第2回「フランスの失業保険制度」
 ―労使の社会保険と国の雇用政策及び社会的保護のはざまで

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鈴木 宏昌(早稲田大学名誉教授、IDHE-ENS-Paris-Saclay客員研究員)

3 雇用センターの組織と活動

前節では主に失業保険の歴史とそれを補完する公的扶助と制度的な面を扱ってきたので、この節では失業認定、給付事業、求職者へのサービスといった実務面を担当している雇用センターの組織や活動を見てみたい。まず、その職員数は、2021年に5万4千人(ほとんどが正規職員)で、全国に約900の雇用センターを展開し、その運用のための予算は55億ユーロにおよぶ。わが国のハローワーク(公共職業安定所)と比較すると、いかにフランスの雇用センターが大きな組織であるのかが分かる。ハローワークの場合は、出先のオフィスが約540カ所、職員数約26,000人でそのうち6割は非常勤職員である(注8)。日本で失業給付を受けている人は37万人で、1.3兆円の給付総額(2016年)であるのに対し、フランスでは650万人の求職登録者と250万人におよぶ失業給付受給者に対し、385憶ユーロの給付総額を扱っている(2020年)。雇用センターの組織概要を示したのが図表3である。

図表3:雇用センターの組織概要
画像:図表3

組織的には、雇用センターは、労働省管轄の機関で、政労使の代表など多数で構成される理事会がその活動などを監督するが、実質的な経営は政府が任命する理事長(directeur général)が強い権限を持っている。とくに、雇用政策における雇用センターの役割が大きいので、首相が管轄の労働省を経ず直接理事長と面談したり、雇用アドバイザーの増員などが、突然、政府発表されることもあったという。本部はパリだが、その下に18の地域ごとに統括地域事務所があり、そこで、各都市にある雇用センターの業績などをチェックしている。また、雇用政策の一部は地域政府に分権されているので、地域レベルで、雇用センターと地域担当者との折衝やその後の運用などが各地域レベルで行われる。

しかし、雇用センターの主要な業務は各地に展開する雇用センター(出先のオフィス)が行っている。地区により差はあるが、1オフィスあたり10人から20人の職員で構成され、そこで雇用アドバイザーが求職者と個人面接し、PPAEを作成する。特筆すべきことは、原則的に雇用アドバイザーと求職者は1対1の関係で、同じ雇用アドバイザーがその後の求職支援も担当する。このほか、失業給付の認定と支払い(失業給付の専門家が認定する)、登録者の求職活動のチェックなども各雇用センターの仕事となる。また、地域労働市場での雇用機会を開発するために企業(主に、地元の中小零細企業)と密な関係をつくることも重要な役目だが、これには企業担当の専門職員が行っている。ドイツでは、雇用アドバイザーと企業担当はチームを形成するようだが、フランスの雇用センターでは、そのような組織だった企業情報のフィードバックはないようだ(注9)。以上すべての情報はデジタル化され、統括事務所にも伝達される。

この事務のデジタル化は、他の公共機関に先駆けて行われたもので、2010年代前半に大々的にデジタル化を進めた(注10)。このデジタル化のお蔭で、管理部門は、多くのデータから、異常値があると個別雇用センター長に連絡し、改善を求めることができる。現在では、デジタル部門は雇用センターの生命線ともなっているので、システム関係の専門職員は1,500人に上り、その予算は4.5億ユーロに達している(2018年)。

ここで、雇用センター全体の職員構成を見ておこう。職種で一番多いのは雇用アドバイザーで全国に24,000人余りに上る。雇用アドバイザーの経歴は様々だが、心理学系や人事部経験者が多いと言われる。給付担当の職員は全国で7,600人ほどであり、給付希望者の失業保険加入期間や従前の賃金を確定し、規定に従い、給付の支払いを行う。この給付の認定作業では、近年、社会保障費を一括して徴収しているUrssafのデータを参考にすることができる。企業担当は総勢5,500人で、これは一種の専門職となっている。ただし、会計検査院は、雇用センター内部で、地域労働市場の情報が雇用アドバイザー共有されず、貧弱な知識で雇用のアドバイスを行っているという厳しい指摘を行っている。

