最低賃金制度をめぐる欧米諸国の最近の動向:フランス
経済成長と物価がスライド

主要先進国で最高の水準

フランスの法定最低賃金は、SMIC(スミック)という略称で呼ばれる、全国一律の最低賃金である。SMICの正式名称はSalaire minimum interprofessionnel de croissance(全職種成長最低賃金)とされ、1970年にそれまでの法定最低賃金であったSMIG(Salaire minimum interprofessionnel garanti:全職種保証最低賃金)に取って代わり導入された。SMIG からSMICへ移行は単に名称変更にとどまらず、最低賃金の概念そのものの変化を伴ったものである。SMIGが被用者に最低限の生活を保証することを目的としたのに対し、SMICは最低賃金層の労働者一人ひとりが国全体の経済発展の果実の配分に関与できるようにすることもその目的とされた。それは後述する最低賃金の改定方法の変更に具体的に表されている。

SMICは、民間部門の雇用者で18歳以上かつ通常の身体能力を有する者がすべて適用される。ただし、労働時間が把握できない労働者(販売外交員など)の一部には適用されない。また、18歳未満で職務経験が6か月未満の労働者と見習契約等の若年労働者については年齢に応じて違った減額率が適用される。なお、公務部門については、嘱託や臨時雇いなど私法に定める条件で雇用される者に適用される。

SMICは時間あたりの額として設定され、2008年7月1日から時間額8.71ユーロが適用されている。これは月額換算(週35時間労働)すると1321ユーロに相当する。フランスではSMICのほか、業界ごとの団体協約による最低賃金も設定されている。近年SMICの上昇ピッチが大きいこともあり、SMICを下回る協約最低賃金が全体の4割もあると言われており、政府はSMICと協約最低賃金の逆転現象を解消すべく業界ごとの賃金の底上げをするための行動計画の策定を提案している。なお、SMICを下回る協約最低賃金を設定している業界であっても当然ながらSMIC以上の賃金支払いが義務となる。

SMICの改定は、労働法の規定により、国の経済成長とのリンクと物価スライドが原則となっている。(1)経済成長とのリンクでは、SMICの引き上げ分はブルーカラーの実質賃金上昇率の半分を下回ってはならないとされている。(2)物価上昇との関係では、直近のSMIC改定以降の消費者物価上昇率が2%を超えた場合にその物価上昇分を自動的に引き上げることとされている。これらの「自動的メカニズム」に加えて、(3)政府は「後押し分」とされる政府裁量が加えることが通例となっている。1997年以降はインフレ率が低く推移してきたため、SMICの引上げは年一回、7月1日にこれら3つの要素を合わせて実施されてきた。具体的には、前年5月比の消費者物価上昇率をA、前年3月比のブルーカラー時給あたり購買力上昇率をB、政府裁量をaとすると、SMICの改定率は次のように表される。SMIC改定率=A+1/2B+aただし、2007年7月1日のSMIC改定以降物価上昇が近年になく高いものとなったため、1996年以来となる(2)のメカニズムが発動され、2008年5月1日、2.3%引き上げられた。

図1SMIC改定率(7月1日)の推移(%)

図1

資料出所:Dares(フランス雇用社会問題家族連帯省調査統計局)

図2 SMIC指数、賃金指数及び物価指数の推移
(1998年12月=100)

図2

資料出所:Dares(フランス雇用社会問題家族連帯省調査統計局)

図1に示したように、SMICは上述の「自動的メカニズム」に加えて2003~2005年の定期改定の際の政府「後押し分」が大きかったため上昇のピッチが上がり、図2のようにブルーカラー賃金や労働者平均賃金の伸び上回る勢いで上昇している。現在フランスの最低賃金は先進国の中でも最も高いランクに属する国となっている。

