デトロイト市の新しい実験と雇用創出
—破綻の裏側にあるもの

夕暮のデトロイト
写真:デトロイト

連邦破産法第9条の適用を申請したデトロイト市。その状況について、現状の厳しさを知らせる報道が続く。とかく悲惨なところに誰もが目がむく。しかし、何か希望を持てることはないのだろうか。

JILPT国際研究部は、デトロイト市を中心に8月10日から17日までミシガン州に調査チームを派遣した。そこで見聞してきたのは、行政、商工会議所、NPOなどによる雇用創出をはじめとした復興努力だ。その一端を紹介したい。

復興を阻むもの

1963年のデトロイト
写真:1963年のデトロイト

デトロイト市の人口は70万人ほどである。最盛期の人口は200万人に迫った。
デトロイト市が凋落した原因はアメリカの自動車産業の低迷と直接の関係があるわけではない。1967年の黒人暴動で廃墟となった状態を手つかずにし続けたことが大きい。

キング牧師が50年前の8月28日にワシントンで演説したときに、デトロイト市に本拠を置く全米自動車労働組合(UAW)は公民権運動の先頭に立っていた。けれども、昔を知る労働組合関係者は、「それは中央政府に近い場所の話に過ぎなくて、工場では黒人差別が続いていたし、労組はそれを間接的に支援さえしていた。」と語る。

スミソニアン博物館に展示される公民権運動を支持するUAWのポスター
写真:UAWのポスター

自動車産業は市内中心部から離れ、大デトロイト圏と呼ばれる郊外に移転した。その人口は500万人を超えるほどに発展している。
その一方でデトロイト市の中心部には広大な空き地や打ち捨てられたビル群が残った。かつて、空き家や空きビルにはハロウィーンの夜に放火するという事件が多発した。それは、「デビルスナイト」と呼ばれ、全米中にその悪名が知れ渡った。

復興が現在まで進まなかったもう一つの理由として、一人の不動産王の存在を誰もがあげる。市内に数千のビルを所有しているものの、ビルを廃棄するわけでも、立て直すわけでもなく、ひたすらに不動産価格が上昇するのを待っていたのだという。同じ人物はデトロイト市とカナダの国境を流れる川をつなぐトンネルを所有する。それは、自動車部品をはじめとする物流の要だが、通行料を私的に徴収して巨万の富を得ているという。

市内には世界的な自動車メーカーGMの本社や金融機関、商工会議所などが、荒廃を食い止めるための象徴的な存在として踏みとどまっている。同じ意味から、野球場とアメリカン・フットボール場も市の中心部に移設された。なお、バスケットボールのプロチームはデトロイト・ピストンズという名称だが、本拠地は1978年にデトロイト市から出て行ったままである。

地元に根ざした中小企業の育成こそがカギ

「大企業を誘致しても意味が無い。」

デトロイト市政府でコミュニティ開発の専門家として働くブライアン・エリソン氏は言う。

「大企業が雇うのは市外の労働者ばかりだ。カギになるのは地元に根ざした中小企業の育成だ。一つひとつの企業が雇用できる人数は少ない。でもそれは確実に地元の人間だ。」

大企業が地元の労働者を雇用しない理由には、学歴やスキルレベルの違いが大きいという。中間、富裕層が大デトロイト圏へ流出したため、市内の世帯年収や大学進学率などが大デトロイト圏よりも劣っている。大企業に雇用されるためには、大卒以上でスキルレベルも高いことが求められるが、その条件に合うのは市外の労働者ばかりだという。

コミュニティ・カレッジ、メカトロニクス講習
写真:メカトロニクス講習

スキルレベルと言っても、かつて考えられてきたような熟練とは大きく内容が異なる。調査では、ミシガン州にあるいくつかのコミュニティ・カレッジにも訪れたが、そこで聞いた話がそれを裏付ける。
「製造業や風力発電などの現場で求められるのは、単なる熟練した作業ではなく、コンピューターが組み合わさったメカトロニクスの知識だ。」と、カラマズー市のコミュニティ・カレッジの企業向け職業訓練を担当するクレイグ・ジャブラ氏は言う。

それだけではない。

カラマズーのクレイグさん
写真:クレイグ・ジャブラ氏

ランシング市のコミュニティ・カレッジで、同じく企業向けの職業訓練の責任者をつとめるバルドメロ・ガルシア氏は言う。「従業員同士の連携やチームワークを高めることも重要なスキルの一つであり、その習得のためのコースがある。」