ここで、窓口業務の出発点となるPPAEに関して少し詳しく見ておきたい。このPPAEは雇用アドバイザーと求職者が1回目の面接の際に、求職者の希望と経歴、そして地域労働市場の情勢を頭に入れて練り上げる文書である。その作成は法で定められていて、その主な項目も法が規定している。すなわち、求職者の教育、技能資格、職業経験で得た知識や技能、個人及び家族の状況、地域労働市場の状況、希望する雇用の特徴と地域、そして希望する賃金と規定されている(注11)。具体的には、第1回の面接に、雇用アドバイザーはだいたい1時間を用意するという(ただし求職者間で個人差も大きい)。求職者はこの面談の前に離職票や教育・技能資格の証明書を郵送する必要があり、雇用アドバイザーはそのデジタル化した書類と照らし合わせながら面談を行い、出来上がったPPAEは求職者に渡される。このPPAE作成の上で、査定が難しいケースとしては、求職者の希望と地域労働市場の間に大きなミスマッチがある場合、教育で得た技能の陳腐化、職業経験で得た技能の評価、外国出身者の教育や技能資格などがある(注12)。また、子育て中の母親や要介護の家族を持つ人は勤務できる時間帯や通勤可能な範囲が狭くなるので、地域労働市場での求人とのマッチングが難しい。さらに、PPAEに書き込むためのソフトは用語が限定されているので、特殊な技能(例えば、出身地の言語)は入れることができないことも指摘されている。

このPPAEの最大のメリットは、多くの集積されたデータから求職者がどの程度地域労働市場で再雇用先を見つける可能性があるか(労働市場との距離)、そしてどのような職業訓練を受ける必要があるかを示す道具とされる。現在の雇用センター は求職者の労働市場への距離に応じて、求職者を3つのグループに分け、雇用アドバイザーの介入の程度を定めている(注13)。第一のグループは学歴や経験に富み、自力で再就職先を探すことが可能と判断された人達で、suivi (follow) のグループに入り、特別に求職者からの依頼がない場合、第1回目の面接を除けば雇用センターに呼び出されることはなく、求職状況の報告もインターネット上で行われる。第2のグループはguidé (guided)と呼ばれ、求職者の希望と地域企業の求める技能に相当の距離があるグループとなる、担当の雇用アドバイザーはより頻繁に求職者と面談(対面およびオンライン)し、職業訓練の可能性などを探る。第3はrenforcé(intensified)グループと呼ばれ、再就職が困難で、長期失業予備軍の人達となる。学歴が低く、技能を持たない人や持っている技能が地域労働市場に全くマッチしない人、あるいは小さな子供を抱えるシングルマザーなどがこの範疇に入る。当然ながら、このグループを担当する雇用アドバイザーの仕事は難しく、面接や支援も頻繁に行わなければならない。現在の雇用センターの仕組みでは、雇用アドバイザーもかなり専門化していて、suiviのグループを担当する場合は、一人の雇用アドバイザーが400人くらいの求職者を受け持ち、guidéを担当する場合は150~200人、そしてもっとも難しい renforcéグループを担当する場合は最高70人が標準的目標と言われる。ただし、実際には地域により相当の違いがあり、この目標値を越えるケースもかなり多いと言われる。さらに、雇用センターの置かれた地区ごとに求職者の横顔はことなる。例えば、外国出身者が非常に多く、貧しい人が集中するパリ北部のサンドニ県の雇用センターでは、renforcéグループが多く、家庭の事情でフルタイムでは働けない人や車を持たない人など再就職にハンディを持つ人が多くなる。そして、このような地域では、求人も運搬の手伝いや警備、家事手伝いなどいわゆる低技能の雇用の求人が多くなる。これに対し、高級住宅地が多いパリ西地区の雇用センターでは、教育水準が高い人が多く、suiviグループ主体で、求職者が探す仕事も専門職や技能職となる。地域によっては、地場産業が衰退し、地域労働市場で雇用先を探すのが難しい雇用センターも存在する。求職者のグループ分けでの問題としては、雇用アドバイザーの主観的判断が入り込む場合があり、一度誤ってsuiviグループに入った求職者は職業訓練の機会もなく、失業期間が長引くと指摘されている。

