最低賃金制度をめぐる欧米諸国の最近の動向:オランダ
社会保障給付とリンク

制度の内容

オランダの法定最低賃金制度は、1969年に「最低賃金及び休暇手当法」の施行により導入された。制定時の考え方は、社会的に容認される労働報酬を保障することとされ、具体的には、一家の稼ぎ手(breadwinner)の賃金をその家族の最低生活レベルを維持するに足りるものとするものであった。最低賃金の適用対象は、ごく一部の例外を除き、15歳以上65歳未満のすべての国内労働者となっている。なお、15歳から22歳までの若年労働者については年齢に応じた減額率を適用した最低賃金となる。減額率は22歳が一般最低賃金の85%、21歳は72.5%、以下、20歳61.5%、19歳52.5%、18歳45.5%、17歳39.5%、16歳34.5%、15歳30%となっており、他の国に比べ、若年者への高い減額率の適用が特徴の一つとなっている。若年者に100%の最低賃金を適用しない理由は、生産性や必要性、就学との関係などから論じられている。具体的には次のようなものである。(1)若年労働者の生産性は一般労働者の生産性より低いと考えられるため、一般より低い最低賃金を設定できるとする考え方。(2)若年者は通常の場合家族との同居が多く、生活コストが少なくすむため、一般の最低賃金を保障する必要はないという考え方。(3)若年者、特に年少者の場合は就学が本業であるため、彼らに一般最低賃金を適用した場合就学を疎かにさせるという考え方――。なお、オランダでは2004年5月から年齢差別禁止法により年齢差別が禁止されているが、最低賃金の若年者への減額適用については、労働施策に関する差別措置を同法の例外とする規定が設けられ、合法のものとされている。

最低賃金は、全国一律の額として毎年1月及び7月の2回改定され、月額、週額及び日額として設定されている。他の欧州諸国のように時間額を設定していないため、時間あたりの最低賃金額はフルタイム労働者の週標準労働時間をもとに、「時間あたり最低賃金=日額最低賃金/(週労働時間/5)」の計算式から導かれる。パート労働者についても同様に労働時間に比例して再計算された最低賃金が適用される。

2008年7月1日から適用されている現行額は、月額1356.60ユーロ、週額313.05ユーロ、日額62.61ユーロである。

表1 最低賃金額(2008年7月1日)
(単位:ユーロ)
年齢 一般最低賃金の適用率 月額 週額 日額
23~64歳 100% 1356.60 313.05 62.61
22歳 85% 1153.10 266.10 53.22
21歳 72.5% 983.55 226.95 45.39
20歳 61.5% 834.30 192.55 38.51
19歳 52.5% 712.20 164.35 32.87
18歳 45.5% 617.25 142.45 28.49
17歳 39.5% 535.85 123.65 24.73
16歳 34.5% 468.05 108.00 21.60
15歳 30% 407.00 93.90 18.78

資料出所:オランダ社会問題雇用省

最低賃金の改定は1月と7月の年2回行われ、民間及び公務部門の協約賃金の平均上昇率が最低賃金の引き上げに反映させるものとなっている。しかしながら、引き上げが雇用に及ぼす影響が大きいとされる場合や、社会保障受給者数の増加が著しく税や社会保険料の引き上げが必要とされる場合には、政府は最低賃金の凍結を行うことができると法に規定されている。

この判断に用いられているのは、I/Aレシオといわれる指標である。これは就業者数(A)に対する社会保障給付者数(I)のレシオとして求められ、この数値が一定値を超えた場合に政府は最低賃金の引き上げを凍結することとしている。最近では2003年7月~2006年の間凍結された。I/Aレシオ自体は法律上明文の規定はなく、その数値も固定されている訳ではないため、最低賃金の引き上げを望む勢力からは恣意的とする批判の声も聞かれる。なお現在のI/Aレシオは約0.8(2006年)とみられる。

