AFL-CIO「労働運動の再定義」
 —AFL-CIO2013年大会(後編)

  • カテゴリー:労使関係
  • フォーカス:2013年10月

さまざまな批判

そのほかの決議もみておこう。

「成長、イノベーション、政治的行動委員会」と「グローバル経済における繁栄を享受する委員会」の提案は、低下の一途をたどる労働組合組織率を上昇させることや労働組合バッシングに対抗するための施策、移民労働者に市民権を与える運動や期間雇用労働者の状況を改善すること、社会保障水準の維持、所得水準に応じた公平な税制度、賃上げと賃金平等、退職後の安定、自由貿易協定のマイナスの影響を食い止めること、などとして決議された。

写真:AFL-CIO大会の様子
写真:AFL-CIO大会の様子

このような今回のAFL-CIO大会の路線変更に関して批判の声もある。

一つは、大会直前の8月29日に港湾倉庫労組ILWU(International Longshore and Warehouse Union)がAFL-CIOを脱退するという形になってあらわれた。そこには2つの理由がある。AFL-CIOがオバマ大統領の進める医療保険改革と移民法改革を支持していることだ。

医療保険改革では、2018年から企業や労働組合が提供する高価格の健康保険プログラムに課税することとしている。

多くの労働組合員と退職した労働組合員にとって、高水準の医療機関で治療を受けられ、広範囲の病気をカバーする健康保険は、労働組合と使用者の交渉の歴史の中で勝ち取ってきた成果だからこそ、簡単に譲ることはできない。その代償が、すべての労働者に健康保険が行き渡るものであっても、である。医療保険改革に反対しているのは保守派だけではない。

もう一つの移民法改革では、港湾や建設などの分野で労働組合が守ってきたテリトリーが崩される可能性がある。

労働組合員と移民労働者は同じような仕事をしている場合がある。労働組合は使用者との交渉で高水準の賃金を守っている。しかし、移民労働者が低コストの労働力として労働組合員と同じ仕事で活用されてしまえば、労働組合員の賃金が引き下げられる可能性が否めない。

この2点について抗議する書簡をAFL-CIO会長に送ったのち、ILWUは脱退を表明した。

これは特殊な状況ではない。多くの労働組合は現実の組合員の利害と将来に向かって為さねばならないこととの間にいる。それがもっともダイレクトにあらわれるのは組合役員の選挙の場面だ。

労働組合は数年ごとに役員選挙を実施する。そのときの組合員票をもっとも左右するのは年金と健康保険、そして賃金水準の行方だ。たとえ、これからの労働組合の生きる道がコミュニティとの連携にしかない、との大きな判断があったとしても、その方向性を示した組合役員が選挙で落選することは珍しくない。

移民労働者と既存の労働組合員との管轄権は、これまでもさまざまな軋轢を起こしてきた。もっとも大きいものは、建設労働者組合レイバラーズと日雇い労働者のワーカーセンター、NDLON(National Day Laborer Organizing Network)との間にあった。このような状況に対応するため、AFL-CIOは移民労働者のワーカーセンターと労働組合との協力関係を進めるための専門部門を置くようになっている。だが、ILWUの離反は問題がそれほど簡単ではないことを示している。

労働組合の改革派を自認してきた組織であるレイバーノーツもAFL-CIOの姿勢に批判の声を上げる。レイバーノーツは労働組合が官僚的組織になって硬直化し、職場レベルの労働組合員の声が無視されている状況を変えることを掲げて1979年に設立された。

彼らは、AFL-CIOがコミュニティと連携したとしても、既存の労働組合員が直面するさまざまな危機は打開できないと主張する。

州レベルでは、公的部門の労働組合の団体交渉権を制限する法律ができたり、民間企業では労働者が労働組合に入らなくても良い権限を認めるライト・トゥ・ワーク法が成立したりするなど、労働組合バッシングが続いている。AFL-CIOがもっとも取り組まなければならないのは、このような厳しい政治的状況を反転させる具体策だとレイバーノーツは言うのである。要すれば、労働組合員の利益をもっと運動の中心に据えるべきだということだ。

これらの批判には、労働組合員利益という視点が強く出ていている一方で、働く人全体を見通したところがあまりない。

時代に即して労働運動を再定義する

これまでのアメリカの労働運動を振り返れば、必ずしも理念先行で来たわけではない。改革の旗手として期待された産業別労働組合でも、時どきに政治的な判断で路線を変えることも珍しくなかったことがそれをあらわしている。