日本流に考えれば、これらの能力は企業内の職業訓練で獲得されるが、アメリカでは、かなりの部分がコミュニティ・カレッジなどの公的な職業訓練機関に委嘱されている。

これらのスキルを習得するためには、単なる読み書き以上の学力が必要である。それが、前述のブライアン・エリソン氏の言葉に現れている。

コミュニティを活性化するということ

つまり、デトロイト市に暮らす人にとって、もっとも大きな問題は雇用先となるべき企業がないということである。

それを行政も気がついているからこそ、ブライアン・エリソン氏のような専門家をおいているのである。ちなみに彼は、もともと市職員として雇用されていたわけではない。コミュニティ開発を行うNPOで専門家として長い間、働いてきた。2年間に限り、臨時に市政府にポストを得ている。彼の賃金はそのNPOに資金を提供するファンドが負担しているとのことであった。

アフリカ系アメリカ人の彼は、デトロイト市近郊でミドルクラスが大半を占めるサウスフィールド市の出身である。この地域にはアフリカ系が少数だったため、彼は差別も経験したという。その後、デトロイト市中心部の大学に進学して、数年間は社会科教師として働いた後にコミュニティ開発に転じたのだという。

その彼が、「いまやデトロイトは、かつてのシリコンバレーのように、チャンスを求めて多くの若者が集まってくる。」という。破綻の報道からすればにわかには信じがたいことかもしれない。

カフェ
写真:州立大隣接のカフェ

ブライアン・エリソン氏にインタビューを行ったのは、デトロイト市中心部にあるウェイン州立大学に隣接しているカフェだ。
「さまざまな企業のアイディアを若者が持ち寄ってここで議論している。今日は姿がみえないが、その中心には、デトロイト・スープという団体の代表の女性がいる。」と説明した。カフェにはノートパソコンを開いて作業しているたくさんの若者がいた。デトロイト・スープの代表は、そのような若者や資金提供者をつなぎ合わせているという。

スープ
写真:デトロイト・スープ

彼の仕事も、まさにそのような人たちの手助けすることだ。

レストランを立ち上げたい、デザインスタジオを作りたい、ダンス教室やフェンシング教室を始めたい。さまざまなアイディアをもった人が彼のところに相談を持ちかける。すると彼は、使われていないビルのオーナーと掛け合い、破格値で賃貸契約を結べるようにする。さらには、コミュニティにある信用金庫やマイクロファイナンスを巻き込んで資金調達ができるようにする。

そうしてできあがったカフェやレストラン、ダンス教室はコミュニティの人びとを雇用し、人びとが集まる場所を提供し始めているのだという。

アントレプレナーが集まるビル、カフェに改装中のフロアとブライアン等

「まだまだ人間らしい生活ができるというような賃金を提供できるほどの成功とはいえない。けれどもまずは雇用をつくらなければならい。そのあとで、人間らしい生活ができる賃金水準に引き上げていきたい。」と、別れ際に彼は語った。

ロック・ミシガンの挑戦

カラーズ
写真:カラーズ

そんなブライアン・エリソン氏が支援した事業の一つに、レストラン・カラーズがある。運営しているのは、ロック・ミシガンというNPOだ。正式名称はレストラン・オポテュニティーズ・センター・ミシガン支部である。レストランで働く労働者の権利を守るための組織だ。使用者と団体交渉を行うための組織である労働組合ではなく、ワーカーセンターという。このような組織は、現在アメリカで広がりをみせている。

JILPTは同じ組織に4年前に訪問しているが、そのときはまだレストランはオープンしていなかった。

ロックのオフィス
写真:ロック・ミシガンのオフィス

ロックはニューヨーク市で誕生した。賃金未払いやチップを分配しないといった経営者から、労働者の権利を守る組織としてスタートしたが、労働者の能力を育成して資格を認定することで、賃金上昇の道筋をつけることに事業を拡大した。その延長に、レストランの営業がある。

ロック・ミシガンは、その同じモデルをミシガン州に広めることを目的として設立し、メンバーの職業訓練のためのレストランもオープンした。しかし、デトロイト市はニューヨーク市と異なり、そもそも雇用先となるレストランの数が不足している。そのため、ロック・ミシガンは全米の他の支部と異なる新しい試みをするようになったのである。

野菜のサラダ(デトロイト産)
写真:デトロイト産野菜のサラダ

市内は荒廃が進んだこともあって、多くの空き地がある。これを農地として転用する。そのための農家のなり手を募った。彼らには、健康に安全な野菜作りを委託した。そこで収穫した野菜を活用した料理をふるまうようにしたのである。現在、その野菜を使った食材店を出店することも計画している。

職業訓練も実施している。訪問した日には、調査で訪れた私達にランチが提供されたが、給仕するスタッフは、どのようにフォークやナイフを置くか、ということなど厳しく店長から指導を受けていた。