雇用センター内部で職員のモチベーションは決して高くない模様である。大きな官僚機構である雇用センターは非効率的であるという批判が昔からあるので、本部や統括地域事務所は数量的な業績、例えば再就職率などを業績評価の道具とする傾向がある。ところが、現場の職員の中には、いろいろなハンディを持つ求職者の救済に情熱を持つ職員も多い。外国出身者で小さな子供を抱え、交通手段が限られた人を担当する雇用アドバイザーは高い再就職率を記録することはできない。つまり、民間の職業紹介がカバーすることができない人たちの就職援助こそ自分たちの使命と考える職員も多い。したがって、現場の職員の中には、毎日の面接や上司からの効率化へのプレシャーで、ストレスを抱えている人が多いようだ。雇用センター全体の病気休暇率や欠勤率が民間の企業の平均に比べて相当に高く、実労働時間が短いことを会計検査院が指摘している(注14)

最後に、雇用センター内部の労使関係も難題となっている。もともと、公務員だったANPEと民間のAssedicが政治主導で合併してできた雇用センターなので、内部に8つ以上の組合があり、合併時の協約もあるので、賃金政策や個人の配置転換などで難しいことが多いとされる。団体交渉が難航することは頻繁にあるようで、労働争議も少なくない。ただし、マスコミに出るような長期ストは記録されていないようだが、それはこれまで雇用政策が重視されていたので、雇用センターの職員数は増加傾向にあったためと考えられている。

4 失業保険制度をめぐる議論と限られた実証研究

失業保険制度の歴史に見たように、失業保険制度は失業者の増大に連れて、様々な改革がなされ、その性格は大きく変化してきている。そして、改革案が出されるたびに、専門家や労働組合などから数多くの批判的論文や論評が発表された(注15)。その多くは、制度改革の一部の技術的な側面や特定の労働者に対する影響なので、ここで簡単にまとめることは難しい。そこで、これまで私が読んだ限られた知見の範囲ながら、現在の議論の方向性のみを指摘しておきたい。

まず、第一の議論の軸は、従来からの社会保険方式を擁護する人達と普遍的な失業保険制度を考える人たちの対立である(注16)。社会保険の擁護者には、当然ながら、労使自治の原則を維持すべきと考える労使代表が入る。それ以外にも社会保険方式を支持する専門家も多い。社会保険方式の場合、総賃金の一定の比率が保険料金となるので、高所得者は高い保険料を払うことになるが、失職した際、失業給付が従前の賃金額を基準として定められているため、一定の生活水準を維持しながら、自分に適した再就職先を見つけることが可能である。これに対し、普遍的な失業保険は国の予算で定まるため、その適用範囲は広がるとしても、失業給付の水準は実際には低く抑えられる傾向が強い。雇用形態の多様化に対しては、保険財政が許す範囲で、その枠を拡げればよい。

これに対し、普遍的な制度の必要を訴える人たちは、まず失業というリスクが一部の賃金労働者に限られるものではなく、疾病のリスクと同様に、誰もが経験しかねないリスクとなっている。その上、近年プラットフォーム労働者のように、自営業と賃金労働者の間のグレイゾーンの人が増えている。また、若い世代の人は、昔のように一つの企業内でずっとキャリアを積む人は稀で、3つ、4つの企業を渡り歩き、その間に失業を経験したり、賃金労働と自営業(起業家)を繰り返す傾向がみられる。さらに、失職し、所得を失う危険は独立自営業(職人や農行労働者)でも存在する。現在の自営業の保険は産業・職業間の格差が大きいが、リスクという観点からは賃金労働者と同じなので、失業保険を普遍的な失業保険制度にすることが望ましい。したがって、失業保険は医療や労働災害と同様に、国家の保護政策の1つとなるべきと考える。最近の失業保険改革(一般化社会拠出金の一部付与、自営業などへの部分的適用)は、このような意見の流れに沿ったものとみなすことができる。

二つ目の議論の軸は失業保険と雇用政策との整合性である。失業保険制度の改革を主張する経済学者のCahucらは、現在の失業保険は景気の良いときに、失業給付の水準が高く、反対に、景気が悪くなるとその水準が下がり、景気の波に順応的(Pro-cycle)になっていることを指摘する(注17)。国の経済運営の見地からは、景気が悪い時に、失業給付の水準を上げ、消費を活性化させ、その反対に景気が良くなれば、失業給付の水準を下げるべきと主張している。2019年の失業保険改革-Bonus malus方式の採用-もこのCahucらの提言に沿っている。これに対しては、労働組合や専門家から、好況時の失業給付水準の引き下げにつながるという強い批判がある。