それでもなお、労働運動とコミュニティとの連携がなぜ何度もでてくるのか。なぜ団体交渉を運動の中心に置かないというのか。

それは、「時代に即して労働運動を再定義する」としたアベンダーノ氏が引用するトラムカ会長の言葉にあらわれている。

ワシントンD.Cにあるシンクタンク、ピュー・リサーチ・センターは、不法移民が1000万人以上いると報告している。その多くが低賃金でパートや、テンポラリー、派遣、請負といった非典型的な働き方をしている。頻繁に職場が変わるために、コミュニティが彼らの拠り所だ。不法で働いているということから正式な労働者として扱われてこなかったが、移民法が改正されて市民権が与えられれば、大勢の低賃金労働者として目の前にあらわれることになる。

職場によりどころがない労働者は移民だけではない。フリーランスで働く労働者を支援する組織、フリーランサーズ・ユニオンによれば、アメリカで働く人の3分の1が雇われずに働く独立労働者だ。

これらの変化は、労働組合が職場をベースとした団体交渉を運動の中心に置くことがそもそも難しくなっていることを表している。

労働組合がカバーすることができない範囲が増えたからこそ、労働組合ではないが働く人をサポートするさまざまな新しいタイプの労働組織が誕生している。

AFL-CIOもその状況に合わせようと、これまでも変化を続けてきた。

地域単位のAFL-CIOの下部組織、中央労働評議会(Central Labor Council)では、労働組合でない組織をメンバーに加える試みが進んでいる。

写真:ジョブズ・ウィズ・ジャスティス
写真:ジョブズ・ウィズ・ジャスティス

労働組合とさまざまな組織をつなげて、ともに運動することをリードするジョブズ・ウィズ・ジャスティスという組織も各地に展開するようになっている。

1986年には経済政策研究所(Economic Policy Institute)を立ち上げて、経済情勢の分析と情報発信を行っている。1%と99%という所得格差の情報は、この研究所が長年続けてきた成果だった。

1997年設立の大学生と労働、コミュニティとをつなげる組織「搾取職場に反対する学生連盟(United Students Against Sweatshop))もAFL-CIOや加盟組合が長期間にわたって支援してきた。

AFL-CIOも自らコミュニティを支援する組織、ワーキング・アメリカを立ち上げた。2003年設立で、会員数300万人に急成長した。

写真:ワーキング・アメリカ
写真:ワーキング・アメリカ

産業別労働組合の法務担当の弁護士たちが立ち上げたNELPという調査機関もある。

これら一つひとつの施策は、AFL-CIOや産業別労働組合の幹部だけの働きで産み出されてきたわけではない。JILPTの調査では、「スタッフ・ドリブン」という言葉をよく耳にした。スタッフが立案、調整したうえでものごとが進んでいくという意味だ。

AFL-CIO会長補佐、アナ・アベンダーノ氏もその一例だ。彼女のキャリアは国際食品=商業労働組合(UFCW)のスタッフ弁護士から始まる。UFCWは2005年にいったんAFL-CIOから離脱したが、移民コミュニティと労働組合とをつなぐ活動をしてきた経験を買われて、トラムカ会長にAFL-CIOのスタッフとして引きぬかれた。そこで今回の変革の戦略を描いたのである。同様のことは、ワーキング・アメリカにも言える。

常識として絶対に揺らぐことがないと思われた職場中心の労働組合主義が変化しようとしているが、それは突然に起こったわけではない。人材育成、有能なスタッフの採用、スタッフ・ドリブンを可能にする組織運営などを基盤として、さまざまな長期的な試みがあった。

写真:ワーキング・アメリカメンバー
写真:ワーキング・アメリカ

これからアメリカの労働運動がどうなっていくかはいぜんとして不透明だ。医療保険改革、移民法改革、組合間や組合内部の政治的力学などさまざまに状況が変化していくだろう。しかし、職場を拠り所としない労働者の数が無視できないほどに増えたことや、彼らをサポートする新しい労働組織が数多く生まれ、それらの組織と労働組合との連携が進んでいるという状況が後戻りするとは考えにくい。

こうした試みが日本にすべて適用できるわけではないだろうが、どん底からどう立ち上がるか、変化にどう立ち向かうか、という先例を見せているだろう。

(山崎憲)

2013年10月 フォーカス:アメリカ

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