カラーズで訓練中
写真:職業訓練風景

パートナーとして協力できるレストラン経営者をとりまとめるということもしている。合同で従業員の労働条件の向上に取り組んでいるほか、パートナーとなったレストランに食材を納入するといった事業を展開している。

それだけでなく、そもそも雇用先が不足している現状に対応するために、アントレプレナー育成講座も開設している。

ロック・ミシガンはメンバーやパートナーとしている農家もともにデトロイト市の人口構成を反映して、アフリカ系が大半を占めている。

その他の試み

挑戦を続けているのは、行政やNPOだけでない。

デトロイト商工会議所は市の人口を上昇させるためと、教育水準を高めるための事業を行っている。それは、大学進学資金を援助するというものだ。

その動機の一つには、商工会議所に加入する企業が求めるスキルレベルの人材をみつけることが難しいということがあるという。

ハンデルさん
写真:グレゴリー・ハンデル氏

労働力開発の上級部長、グレゴリー・ハンデル氏は、「企業が3人の求人を出しても、要件にあう応募者が一人だけ、ということも珍しくない。」と話す。
だからこそ、地域の教育レベルを引き上げることは、企業経営者にとって切実な問題なのだという。

デトロイト商工会議所の会員企業は、市内に留まらず、大デトロイト圏を含んだ地域にもある。したがって、地域の教育レベルといった場合、それは市内のことだけを指すわけではない。それでも、大学進学資金援助を市内在住の世帯に限って行っているのは、市の復興に焦点をあてていることの現れである。

その結果、現実に、子どもを大学に進学させることが経済的に難しい家庭が市内に移り住む事例がみられるようになっているという。

市内を走る軽便鉄道も計画中だ。

デトロイト市中心部から50キロ離れたポンティアック市を繋ぐという。とりまとめているのは、南東ミシガン行政協議会(SEMCOG)だ。SEMCOGは市や郡などの地方政府をつなぐ政策形成を支援するためのNPOだ。同種の組織は全米中にあり、全国組織がワシントンにある。

これまで、ミシガン州は公共交通機関の整備が遅れてきた。自動車メーカー優遇策との指摘がある一方で、富裕層やミドルクラスが多く住んでいる地域が、貧困層が多いデトロイト市との接続を嫌うからだという声もある。

そのなかで、軽便鉄道がデトロイト市復興の要になるとして、SEMCOGが周辺地域の行政を調整しながら事業を進めているとのことであった。

ナヒードさん
写真:ナヒード・フーク氏

デトロイト市、NPO、商工会議所など、さまざまな組織の活動は、それぞれ小さいかもしれない。しかし、SEMCOGで教育問題を担当するナヒード・フーク氏は、「この3年の市内の復興は目を見張る。なにより、街歩きをしていて楽しい」と話すなど、明らかにかたちになってきているといえるだろう。

この6月には大手スーパーマケット・チェーンが、初めてダウンタウンに出店した。もともとは治安の良くない地域だったので、店の周りには警備員や警官が並ぶが、今はどこかのんびりした雰囲気が漂う。店内は買い物客で賑わっていた。かつては、歩く人などあまり見ることがなかった場所にも、オープンカフェで食事を楽しむ人の姿が珍しくなくなってきている。

デトロイト・スーパー
写真:デトロイト・スーパー

破綻の反応

何事も下をみればきりがない。いまだに問題も多いのも事実だ。しかし、どのような状況であれ、物事を良い方向へ動かそうとする人たちも少なくない。

デトロイト市の破綻について訪問先で質問すると、多くの人が自分たちは公的な仕事をしているけれど、公務員という身分ではないので大丈夫だ、という声が多かった。それはつまり、市の破綻は公務員の年金や健康保険の問題として限定的に捉えられているようであったし、公的な仕事はもはや公務員だけの仕事ではなくなっているということをも意味しているだろう。

デトロイト市職員のブライアン・エリソン氏に、市職員の反応について尋ねたところ、「たいへん不安に思っているようだ。」と答えた。彼らの仕事ぶりは、「責任感があり、プロフェッショナルな仕事をしている」とするが、「職員同士や部門間の連携があまりなく、自分の範囲内の仕事から出ない。」とのことであった。

一般市民の反応について尋ねると、「市職員で市内に住んでいる人がほとんどいないということもあって、同情の声があまりあがらない。」とのことだった。

市職員労働組合についても触れ、「ほんとうであれば、コミュニティの活動に労働組合が参加することでコミュニティに住んでいる人から支持を受けるべきなのだろうが、労働組合は組合員のことしか考えていないと一般的に捉えられている。」と述べた。市の破綻申請は労働組合バッシングの一つと捉える向きもある。

公務員労働組合にとっても変革の時期が訪れているといえるのかもしれない。

なお、JILPTでは、調査結果を年度内に取りまとめる予定である。

(山崎 憲)

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