このように、最低賃金の引き上げに際し特に社会保障施策との連関が意識されている理由は、オランダの最低賃金額が社会保障給付額の水準と直接リンクしているためである。

最低生活保障を最低保障所得として定義し、その水準を最低賃金と関連付けている。各種の社会保障給付の水準は、法定最低賃金をもとに設定されている。つまり、最低賃金の引き上げは年金や生活保護費などの社会保障財政に直接影響を及ぼす構造となっているのである。最低賃金と主な社会保障給付等とのリンクを図に示すと以下のようになる。

図1 最低賃金と社会保障給付との関係

図1

問題点――若年者と移民

こうしたオランダの最低賃金制度に対して、労使は総じて一定の評価をしており、また、国内労働者の大半(約85%)が団体協約賃金の適用を受けていることから、最低賃金の水準について際立った議論はなされていない。むしろ、政府及び与党が上述のとおり社会保障政策との連関が強いため最低賃金水準の決定に高い関心を寄せ、かつ影響を与えているとみられる。そうした政府等の意図は、長期失業者の雇用に対する最低賃金の適用免除措置の度々の提案としてあらわれているが、これはまだ実施されていない。

他方、若年労働者への最低賃金の高い減額率の適用については、これを濫用する形で若年者を雇用する企業が一部の業種であるとの指摘がなされている。小売業、特にスーパーマーケットなどの一部では経営者が人件費を抑えるために、より安く正規雇用できる年少者を採用する傾向にあるとの指摘がある。スーパーマーケットで棚入れやレジ打ちなどの簡単な仕事を行っている者がオランダ国内に約10万人いるといわれ、その半数以上が15~23歳、その中でも16~19歳のものが多くを占めるとみられている。これら若年労働者の労働時間は短く、契約も臨時雇いが大半とされる。経営者は18歳を過ぎて年長となった従業員の再契約をせず、代りに、より年少の(最低賃金の安い)労働者を採用する傾向にあることが指摘され問題となっている。この問題に対し、中央労働団体FNVは若年者最低賃金の撤廃と18歳からの一般最低賃金適用を要求している。

また、欧州内のEU拡大に伴う移民労働者の流入問題と最低賃金との関係で最近進展がみられた。オランダは、2004年5月にEUに新規加盟した東欧10か国のうちマルタとキプロスを除く8か国からの移民労働者の受け入れを2007年5月1日から自由化した。政府は新たな移民労働者の流入に伴い、最低賃金未満での違法雇用が行われないよう、関係行政機関との連携を強化するとともに、履行確保のため新たに罰金などの行政罰を設ける措置をとったところである。従来最低賃金違反に対する罰則はなかったが、新設された行政罰では労働者一人あたり6700ユーロ以下の罰金、違反を繰り返す悪質な事犯に対しては、50%の割増の罰金などとなっている。なお最低賃金違反した使用者は、関係の労働団体及び使用者団体に通告されることとなっている。

参考資料:

  1. JILPT(2003)「諸外国における最低賃金制度」(第6章オランダの最低賃金制度)
  2. JILPT(2004)「欧州における高齢者雇用対策と日本-年齢障壁是正に向けた取り組みを中心として」(第7章オランダの状況)
  3. 小越洋之助(1998)「オランダにおける就労インセンティブ政策と社会保障」海外社会保障研究125号Winter 1998
  4. European Employment Observatory(2005)MISEP, Basic Information Report, The Netherlands
  5. Robbert van het Kaar, Hugo Sinzheimer Institute, University of Amsterdam
  6. Questionnaire for EIRO comparative study on statutory minimum wages – case of the Netherlands新しいウィンドウへ
  7. オランダ社会問題雇用省WEBサイト新しいウィンドウへ
  8. 欧州労使関係観測所-EIRO WEBサイト新しいウィンドウへ

参考:

  1. 1ユーロ(EUR)=152.45円(※みずほ銀行ウェブサイト新しいウィンドウへ 2008年9月8日現在のレート参考)

2008年9月 フォーカス: 最低賃金制度をめぐる欧米諸国の最近の動向

関連情報