表示

出所:2021年WSI事業所委員会調査及び執筆者による計算

このページのトップへ

7.結論

まとめると、コロナ禍の間、事業所委員会を持つ(従業員数20名以上の)全ての企業のうち、半分近くが雇用維持対策を実施していたが、そのうち個別協約(企業別/事業所別協約)に基づいたものは比較的少数だった。内容面では、操短手当を中心に多岐にわたったが、金銭面での調整は比較的少数だった。事例の圧倒的多数では、雇用維持対策の他に、事業上の理由による解雇の見送りや投資計画、事業拠点の維持など、企業側からの取り組みを伴っていた。先行研究においても、こうした互恵性が多く見られるという類似の結果が出ている。

雇用維持/事業拠点維持に関する個別協約の有無についても、詳細に注目した。多変数解析が示しているように、労使連携の形成は経営状況(産別などの)や労働協約の対象であるか否かに大きく影響されるが、社内の労使の協力関係の有無にも影響を受けている。明らかに労働協約は、短期的な景気循環による危機の緩和、雇用維持、さらには投資的な取り組みを通じた中期的な事業拠点の維持の可能性などに影響を与えている。こうしたつながりは、企業が選択した雇用維持対策や取り組みのパターンに基づくクラスター分析を追加することによって、少なくとも企業の半数に関しては、非常に鮮明になった。これらの企業においては、雇用を維持するための短期的な取り組みと、事業拠点への投資や訓練機能の維持といった長期的な取り組みが組み合わされている。そして、そうした企業では、事例の半数以上において、雇用維持/事業拠点維持に関する個別協約が存在していた。

しかしながら、本研究では、雇用維持/事業拠点維持に向けた企業活動について概略を描き出すことしかできない。今後の研究では、実施された対策や企業による取り組みの量的な側面について、より詳細に明らかにする必要があるだけでなく、事業所委員会を持たない企業にも目配りしていく必要がある。また、将来的に是認されるためには、労使で合意された対策や取り組みが実際にどの程度達成されたかを評価することが重要である。

プロフィール

写真:トラルフ・プッシュ氏

トラルフ・プッシュ (Dr. Toralf Pusch)
ハンスベックラー財団経済社会研究所(WSI)労働市場分析部門長

1977年生まれ。1997年から2003年まで、ロストック大学において経営数学を学ぶ。2003~2005年、ロストックの国会議員事務所において調査アシスタントを務める。2005~2009年、ハンブルク大学で博士号取得。2009~2013年、ハレ経済研究所(IWH)で研究アシスタントを務める。研究分野:欧州経済政策の経験的研究。2011年、論文『政策ゲーム(Policy Game)』でケインズ学会ケインズ賞を受賞。2012年冬学期~2013年夏学期まで、ケムニッツ工科大学にて代理教授(マクロ経済学)を務める。2018年、論文「最低賃金が労働の質や労働の満足度に与えるポジティブな影響(Positive Effects of the Minimum Wage on Job Quality and Job Satisfaction)」により、クルト・ロスチャイルド賞を受賞。2013年8月より現職。

プロフィール

写真:ハルトムート・ザイフェルト氏

ハルトムート・ザイフェルト (Dr. Hartmut Seifert)
ハンスベックラー財団経済社会研究所(WSI)元所長/JILPT海外情報収集協力員

ベルリン自由大学卒業(政治経済学博士)。1974年から連邦職業教育訓練研究機構(BIBB)研究員、1975年からハンスベックラー財団経済社会研究所(WSI)主任研究員、1995年から2009年まで同研究所の所長を務める。2010年に当機構の招聘研究員として1カ月半日本に滞在。専門は経済、雇用・労働問題。特に非正規雇用に関する専門家として多くの研究成果を発表。主な研究業績として「非正規雇用とフレキシキュリティ」(2005)、「フレキシキュリティ-理論と実証的証拠との間に」(2008)など多数。