政府、基準など見直しへ

このように、最低賃金が高い水準であることに関して、フランス国内では次のような観点から議論を呼んでいる。ひとつは、最低賃金レベルの労働コストが高過ぎるのではないかという問題。次いで、社会の「SMIC化(Smicardisation)」の問題である。前者は、高い最低賃金が比較的単純な雇用の増進を阻み、失業悪化を招きかねないという一般的な懸念につながるものである。これについては最低賃金水準から労働コストの高低を簡単に論じることは難しいとの指摘もされている。実際フランスではSMICの1.6倍賃金までの使用者負担社会保険料を軽減する措置を取っているため、最低賃金の労働コストを比較した場合OECD諸国の中では中位の水準といわれている。後者の議論については、最低賃金が相対的に高いために賃金がSMICにとどまる者が増え、健全な賃金ヒエラルキーが形成され難いとするものである。これに対しても、最低賃金が相対的に高く設定されている国で賃金ヒエラルキーがはっきりと表れ、これらの国で最低賃金を低く抑えると、かえって過度の賃金格差を生じかねないとする指摘も出ている。このように最低賃金をめぐる問題は単純に是非を断言できるものではないというのが議論の落ち着くところとなっている。

こうした学術的な議論を呼んでいる「高い」SMICであるが、2007年の大統領選においては重要な争点の一つとなったことが記憶に新しいところである。

サルコジ現大統領の対抗馬となった社会党のロワイヤル候補は、「弱者に優しい社会」の実現をスローガンに、SMICを月額1500ユーロ相当に引き上げることを公約として掲げた。

大統領選ではSMICの大幅な引き上げには慎重な立場であったサルコジ現大統領が勝利したが、SMICが現行の改定メカニズムにしたがってインフレや市場賃金の上昇を取り込み引き上げが続いていくと1500ユーロに到達するのはそう遠くない将来とみられる。そのとき現大統領は「ライバル」の掲げた公約をも実現するという皮肉な「栄誉」に輝くこととなる。

このため、SMICがその目的に照らして適正に設定されているのか。何か問題はあるのか、改革の必要はあるのかなどについて、サルコジ大統領も重要な問題意識を有しており、こうした意向を受けたフィヨン政府は2007年12月、首相府の下に設置された「雇用指針評議会(COE)」に対してSMIC改革の是非に関する諮問を行った。これに対しCOEは2008年2月、以下のポイントを内容とする答申を行っている。

  1. SMICの位置づけ

    SMICは国民コンセンサスの一部分となっており、その存在や単一性は不可侵のものである。そのため、一定の経済的理由はあるものの、地域別、年齢別及び業種別の最低賃金設定は認められない

  2. SMICの設定・改定基準

    SMICの改定は、生産性の伸び、付加価値の分配、企業の競争力、近隣諸国における最低賃金の伸び、賃金と雇用の関係、物価上昇、賃金構造の変化等についてより確かな情報を踏まえ決定されるべきである。そのため、専門家委員会を設置し、それら確かな情報をもとに毎年政府とCNNCに対して望ましいSMIC改定水準について意見具申をする。政府はその意見とCNNC内での議論を踏まえて、SMICの改定率を決定する。

  3. 物価スライド

    SMICのインフレ・スライドは原則維持する。ただし、この種の自動メカニズムが高インフレの際に引き起こしかねない物価・賃金スパイラルに対して十分な注意を払う必要がある。

  4. 改定日程

    SMICの定時改定を現行の7月1日から1月1日へと繰り上げる。

    なお、SMIC改定日の1月1日への変更については、業界・企業ごとの賃金交渉の大半が年初に実施されていることから、SMICの改定日を1月1日に早めることで協約最低賃金の設定の際にSMICを参照しやすくするという考えに基づいている。

以上の答申内容が、現在のところSMIC改革の当面の行方を示すものとみられている。

参考資料:

  1. JILPT委託調査員報告
  2. JILPT(2003)「諸外国における最低賃金制度」(第4章フランスの最低賃金制度)
  3. フランス雇用社会問題家族連帯省WEBサイト新しいウィンドウへ
  4. フランス国立統計経済研究所WEBサイト新しいウィンドウへ

参考:

  1. 1ユーロ(EUR)=152.45円(※みずほ銀行ウェブサイト新しいウィンドウへ 2008年9月8日現在のレート参考)

2008年9月 フォーカス: 最低賃金制度をめぐる欧米諸国の最近の動向

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