さて、このように議論の方向性をまとめてみたが、実際的な改革の影響はどうなっているのだろうか?実は、多量な論文や報告書の割に、実証的な研究は非常に限られている。失業保険の実務を行う雇用センターは限られた業務統計や資料しか公表していないので、外部研究者は、雇用センターの効率性や失業給付の効果などの実証分析はできないという事情もある。しかし、最近ようやくいくつかのインタビュー調査や実証研究が出始めている。そこで、この分野に詳しく、いくつもの実証的研究を行ったGrégoireとVivèsの一連の研究に立脚して、実際の制度改革の影響を見てみたい。

まず第一にどの程度の雇用センターに登録された求職者が失業給付を受けているのだろうか?このことについてはいくつかのデータがある。まず、旧来から使われてきたのは、登録された求職者の中での失業給付受給者の割合を計算し、これを失業給付の適用率と考える。ただし、時系列的にそれを追うデータはないので、GrégoireVivèsの研究は、雇用センターの求職者(職業訓練中の者や助成された雇用で雇われている者などは除く)の中で失業給付を受給した者および国の公的扶助の受給者の割合を過去30年間にさかのぼり計算している(注18)。その数字を見ると、1990年代前半に60%前後が続いた後、2000年前に54%まで落ち、その後、また60%を超えるまで回復する。それからは次第に低下し、2019年に54%であった。

同じGrégoireVivèsの研究は、雇用センターなどの統計から登録者の中で、失業給付の有資格者と実際に失業給付を受けている者の比率をみている(2011~2019年)。求職者全体の中での有給付資格者の比率は2011年の70%から2014年の66%まで緩やかに下がった後、その後は緩やかに上昇し、2019年に70%まで回復している。これに対し、有資格者の中で実際に失業給付を受給している者は2011年の57%から2019年には51%まで傾向的に低下している。では、なぜ有資格者と実際の失業給付受給者の間で、大きな開きが見られるのだろうか?有資格者の増加の説明としては、制度の変更が考えられる。法が定める失業者は、実は全く仕事をしていない人と部分的就業者が含まれる。部分的失業者は、一昔前までは、労働時間の制限と所得制限が課せられていたが、現在では、所得制限のみとなっている。また、2014年の改革で、雇用期間と失業給付期間の関係が強化され、「一日働けば、一日の失業給付」となり、失業給付受給中に再就職した人はその残りの給付を次の失業の際に使うことが可能になった。短期労働者のように、労働市場への出入りの激しい人にとっては、実際の給付期間の増加につながる。このような制度変更でより多くの人が有資格者と認められるようになったと考えられる。これに対し、有資格者ながら、受給していない人が増えたのは部分就業者が大きく増加したことが効いている。事実、雇用センターの統計をみると、全く働いていない失業者数はここ10年間安定的なのに比し、部分的就業者数は2倍に増加している。この部分的失業者のかなりの割合が失業給付の所得制限を超えて、給付を受けていないものと考えられる。

最後に、Grégoireらが行ったもっとも面白い研究結果を紹介したい(注19)。彼らはいくつかの典型的な失業者モデルを描き、制度の理論上、過去30年間にどのように失業給付に関する権利が変わったのかを調べた。データの制約から、実際に支払われた給付ではなく、法的に支払わるべきという仮定はつくが、大変に貴重な研究である。その一番の結論は、多くの改革にもかかわらず、長期雇用者で比較的恵まれた賃金を得ていた人(最低賃金の4倍の賃金)が失業し、失業給付を受ける場合、ここ30年間、その水準に大きな変化はなかったという。これに対し、低賃金労働者と短期雇用の労働者に関しては制度変更の影響が顕著だった。とくに、近年、フランスの短期雇用者は雇用期間の短縮が顕著で、しかも一定の層の労働者が同じ企業に断続的に雇用されることが常習化している。企業の採用に関する統計では、9割近くがごく短期の労働者で、年に何回となく、失業と短期雇用を繰り返している。同様に、派遣労働者も短期雇用と失業期間を繰り返す。保険財政の見地からは、これらの短期雇用者の失業保険はまったくの赤字だが、政治力学や労使の思惑から、近年の制度改革は、給付要件の引き下げで、短期雇用者などが失業給付を受けやすくしてきたと言える。