参考文献

  • Addison JT, Teixeira P, Evers K, Bellmann L (2015) Pacts for Employment and Competitiveness as a Role Model? Their Effects on Firm Performance. SSRN Journal
  • Behrens M, Brehmer W (2022) Betriebs- und Personalratsarbeit in Zeiten der Covid-Pandemie. Düsseldorf. Report Number 75.
  • Bellmann L, Kagerl C, Koch T, König C (2020) Kurzarbeit ist nicht alles: Was Betriebe tun, um Entlassungen in der Krise zu vermeiden: IAB
  • Berthold, N., Brischke, M., Stettes, O. (2003) Betriebliche Bündnisse für Arbeit. Eine empirische Untersuchung für den deutschen Maschinen- und Anlagenbau.: Universität Würzburg Report Number 68.
  • Bispinck R (2002) Tarifpolitik und Beschäftigungssicherung. Eine Bilanz der vergangenen 15 Jahre. In: Seifert H, editor. Betriebliche Bündnisse für Arbeit: Rahmenbedingungen - Praxiserfahrungen - Zukunftsperspektiven. Berlin: Ed. Sigma.
  • Bogedan C, Brehmer W, Seifert H (2011) Wie krisenfest sind betriebliche Bündnisse zur Beschäftigungssicherung? WSI 64: 51–59.
  • Calinski T, Harabasz J (1974) A dendrite method for cluster analysis. Comm. in Stats. - Theory & Methods 3: 1–27.
  • Cramer JS (2003) Logit models from economics and other fields. Cambridge: Cambridge University Press. 173 p.
  • Duda RO, Hart PE, Stork DG (2001) Pattern classification second edition john wiley & sons. New York: New York: Wiley.
  • Ellguth P, Kohaut S (2022) Tarifbindung und betriebliche Interessenvertretung: Ergebnisse aus dem IAB-Betriebspanel 2021. WSI 75: 328–336.
  • Gürtzgen, N., Kubis, A., Küfner, B. (2020) Großbetriebe haben während des Covid-19-Shutdowns seltener als kleine Betriebe Beschäftigte entlassen.
  • Husson F, Lê S, Pagès J (2020) Exploratory multivariate analysis by example using R. Boca Raton, FL: CRC Press. 248 p.
  • Klein T, Klocke D, Schlachter-Voll M (2022) Standort- und Beschäftigungssicherung in Tarifverträgen und Betriebsvereinbarungen. Frankfurt: Bund-Verlag. 227 p.
  • Massa-Wirth H (2007) Zugeständnisse für Arbeitsplätze?: Konzessionäre Beschäftigungsvereinbarungen im Vergleich Deutschland - USA. Berlin: Edition Sigma. 275 p.
  • Massa-Wirth H, Seifert H (2004) Betriebliche Bündnisse für Arbeit nur mit begrenzter Reichweite? WSI-Mitteilungen 57: 246–254.
  • Pusch T, Seifert H (2021) Stabilisierende Wirkungen durch Kurzarbeit. Wirtschaftsdienst 101: 99–105. https://www.wirtschaftsdienst.eu/pdf-download/jahr/2021/heft/2/beitrag/stabilisierende-wirkungen-durch-kurzarbeit.html新しいウィンドウ
  • Rehder B (2002) Wettbewerbskoalition oder Beschäftigungsinitiativen? In: Seifert H, editor. Betriebliche Bündnisse für Arbeit: Rahmenbedingungen - Praxiserfahrungen - Zukunftsperspektiven. Berlin: Ed. Sigma.
  • Rehder B (2003) Betriebliche Bündnisse für Arbeit in Deutschland: Mitbestimmung und Flächentarif im Wandel. Frankfurt/Main, New York: Campus-Verl. 293 p.
  • Rehder B (2006) Legitimitätsdefizite des Co-Managements / Missing Legitimacy. Zeitschrift für Soziologie 35: 227–242. https://www.degruyter.com/document/doi/10.1515/zfsoz-2006-0304/html新しいウィンドウ
  • Seifert H, editor (2002) Betriebliche Bündnisse für Arbeit: Rahmenbedingungen - Praxiserfahrungen - Zukunftsperspektiven. Berlin: Ed. Sigma. 274 p.
  • Seifert H (2002) Betriebliche Bündnisse für Arbeit – Beschäftigen statt entlassen. In: Seifert H, editor. Betriebliche Bündnisse für Arbeit: Rahmenbedingungen - Praxiserfahrungen - Zukunftsperspektiven. Berlin: Ed. Sigma. pp. 65–85.
  • Sisson, K., Freyssinet, J., Krieger, H., O’Kelly, K., Schnabel, C. Seifert, H. (1999) Pacts for Employment and Competitiveness. Concepts and Issues. Dublin: European Foundation of the Improvement of Living and Working Conditions
  • Ward JH (1963) Hierarchical Grouping to Optimize an Objective Function. Journal of the American Statistical Association 58: 236–244.

関連情報