結びとして;日本の雇用保険、フランスの失業保険

先進国の間でも失業保険のあり方は実に多様である。多くの国が社会保険方式を採用しているとしても、その財源、適用範囲、失業給付の要件や給付期間、早期再就職の義務などの細部になると異なることが多い。日本もフランスも失業保険は社会保険として成立しているが、その理念や社会的位置づけに大きな違いがあり、単純な比較を難しくしている。とくに、日本から見た場合、フランスは少なくとも二つの外部条件がまったく異なることを意識する必要がある。1番目は、言うまでもなく失業という社会・経済問題の深刻さの違いである。わが国では、近年失業問題がかなり議論されたのは世紀の転換時だったが、それも5%の失業率でしかなく、その後、2009年を除けば、ずっと低い失業率で推移している。一定の割合の長期失業者がいるとは言え、失業は大きな社会問題とはなっていない。ところが、フランスは、過去30年間失業率が7%を下回ることはなく、2010~2020年間の平均失業率は9.5%であった。しかも、雇用政策で助成された雇用や見習い制度や職業訓練で失業者の範疇に入らなかった人も多かったので、実際の失業率はさらに高かったと思われる。そのため、この大量の失業者に対応する失業保険制度は、単なる賃金労働者の社会保険から、不安定雇用者をも視野に入れる、普遍的な失業保険へと性格を変えつつあるように思われる。ともかく、現在では、失業保険制度とその補足である連帯特別手当(ASS)は国の社会的保護の事実上の1つの柱になっている。

2番目の違いは、福祉国家の位置づけである。フランスは、先進国の中でもっとも国が公的社会支出(年金、医療、失業、家族など)に高い比率のGDPを使っていて、福祉国家で有名なスウェーデンすら上回っている。それは、フランス人の多くが、個人が予見できないリスクは社会全体が責任を負うべきと考えることを反映している。フランス人が誇るフランス型の福祉国家像は、病気、老齢、育児、労災、貧困などの広く手厚い保障制度からなっている。当然、現在では失業のリスクもそこに入る。この点を頭に入れないと、なぜ失業保険制度が実際には2重、3重になっているのかを理解することは難しい。

以上は、日本とフランスの大きな違いだが、社会保険の実態をみると、共通点もあることは間違いない。例えば、形の違いはあっても、失業者の再就職を促進するために、失業給付事業と雇用促進が次第に一体化されている。フランスの場合は、高い失業率を下げるための方策の一つで、法律にも書き込まれている。日本でも、ハローワークは各地に存在し、円滑な雇用の移動に貢献している。

さらに、両制度ともに、雇用形態の多様化という現象に対し、どこまで対応できるかを模索しているように見受けられる。日本の場合には、雇用保険へのパートタイム労働者や短期雇用者の加入の問題があり、フランスでは短期雇用と独立自営業への適用の可能性がある。

以上は私なりに、フランスの失業保険改革に関する議論を整理したものだが、最後に日本の雇用保険の今後の在り方とも関連し、今後考えるべき一つのポイントを指摘したい。ある法学者の研究会で、最近の失業保険改革案に対する法学者などの批判が展開された後、労働法の大御所A.Lyon-Caen教授が総括の立場で、問題の核心は、現在の失業保険制度が長期雇用のモデルを柱にして出来上がっていて、雇用形態の多様化や低賃金労働者の救済に結びついていないのではないかとコッメントしたのが印象深かった。失業保険制度と長期雇用の関係はこれまで専門家たちが余り議論してこなかったように思う。近年わが国でも、長期雇用のモデルが崩れつつあり、非正規雇用が雇用全体の約4割近くになっているので、失業保険制度の土台となる雇用モデルをどう考えるべきかは掘り下げるべき問題と思われる。

2023年2月末日、パリ郊外にて

プロフィール

写真:鈴木宏昌氏

鈴木 宏昌(すずき ひろまさ)

1964年早稲田大学政治経済学部卒業、69年ルーアン大学(フランス)博士課程修了、70年から86年までILO本部(ジュネーブ)勤務、86年から早稲田大学商学部助教授、91年同教授(2010年まで)、現在、早稲田大学名誉教授、IDHE-ENS-Paris-Saclay客員研究員。専門分野は、労働経済。特に雇用、労働時間、労使関係の国際比較。

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